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ブログ 津上俊哉
中国 年内5度目の利下げ

遅くなりました。今週初めに発表された利下げへのコメントに加えて、やや生煮えですが年末時点での中国経済ストック・テイキングをやります。


                       中国 年内5度目の利下げ
                    +年末の中国経済ストック・テイキング


1.年内5度目の利下げ

  22日夜、中国が9月以来 (100日間に) 実に5度目になる利下げ及び準備金比率の引き下げを発表した。利下げ幅は基本的に0.27%の通常の刻みで、改訂後は1年定期預金利率が2.25%に、1年貸出利率は5.31%になる。預金準備金比率の引き下げ幅は0.5%、引き下げ後は4大銀行及び郵貯銀行が15.5%、その他銀行は14.5%となる。
  今回の利下げ理由は二つ、第一は11月のCPIが対前年比で2.4%まで下がり、更なる利下げ余地が拡大したことだ。対米ドル為替レートと密接に絡む出来事として16日に米国FEDがゼロ金利政策を採用したことも関係していると思われるが、周小川人民銀行長は同日香港で 「米国の利下げは必ずしも関係なく、中国は中国の経済データに基づいて決定する」 と述べている。
  第二の理由は4兆元の財政出動や相次ぐ金融緩和にも関わらず、中国経済が下げ止まる気配が見えないことだ。ちょうど年末の時期に当たるので、ついでに直近の中国経済状況についてもストック・テイキングをしてみたい。

2.党・国務院の露わな危機感

  来年の経済運営の基調を固める恒例の中央経済工作会議が12月8?10日に開催された。会議の論調で第一に感じるのは露わな危機感だ。「・・・4兆元対策を打ち出した1ヶ月前に比べても世界の経済情勢が更に悪化した・・・歴史上かつてない国際金融危機の衝撃の下で実体経済は大幅に減速、金融危機の底打ちが見えないだけでなく、実体経済への影響はさらに深まり、その深刻な後遺症がますます明白になろうとしている・・・国際金融危機の急速な蔓延と世界経済の明白な減速の影響、加えて我が国経済における未解決の深層矛盾、問題により、我が国の経済運営上の困難はさらに増した・・・」 という具合だ。
  この危機感を受けて、「経済の平穏かつかなり速い発展」 が来年の経済政策の筆頭に掲げられた。以前のポストで、経済運営の方向が7月以来 「インフレ抑制最優先」 から「物価と景気の両睨み」 に転じたと述べたが、ここに来て重点は景気一本に絞り込まれた。以前は 「引き締め」 と同義だった 「マクロ・コントロール」 という言葉もいまや 「成長確保」 の意味に転じた。
  しかも 「保八」 というスローガンで示されるように来年目標とする成長率は8%、体制安定の生命線と言われてきた7%よりも1%高い。以前は新卒6?700万人の就業に焦点が当てられたものだが、今回は都市の不況で帰郷を余儀なくされる出稼ぎ工の就業問題も加わった (「1.3億人の5%としても650万人」 という数字が挙げられている)。8%成長は現実に照らして高過ぎだとの懸念もあるが、それでなくとも各地で頻発する民衆の抗議活動や暴動など (「群体事件」) で不穏さを増す社会の安定が失業問題でさらに脅かされることを強く危惧している印象だ。

3.成長か構造改革か?政権内の意見対立?

  中央経済工作会議の論調で第二に感じるのは、成長と同時に 「内需拡大」 と 「構造改革(「調結構」)」 を強調していることだ。当面外需には期待できないから内需拡大を強調するのは当然としても、構造改革、とくに産業構造改革はときとして成長と矛盾することも考えられる (「構造改革=具体的には、? 所得分配構造の改革(勤労者への分配増大)、? 産業構造改革、? 都市農村格差解消、? 地区格差解消の四つ」)。この点については党や政府部内にある異なる立場や意見の妥協を図った印象がある。
  この点は以前梶谷教授 (kaikajiさん) が 「広東省のシバキ上げ主義」 (広東省の汪洋書記が 「低付加価値産業・企業の淘汰やむなし」 を強硬に主張していることを指す) をブログに書いていた。汪書記は温家宝総理が時宜に適わずと注意しても聞く耳を持たざるが如しと言われ、共青団直系と評される経歴の持ち主だけに人事対立まで取り沙汰されているというのだ (その真相は例によってよく分からないが)。
  政府主導・固定資産投資主導の4兆元対策、「低付加価値産業の追い出し策」 とも見えた増値税輸出還付率の再調整 (労働集約型輸出産業に不利な政策の取り消し)、不動産業界の救済措置など、これまで政府が言ってきた改革に逆行するかに見える景気対策は既にいろいろ採られている (はては人民元切り下げを主張する意見まであった)。その実施の是非を巡って政府部内に意見対立があることは想像に難くない。
注:ちなみに、お騒がせの 「人民元切り下げ」 論議だが、その後2週間のレートの動きを見るかぎり、やはりガセネタだったようだ。昨日は陳徳銘商務部長が改めて 「輸出振興のための元切り下げ」 を否定している。なお、「直近の外貨準備が減った」 というニュースも流れたが、これは短期資本の流出傾向 (海外での損失穴埋めのためのリパトリ) だけでなく、ユーロの対ドルレート急落によるドル評価損も与って生じたものだと思われる。

4.不況診断

  今次不況を巡る様々な論調の中で、在庫サイクルへの言及が多いことに興味を惹かれる。言わんとするところは、?今年前半のコモディティ高騰を見て、多くの産業・企業が原材料等の在庫を買い急ぎ・買い溜めした、?そこへ今度は暴落が来て、企業は高値で掴んでしまった原材料在庫圧縮のための買い控えに躍起となり、?かつてない規模の需要急減が起きている、というものである。鉄鋼、コークス、電力など国有企業が多い重工業やユーティリティ産業の至るところで発生して国有企業の利潤急落等を招いている現象であり、電力消費が急減したのもそのせいである。この在庫サイクルについては、来年の上半期で山を越し、下半期には製造業の業況恢復が見られるのではないかという希望的観測が後ろに付いているのだが後で述べる。
  中国に限らず、9月のリーマンショックあたりを境とした世界景気の急落ぶりはすさまじい。あのトヨタがわずか1ヶ月で通期の見通しを6000億円から▲1500億円に下方再修正したのだ。まさに 「奈落の底に落ちていく」 という形容がふさわしい。筆者は中国でも来年第1四半期あたりでは瞬間風速で7%割れが起きる予感がする (政府は統計数字を操作するだろうが、体感で言うときっとそんな感じになる)。

5.対策追加も?

  4兆元対策については既に本ブログで論じた。中でも鉄道は絶好調!2010年までに認可を得る建設事業の規模が5兆元に及ぶと報じられている。地方政府の独自発表を控えめに集計した数字も11兆元を超える。中国にはまだまだ投資の値打ちのあるインフラがたくさんあるとは言え、こんなに投資したら巨大な既得権益が生まれて 「建設」 が自己目的化、何処かの国みたいに投資の歯止めが効かなくなりそうだ。
  金融については冒頭述べたように100日間に5回の利下げが行われたほか、12月13日には国務院から 「金融による経済発展促進に関する意見」 (略称「国30条」) が出され、来年の目標M2増長率が17%程度とされたほか、企業への貸付増加に発破がかけられた。巷で聞くところでも 「11月後半頃から貸付枠が銀行支店にまで届き、貸出が目に見えて増え始めた」 由だ。
  ちなみに、あとどれだけ利下げ余地があるのかについて、全人大財経委副主任の呉暁霊女史が面白いことを言っている。利下げ余地を考える際に見るべきは基準利率ではなく、マーケットで決まる人民銀行手形 (央票) の利率だと言うのである。今月初めの同利率は1.77%、超過準備金に付される利率0.72%を差し引くと事実上は1.05%と見るべきで、あと100basis下げると中国もゼロ金利になってしまう、よって利下げ余地はそれほど大きくないのだという。今まであまり聞かなかった新鮮な指摘だ。

  一方で、4兆元対策では足りないとして、来年にも追加景気対策が打たれるのではないかとの推測が高まっているという (22日付けの広州日報が報じた)。こういう観測が生まれるのも無理からぬと思う。規模が足りないというよりも、4兆元対策に象徴される政府主導・固定資産投資主導の景気対策を見て、多くの識者が 「何かが欠けている」 という感じを持っているのだと思う。端的に言えば消費対策であり私営企業対策だ。中央経済工作会議は 「民生重視」 ということを掲げてはいるのだが、その内実は若干の出稼ぎ農民工の失業・就業対策強化等を除けば明確でないのだ。
  具体策として予想されているのは減税措置が中心で、4兆元対策のときに観測が流れたのに 「見送られた」 個人所得税の免税点引き上げなどが候補に上がっている。筆者個人は増値税1200億元減税 (設備購入に関する増値税を消費税型に改革し、企業の税負担を軽減する措置) の続編に期待する。
  ちなみに、今回の減税を契機に 「増値税と営業税を統合すべき」 という意見が見られ始めた。財政当局も検討しているフシがある。これは筆者も大賛成だ。生産に係る増値税とサービスに係る営業税が統合されていないせいで、製造業は業務をアウトソースしても営業税の負担を控除できない、サービス企業がモノを購入しても増値税を控除できない、など中国企業には大きな “tax on tax” が発生している。こういう不合理な税負担の軽減は民営経済の発展のためにも不可欠である。当座の景気対策には間に合わなくても是非近いうちに実現して欲しいものだ。
  このほか、財政出動の 「奇策」 (?) にも見えるが、「家電下郷」、「農機下郷」 という新政策がある。既に一部地域で実験が始まっているのだが、農村におけるカラーテレビ、冷蔵庫、携帯電話や農機の普及のために、中央・地方財政の出捐により農民の購買代金の一部 (10数%程度) を補助しようという試みだ。
  いかなる措置が望ましいかはさらなる議論が必要だろうが、中国財政には古典的な財政均衡主義の傾向が残っており、赤字財政をやりたがらない。しかし、高成長経済では国債残高を膨らませても財政赤字の発散は起こりにくい。「100年に一度」 の不況が来たのだから、ここは思い切った措置を執ればよいと思う。

6.中国景気の底打ちは何時か

  人民銀行の易網副行長やファンガン氏が 「在庫の急激な圧縮は9月に始まったが、10月には既に在庫投資がマイナスになった」 ことなどを挙げて、「在庫サイクルについては、来年の上半期で山を越し、下半期には製造業の業況恢復が見られるのではないか」 という希望的観測を述べている。
  それを見て二つのことを思った。一つは政府の景況判断はやはり国有企業に偏りがちだということだ。1998年の不況入りのときもそうだったが、中国政府が景気減速で本当に慌て出すのは、政府財政にも直結する国有企業の利潤が急落したときだ。私営企業の多い加工貿易業種などはとっくの昔、昨年から厳冬期に入っているのに、そういう側面はあまり顧みられない。
  もう一点は4兆元対策が効く鉄鋼やセメントなどの素材は確かに下半期に恢復が始まるかも知れないが、そこで不況の峠を越えられる業種ばかりではなかろうということだ。そういう業種の代表選手として不動産業がある (利下げ等の措置で救援策が講じられているが、過去数年大幅に積み上がった販売在庫を消化するのに少なくとも2?3年はかかるとの見通しがある)。また、過去4年間設備投資が全産業固定資産投資の41%以上を占めるブーム (過去の平均は30?40%の中間) が続いた結果、製造業全体で過剰設備問題が生じており、(4兆元特需の直接の恩恵を受ける業種は別としても) 過剰感の完全解消には3年以上かかるのではないかとの観測もある (以上、上海証券報12月15日報道)。
  筆者も中国経済が一刻も早く底を打つことを願っている (商売のこともあるので(笑)。しかし、個人的には来年下期に期待できるのはせいぜい 「まだら模様」 の恢復の始まり、本当に中国経済が活気を取り戻すには更に1?2年を要する気がする。「まだら模様」 は業種だけでなく、地域的にも生ずると思う。「外向」 性の強かった南の沿海部の恢復は遅れるだろう、意外に中西部が恢復の先頭を切るかも知れないが、経済に占める南の沿海部の比重が大きいのが悩みだ。
  いずれにしても、2009年は中国経済と政府にとっての正念場だが、来年下半期が 「まだら」 だとしても2010年あたりから本格恢復し始めれば、それでも十分に 「世界最速」 だろう。世界経済はそれくらい悪い。
平成20年12月25日 記




 

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