中国にも 「埋蔵金」 があるという話
今回投稿は7500字、これくらい書くと、牛のヨダレ式長文が好きな筆者もさすがに 「満腹感」 あります・・・これ、ビョーキですね。
しかし、今後の中国の 「国のかたち」 を占う上で重要な論点ですので、ご一読乞う!
中国にも 「埋蔵金」 があるという話
「国有資本経営予算」 という特別会計
愛読誌 「財経」 の最近号 (8月17日発行) に中国政府が特別会計 (日本流に言えば) を創設するという記事 ( 「国有企業配当:困惑と突破」 ) が出ていた。きょうび日本で 「特別会計」 と言えば、役人が 「オラが省」、「オラが局」 の権益のためにカネをプールする仕組みのことであり、そこに溜まったカネは 「埋蔵金」 と称されている。その 「特別会計」 を中国も作ると聞けば、プロ中国派なら 「日本の轍を踏まなくてもよいのに・・・」 と感じ、アンチ中国派なら 「その調子で中国政府も堕落してくれろ」 と感ずるだろう (笑)。
ところが記事を読み進むと、中国では話が逆で特別会計を作るのは埋蔵金を掘り出すことが狙いだという。ここでいう 「埋蔵金」 とは国有企業の税引き後利益のことだ。前提として 「中国の国有企業は国庫に配当を収めていない」 という驚くべきことが書いてある。「今や数多くの国有企業が株式上場しているじゃないか、筆頭株主にだけ配当しない訳!?」
そうではない。上場国有企業と国庫の間に 「集団公司」 だの 「控股公司 (holding company)」 だのが挟まっていて、配当益はそこで止まっているという (注1)。結果として上場の有無を問わず、国有企業の税引き後利益のうち国の持分相当分は全額が国有企業 (集団) に内部留保されてきたというのだ。
「国有企業が国に配当していない」 という局面だけ知ると、なぜそんな不合理がまかり通っているのかと疑問に思うが、それなりの理由と経緯があるらしい。記事を発端に筆者がざっと調べた限りで 「事の顛末」 を紹介すると以下のとおりだ。
1.中国国有企業盛衰記
■ 昔は国庫が国有企業を収奪
計画経済時代の中国では、国有企業はタマゴ (政府の歳入) を産む貴重なニワトリだった。価格も生産量も 「割り当て」 られて、仕入れとの差額 (利益) を上納させられる。国庫は貧しいうえに 「減価償却」 なんて概念もなかったから、企業は内部留保も許されなかった。そんな収奪を続ければ企業がガタガタになるのは当たり前だ。
■ 1994年以後、国庫上納を免除
改革開放以降、国家財政の方も徴税という新たな仕事がうまく行かずに貧窮を極めた。とくに1990年代に入って中央財政がスッカラカンになったため、1994年 「分税制」 (注2) という仕組みを導入して、中央と地方 (省政府) の財源別の取り分を変更した。このとき、同時に国有企業には配当上納の免除措置を講じた、のだそうだ。
■ つらい国有企業改革
分税制導入時に配当を免除したのは、この頃から国有企業を再生させる大リストラが始まったからだ。多くの従業員が早期退職させられ、城下町の病院・学校など福利厚生部門は本体から分離されて有償になった。破産・閉鎖になった企業も数知れず。大国有企業でも望みのある部門 (→ 上場) と望みのない部門 (→ bad company) が分社されて集団公司にぶら下がる仕組みがとられた。国有企業はこのリストラのコストを賄うために利益上納どころではなくなったのだ。
■ 国有企業ルネッサンス
「国のかたち」 を一変させるような体制改革のコストを企業だけに負担させることはもともと無理だったが、その窮地を飛躍的な経済成長と分税制が救う。中央財政はこれでみるみる財力をつけ、社会保障制度の充実が始まり企業のリストラを助けた。もともと人材の蓄積が厚く各種の優遇も受けていた国有企業は、折りからの高成長に加えて内部留保も許された結果、この5年間で急速に復活、仕上げに上場ラッシュが来た。石油・電信など独占大国有企業が巨額の利益を上げる、国有企業が大きな時価総額で上場に成功する、まさに国有企業のルネッサンスが起きた。
■ 免除廃止の潮時来たる
しかしルネッサンスの傍らで、持株会社が潤沢な資金に物を言わせて無駄な投資をする、集団公司の経営陣が耳を疑うようなお手盛り高給を取るなど富裕になった国有企業の弊害が社会の批判を浴びるようになった。「配当免除措置も廃止の潮時が来た、本来企業がオーナー (国) に利益を配当するのは当たり前だ」 ということになり、2005年頃から配当復活が論議の俎上に上った。とくに2006年初めに出た世界銀行中国代表処の報告が公共予算の充実と経済過熱防止のためにも配当を復活すべきと提唱したことが流れを加速したという。中国公共政策に関する世銀の存在感を示すエピソードだ。
2007年には暫定規定が定められ、中央直轄企業を対象に2006年決算を基礎とした配当納付のトライアルが始まった。今年はその3年目に当たり、そろそろ正式に立法・制度化すべきという流れになっている。特別会計の名前は 「国有資本経営予算」 であり、ちかく制定が予想される規則は 「国有資本経営条例」 という。
2.暫定制度の現状と課題
配当復活と言えば簡単に聞こえるが、実際は簡単ではない。試行中の 「国有資本経営予算」 制度の現状と課題をまとめると次のとおりだ。
■ 対象
国有企業と国有持株会社の総数は全国で12万社以上と言われ、このうち第一類型が国務院国有資産監督管理委員会 (以下 「国資委」 ) が管轄する中央直轄企業136社及び地方の国資委が管理する地方国有企業 (総数不詳、重点国有企業から中央企業の重なりを除くと330社前後あるが、これは省の国資委管轄と推測する)、第二類型が銀監会・保監会・証監会が管理する金融系 (中央直轄だけで30数社)、第三類型が上記以外の各部が所管する鉄路・港湾・空港、郵政、煙草、放送・電視、文化などである。
いまトライアル納付の対象になっているのは中央企業136社及び中国煙草だけだが、ちかく金融系及び鉄路・港湾・空港、郵政、放送・電視、文化など各部所管企業や大学・研究所出身の北大青鳥や連想などハイテク系にも拡大が試みられる予定だ。地方でもトライアルは既に行われており、一部では中央より進んでいると言われるが、制度正式発足以降は中央との相似形で制度が全国的に移植される予定だ。
■ 規模
これら国有企業群が上げる利益はいかほどか。上記 「財経」 誌記事によるとトライアル徴集の対象になっている中央企業の2008年度利益総額は秋以降の世界不況のあおりで目減りしたが、それでも8000億元 (≒11兆円) あった。しかし、これを基にした2009年度の予定上納配当益はその5%未満の385億元 (≒5300億円) しかない。しかも、このうち中国煙草の上納額が110億元、中国石油と中国移動 (チャイナ・モバイル) が各70億元と上位3社だけで全体の2/3を上納するという絵に描いたような 「ロング・テール」 構造だ。
配当性向が5%とはべらぼうに低い印象だが、二つの考慮がある。第一は中国お得意の 「漸進主義」 だ、当面は低率からスタート、円滑な導入と定着を優先する。第二は執行の便宜だ。中央だけで二百社近くある各社と個別交渉していたらきりがないが、他方で業種特性を考慮する必要もあり一律の数字にはできない。いまは折衷策として、資源型 (石油、炭砿など) や自然独占型 (電信など) 企業は10%、他方、収益力の弱い軍需企業やハイテク性・成長性の高い大学・研究所出身会社などは免除、両者の中間にある一般競争性産業は5%の配当性向を採る三分法になっている。
中国の平均配当性向は15?20%と言われるから将来は配当比率の引き上げが課題になる。政府高官も公開の席で 「中国石油、中国石化、中国移動など大会社向けの10%は出発点に過ぎず、今後は引き上げていく」 と発言しているが、「埋蔵金を埋めておきたい」 国有企業との間で熾烈な駆け引きがあるだろう。
この特別会計による歳入は将来的にどれくらいのマグニチュードになるのだろう。今年の中央歳入が3兆5860億元 (≒49兆円) だから、上記の予定上納配当益385億元はちょうど総歳入の1%だ。以下はヤマ勘だが、配当性向を引き上げていけば3?4%まで、さらに国有企業の売却譲渡益や上場益 (注3) も考慮すれば総歳入の5%超まで行くのではないか。日本流に言えば年間数兆円規模の新規財源になる格好だ。
■ 機能
一言で言えば国の投資勘定だ (複式簿記を採用)。収入面には配当益だけでなく、上場益、資産の譲渡 (売却) 収入などが入る一方、支出面では 「資本性支出」 (出資・増資) と 「費用性支出」 がある。出資の実例としてはリーマン・ショック以後大打撃を受けた東方航空などエアラインの救済がある (負債比率低減のための増資の形を取った)。費用補填の例としては、昨年の四川大震災や大雪害で生じた関連企業の損失補填、物価抑制の見地から燃料費高騰の料金転嫁が認められなかった電力会社の損失補填などがある。
「国有資本経営予算」 にはもう一つの支出機能が 「その他」 として認められている。国の一般予算への繰り入れだ。「必要に応じて、社会保障支出に用いることができる」 と記されたこの面の支出は未だ具体化していないが、筆者はここに注目している (後でコメント)。
■ 所管
制度の検討が始まった当初、国有企業を主管する国資委と予算を主管する財政部の間で権限争いが生じたが、上述世銀報告の後押しもあって財政部が主管することが決まった。国資委の権限は煙草や鉄路などを所管する他部委と並列で、所管する中央直轄136社の 「国有経済の配置・構造の調整政策を研究・制定し、関係管理制度の制定に 『参与』 し、所管の企業の予算・決算原案を提出、予算執行の組織・監督、配当納付に責任を負う」 ことに止まっている (国有資本経営予算の試行に関する国務院意見 (国発〔2007〕26号))。
なお、この規定には財政部と国有企業所管省庁しか出てこず、スーパー経済官庁である発展改革委員会が出てこない。同委が 「蚊帳の外」 にされる筈はないのだが実態は分からない。
3.筆者コメント
■ 埋蔵金は誰の手に?
つまりこういうことだ。中国の埋蔵金はこれまで政府の手すら届かぬ最深部 (国有企業) に埋まっていたので、これを掘り出す特別会計を作って政府の手に収めようと。
容易に想像がつくのは、今後まず 「採掘現場」 である国有企業 (集団) の内部で上下・左右の負担の押し付け合いが始まることだ。直接上納の責任を負う集団公司は上場“good company”に 「一家の稼ぎ頭はたくさん出せ」 と言い、上場子会社は 「そんなに持って行かれたら株価が暴落する」 と抵抗する、式だ。
集団公司と所管官庁 (ないし政府) の間でも配当率を巡る熾烈な争いが起きよう。石油大企業は言う、「これから世界の油田権益を買収しに行かなきゃいけない時期に買収原資を持って行かれたら、エネルギー安全保障はどうするんです?!」 (既にそう言っている)。ハイテク・成長業種は言う、「世界中のハイテク会社を見てください、グーグル、マイクロソフトだって配当していない (MSは今年から配当を決定)、この業界は成長に再投資しないと生き残れないんですよ!」。一般業種は言う、「集団傘下には重いレガシー (負の遺産) を抱えた“bad company”がまだたくさんあります。それに同業の多国籍外資を見てください、うちは世界ランキング50位にも入れていない、とくにR&Dが全然ダメだ、原資を持って行かれたら永遠に追いつけなくなります!」。超大型国有企業は昔は国務院傘下の役所、いまは 「独立王国」 と称されている。埋蔵金の本格的掘り出しは国家指導者の強いリーダーシップ無しには困難を極めるだろう。
国有企業所管省庁と財政部の間では特別会計の資金を国有セクターのために使うのか、それとも年金原資補填など一般会計への繰入に使うのかが争いになる。トライアル段階の収入は上述したように企業救済や政策コストの穴埋めに使われた。今後は海外の資源や企業の買収、R&D助成制度の原資などに使われる可能性もあろう (企業の上記言い分もある程度聞くが、企業の中だけで決めさせずに上納・査定・再交付のステップを踏む)。
しかし、企業のためだけに使えば 「埋蔵金」 はいったん掘り出されてもまた国有企業セクターに埋め戻されることになる。「カエサルの物はカエサルに・・・」、国資委など産業官庁はそういう 「産業政策特別会計」 的運用を願うだろうが、制度運用の主導権を握った財政部はそれを易々とは許さないだろう。
■ 強まる一般会計繰入圧力
2007年に定められた国有資本経営予算の試行に関する国務院意見 (前掲) は、基本は 「産業政策特別会計」 であり例外的に 「その他用途」 を認める、感じだった。しかし、その後昨秋以来の世界金融危機を経て、埋蔵金の使途を巡る議論は短期・中長期の二つの視点から風向きが変化しているように感じる。
短期とは当面の景気運営との兼ね合いだ。過去のポストで繰り返し述べてきたように、大胆な4兆元対策を打ち出し世界に先駆けて景気底打ちを果たした中国だが、いま公共投資依存の景気刺激だけでは後が続かない不安に苛まれており、民間消費を如何に拡大するかが切実な課題になっている。識者が繰り返し指摘してきたように、この問題は庶民の財布の紐を固くさせている老後の不安 (年金原資不足) や高騰する医療・教育費の負担の解消、すなわち民生分野における公共支出の拡大を抜きに語れない。しかも4兆元対策実施のせいで地方財政の弾薬はいまや枯渇しつつある。民生分野で新期対策を打つ財源を検討するとき、為政者の眼は自ずとこの新規財源に行くのではないか。
中長期とは今後の中国経済の成長モデル如何? ということだ。以前のポストで 「中国は豊かになったが、成長の果実 (国富) の3/4が政府の手に握られていることが問題だ、これでは消費の振興も三次産業の発展もない」 と批判するエール大学陳志武教授の投稿 ( 「私有化推進により経済構造転換を」) を取り上げたことがあった。急膨張した中国の国富は国有の土地や国有企業資産の増価価値に集中的に体現されている。国有企業に溜まった 「埋蔵金」 を国有企業産業政策のためだけに使うのか、それともこの30年間営々と働いてきた 「国民」 にも返すのかは、このような意味で中長期的な経済成長モデルの転換にも関わる重要な政策選択なのだ。
来月には共産党の第17期四中全会が開催される、年末には恒例の中央経済工作会議がある。今後数ヶ月経済情勢を横目に見ながら、この制度に関わる議論がなされる可能性は否定できない。
■ 中国国有企業の行方
もう一つ興味深い点はこの特別会計が今後の中国経済の方向 (産業政策) とすがた (経済民営化をどのように進めるのか進めないのか) を定めるプラットフォームになることだ。投資勘定であるからには投資ポリシーが必要だ。いま言われている議論として 「官民の役割分担」 論がある。国有企業には公益性が求められ、「儲かるなら何をやっても良い」 という訳には行かない。広義の 「官」 が手を出す必要と大義名分のないセクターからは撤退して民間資本に委ねるべきだという正論だ。セクターからの撤退 (非重点業種国有企業の売却など) 以外に国有企業の持分比率引き下げ (株価に留意しながら上場株を部分売却するなど) もありえよう。
実は国有企業が衰退した1990年代後半のいっとき 「国有セクター見直し」 論が盛んになったことがある (97年の第15回党大会報告など)。しかし、胡錦濤政権誕生とほぼ同時期に始まった国有企業ルネッサンス以降、国有企業見直し論はさっぱり下火になっており、いまはむしろ 「世界500強企業入りするためには国有企業の一層の成長 (合併・統合による規模の拡大など) が必要」 という論調が主流になっている。
筆者は今後90年代後半にも提唱された 「あるものは伸ばし、あるものは撤退する (有進有退)」 式のメリハリ論が改めて展開されると思う。資源・金融・ハイテク・電信・自動車などの枢要業種では国有企業をさらに強化して世界10傑、5傑入りを目指す (銀行業では既に達成した)、その他一般の第三次産業では退出を促し、一般製造業では国有持分比率を下げていくといった一種の折衷案だ。
筆者はそうして伸ばされる 「国有企業」 が世界をリードできるようなエクセレント・カンパニーに育ちうるか強い懐疑の念を持つ。中国のプロ改革派も同様の気持ちだろう。しかし、中国国民はナショナリズム情感も交えて、こういう路線を支持すると思う。中国の大国有企業がナショナリズム (「世界3傑入りを果たしました!」 みたいな) とこの特別会計による年金財政等への貢献アピール (「当集団は皆さんの年金原資のx%を支えています!」 みたいな) を双発エンジンにして国民に支持されていく、そんな未来が来るのかも知れない。
平成21年8月23日 記
注1:中国では企業集団の最上層に位置する会社が上場しているケースは少なく、企業ガバナンスの観点からも問題になっている。例えば4大銀行など金融領域には 「中央匯金公司」 という金融専門の投資会社があり、銀行各行上場の際に巨額の上場益を挙げ、各行の配当益も収受しているが、この中央匯金公司がまた 「中国投資有限公司 (CIC)」 の100%子会社であるという複雑な持株構造だ。
注2:世にあまり知られていないが、1994年に行われた 「分税制」 が今日の中国台頭に果たした役割の大きさは計り知れない。この改革は一言で言えばスッカラカンになってしまった中央財政に対する地方財政からの財源譲与だが、地方の反発・抵抗を和らげるため、いったん財源再分配で中央財政に税源を繰り入れるが、直近時点の地方歳入は既得権として保障する観点から減少分を繰り入れ戻し、真の財源再分配は今後の税収増加分から始める妥協的内容だった。改革は大当たり、その後の経済成長と徴税行政の改善により税収は飛躍的伸びを記録、中央財政はみるみる財力をつけた。しかし、その裏側では地方財政が相対的に窮乏化、とくに省政府が 「右へ倣え」 式に基層 (末端) 地方政府から財源を吸い上げたため、基層政府の公共サービス (医療・教育・福祉) 水準が大幅に下がり社会問題化した。この問題にご興味のある方は筆者が昔研究所時代に書いた論文をご参照ください。
注3:国有企業の上場益については去る6月、一足先にこれを社会保障財源に繰り入れる決定が行われた ( 「国有企業の上場益を社会保障財源に繰り入れる」 話) 。国有資本経営予算制度はこの上場益繰入とも極めて似た性格を持っている、というより 「国有資本経営予算制度を作る以上、例の上場益繰入制度もこの国有資本経営予算制度に統合するべきではないか (少なくとも理念的には) 」 という議論もあるくらいだ。いずれにしても成長の果実を国民生活にどれだけ還元するかは今後の中国の 「国のかたち」 を大きく左右する課題だと言える。
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