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梶谷先生からいただいたコメントについて

このブログで以前した拙著への批判への反論に対して、神戸大学の梶谷懐教授が丁寧なコメントをくださったので、コメント返しです。




  「超大国・中国のゆくえ4 経済大国化の軋みとインパクト」(丸川知雄教授と梶谷懐教授の共著 東京大学出版会刊)で丸川知雄教授からいただいた拙著への批判に対して、私が拙ブログで反論を試みたところ、今度は丸川教授の共著者である梶谷懐先生がご自身のブログ上で前編後編の二回に分けて長文のコメントをしてくださった。きちんとしたルールに従って書かれた学者の論文でもない拙稿に対して、丁寧なコメントの労を執ってくださった梶谷先生にまず感謝したい。
  梶谷先生からいただいたコメントに対して、改めてコメント返しや釈明をしたい論点は幾つもあるが、以下では3点に絞って書きたい。

(1) 拙著の立場は「清算主義」だとの批判について

  梶谷先生は後編で、近著「巨龍の苦闘」で私が「生産性の低いプレイヤーには退場してもらうことではじめて活力が生まれるのだ、という典型的な清算主義の立場」を採っていると評している。
 ここで「清算主義」(梶谷先生は以前「シバキ上げ主義」とも呼んでいた)と評されたのは、たぶん拙著の中で「過剰投資のリバランスを行うために、大幅な成長の減速、具体的には2015年から18年までの成長率を1〜3%に落とすべしと提唱し、これが最もあらまほしい「楽観」ケースだ」と主張した部分だ(同書135頁)。
  しかし、私は「清算主義だ」との批評に納得できない。大幅な成長減速が必要だと主張するのは、これ以上不効率な投資で負債の積み上げを続けて行けば、早晩中国経済に「破局」が訪れて、もっと酷いことになると怖れるからである。言葉を換えれば、梶谷先生が清算主義へのアンチテーゼだとして推奨する「リフレ」主義は、温情が仇になって、現実には選択肢として成り立たないと懸念しているのだ。

  債務増大のシミュレーション

  なぜ「破局」を危惧するのか、どうやったらこの危惧の感覚を読者に共有してもらえるかをいろいろ考えてきた。問題の根っこは、負債が急増していることだ。グラフに示したように、2009年「4兆元投資」以降、中国は負債が急激に積み上がっている。右軸の対GDP比が上昇し続けていることは、経済のパイの拡大の速度より、債務の増加速度の方が速いということだ。

中国の総債務とGDP比率推移


  ちなみに、BIS統計の最新版(2014年6月時点)では、内訳が次のようになっている。
       非金融企業の債務:対GDP比で158%
       家計の債務:35%
       政府債務:20%(国債の他、中央が代理発行してきた旧型の地方債残高を含む)
       中国の総債務/GDP比率:208%前後
(注1)上記のうち、地方政府の子会社を含む「非金融企業」の債務が激増しているのが、最大の問題だ(2008年99%→2014年158%)
    なお、最近マッキンゼーの研究所が282%という数字を出したが、これは「金融機関の債務」というもう一つ別の数字を足した数字のようだ。

  この負債急増がもたらす問題を、近著「巨龍の苦闘」では「不効率な投資のための負債の積み上げによって資金の回転が遅くなることがカネ詰まりにつながりやすい」とも表現したが、今回もう一つ簡単な債務増大の推計モデルを作ってみた。
  ―還の長期化度合い、貸出の対前年比増加ペース、そしてGDP成長率の3つの変数によって、中国の債務残高がどの程度増大していくかのイメージを示そうとするものだ。債務残高の積み上がりはGDP比で示してあるが、計量経済モデルではないので、イメージを示す「ポンチ絵」くらいに受け取っていただきたい。

  ここで言う,痢崕還の長期化」と言うのは、
 暦年の過剰投資、投資需要の先食いなどにより中国で行われている投資の収益力が低下
 →その投資のために借り入れた負債も、投資自体の稼いだキャッシュでは償還できないものが増加
 →その分債務の「借り換え」や「リスケ」が増えて、負債の元本がほんとうに金融機関に返ってくるまでの期間が長期化」
しているという意味である。

  「長期化度合い」と言いながら、本モデルは1種類の長期化パターンしか示していない。それは、非金融企業向けの銀行貸出が
以前は「長期・短期を平均して3年間(注2)で元本が一巡・償還」されていたのに、
現在は「償還期間が4年、5年と長期化(均等償還前提)」しているという仮定だ。このようなペースを仮定することで良いのかは、さらに検討したい。

注2:非金融企業向け貸出の実績は、1年以下の短期貸出と1年以上、通例3〜5年の長期貸出がほぼ半々である。
注3:貸出やGDPの数字は、2015年の銀行の人民元貸出額や同年の7%成長目標の数字に大まかに合わせてある。例えば、「n年度」の貸出残高や負債/GDP比は、前掲中国非金融企業向け貸出の最新実績(2014年6月)である99兆元や158%に合わせてある。
注4:なお、借入から生ずる年々の発生金利は、上記のマトリックスには加算していない(不効率な投資でも利払いは全額自力でできており、影響は償還期間が長期化する形に集中して現れると想定したことになる)。

  シミュレーションの結果をまとめると、次の表のようになる。


投資效率低下→資金循環悪化→負債累増のモデル化

  債務の対GDP比率は、n年度の158%から出発する。いま非金融企業向け貸出実績は、対前年比でざっと15%のペースで増大しているので、ここでもx=15%としよう。償還期間の長期化が起きずに「平均3年で一巡」の償還ペースが守られているなら、15%の貸出増加ペースが続いたとしても、n+7年度の対GDP比率は233%で済む。しかし、償還期間が表に示すようなかたちで長期化(借換やリスケが多発)していく場合は289%まで悪化する。これに加えて、今後の成長率が7%から6%に下がると、289%→309%に、5%成長だと330%に悪化する。
  非金融企業向け貸出だけで300%超の対GDP債務比率になれば、上記に掲げた家計、政府等の債務も合算した総債務の比率は400%に近いケースだと言ってよいだろう。
  もちろん、償還期間の長期化をこのような形で模擬することが適当かどうかは分からないが、償還期間長期化と債務増大がいちどきに発生すれば、わずか7年間でも債務残高の激増を招いてしまう「イメージ」はある程度表現できたのではないだろうか。筆者はこの一、二年の間とくに金融に異変の予兆が見られるような気がしているので、このことが気になって仕方ない。

 中国はGDP比400%の債務に堪えられるか−日本との比較

  「純債権国として債務を全量国内で消化できているかぎりは、債務比率が上昇しても問題ない」という考え方もあるかも知れない。実はいまの日本でも、非金融企業、家計、政府の債務を合計した数字は、既に何と400%を超えているのだ(注5)。

  注5:企業+家計≒170%、政府≒240%。日本では過去5年間で非政府債務は約10%の減だが、政府債務が35%増加、総債務は約390%から約415%に上昇した。

日本の総債務とGDP比率の推移


  日本は債務比率が400%を超えたからと言って、それで直ちに債務危機が起きる訳ではない実例だとも言える。ただ、いまの日本が、英米両国が大戦期に経験したのに近い高率の債務を積み上げて、いまのところ無事でいられることには、以下のような幾つかの理由が作用していると思う。
   (a)債務は最も抗堪力のある中央財政の上に累増していること
   (b)金利がほとんどゼロに近く、債務の「雪だるま」型増加が起きないこと
   (c)日本は国民のホームカントリーバイアスが極めて強いこと
     (国民は国の先行きをかなり悲観しているが、それでもなかなか資産を海外に逃避させたり、国を捨てたりしようとしないこと)

  この日本の状況と対比させてみると、中国については次のように言えるのではないか。
  • (a)昨年までは脆弱な地方財政に債務が累増して、地方財政危機の発生が危ぶまれたが、昨年後半から始まった地方財政改革により、地方財政という鎖の弱い部分を抗堪力の強い中央財政が補強する方向に向かいつつある。結果として中国の状況も日本に接近。
  • (b)日本の金利は、バブル崩壊後の民間セクターのデレバレッジ(負債削減)行動により大きく低下。政府は同時期、バランスシート不況の痛みを減ずるために財政を出動させ、この過程で国債の発行が増大したが、これによる金利の目立った上昇は起きなかった。中国はこの点では、日本と大きく状況が異なる。未だに金利が高止まりしており、このままではバブルで傷んだバランスシートの修復も進めにくいし、下手をすると債務の「雪だるま」型増加を招いてしまう。
  • 不景気になっても中国の金利が下がらないのは、幾つかの原因があってのことだと考えられるが、そのうちの一つが、ポストバブル期に入って本来なら投資が急減し資金需要も急減するはずなのに、経済実権の強い政府がいまだに「7%成長」などの人為的目標を掲げて、市場原理では起こらないはずの投資をドライブし続けていることだ。
  • (c)中国には日本のようなホームカントリーバイアスはないと思われる。
  • 計算上は債務を国内で賄うだけの貯蓄があっても、キャピタルフライトが起これば債務危機は発生しうると思われる。今はまだ資本規制があるため、資産逃避の術を知るのは富裕層くらいで本格化していないが、今後資本自由化が進む一方で債務問題が深刻化すると、どうなるかは分からない。

 いまの中国は90年代末に「小渕ノミクス」をやっていた頃の日本に似ている

  繰り返しになるが、私はバブル清算に温情は無用、ゾンビ企業はビシビシ破綻させて・・・という清算主義を信奉しているわけではなく、リフレ・温情主義は持続可能性がなく、やがて清算主義よりもっと悲惨な結末を招くことを恐れているのである。中国もその危険を察知したからこそ、昨年から「新常態」を標榜して、目標成長率を少しでも下げることを目指しているのだろう。
  ただ、成長減速の痛みは辛そうだ。景気にもまだら模様があって、業種で言えば重厚長大業種、地域で言えば東北三省などはいまや「土砂降り不況」のようだから、無理もない。その結果、せっかく去年から「新常態」を言い、投資と負債の積み上がりにブレーキをかけようとしてきたのに、最近は「穏増長(安定的成長)」を掲げて、またぞろ投資刺激の誘惑に駆られているような印象がある。
  将来に禍根を残すとは知りながら、足許の経済・社会の安定のために公共事業等を積み増す結果になる――その姿は、1990年代末の日本が経験した「小渕ノミクス」に似ている。
  上述のとおり、中国も抗堪力がいちばん高い中央財政に地方債務の負担を移行させていく可能性がある。目下の高株価を利用して一部の国有企業に溜まった高債務を「エクイティにスワップする」措置を採る可能性もある。そうやって脆弱な地方や企業のセクターから亀裂が拡がらないように心を砕けば、いまの日本と同様、安定を保つことは不可能ではないかもしれない(金利をもっと下げないと、それも難しい気はするが)。
  しかし、「小渕ノミクス」の代償は、回復の見通しが立たないほど日本財政を悪化させてしまったことだった。中国も同じ道を辿るつもりだろうか?本格的な高齢化時代が間もなく到来するというのに、年金原資の積立さえしていない国が。

 もっと金融リスクにコンシャスであるべき

  先日来日した北京大学の某「マクロ経済学者」の講演を聴きに行ったら、「いまは明らかにデフレで、有効需要の不足が明らかなのに、これを放置する国務院の政策は誤っている」とのご託宣であった。たしかに、今年第一四半期の公式GDP成長率は、実質ベースでは7.0%だったが、名目ベースでは既に5.8%まで低下している。公式統計でもデフレータは既に1.2%近いマイナスだからだ。
  しかし、中国は2012年以来、何度も需要(投資)喚起のアクセルを踏んできた。それによって、いっとき成長が回復するが直ぐまた減速してしまう、しかし債務だけはその都度着実に積み上がっていく――このパターンの繰り返しだった。このマクロ経済学者氏は「今後もこれを続けろ」と言うのだろうか、この御仁のアタマの中の経済モデルでは「バランスシートの健全性」といった制約式が最初から欠落しているに違いないと感じた。
  梶谷先生は、「哈継銘やマイケル・ペティスらは、いずれも金融畑の出身であり、製造業の状況についてそれほど詳しいとは思われない。また、その立場上、金融危機発生のリスクに警鐘を鳴らすことにその発言の主眼が置かれている」と言う。暗に、私(津上)は、製造業の事情も多少は知っているはずなのに、畑違いの金融畑みたいなことを言う、と批判されているようだ(笑)。
  しかし、逆に、金融畑出身でない方々は、バランスシートの破綻や金融危機の到来のリスクについて鈍感すぎるのではないか。

(2)梶谷先生の推計への疑問について

  以下、残る紙面であと2点取り上げたい。梶谷先生は後編で、今後の中国に対して、リフレ政策を推奨する一方、投資依存も徐々に下げていくべきとして、「現在GDPの50%前後ある固定資産投資比率を35%の水準まで10年程度かけて落としていくとしよう。そのためには、一時期年率20%近い数字を記録していた固定資産投資の伸びが年率5%前後にまで下がらなければならない(現在では年率12%程度)」と書いておられる。
  筆者にはこの計算の由来がよく分からない。仮に今後GDPが7.0%で成長していくとすると、現状GDPの50%強を占める投資が10年後に35%まで低下するには、投資の伸び率は年率5%ではなく2.7%まで下がらなければならない(あるいは、5%で伸びる固定資産投資が10年後にGDPの35%まで低下するには、GDPは今後も9.3%で伸び続ける必要がある)はずなのであるが、私がする計算は何かを見落としているのであろうか。
  梶谷先生は続けて、上記から「資本ストックの成長率が年6%ぐらいの水準・・・資本の生産弾力性が0.4程度・・・とすれば、(毎年のGDP成長に対して)資本の貢献分が2.5〜3%は見込める」とされているのだが、仮に私の計算が正しければ、梶谷先生の生産弾性値推計に従っても投資のGDP成長への寄与分は2.7%×0.4≒1.1%となり、梶谷先生の見通しより1.5~2%は低くなることになる。
  また、梶谷先生は残りのTFP成長率-労働投入減の差し引き効果を5%×0.6=3%と見積もっておられるところ、仮に0.6はよいとするにしても、「TFP上昇が5%強見込める」とされる点は、疑問がある。梶谷先生は2012〜2014年にTFPが低下したのは、主に不景気の影響だと言われるが、今後景気が好転することがあまり見込めない中で、TFPが2000年代の水準に回復するという根拠は何だろうか(モータープールの喩えに従えば、施設理由率は低いままなのに、なぜ売上が上がりTFPが上昇するのだろうか)。
  以上の計算の結果、梶谷先生は「5.5〜6%が中長期的に持続可能」という結論を導かれているが、私にはあまり説得的に聞こえない。むしろ、今後も投資の伸び率を横ばいに抑えることすらできずに、伸ばしていけば、債務発散の日を引きよせてしまうのではないか、ということが気になる。私が温情的リフレ策は持続可能瀬はないのではないかと危惧する所以はここらへんにある。
  ※上記の下線部は書き足しです。

(3)米中GDP比較について

  梶谷先生は「中国経済の将来予測をすることにあまり乗り気になれない」、それは「アメリカの将来予測もまともにされていない」し、中国の成長が減速すればアメリカの経済だって少なからぬ影響を受けるはずだから、「相互依存関係を考慮に入れない米中経済の比較には、そもそも大きな欠陥がある」からだと言われる。
  梶谷先生はそう述べた上で、「巨龍の苦闘」(や過去の「中国台頭の終焉」)など津上の最近の著作は「中国経済はアメリカ経済を抜けない」というわかりやすい結論がまず前提にあって、そこに合わせて議論が組み立てられている、という印象」があると言われる。
  6年前、リーマンショックで「終わった」と見られたアメリカ経済は、いま世界でいちばん調子が良いと見られている。米国経済復活に一役買ったシェールガス/オイルは油価下落でピンチだが、油価の下落はアメリカ経済にそのマイナスを上回るプラスをもたらしている、米国経済は少子高齢化の悪影響から自由な唯一の先進国経済でもある――だからと言って、アメリカ経済が5%も7%も成長する訳ではないが、大切なことはアメリカ経済も立ち止まっている訳ではなく、2〜3%の成長は続けていくだろうということだ。この米国に追いつき追い越すのがどれほどたいへんなことか・・・。
  とは言え、アメリカ経済について、計数に基づいた将来予測を何もしてないのはその通りだ。拙著に「結論先に在りき」式の色合いがあることも事実だ。だから、「ぶっちゃけ」式に白状すると、梶谷先生のこの批判だけは「おっしゃるとおり」であると認めざるを得ない。
  ただ、「どっちが先に手を出した」みたいな下品な言い訳をさせてもらうと、先に世界中が確たる根拠もなしに「中国のGDPは早晩アメリカを抜く」と言い出したのだ。おまけに、その見方が東アジアでは地域の安全保障や外交をぐちゃぐちゃに攪乱した(中国はその未来予測に基づいて、領土領海問題などで、周囲を唖然とさせるほど強硬、傲慢になったし、日本でも同じ未来予測に基づいて、中国に対する極端な不安感、反感の高まりが見られた)。
  私が十分な論証をしないまま、「中国経済はアメリカ経済を抜けない」というわかりやすい予断をしていることは認めるが、それは世界中が十分な論証もないままに「中国経済は早晩アメリカ経済を抜く」と信じ込んできたことに対する「ツッコミ」なのだと考えていただければ幸いである。
(平成27年6月26日 記、6月29日に若干書き足ししました)




 

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