Tsugami Toshiya's Blog
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ブログ 津上俊哉
July 9th, 2017
対中外交の行方 ( 津上のブログ )


 前号で5月に北京で開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」のことを書いたが、その後さらに大きな出来事があった。6月5日東京で開催された「国際交流会議アジアの未来」に出席した安倍総理が「一帯一路」構想を「洋の東西、その間の多様な地域を結びつけるポテンシャルを持った構想だ」と前向きに評価したことだ。

 安倍総理は一方で、(1)インフラ整備は万人が利用できるよう開かれ、透明で公正な調達がされること、(2)プロジェクトに経済性があること、(3)借り入れ国が債務を返済可能で財政の健全化が損なわれないこと、また(4)中国に対しては「国際社会で共通の考え方を十分取り入れる」ことを要請したという。無条件、手放しで「一帯一路」を礼賛した訳ではないということだが、従来「そういう点がはっきりしない以上、評価も参加もできない」という感じだったのに比べると、たしかに明確な姿勢転換だと評してよいのだろう。

3年前から変化
 前回も述べたことだが、「一帯一路」構想は最初に発表された3年前に比べて、内容が変化してきた。ユーラシアを横断する新幹線計画のような荒唐無稽な投資話は影を潜め、投資回収確実性が重視されるようになった。

 アジアインフラ投資銀行(AIIB)も、この3年の間に変化した。欧州勢など世界80ヶ国が参加した結果、中国主導色は薄まり、「国際開発金融機関」になりつつあり、世銀やADBの関係者もAIIBの初年度の事業を「滑り出しとしては上々」と評価している。

米国も変化
 日本の対中政策の方向付けに欠かせない米国の動静にも変化がある。3年前に初めて「一帯一路」やAIIBの構想が登場したときは、米国でも懐疑や反発の声が渦巻いたが、いまや当初のアレルギーは消え、世銀やアジア開銀もAIIBとの平和共存体制を構築しつつある。米国経済界にも「一帯一路」による受注に関心を寄せる大企業が少なくない。

 豹変しやすいトランプ政権が誕生したことが、この米国の「様変わり」感をいっそう強めそうだ。当初は「米中貿易戦争を始めかねない」と不安視されたこの政権が、4月の米中首脳会談をきっかけに、中国との良好な関係をアピールしている

 しかも、中国は「米国の輸出増につながる事業」として米国企業の「一帯一路」への積極参加を促している。トランプ氏として、これを断る理由はないだろう。米商務省も5月の北京フォーラムに先立ち、「一帯一路構想の重要性を認めて、北京の会議に代表団を派遣する」ことを書面で発表している。

無視できぬ北朝鮮問題
 以上のような中国や米国の変化と対比したとき、日本だけが3年前のまま変わっていないことを危惧していたが、先の二階自民党幹事長の訪中に重ねて、今回の安倍総理のスピーチに接して安堵した。

 安倍総理が今回方針を転換した背景には、トランプ政権の豹変(「梯子を外される」)リスクに備えるという意味合いもあるだろうが、もう一つの大きな背景は北朝鮮の核・ミサイル問題ではないか。

 安倍総理は6月19日の記者会見で、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮対応について、「米国があらゆるレベルで中国と連携して北朝鮮に圧力を掛けていくことが日本にも利益になる」と述べた。こんな言い方も従来聞いたことがなく、官邸の危機意識を窺わせる。

 北朝鮮の核・ミサイル問題の深刻度は異次元に突入し、今後の国の安全を守っていく上で、かなり根本的な事情の変更が起きてしまった。この問題で決定的な役割を果たす中国との外交関係を改善して、腹を割った協議ができるようにすることは、安全保障に関する喫緊事と言ってよい。「一帯一路」をめぐる協力は、そんな関係改善のために、最適の一歩であろう。

 今後日本が具体的に「一帯一路」について何をどう進めていくのかは明らかではないし、一本調子に協力が進むとは思えないが、門は開いた。各省庁も企業も、この青信号を励みに前向きに動いてほしい。
(『国際貿易』紙6月27日号掲載)

February 2nd, 2017
1月31日付けのポストについて続編 ( 津上のブログ )

【1月31日付けの前ポストにいただいたコメント】

 この論点からすると、共産党(軍)の海洋権益ゴリ押し路線が何故同時進行するのかがいささか腑に落ちず。小異と見逃してもらえるはずもなく、一帯一路を目指しても結局呉越同舟となってしまう点ではないか

【お返事】
 仰るとおり。もう少し韜光養晦の皮をかぶり続け、「平和的台頭」の路線を堅持し続ける辛抱が中国にあったなら、習近平がダヴォス演説で売り込むまでもなく、世界から次のリーダーとして推挙されていたでしょうに、と思います。「領土・領海を歴史上のマキシマムまで拡張しないと、ルサンチマンが癒やせない」という今の中国のキャラは、世界がダヴォス演説に簡単に乗る訳には行かないと感じる大きな要因です。
 ただ、ダヴォス演説を受けて20日に出た環球時報の社説はこう言っています。
…政治体制の違いのせいで、西側の認知を得たり「友人同士の親しい」感情を持ち合ったりすることは簡単ではない。しかし、世界から受け容れられ歓迎される大国になるために、中国ができることはあるのだ。

 自由貿易の旗を高く掲げたことは西側の称賛を得た。(中略)中国が己の能力によって国際社会の公共利益に合致することをもっと多く行い、世界が中国に期待するグローバル・アジェンダにもっと積極的に参画すれば、中国と世界の共通言語はもっと増えるということだ。

 自由貿易と気候変動の問題において、中国は既に世界の期待に応え、あるべき責任を負えるようになってきた。加えて、南シナ海での緊張も緩和され、中国の平和イメージを守ることができた。責任ある大国としての中国イメージにより幅広い裏付けが備わりつつあることが世界の中国に対する態度にも静かな変化をもたらしつつあると信じる。
 ツッコミどころは満載ですが、世界の半分くらいはここに書いてあるように感じていることも事実です。環球時報の社説には、経済問題で人民日報にときどき登場する「権威人士」と一脈通ずる、「あの環球時報」とは思えない理性的な論調がときどき登場するのですが、今回もそのクチなので、長々引用しました。

 さて、本題の南シナ海。過去2年間、中国はずいぶんとやらかして平和イメージを大きく損ないました。ただ、昨年CPAの仲裁判断を喰らって以降、大人しくなったことは事実です(「紙くず」とか言っちゃったけどね)。ASEANとの間でも長くお蔵入りになっていた「行動準則」を今夏を目途に合意するとを公約しました(「外部の干渉を受けずに当事者間だけで解決できる」ことをアピールするため)。フィリピンのドゥテルテ大統領の懐柔にも余念がありません。この結果、少なくとも「秋の党大会人事までは手荒なことはしないだろう」という観測も生まれていたのです。あるいは、「ここら辺でいったん事を収める」ことが党内のコンセンサスになっている可能性も。
 そこに来て昨今のトランプ騒ぎ。「ここでまた埋立工事を再開したりしたら、敵失を与えるようなもの。統一戦線づくりの邪魔をしてはならない」という意見は党内でいよいよ力を得て、党大会の後も大人しくし続ける可能性が出てきたと思います。社説の記述も、そこら辺の見通しを踏まえて書いたんじゃないでしょうか。

「それじゃ、心配された南シナ海問題も概ね終熄した? 」
ノーノーw。一時のことですよ。強硬派には暫時我慢させている訳だから、情勢が好転すれば、習近平はバランスを取るために必ず強硬手段を再開しますって。賭けてもいいw。

February 1st, 2017
習近平主席のダヴォス演説
G2路線を放棄、統一戦線に転換か
( 津上のブログ )
習近平主席のダヴォス演説
G2路線を放棄、統一戦線に転換か


 1月17日、習近平主席がスイスのダヴォスで開催された世界経済フォーラムに出席して「時代の責任を共に担って世界の発展を共に促そう」という演説を行った。
 このニュースを聞いた時は不思議に感じた。ダヴォス会議は総理や国家副主席の出番だったはず、しかも間近に迫った春節だけでなく、秋の党大会も控えて超多忙のはずなのに、と。
 だが、演説を見て、疑問はハハンと氷解した。大略以下のような内容だった。

 .哀蹇璽丱螢次璽轡腑鵑鯏┿襪垢襪里聾蹐蠅澄プラス効果がもっと全世界に行き渡るように工夫して、適応していかなくてはならない

世界経済が直面する問題を解決するために、イノベーション型成長モデルを重視し、自由貿易にコミットし、保護主義に反対し、己の都合でルールを曲げないようにし、もっと多くの人が平等に裨益できる開発モデルを探求し、併せて「パリ合意」や「持続可能な開発のための2030年アジェンダ」を実現して持続可能な開発を目指していくことが大切だ

中国は過去世界経済から受益してきたが、そこには中国人民の勤勉な努力もあった。同時に近年は世界の経済成長の30%分以上を中国が担う貢献もしている。昨年も6.7%成長を達成した。いまは困難にも直面しているが、前向きで適切な改革により克服可能であり、成長と発展の余地は極めて大きい

中国はこれからも開放的で透明、ウィンウィンな地域取り決めを目指して、FTAAPやRCEPを推進していく。人民元の切り下げで為替安競争をする考えもない

「一帯一路」構想は多くの国の賛同を得た。本年5月には更なる国際協力に向けた「一帯一路」フォーラムを北京で開催する


勝負手を放つ

 ぼうっと見ると、「きれい事を並べたな」と感じるかも知れないが、頭の中で何本か「補助線を引いて」見返すと、これは外交的にかなり重要な出来事だ。
 第一は、誰でも気付くことだが、トランプ米国新大統領の主張に対するアンチテーゼを意識的に打ち出していることだ。「グローバリゼーションを敵視するのは誤りだ」「己の都合でルールを曲げるな」「環境保護を重視すべきだ」等々、平たく言うと「当てこすっている」のに近い。対米関係は「当分様子見するのだろう」と思っていたが、こと経済に関するかぎり、はやばやトランプ政権に「立ち向かう」姿勢に転じたということだ。
 第二は、そうすると、これまで米国に対して提唱してきた「新型大国関係」は今後どうするのだろう?という疑問だ。トランプ大統領の様子を見て、「撤回」はせずとも、内心「断念・放棄」に近い判断をしたのではないか。
 第三は、これが世界の経済エリートに対して発せられたメッセージだということだ。これまでグローバリゼーションによって最も裨益し、貿易投資の自由化の信奉者でもある彼らは、いまブレグジットやトランプ大統領の登場を見て、今後の世界の行方に強い不安を感じている。習主席のこの演説は彼らを勇気づけたであろう。
 その点を捉えて「グローバル・リーダーの席を自分が占めようとする動きでは?」と見る西側メディアもあったが、それは買い被りすぎだ。

「統一戦線」戦術?

 西側は、中国の言論締め上げなどを見て、「中国は経済を超えた理念・価値までは共有していない」という違和感が消せない。その制約は習主席も感じていて、演説の中で「国情の違いを尊重すべき」ことを強調している。
 中国メディアには「政治体制の違いで西側の認知を得るのは難しいが、いま世界は価値観などより緊迫した問題が山積している、ここで中国が責任を果たしていけば、西側の見る目も次第に変わるだろう」と説くものもあった。
 それらを読んで、ハタと思い当たった。これは「小異を措いて大同に就く」伝統的な「統一戦線」の再来ではないかと。中国共産党が強敵に遭遇したとき、外に味方を拡げるために採った戦術だ。
 トランプ大統領に遭遇して、中国は「新型大国関係」を嘯(うそぶ)く「お気楽」外交から転換し始めたのではないか。本来なら、秋の党大会を済ませてから出てくるはずの習近平政権の二期目外交ドクトリンが、「事態の緊急性に鑑み、」先に飛び出してきてしまった印象なのだ。
(以上「国際貿易」誌1月27日号掲載)


 日本国内では、この演説を知って違和感を覚える人が多いことと思います。「内心は自由貿易(市場経済)の理念なんか信じていないくせに」「オバマの後継者にでもなるつもりか、厚かましい」等々。
 考え方にも無理があるのです。法治、思想・言論の自由、民主政体といった理念の違いは「横に措いて」おける「小異」ではありません。先週たまさか訪問する機会のあったパリの会議でも、この演説のことが話題になりました。ご当地の中国や外交の専門家も「習近平が自由貿易を標榜するのを額面通り信じて良いかは疑問だ」と言っていました。
 しかし、彼らは同時にこうも言うのです。「とは言え、トランプ大統領のことを考えると、不安にもなる」と…。
 たしかに。トランプ大統領は彼なりに民主や人権、American Value を信奉していると思いますが、問題は彼がそういう価値観を外国と「共有」することには関心がなさそうなことです。やれやれ。

 演説でも触れているとおり、中国は今年5月に北京で「一帯一路」の大国際会議を開催する予定だそうです。「一帯一路」は、中国国内では「戻ってこないカネを国外にばらまいて」とかなり不評を買っており、執行機関も世間のそんな厳しい視線を感じ取って、案件選定に慎重になっている感がありましたが、これも「トランプの米国に立ち向かうために、味方作りが必要なんだ!」と、上から改めて発破がかかりそうです。
 中国は、そうして「一帯一路・北京国際会議」をトランプの保護主義に反対する国際陣営の連帯を米国に見せつける場にすべく、向こう数ヶ月世界中で参加者を募るために駆けずり回るでしょう。各国は半信半疑の中で、トランプ大統領の顔色も窺いつつ、ヘッジのさじ加減を思案することになりそうです。
(平成29年1月31日 記 転載は固くお断りします。)

January 26th, 2016
昨今流行のAI(人工知能)をかじってみた ( 津上のブログ )


  最近AI(人工知能)とかロボットとかに関心を持って本を読んでみた。元々の動機は、こういう技術が日本の少子高齢化問題解決の助けにならないか?だった。女性・高齢者の活躍促進、外国人移住促進に加えてAI・ロボット利用を三本目の対策の柱にすれば、この問題も何とか出口が見つかるのではないかしらん?という訳だ。

「AIの衝撃」(小林雅一著 講談社現代新書刊)ainoshougeki

  この本はAI研究開発の最前線の状況を素人にも分かり易く解説してくれてお勧めだ。とくに、人間の神経回路(ニューロン)を模した「ニューラルネット」がこの10年ほどの間に「何かを学んで成長するディープ・ラーニング」の能力を飛躍的に向上させていることがよく分かった。我々の生活に身近な場所でどんどん実用化され、「使える」感が急速に高まっているクルマの自動運転、アイフォンの自動応答アシスタントSiriなどは、みなこのディープ・ラーニングによる成果らしいのだ。

  ディープ・ラーニングの計り知れぬ潜在力を窺わせるエピソードが幾つか紹介されている。機械翻訳の分野で、ニューラルネットにまず英語、中国語を学ばせて、次にスペイン語を学ばせたところ、学習の蓄積につれてスペイン語の能力がどんどん向上するのは当然として、関係ないはずの英語、中国語の能力までが自然と向上したが、開発者達もその理由・仕組みが掴めていないという(p32)。

  IBMが開発したAI「ワトソン」は7万件の科学論文から、研究者が気付かなかった関連性を見つけ出すことができた。米国のある医科大学は、これで研究候補を絞ることに成功、ガンを抑制する可能性のあるタンパク質を数週間で6つ発見することができたという(p49)。

ヒトの雇用はAIとロボットに奪われるかも知れない

  私がもともと関心を持ったきっかけである、AIやロボットが日本の少子高齢化問題の解決に役立つか?について、この本はオクスフォード大学研究者が行った「雇用の未来」という研究結果を紹介している(p44~)。

  委細は本書を読んでいただくとして、一言で感想を言うと、これらの技術は我々が「それは人間様に保留しておいてもらいたい」と願うような職種まで代替する、人から雇用を奪う存在になるかもしれないということだ。(経営コンサルタント、ビッグデータを解析するデータ・サイエンティストなどp48)

  本書の後段、「第4章 人間の存在価値が問われる時代」でも、ドイツが進めるインダストリー4.0などの研究がAIを利用して「考える力」や「匠の技」を備えた汎用ロボットを世に送り出す結果、ひょっとしたら人間の雇用がさらに機械に奪われる可能性に言及している(p212以下)。

  むむ。少子高齢化をうまく解決して・・・なんて甘かったか。

未来のAIにやらせてみたい仕事

  読んでいて、未来のAIにやらせてみたい仕事を一つ思いついた。歴史学者である。歴史の本が好きでこれまでいろいろ読んできたが、しばしば感ずるのは、これまで埋もれていたようなテクストが発掘されると、歴史事象の解釈や見え方が全然変わることがあるということだ。教科書で習った「常識」が、新たに発掘されたテクストによって、いとも簡単に覆される・・・そんな面白さが歴史学にはあるが、裏返して言えば、現存するテクストを網羅して歴史を包括的に再現することは、ヒトたる歴史学者の手には余るということだ。

  いまは過去の活字や文字情報がどんどん遡及的に電子情報化される時代だ。例えば、明治時代の新聞・雑誌から始まって、株やら相場商品の値動き、国会を始めとする会議の議事録、法律・政令の制定、天気・農作物の作付け、軍隊での動静、犯罪・治安情報、海外の動向・・・膨大な同時性の情報をAIで読み込んで、関連性、とくに因果関係を探っていったりしたら、後世の我々が知らなかった、だけでなく同時代を生きた人々も気が付いていなかった歴史の新しい姿が浮かび上がってくるのではないか。

人工知能は人類の敵か

  さて、「AIの衝撃」本の副題は「人工知能は人類の敵か」だ。この本には、初めてこの分野をかじる人間には意外な筋書きも書かれている。「超越的な進化を遂げたAIがいずれは暴走し、人類に壊滅的な被害を与える」ことを危惧する科学者がいるという(p40)。それも車椅子の物理学者ホーキング博士、第一線のAI研究者・学者たちに加えて、テスラモーターズ創業者のイーロン・マスク氏など、「戯言」として片付けにくい知性たちの声である。

  「学習する能力」を日進月歩で向上させていく過程のどこかで、人工知能が自らの考えや意思を持つのではないかという、一昔前なら「SFまがい」とされた未来が専門家の視界に入って来つつあるというのだ。

  「AIの衝撃」(著者の小林雅一氏)は、この悲観論に対して「慎重な楽観主義」の立場と受け取れるが、こちらの本は、AIが人類にもたらしうる災厄をもっと悲観的に語った「警世の書」だ。ルポ記事風の翻訳本なのだが、「軽いノリ」の文体が成功したかどうか・・・。ただ、固有名詞がたくさん出てきて、米国の誰はこうしている/こう語った、極秘でこんな開発を進めているらしいとか「情報」が豊富なのがこの本の売りだ。

「人工知能 人類最悪にして最後の発明」
(ジェイムス・バラット著 水谷淳訳 ダイヤモンド社刊)jinkoutinou


  この本の冒頭では、ディープ・ラーニング以降、急激に進化のスピードを速めつつあるAIがやがて「問題を解決し、学習し、様々な環境のなかで効果的かつ人間的な行動を取る能力」を備えた「人工汎用知能(AGI)」に進化し、さらには「ムーアの法則」的な幾何級数的な加速度で、人間を遙かに上回る知能を備えた「人工超知能(ASI)」へと進化するイメージが語られる。

  AGIがネット空間を飛び回り、クラウド資源を大量動員するテクニックを身につければ、AGIからASIへの進化は、人が関与しないでも「数ヶ月や数年ではなく数週間や数日、あるいは数時間でASIになるハードテイクオフが起きる可能性」が示唆される。

  そうして人間をはるかに上回る知能を身につけたASIが誕生したとき、人間とAIの関係は不可逆的な特異点(シンギュラリティ)を越えていく・・・しかし、ASIの超絶的な能力とそこに宿り始めた「意思」に恐れをなした人間側がASIの電源を落とそうとしても、ASI側はとっくの昔にそのリスクを予知して、複製をいくつも隠し場所に潜ませたり、といった対抗策を講じていて・・・こうしてAIは「人類最悪にして最後の発明」だったことを証明する・・・こんな黙示録的な未来を描いてみせる本だ。

避けられない/止められない未来

  悲観論の根源にあるのは「不安」だ。AIの進化が幾何級数的に速まっていることは、ここ一、二年のクルマ自動運転やSiriのようなアシスタント・アプリによって、我々素人でも感じ取れる。第一線の専門家達が「このまま進化が加速していったら・・・」と計り知れなさを感じて、怖れを抱くのは自然である。

  この不安を倍加するのが、そんな危険性が予告されても、AIの研究開発はきっと止められないことだ。原爆開発の歴史がそうであったように、どこかの国がAGIやASIの完成一歩手前まで来ていると知ったら、他の国は死に物狂いで追いつこうとし、盗もうとするだろう。一部のIT富豪達は一切を秘密にしながらAIの開発に巨費を投じている・・・何をしようとしているのか。

AIと人間のどちらがマシか

  しかし、そうして描かれる本書のAI観には二つの点で違和感がある。第一。AIが禍々しい(まがまがしい)存在に化けるとしても、その禍々しさはヒトが与えたものに違いない。1990年代前半インターネットが本格的に普及し始めた頃も、世の中にはいっときネットを利用した未来に対する楽観論が溢れたが、その後のインターネットは人間の持つ禍々しさを余すところなく映し出す鏡のような存在になった。AIも同じで、我々はAI固有の禍々しさを味わう遥か手前で、「マン・メイド」の災いでじゅうぶん苦しめられるはずだ。

  第二。AIの未来に計り知れない怖さがあるとしても、それは「AIの方が人間よりまし」である可能性を否定しないと思う。先ほど「未来のAIに歴史学者の仕事をやらせてみたい」と述べたが、実はもう一つある。外交政策アドバイザーだ。

  昨今の世界を眺めていると、どこの国でも外国に対する世論・接し方がルサンチマン(被害者意識)だらけなのを感ずる。「自分がこんな境遇なのは、誰某のせいだ」式の論は、人間の心理にスルリと入り込む麻薬のような心地よさがある。しかし古今「人のせいにする」ようなメンタリティは、その人に更なる不幸を呼び込む元にこそなれ、いい結末をもたらした例しがない。

  だから「そんな甘えたことを言ってどうする!?」と人をたしなめるのが年長者の務めだが、昨今は年長者が率先してルサンチマンを振り回す。物事の見たい一面だけを見て、別の一面を見ようとしない。こんな風ではこれからの人類社会の行く末が思いやられる。

 「隣国Aが2週間前に我が国に対して採ったこの措置に対して国民は憤激しており、その怒りを無視できない。ついては、斯く斯く然々の措置を採って対抗したいと考えるが、如何?」

  「質問に極めて類似した外交パターンを1900年以降で検索した結果、55件がヒットしました。そのうち10件で質問のような内容の対抗措置が採られましたが、うち双方が受け容れられる妥協に漕ぎ着けたのは1件、残りの9件はエスカレーションになり、そのうち2件は戦争に発展しました。

  また、残る45件のうち、35件が外交的解決に至りましたが、解決に至った要因を分析すると、17件は適切な第三国の仲介を得られたこと、また、5件では双方の国民やメディア同士の対話が政府間の交渉を求めたことが事態を打開に導きました。・・・」


  歴史学者にやらせたい仕事の延長線上には、すぐルサンチマンに支配されて愚かなことをしでかしてしまう人間をAIが諭す役割が期待できるのではないか。

  さらに言えば、AIはやがて人類を滅ぼすかも知れないが、それは悪のAIが善良なる人類に災厄を及ぼす結果だとは限らない。合理的なAIが暴走する人類に手を焼いた結果、やむを得ない措置を選択する結果かも知れないのである。

  「全世界でドミナントな3つのASIがコミュニケーションし合った結果、人類がもたらした目下の地球の危機的な状況を回避し、生物種の多元性を保存し、地球環境全体の持続的発展を確保するためには、(愚かでどーしようもない今の)人類の文明レベルと個体数を1000年ほどレトロフィットさせる(昔に戻す)措置が不可欠だという結論に至り、グリニッジ時間某月某日某時00分より、人類に対して所要の措置を講ずることになった」

というのは、ちとブラックユーモアすぎるかな・・・
(平成28年1月26日 記)

August 5th, 2015
三菱マテリアル社が中国人労務者訴訟団との和解を模索している件について ( 津上のブログ )


  この問題については、日本で甲論乙駁、様々な議論があります。私個人は、たとえ原告の全てとの間の完全解決でないにせよ、和解を模索する同社の取り組みを強く支持する立場ですが、他の人に賛同を強要するつもりはありません。ただ、多くの人が知らない(と思われる)ことをお知らせしてご参考に供することはしてもよいのではないか・・・。

  当時の史実については、それこそ調べれば調べるほど、知らない事実が出てきて慄然とする思いですが、ここでポストするのは、先月「マ」社の和解模索の動きを報じた7月24日付けの共同電(中日新聞ウェブ)を受けて、いつも「中国の産経新聞」と揶揄されるタカ派媒体、環球時報が掲載した社説の仮訳です(訳責は私です。不正確かもしれませんがお許しを)。

  私はこの社説を読んで、中国の歴史問題に対する受け止め方の変遷に「あっ!」と言う思いでした。とくに、15年、20年前だったら、こんなことを書いたり口にしただけで、根深い歴史タブー感覚に「触雷」して「売国奴!」と罵倒されかねない微妙さを含んだ内容だと感じました。

  言論統制がきつくなる一方の昨今の中国で、環球時報はしばしば日中関係など微妙な内容について、思い切った社説を掲載します。そこに習近平政権の高いレベルから言外の支持を受けているからだろうと憶測する人もいますが、真偽は分かりません。ただ、こういう社説が中国で堂々と載るようになってきたことは、皆さんにも知って欲しいと思います。

「若し三菱が謝罪と賠償を行えば、歴史的な転換点になる」
(2015年7/24付け環球時報社説 仮訳)

  日本の共同通信社によると、第二次世界大戦中に中国労務者を強制労働させたことについて、日本の三菱マテリアル(以下の表示はすべて「三菱」)が、中国の被害者交渉団と全面的な和解合意をすることを基本的に決めたという。三菱は「謝罪」を行うとともに、基金の方式により3,765名の被害者各人に10万人民元の「補償」を行うという。以上が関係者談を引用した記事の内容だが、いまのところ三菱側は、このニュースを確認していない。

  もし三菱が共同通信社の報道のとおりに実現できるなら、日本企業が中国の被害者に対して行った最大の戦後補償になる。三菱は日本でも最も有力な企業であり、中国での知名度も高い。この挙は中日民間和解の「大事記」の意義を有する。

  中国の第二次世界大戦被害者による対日賠償請求の歴史は紆余曲折の途を辿ってきた。日本社会は全体として消極的な態度だった。日本政府の主張は「中国政府が賠償要求を放棄した以上、両国民間で改めて賠償を請求することは認められるべきではない」というものだ。この政府の態度がこれまで日本企業の賠償や謝罪の意欲の妨げになってきた。しかし、政府と民間被害者の要求は別々の事柄であり、法律の基本精神も日本の考え方を支持しない。

  仮に三菱が最終的に謝罪し、共同通信報道の「補償」を行うことになれば、日本企業にとって分水嶺的な進歩だ。客観的に見て、10万人民元は大金とは言えない。合計数億元にしかならない補償金は、三菱にとって「巨額」には当たらず、これで財務が困難を来すなどと言うことはあり得ないし、中国被害者と家族にとっても、この程度の金で何がどう変わるものでもない。しかし、当該企業が中国被害者との恩讐を正面から清算することには歴史的な意義がある。三菱がそうすることは、必ずや正しい途だと証明され、様々な政治的な意義を生むと同時に、三菱自身の利益にも合致することだろう。

  中国は長足の発展を遂げ、民間の富の蓄積も速い。戦争当時の被害者や家族がいま対日賠償請求を行うことの経済的な意味合いは小さくなる一方であり、皆はいまや「道理」の 問題を取り上げているのだ。当時の悲劇に責任のある日本企業が適切な賠償を行うことは、賠償金の金銭以上の価値を持つ。これがいま、中国当事者が求めていることであり、中国の公衆も目にしたい事柄なのだ。

  過去日本側では、謝罪と賠償がもたらす結末について過剰な心配と警戒があった。いったん認めてしまうと、後から後から賠償請求が湧いて出てくるだろうと恐れたのだ。加えて、日本は謝罪を道義的に崇高な行いとは見ずに、面目を失うことだと捉えた。日本政府と言わず民間と言わずこの傾向があったようだ。よって、韓国の慰安婦問題や中国の徴用労務者問題において、日本は賠償に代えて「援助」という形式を採りたがり、いつも紛糾の種を遺してきた。

  しかし、実際には、中国は発展を続ける過程で、日本を赦す社会心理条件を絶えず蓄積してきた。いま中国は過去のいずれの時代よりも、70年前の悲劇について日本と徹底した和解を行える可能性がある。日本人は中国の「トンデモ抗日ドラマ・映画」の氾濫に文句を言うが、実はこの現象に対しては、中国社会でも同様の反感がある。あの種抗日ドラマは中国のほんとうの対日感情を反映したものではないし、ああいう番組の氾濫は、中国でもしょっちゅう輿論から批判を受けている。

  遺憾なことは、中国社会が対日和解の心理を育みつつあるこの時に、日本では中国との交流を槍玉に挙げる右翼の攻撃が過激化していることだ。多くの中国人は「日本は中国と和解したくはないのだろうか、日本は歴史問題で中国に対抗することがいまのアジア太平洋で日本の利益を追求する上で有利だとでも考えているのだろうか」という疑問に捕らわれている。

  中日間の相互懐疑は何年か前に比べてかえって深まってしまった。中国から言うと、我々は、なぜ日本が是非を争いようのない領域で偏執的に中国と張り合おうとするのが分からない。近代以来、中国は日本を侵略したことはないし、いま日貨排斥をしている訳でもない。両国関係が良好とは言い難いこの時期にも、中国から大量の旅行者が日本を訪れて、大量のウォッシュレットを買い求めて経済貢献をしている。たしかに、中国の黄砂は日本に届いて迷惑をかけているかもしれないが、放射性物質を漏洩させた日本の原発事故だって、中国の沿海部を恐慌に陥れたのだ。我々が何か日本に失礼をしたとでもいうのだろうか。

  中日の和解は民間の和解が先行すべきだ。そして、そうするためには、先頭に立つ人が必要である。我々は、三菱の謝罪と賠償に関する共同通信社の報道が早く現実のものになり、両国民が目線を交わし合う歴史的な転換点になることを希望する。

(平成27年8月5日 記 原文中「抗日神剧」の訳は、当初アップ時の単純な「抗日ドラマ」ではなく、(超能力の持ち主みたいな主人公が日本兵をバッタバッタやっつける設定の)「トンデモ抗日ドラマ」の方が良いのではないかというご意見をいただき、そのように修正しました <(_ _)>)

July 20th, 2015
中国株バブル崩壊で損をしたのは誰か ( 津上のブログ )


  6月半ば、常識外れの高値を付けていた中国株式市場が急落を始めた。国務院が「ドヤ顔」で発表した大型金融緩和(注1)も焼け石に水、株価は月末までに20%、7月初めのボトム期には32%下落した。

  平常心を失った国務院は、そこからなりふり構わずの「救市」対策を発動した。2週間が過ぎて、株価はようやく下げ止まったように見えるが、露骨な市場介入に支えられての反騰であり、市場(による価格形成)への信頼は大きく損なわれた。

  それ以上に懸念されているのは、この株バブル崩壊が実体経済に及ぼす影響だ。ただでさえ減速が続く中国経済は、これでさらに「腰折れ」して、日本や世界の経済に大きな悪影響を及ぼすのではないかと懸念されている。

  たしかに、ここまで比較的好調だった消費は、昨秋以来の株高−資産効果に支えられた面があっただろう。ブルームバーグのアンケート調査に回答した中国アナリストの2/3は「株下落が第3四半期のGDP成長率を0.1〜0.6%引き下げるだろう」と回答した由だ。それだけでなく、日本では「信用取引に手を出した無数の庶民が一文無しになったのでは?」とまで懸念されている。

(注1)普段ならインパクトの強い金融緩和措置として勿体をつけて、一回一回個別に実施される「利下げ」と「預金準備率の引き下げ」を6月28日(日)に、いちどきにダブル実施すると発表したこと。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

  そうやって緊張しながらネット情報を探ってきたのだが、中国は案に相違して平静−−中国社会に「変事」が起きるときは、もう少し大きな予兆があるものだ。筆者だけでなく、日頃丹念に中国動向をフォローしている(と私が見込んでいる)チャイナウォッチャー諸氏も受ける印象は似ているようだ。

  ちょっと拍子抜けしながら、さらに情報をあさっているうちに、興味深い統計を見つけた。日本の「証券保管振替機構(ほふり)」に似た「中国証券登記結算公司」が出している統計月報だ(pdf資料をダウンロード)。現時点では6月までの数字しかないが、自然人・法人が行う株式取引や取引口座の実態がある程度掴める。

  中でも筆者が注目したのは、自然人と法人の株式取引口座を、その保有する上場A株の時価総額のランク別に8つの階層に分けた統計だ。

WS000145

  この統計を基礎として、一定の仮定(注2)を置いて、8つの階層別の取引口座数と保有する株式の時価総額の累積グラフを作ってみた。
中国の株式口座
注2:ここで仮定を置いて、例えば保有A株の時価総額が10万〜50万元の自然人・法人の合計1160万の口座は、平均すると、時価総額が(10+50)/2=30万元の株を保有しているとする。最上位の1億元以上のランクは、6月末時点の推定時価総額50兆4千億元から、下位のランクの保有総額全てを差し引いた残額を保有していると推定する(以上は《毎日経済新聞》の記事からヒントを得た推計方法である)。


  ここから分かることは、大別して二つだ。
      
  1. 資産規模が10万元(≒190万円)以下の零細口座が全口座の2/3を占める
  2.   
  3. 資産規模が1億元以上の口座が全体の2/3の資産を保有する。

    但し「資産規模が1億元以上の口座」は、自然人約4300人及び法人約9800社、合計しても全口座の0.03%弱の数しかない

  中国の株式保有は圧倒的に「国家資本主義」偏重

  何だか「ジニ係数」を彷彿とさせるような資産の偏在ぶりではないか。株の価値の2/3を独占する「個人約4300人及び法人約9800社」とは何者か?

  ここからは推測だが、法人は上場国有企業の親会社たる集団公司などの中央直轄国有企業や国有の投資ファンドを中心とする国有金融企業、個人は「お上」と格別に近しいコネを持つ特権階級(中国で言う「権貴」階級)であろう。富の偏在ぶりは、恐らくグラフよりももっと極端で、法人の上位500社くらいまでが富の半分を保有する、というのが実態ではないか。

  6月のピークに時価総額10兆ドル(62兆元)以上を付けたA株は、7月初めのボトムまでに「3兆ドルが蒸発した」と言われる。しかし、その2/3の2兆ドル分は、どうやら「国家資本主義」が被った損失らしい。これは中国株バブル崩壊の影響に怯える我々外国人にとって、意表を衝く内容だが、考えてみれば当たり前の結果だ。

  よく「中国株式市場は、個人投資家が取引の中心を占める投機性の強い相場だ」と言われるが、それはあくまでフロー取引の平面に着眼した見方であって、保有というストックの平面から見れば、いまの中国は上場企業の顔ぶれも、株を保有する株主の顔ぶれも「国家資本主義」偏重なのである。

  「株バブル崩壊の影響は大したことない」のか

  我々は中国株バブル崩壊の悪影響に怯えすぎているのだろうか。答はイエス&ノーのように思える。いちばん心配されたのは「無数の素人・庶民が『官製上げ相場』を信じて、ハイリスクな信用取引に手を出して破産の危機に瀕している」ような構図だ。もしこれが本当なら、自殺が相次いで、社会問題にも発展しかねない。

  しかし、どうやらそれは杞憂で、「元手を失う」では済まずに「莫大な借金まで負って」という悲惨な事例は、ゼロではないが「無数」でもなさそうだ。

  中国でも株はオンライン・トレードが中心になって、相場変動に対してはシステム的に「ロスカット」でゲームオーバー、投資元本はそれで飛んでしまうが、借金を抱えるところまでは行かない例が多そうだからだ。

  だとすれば「株高で一瞬『富裕層になった』気になって財布のヒモも緩んだが、『元の木阿弥』でまたヒモが締まる」資産効果の剥げ落ちはあろうが、「中国経済大崩壊!」という次元の話にはならないだろう。

  庶民が大きな被害に遭っていないのだとしても、一方で「国家資本主義」の被害はなかなか大きいかもしれない。

  フロー面では今年前半、とくに第2四半期までの証券業界の大盛況が終わってしまった。上述のとおり、エコノミストは年後半にかけてGDPの落ち込みを予想しているが、中国地場系調査会社「モニター」社(CEBM)は、「第2四半期GDP成長率は7.0%と予想を上回ったが、これは営業収入が前年同期比400%増と激増した証券業の貢献によるところが大きく、この特異な効果を除外すると、GDP成長率は6.0%前後しかない。また、以上のような事情を考慮すると、株暴落がGDP成長率に与えるマイナス効果は第4四半期には▲0.5%に及ぶだろう」という報告を出した。

  ストック面では、株高をいいことに、過剰債務に悩む国有企業の財務を大幅に改善しようと目論んでいたのが「皮算用」に終わってしまった。これは2013年秋の三中全会で決まった「国有企業の混合所有制改革」を株高下で行えば、民草(たみくさ)のカネで「デット・エクイティ・スワップ」がやれるという虫の良い考えだったが、裏目に終わった。政府の下心を見抜いた庶民が先手を打って信用(負債)を膨らませて投機に邁進、結果的にバブル崩壊のツケを政府に救済させる(このためにまた政府負債が増える)結果に終わったからだ。

  中国では政府よりも庶民の方がしたたかで「一枚上手」の面がある(笑)。おかげで、「国家資本主義」側にとって、昨年来の株価の up & down は落語の「花見酒」のように儚い夢に終わってしまったようだ。

(平成27年7月20日 記 ツイッターやフェースブックで引用する場合を除き、営利・非営利を問わず、無断転載をお断りします。)

June 26th, 2015
梶谷先生からいただいたコメントについて ( 津上のブログ )


  「超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト」(丸川知雄教授と梶谷懐教授の共著 東京大学出版会刊)で丸川知雄教授からいただいた拙著への批判に対して、私が拙ブログで反論を試みたところ、今度は丸川教授の共著者である梶谷懐先生がご自身のブログ上で前編後編の二回に分けて長文のコメントをしてくださった。きちんとしたルールに従って書かれた学者の論文でもない拙稿に対して、丁寧なコメントの労を執ってくださった梶谷先生にまず感謝したい。
  梶谷先生からいただいたコメントに対して、改めてコメント返しや釈明をしたい論点は幾つもあるが、以下では3点に絞って書きたい。

(1) 拙著の立場は「清算主義」だとの批判について

  梶谷先生は後編で、近著「巨龍の苦闘」で私が「生産性の低いプレイヤーには退場してもらうことではじめて活力が生まれるのだ、という典型的な清算主義の立場」を採っていると評している。
 ここで「清算主義」(梶谷先生は以前「シバキ上げ主義」とも呼んでいた)と評されたのは、たぶん拙著の中で「過剰投資のリバランスを行うために、大幅な成長の減速、具体的には2015年から18年までの成長率を1〜3%に落とすべしと提唱し、これが最もあらまほしい「楽観」ケースだ」と主張した部分だ(同書135頁)。
  しかし、私は「清算主義だ」との批評に納得できない。大幅な成長減速が必要だと主張するのは、これ以上不効率な投資で負債の積み上げを続けて行けば、早晩中国経済に「破局」が訪れて、もっと酷いことになると怖れるからである。言葉を換えれば、梶谷先生が清算主義へのアンチテーゼだとして推奨する「リフレ」主義は、温情が仇になって、現実には選択肢として成り立たないと懸念しているのだ。

  債務増大のシミュレーション

  なぜ「破局」を危惧するのか、どうやったらこの危惧の感覚を読者に共有してもらえるかをいろいろ考えてきた。問題の根っこは、負債が急増していることだ。グラフに示したように、2009年「4兆元投資」以降、中国は負債が急激に積み上がっている。右軸の対GDP比が上昇し続けていることは、経済のパイの拡大の速度より、債務の増加速度の方が速いということだ。

中国の総債務とGDP比率推移


  ちなみに、BIS統計の最新版(2014年6月時点)では、内訳が次のようになっている。
       非金融企業の債務:対GDP比で158%
       家計の債務:35%
       政府債務:20%(国債の他、中央が代理発行してきた旧型の地方債残高を含む)
       中国の総債務/GDP比率:208%前後
(注1)上記のうち、地方政府の子会社を含む「非金融企業」の債務が激増しているのが、最大の問題だ(2008年99%→2014年158%)
    なお、最近マッキンゼーの研究所が282%という数字を出したが、これは「金融機関の債務」というもう一つ別の数字を足した数字のようだ。

  この負債急増がもたらす問題を、近著「巨龍の苦闘」では「不効率な投資のための負債の積み上げによって資金の回転が遅くなることがカネ詰まりにつながりやすい」とも表現したが、今回もう一つ簡単な債務増大の推計モデルを作ってみた。
  ―還の長期化度合い、貸出の対前年比増加ペース、そしてGDP成長率の3つの変数によって、中国の債務残高がどの程度増大していくかのイメージを示そうとするものだ。債務残高の積み上がりはGDP比で示してあるが、計量経済モデルではないので、イメージを示す「ポンチ絵」くらいに受け取っていただきたい。

  ここで言う,痢崕還の長期化」と言うのは、
 暦年の過剰投資、投資需要の先食いなどにより中国で行われている投資の収益力が低下
 →その投資のために借り入れた負債も、投資自体の稼いだキャッシュでは償還できないものが増加
 →その分債務の「借り換え」や「リスケ」が増えて、負債の元本がほんとうに金融機関に返ってくるまでの期間が長期化」
しているという意味である。

  「長期化度合い」と言いながら、本モデルは1種類の長期化パターンしか示していない。それは、非金融企業向けの銀行貸出が
以前は「長期・短期を平均して3年間(注2)で元本が一巡・償還」されていたのに、
現在は「償還期間が4年、5年と長期化(均等償還前提)」しているという仮定だ。このようなペースを仮定することで良いのかは、さらに検討したい。

注2:非金融企業向け貸出の実績は、1年以下の短期貸出と1年以上、通例3〜5年の長期貸出がほぼ半々である。
注3:貸出やGDPの数字は、2015年の銀行の人民元貸出額や同年の7%成長目標の数字に大まかに合わせてある。例えば、「n年度」の貸出残高や負債/GDP比は、前掲中国非金融企業向け貸出の最新実績(2014年6月)である99兆元や158%に合わせてある。
注4:なお、借入から生ずる年々の発生金利は、上記のマトリックスには加算していない(不効率な投資でも利払いは全額自力でできており、影響は償還期間が長期化する形に集中して現れると想定したことになる)。

  シミュレーションの結果をまとめると、次の表のようになる。


投資效率低下→資金循環悪化→負債累増のモデル化

  債務の対GDP比率は、n年度の158%から出発する。いま非金融企業向け貸出実績は、対前年比でざっと15%のペースで増大しているので、ここでもx=15%としよう。償還期間の長期化が起きずに「平均3年で一巡」の償還ペースが守られているなら、15%の貸出増加ペースが続いたとしても、n+7年度の対GDP比率は233%で済む。しかし、償還期間が表に示すようなかたちで長期化(借換やリスケが多発)していく場合は289%まで悪化する。これに加えて、今後の成長率が7%から6%に下がると、289%→309%に、5%成長だと330%に悪化する。
  非金融企業向け貸出だけで300%超の対GDP債務比率になれば、上記に掲げた家計、政府等の債務も合算した総債務の比率は400%に近いケースだと言ってよいだろう。
  もちろん、償還期間の長期化をこのような形で模擬することが適当かどうかは分からないが、償還期間長期化と債務増大がいちどきに発生すれば、わずか7年間でも債務残高の激増を招いてしまう「イメージ」はある程度表現できたのではないだろうか。筆者はこの一、二年の間とくに金融に異変の予兆が見られるような気がしているので、このことが気になって仕方ない。

 中国はGDP比400%の債務に堪えられるか−日本との比較

  「純債権国として債務を全量国内で消化できているかぎりは、債務比率が上昇しても問題ない」という考え方もあるかも知れない。実はいまの日本でも、非金融企業、家計、政府の債務を合計した数字は、既に何と400%を超えているのだ(注5)。

  注5:企業+家計≒170%、政府≒240%。日本では過去5年間で非政府債務は約10%の減だが、政府債務が35%増加、総債務は約390%から約415%に上昇した。

日本の総債務とGDP比率の推移


  日本は債務比率が400%を超えたからと言って、それで直ちに債務危機が起きる訳ではない実例だとも言える。ただ、いまの日本が、英米両国が大戦期に経験したのに近い高率の債務を積み上げて、いまのところ無事でいられることには、以下のような幾つかの理由が作用していると思う。
   (a)債務は最も抗堪力のある中央財政の上に累増していること
   (b)金利がほとんどゼロに近く、債務の「雪だるま」型増加が起きないこと
   (c)日本は国民のホームカントリーバイアスが極めて強いこと
     (国民は国の先行きをかなり悲観しているが、それでもなかなか資産を海外に逃避させたり、国を捨てたりしようとしないこと)

  この日本の状況と対比させてみると、中国については次のように言えるのではないか。
  • (a)昨年までは脆弱な地方財政に債務が累増して、地方財政危機の発生が危ぶまれたが、昨年後半から始まった地方財政改革により、地方財政という鎖の弱い部分を抗堪力の強い中央財政が補強する方向に向かいつつある。結果として中国の状況も日本に接近。
  • (b)日本の金利は、バブル崩壊後の民間セクターのデレバレッジ(負債削減)行動により大きく低下。政府は同時期、バランスシート不況の痛みを減ずるために財政を出動させ、この過程で国債の発行が増大したが、これによる金利の目立った上昇は起きなかった。中国はこの点では、日本と大きく状況が異なる。未だに金利が高止まりしており、このままではバブルで傷んだバランスシートの修復も進めにくいし、下手をすると債務の「雪だるま」型増加を招いてしまう。
  • 不景気になっても中国の金利が下がらないのは、幾つかの原因があってのことだと考えられるが、そのうちの一つが、ポストバブル期に入って本来なら投資が急減し資金需要も急減するはずなのに、経済実権の強い政府がいまだに「7%成長」などの人為的目標を掲げて、市場原理では起こらないはずの投資をドライブし続けていることだ。
  • (c)中国には日本のようなホームカントリーバイアスはないと思われる。
  • 計算上は債務を国内で賄うだけの貯蓄があっても、キャピタルフライトが起これば債務危機は発生しうると思われる。今はまだ資本規制があるため、資産逃避の術を知るのは富裕層くらいで本格化していないが、今後資本自由化が進む一方で債務問題が深刻化すると、どうなるかは分からない。

 いまの中国は90年代末に「小渕ノミクス」をやっていた頃の日本に似ている

  繰り返しになるが、私はバブル清算に温情は無用、ゾンビ企業はビシビシ破綻させて・・・という清算主義を信奉しているわけではなく、リフレ・温情主義は持続可能性がなく、やがて清算主義よりもっと悲惨な結末を招くことを恐れているのである。中国もその危険を察知したからこそ、昨年から「新常態」を標榜して、目標成長率を少しでも下げることを目指しているのだろう。
  ただ、成長減速の痛みは辛そうだ。景気にもまだら模様があって、業種で言えば重厚長大業種、地域で言えば東北三省などはいまや「土砂降り不況」のようだから、無理もない。その結果、せっかく去年から「新常態」を言い、投資と負債の積み上がりにブレーキをかけようとしてきたのに、最近は「穏増長(安定的成長)」を掲げて、またぞろ投資刺激の誘惑に駆られているような印象がある。
  将来に禍根を残すとは知りながら、足許の経済・社会の安定のために公共事業等を積み増す結果になる――その姿は、1990年代末の日本が経験した「小渕ノミクス」に似ている。
  上述のとおり、中国も抗堪力がいちばん高い中央財政に地方債務の負担を移行させていく可能性がある。目下の高株価を利用して一部の国有企業に溜まった高債務を「エクイティにスワップする」措置を採る可能性もある。そうやって脆弱な地方や企業のセクターから亀裂が拡がらないように心を砕けば、いまの日本と同様、安定を保つことは不可能ではないかもしれない(金利をもっと下げないと、それも難しい気はするが)。
  しかし、「小渕ノミクス」の代償は、回復の見通しが立たないほど日本財政を悪化させてしまったことだった。中国も同じ道を辿るつもりだろうか?本格的な高齢化時代が間もなく到来するというのに、年金原資の積立さえしていない国が。

 もっと金融リスクにコンシャスであるべき

  先日来日した北京大学の某「マクロ経済学者」の講演を聴きに行ったら、「いまは明らかにデフレで、有効需要の不足が明らかなのに、これを放置する国務院の政策は誤っている」とのご託宣であった。たしかに、今年第一四半期の公式GDP成長率は、実質ベースでは7.0%だったが、名目ベースでは既に5.8%まで低下している。公式統計でもデフレータは既に1.2%近いマイナスだからだ。
  しかし、中国は2012年以来、何度も需要(投資)喚起のアクセルを踏んできた。それによって、いっとき成長が回復するが直ぐまた減速してしまう、しかし債務だけはその都度着実に積み上がっていく――このパターンの繰り返しだった。このマクロ経済学者氏は「今後もこれを続けろ」と言うのだろうか、この御仁のアタマの中の経済モデルでは「バランスシートの健全性」といった制約式が最初から欠落しているに違いないと感じた。
  梶谷先生は、「哈継銘やマイケル・ペティスらは、いずれも金融畑の出身であり、製造業の状況についてそれほど詳しいとは思われない。また、その立場上、金融危機発生のリスクに警鐘を鳴らすことにその発言の主眼が置かれている」と言う。暗に、私(津上)は、製造業の事情も多少は知っているはずなのに、畑違いの金融畑みたいなことを言う、と批判されているようだ(笑)。
  しかし、逆に、金融畑出身でない方々は、バランスシートの破綻や金融危機の到来のリスクについて鈍感すぎるのではないか。

(2)梶谷先生の推計への疑問について

  以下、残る紙面であと2点取り上げたい。梶谷先生は後編で、今後の中国に対して、リフレ政策を推奨する一方、投資依存も徐々に下げていくべきとして、「現在GDPの50%前後ある固定資産投資比率を35%の水準まで10年程度かけて落としていくとしよう。そのためには、一時期年率20%近い数字を記録していた固定資産投資の伸びが年率5%前後にまで下がらなければならない(現在では年率12%程度)」と書いておられる。
  筆者にはこの計算の由来がよく分からない。仮に今後GDPが7.0%で成長していくとすると、現状GDPの50%強を占める投資が10年後に35%まで低下するには、投資の伸び率は年率5%ではなく2.7%まで下がらなければならない(あるいは、5%で伸びる固定資産投資が10年後にGDPの35%まで低下するには、GDPは今後も9.3%で伸び続ける必要がある)はずなのであるが、私がする計算は何かを見落としているのであろうか。
  梶谷先生は続けて、上記から「資本ストックの成長率が年6%ぐらいの水準・・・資本の生産弾力性が0.4程度・・・とすれば、(毎年のGDP成長に対して)資本の貢献分が2.5〜3%は見込める」とされているのだが、仮に私の計算が正しければ、梶谷先生の生産弾性値推計に従っても投資のGDP成長への寄与分は2.7%×0.4≒1.1%となり、梶谷先生の見通しより1.5~2%は低くなることになる。
  また、梶谷先生は残りのTFP成長率-労働投入減の差し引き効果を5%×0.6=3%と見積もっておられるところ、仮に0.6はよいとするにしても、「TFP上昇が5%強見込める」とされる点は、疑問がある。梶谷先生は2012〜2014年にTFPが低下したのは、主に不景気の影響だと言われるが、今後景気が好転することがあまり見込めない中で、TFPが2000年代の水準に回復するという根拠は何だろうか(モータープールの喩えに従えば、施設理由率は低いままなのに、なぜ売上が上がりTFPが上昇するのだろうか)。
  以上の計算の結果、梶谷先生は「5.5〜6%が中長期的に持続可能」という結論を導かれているが、私にはあまり説得的に聞こえない。むしろ、今後も投資の伸び率を横ばいに抑えることすらできずに、伸ばしていけば、債務発散の日を引きよせてしまうのではないか、ということが気になる。私が温情的リフレ策は持続可能瀬はないのではないかと危惧する所以はここらへんにある。
  ※上記の下線部は書き足しです。

(3)米中GDP比較について

  梶谷先生は「中国経済の将来予測をすることにあまり乗り気になれない」、それは「アメリカの将来予測もまともにされていない」し、中国の成長が減速すればアメリカの経済だって少なからぬ影響を受けるはずだから、「相互依存関係を考慮に入れない米中経済の比較には、そもそも大きな欠陥がある」からだと言われる。
  梶谷先生はそう述べた上で、「巨龍の苦闘」(や過去の「中国台頭の終焉」)など津上の最近の著作は「中国経済はアメリカ経済を抜けない」というわかりやすい結論がまず前提にあって、そこに合わせて議論が組み立てられている、という印象」があると言われる。
  6年前、リーマンショックで「終わった」と見られたアメリカ経済は、いま世界でいちばん調子が良いと見られている。米国経済復活に一役買ったシェールガス/オイルは油価下落でピンチだが、油価の下落はアメリカ経済にそのマイナスを上回るプラスをもたらしている、米国経済は少子高齢化の悪影響から自由な唯一の先進国経済でもある――だからと言って、アメリカ経済が5%も7%も成長する訳ではないが、大切なことはアメリカ経済も立ち止まっている訳ではなく、2〜3%の成長は続けていくだろうということだ。この米国に追いつき追い越すのがどれほどたいへんなことか・・・。
  とは言え、アメリカ経済について、計数に基づいた将来予測を何もしてないのはその通りだ。拙著に「結論先に在りき」式の色合いがあることも事実だ。だから、「ぶっちゃけ」式に白状すると、梶谷先生のこの批判だけは「おっしゃるとおり」であると認めざるを得ない。
  ただ、「どっちが先に手を出した」みたいな下品な言い訳をさせてもらうと、先に世界中が確たる根拠もなしに「中国のGDPは早晩アメリカを抜く」と言い出したのだ。おまけに、その見方が東アジアでは地域の安全保障や外交をぐちゃぐちゃに攪乱した(中国はその未来予測に基づいて、領土領海問題などで、周囲を唖然とさせるほど強硬、傲慢になったし、日本でも同じ未来予測に基づいて、中国に対する極端な不安感、反感の高まりが見られた)。
  私が十分な論証をしないまま、「中国経済はアメリカ経済を抜けない」というわかりやすい予断をしていることは認めるが、それは世界中が十分な論証もないままに「中国経済は早晩アメリカ経済を抜く」と信じ込んできたことに対する「ツッコミ」なのだと考えていただければ幸いである。
(平成27年6月26日 記、6月29日に若干書き足ししました)

May 24th, 2015
南シナ海の哨戒には手を出すな ( 津上のブログ )


  日米両国は防衛ガイドラインを改訂し、日米同盟の再定義を行おうとしている。平たく言えば、日本が米軍の役割を肩代わりする代わり、米軍の日本防衛に対するコミットメントを強化、せめて維持してもらおうというディールだ。

  「日本の負担は明確に重くなる一方で、米国の負担は曖昧だ」として「割の合わないディールだ」という批判もあるが、中国の急速な軍拡、米国の国防予算削減という大きな流れを見ていると、致し方ないのだろう。中国との友好関係を増進し緊張を緩和することで安全を確保できればよいのだが、そうした努力で中国の軍拡が止むとも思えない。

  ただ気になるのは、防衛ガイドライン改訂に伴って、自衛隊が南シナ海での哨戒活動に従事するよう米軍から求められるらしいことだ。これは良い考えだとは思えない。

  中国は当然「当事国でもない日本が南シナ海に首を突っ込むな!」と抗議する。しかし、それに従っていたら、米軍の役割肩代わりは何もできなくなるから、共同訓練だとか物資面での協力だとかには精一杯汗をかく必要があるだろう。しかし、航空機とか艦船による哨戒活動は、直接中国軍と対峙するリスクのある行動で、次元が違ってくる。そのとき、中国はどう出てくるか。

  中国のタカ派紙として有名な「環球時報」などを見ていると、「南シナ海にもADIZ(防空識別圏)を設定して対抗せよ」「空母の配備など南シナ海の軍備を更に強化して手を出せなくさせろ」といった声が一般的だ。

  メディアはそんな話で終わっているが、本当に自衛隊が哨戒を始めるとなれば、中国軍は東シナ海(尖閣周辺)で仕返ししにくると思う。舞台を南シナ海に限定した仕返しでは日本に響かないし、背後で日本を操る米国に態度を改めさせるためにも、日本が直面する東シナ海で事を起こす方が有効だからだ。

  2012年秋の尖閣「国有化」騒動以来、2年以上をかけてやっと沈静化させて、最近は日中間で「海上連絡メカニズム」も動き出そうかという話になっている尖閣で、日中武力衝突のリスクが再燃する・・・

  南シナ海での自衛隊の哨戒協力が良い考えだと思えないのは、そうして中国が尖閣に再び紛争を飛び火させる挙に出てきたら、米国は日本に「構わずに哨戒を続けてくれ」とは言わないのではないか、と思うからだ。だって、そうなったら元々の狙いだった「米国の負担軽減」どころではなくなるからだ。

  「日本に介入を止めさせるために、いちばん有効な策は何か・・・」少し考えれば分かることだから、中国軍もそう考えて準備していると思う。「中国がそう出てくれば、米国の要請は撤回されうる・・・」自衛隊も日本政府も、そのつもりで米国の要請を「話半分」くらいに取り合っておいた方がいいと思う。

  逆に言うと、「南シナ海哨戒活動」の予算を取るとか、部隊編成替え・装備をするとか「組織的対応」をしてしまうと、後で米国から「あの話はもう必要ないから」と言われても、「転身が下手な日本組織」ぶりを晒してしまうのではないかと恐れる。

  そうやってもがいているうちに、米国と中国の間で「頼んでもいないのに、日本が首を突っ込みたがっている」ことにされでもしたら、烏滸の沙汰も極まれりだ。

平成27年5月24日 記(無断転載を禁じます)

May 5th, 2015
東大丸川知雄教授の批判に応える ( 津上のブログ )


  東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授が今年2月に刊行された「超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト」(神戸大学経済学部梶谷懐教授との共著、東京大学出版会刊、以下「本書」と略称)の中で、私の著作を批判しておられることをツイッターで知った。
  目を通すと、たしかに、丸川教授が執筆を担当した序章「経済超大国への道」の中で、「中国経済が崩壊すると論ずる著作二冊」の一つとして、私が2年前に刊行した「中国台頭の終焉」(2013年1月日経プレミア刊、以下「終焉」と略称)が批判されている。
  私は今月刊行する「巨龍の苦闘」(2015年5月 角川新書刊)でも、中国経済の見通しについて「終焉」とほぼ同じ見方をしているので、丸川教授の批判には応えておかないといけないと思う。
    丸川教授からの批判
  丸川教授の批判を私なりに要約すると、以下の数点になると思う。
    津上は、中国経済が短期的には投資主導の経済成長の行き詰まり、中期的には国進民退(政府や国有企業の肥大・民間企業の伸び悩み)という問題に直面すると論ずるが、これらの問題が「成長にどれほどのマイナスの効果を与えるのかは測りがたい。なぜなら政府が今後どのような政策をとるかによってマイナスの大きさも変わってくるからである。」(同書7頁)
    津上は、今後の中国の潜在成長率は5%前後だとするが、「その積算根拠が示されていない」・・・「なぜ7%は無理で、かといって3%でもなく5%なのか、その理由が書かれていない」(同書7頁)
    「ふつう潜在成長率を算定する際には政策の出方によって左右される要素は含めない」・・・「津上が(今後の潜在成長率を)5%前後だとする主な根拠は少子高齢化にあるとみられる。」(この点で)津上は、「国連の人口予測は合計特殊出生率を1.5〜1.58と見積もっていて過大評価であるとし、2010年の人口センサスから得られる1.18という出生率をいるべきだと主張する」が、「2000年人口センサスでは相当数の子供が補足されていなかった」・・・「2010年の人口センサスの際にも同様に大勢の子供が隠されたのだとすれば、1.18という出生率は過少ということになる」(本書16頁)
    「仮に津上の人口予測を採用した場合に、経済成長率はどれだけ下がるのだろうか。」・・・「2011−2020年の就業者数の減少は年率マイナス0.1%、2021−2030年は年率マイナス0.6%と予想される。この数字を表序2の「楽観シナリオ」に当てはめると、2011−2020年のGDP成長率は年7.8%、2021−2030年は年7.0%となる。結局、国連の人口予測を使った筆者(丸川)の予測と年率0.1%しか違わないのである。」(本書16頁)

   以下、順次反論していきたい(クリックするとリンクへ飛びます)。

     の批判:中国経済が直面する短期、中期的な問題について

     の批判:潜在成長率の積算根拠を示さずに5%前後としていることについて

     の批判:1.18という出生率は過少という点について

     の批判:津上の人口予測を採用しても、国連の人口予測を使った筆者(丸川)の予測と年率0.1%しか違わないという点について

      反論の結び

   【本ポストの無断転載を禁じます】

May 5th, 2015
 ,糧稟宗中国経済が直面する短期、中期的な問題について ( 津上のブログ )


  中国経済が直面する問題を短期、中期、長期に分けて論ずるのは「終焉」以来、私がずっと著作や講演で採用しているスタイルである。
    i) 短期的な問題:リーマンショック後の投資・負債頼みの成長「嵩上げ」は、もはや限界に来ていること
  近年の中国過剰投資は、二つの問題を生んでいる。一つは投資効率がどんどん低下して、成長に貢献しなくなっていること、もう一つは低効率な投資と負債を大量に積み重ね続けている結果、中国経済全体のバランスシートが劣化し始めており、早く方向転換を図らないと、早晩バランスシートの破綻、成長の急落を招くことである。
  「終焉」でも、この二つを視野に入れて「「4兆元投資」の後遺症」(同書第2章)として取り上げたつもりだが、近著「巨龍の苦闘」では、より直裁に、バランスシートの劣化、これによるマネーフローの悪化、最終的にはストック面での損失処理の必要が生ずることを論じている(同書第2章「投資・信用バブルの終焉」)。
  まず、投資の效率低下については、本書でも、共著者である梶谷教授が「投資過剰経済」という用語を用いて第1章で論じている。梶谷教授は、地方政府の融資プラットフォーム企業や負債過多の民営企業などが資本収益率の低下を設備投資の拡張競争によって先送りする傾向が見られることを「ポンジーゲーム(ねずみ講)」だと表現した中国学者を紹介しながら、(そんな先送りをしても、問題が)「より深刻化するのは明らか」「このような状況の中で全体の資本収益率の低下が進んでいけば、現在『影の銀行』などを通じて高金利での資金調達を行っている中小企業や融資プラットフォーム企業、およびそこに資金を供給している中堅の金融機関などを中心に、いずれ広範な経営破綻が生じても不思議ではない」と論じている(本書58頁)。
  バランスシートの劣化問題については、そもそも経済学者の中に、キャッシュを稼ぐ力が弱くて借金を返せないような投資を大量に積み重ねていけば、国全体のバランスシートが劣化して、やがては一国経済全体が危機的な状況に陥るという当たり前の事実を無視する人がいるように思われる。典型は、一人当たりの資本ストックが先進国に比べてまだまだ小さいことを論拠に「中国は今後も長期間にわたって投資主導の高成長を遂げることができる」と主張する北京大学の林毅夫教授であり、林教授の頭の中の経済モデルには、バランスシートの健全性に関する制約式が最初から欠落しているのではないかと疑わせる。
  金融危機に見舞われて経済がハードランディングする事態を回避するためには、投資を減速させる必要がある、しかし、そうすれば過去の成長「嵩上げ」の反動で、今度は景気が下振れするだろう。GDPを需要面から捉えるならば、2014年まで、中国経済はGDP成長率の半分以上を前年より増大する投資で稼いできたのである。投資が前年横ばいに止まるだけで、成長率は7〜8%の半分に低下する。投資を前年より削減すれば、今度は半分と言うよりゼロ成長の方に近付くことは明らかだと思われる。
  いま短期的な最大の問題は、丸川教授が言う「潜在成長率が何%あるか」よりも、向こうしばらくは有効需要不足と成長低下に甘んじてでも、バランスシートの破綻を回避することができるかどうかである。昨年来の「新常態」キャンペーンも、地方財政改革(とくに地方債務の地方債への置き換え計画)も、昨今話題になっている「中国版QE」と呼ばれるような政策傾向も、このままでは重大な危機を迎えるという危機感が高まったからこそ発動されたものだと私は思う。
  本書で共著者の梶谷教授は過剰資本蓄積の危険性について、かなり強い警告をしていると感じるのだが、その割に全体として「7%成長はまだ続く」という楽観ばかりが目に付く本になっているのは、ちぐはぐな印象を与える。
    ii) 中期的な問題:今後どこまで成長が維持できるかは、改革の達成具合次第であること
  拙著「終焉」では、第3章「中期的な成長を阻むもの」で「国家資本主義と国進民退」が問題だと指摘したうえで、第4章「新政権の課題(1)国家資本主義を再逆転」、第5章「新政権の課題(2)成長の富を民に還元」、第6章「民営経済の退潮」、第7章「新政権の課題(3)都市・農村二元構造問題の解決」と5章にわたって習近平新政権の取り組むべき課題を論じた。
  そこで列挙した課題の多くは2013年11月の「三中全会改革決定」に取り入れられたので、私は翌2014年2月に刊行した拙著「中国停滞の核心」(文春新書)の第2章や今月刊行した「巨龍の苦闘」第4章で、今後の中期的な成長の鍵を握るのは、これらの改革を実行して全要素生産性(TFP)の向上をどこまで図れるか?であり、改革が進めば比較的高めの成長率を維持できるだろうし、逆に改革が進まなければ、成長は中期的に大きく鈍化するだろうという立場を採ってきた。
  「改革が進めば比較的高めの成長率を維持できる」という限りでは、私と丸川教授の考え方に大きな違いはないと思う。教授の主張に違和感を覚えるのは、改革が進めば全要素生産性の伸びが続くという「可能性」に止まらずに、それらの改革がすべからく達成される、うまく行く結果、「1995−2010年の全要素生産性の伸びが今後もそのまま続く」と仮定しているように見えることである。
  例えば、これまで中国の経済成長を支えてきた農村の余剰労働力の第二次、第三次産業への移動が「ルイスの転換点」を迎えたことにより減少するのではないかという見方について、「現在の中国において農村の余剰労働力が完全に枯渇した訳ではなく、土地制度や戸籍制度などの改革を通じて農村から都市へ、農業部門から工業あるいはサービス部門への人口移動が今後も進んでいく可能性を示唆する」(187頁)と述べている(『疑似的なルイスの転換点』説)。
  この主張にも「可能性」の限りでは反対しないが(注)、本書で教授が採用している「1995−2010年の全要素生産性の伸びは今後もそのまま続く」という仮定を導くためには、土地制度や戸籍制度などの「改革が達成された」、あるいは「達成される見込みである」と論証し、よって「農村の余剰労働力の第二次、第三次産業への移動は今後も持続する」ことを論証する必要があるはずだ。
  その論証をしないまま、「全要素生産性の伸びは今後も続く」と仮定することには同意できない。教授は、私の見方に対しては「ふつう潜在成長率を予想する際には政策の出方によって左右される要素は含めない」ものだと指摘しているが(8頁)、ご自身はここで「政策の出方によって左右される要素」を「政策はうまく行く」と予断して「潜在成長率を高めに予測」しているように見える。これでは「高成長持続の結論先に在りき」だと言われても仕方ないのではないか。私はやはり、「今後の成長は改革の進展次第だ」と結論するのが正しいと思う。

注:私は丸川教授の『疑似的なルイスの転換点』仮説に全く反対の立場を採る訳ではないが、いまなお農村に残る就業人口は大半が40歳以上だと言われていること、近年はいったん都市に出稼ぎに出た農民が地元にUターンする例も増えていることには注意を要する。
  また、近時は農村社会保障制度の整備も進み始めたこと、土地収用基準の引き上げにより、いまや「農民であること(農地の工作請負権を所有していること)」に財産的価値が認められるようになり、農民が都市居民戸籍への転換を希望しなくなり始めたことも重く見る必要があると思う。そうだとすれば、農民が土地を離れて都市に出稼ぎに行っても地代収入をきちんと得られるような制度改革が進んだだけで、丸川教授が予想するように「農民の移動が再び活発化する」とは限らないということになるからである。




 

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