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May 5th, 2018 |
2期目習近平政権の発足 ( 津上のブログ )
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3月20日、全国人民代表大会が注目の指導者人事、憲法改正、行政機構改革を決めて閉幕した。開幕直前に意表を衝く任期制限撤廃などの憲法改正案を発表したことから、世間の関心は「習主席の権力集中」に集中したが、他にも注目すべき変化が幾つかあった。
第一は人事だ。下馬評どおり王岐山氏が国家副主席に、李克強総理は留任、副総理は韓正氏を筆頭に孫春蘭、胡春華、劉鶴氏が選任された。経済政策は劉鶴氏の役割が重くなる一方、李克強総理の影が薄くなりそうだが、これも想定どおりだ。
王岐山氏の分担は?
しかし、「未だ全容が見えない。」王岐山副主席が何を担当するのか見えないからだ。巷間では今後勃発する中米貿易戦争の処理を担当すると言われるが、王氏が適任な領域はそれだけではない。
例えば金融だ。「両会」前は今年の重大課題「金融リスク防止」のために、銀行、証券、保険の監督機関を横断的に統轄する「スーパー金融庁」の新設が取り沙汰されたが、銀行が保険を吸収する合併組織の新設が発表されただけで、それ以上傘や横串をさすような機構改革の発表はなかった。人事を見ても周小川氏の後を継いで新人民銀行長に就任したのは実務型、学究タイプの易鋼氏だ。
これだけだと何か「字足らず」な印象が否めないが、この上に、仮に「王副主席が金融分野を指導する」要素が付け加わると、落ち着きが良くなる。
反腐敗についても、高い格式で「国家監察委」の新設が決まったが、けっきょく「非党員の公務員」の腐敗を捜査・摘発する地味な機関になりそうだし、人事も知名度の低い楊暁渡氏が監察委主任に就いた。紀律検査委書記の趙楽際氏と二人を足しても、1期目の大虎退治で勇名を馳せた王岐山氏ほどのオーラはない。
しかし、ここでも「紀律検査委と国家監察委の双方を王氏が指導する」という要素が付け加わると落ち着きが良くなるのだ。
さらに言えば、今年は、「金融政策」と「反腐敗」の二つの重点課題が交叉するかもしれない。紀律検査委は1月今年の重点操作対象として「金融信貸」を名指しした。ここ数年派手な海外企業買収で名を売った民営コングロマリットも経営者の逮捕や海外で取得した資産を手放して経営方向を変えろという厳しい圧力を受けている。あれこれ考えていくと、金融分野に潜む特権的抵抗勢力を退治する仕事が2期目習近平政権の重要課題なのではないかという気がする。そういう連中に臆さずに追及の手を伸ばせるのも王氏くらいだろう。
機構改革では様々な役所が新設統廃合されたが、最強官庁、発展改革委が国土計画(主体効能区)、独禁法、価格監督など多くの重要事務を他省庁に譲って「痩せる」話を聞いて、「最強官庁であるが故に、「不服従の憾みあり」とされてお仕置きを受けたか」と揣摩憶測した。
権力集中は表と出るか裏と出るか?
そして任期制限撤廃の憲法改正の件だ。
世間では批判が強いし、とくに欧米ではこのニュース後、対中論調が大きく悪化していて要対策だが、筆者はネガティブ一辺倒に評したくはない。
権力強化が指摘される習近平主席だが、それが自己目的化して、「終生トップで居続けたがっている」とは思わない。こんな憲法改正を強行したのは、むしろ思い描いたように国を動かすことができない現状に苛立って、比類なき力と権威で難関を突破したいためではないか。とくに上述した金融をはじめ、経済分野では改革に抵抗する勢力が依然健在な印象がある。
盟友王岐山の助けも借りて2期目にその狙いが実現すれば慶賀の至りだが、逆に習近平主席の権力と権威が格段に強化されたことによって、側近や部下が悪い報せを耳に入れることをためらうことはないだろうか。それで過ちを修正できなくなったり、部下が過度な「忖度」をして暴走したりするリスクはないか。
このような独裁の弊害が現実になれば、習主席は己の心中に掲げる理想の中国への道を自分で阻むことになる。
(「国際貿易」誌 平成30年3月27日号所載) |
May 5th, 2018 |
松尾文夫氏の著作を読んで ( 津上のブログ )
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元共同通信ワシントン支局長で米国を追い続けたジャーナリストで、日米両首脳による広島と真珠湾の相互献花外交を提言したことでも知られる松尾文夫さんからご著書「アメリカと中国」(岩波書店刊)を頂戴した。最近拝読して感銘を受けたので、読後の感想を綴りたい。
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著者は「私の気持ちの中ではあの戦争と一体となっている(幼少期を過ごした)中国での原体験を基に、アメリカと中国の関係―あの戦争で日本が捉えることに失敗した関係―にメスを入れたかった」と言う。そのために、永年取材対象としたアメリカだけでなく、中国にも何度も取材で足を運び、14年間かけて書き上げたのが本書である。
米中関係の歴史と聞いて脳裏に浮かぶのは、帝国主義に苦しむ清代の中国に同情したアメリカ宣教師の布教・慈善活動であり、それが今日まで米国の中国観に影響を与えている、といったことだった。
しかし本書は、米国が建国後間もなく、経済実利を得る必要から対中貿易を始めたという。独立戦争で英国との関係が悪化し、大西洋を舞台とした貿易活動が八方塞がりになった状況を打開するために、独自の商船を中国に送り出したというのである。
当時の中国は乾隆帝の全盛期で、欧州でも繁栄する中国文明への畏敬の念があったというが、程なく西欧の科学技術、軍事力がアジアを圧倒する帝国主義の時代がやって来る。清朝は英国が始めたアヘン貿易の弊に苦しみ、林則徐がアヘンを没収・焼却してアヘン戦争が起きる。
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著者はアヘン戦争をきっかけに米中関係は一段と深まったが、それは「建て前と本音、理想主義と現実主義の巧みな共存という建国以来のアメリカ外交の二枚腰の実像」が表れ、「太平洋で隔てられた二つの大国が意識し合い、したたかな共生、共存を果たしていく過程」だったと描く。
例えば、アヘン戦争では英国と一線を画し、中国にアヘン密輸取締りの権限があることを条約で認める一方、米国商人がアヘン貿易に従事し、清朝がアヘン貿易合法化を呑まされた頃には、中国・欧州・アメリカの三角貿易の決済に米ドルが組み込まれる国際貿易金融構造も出来上がっていたという。
また、19世紀末、ときの米国務長官ジョン・ヘイは「中国のすべての領土保全、通商上の機会均等」を求める「門戸開放宣言」を打ち出したが、著者はその内実を「欧州列強が獲得した不平等条約上の権利が米国にも均等に与えられること」を確保せんとする現実主義だった、とする。
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しかし、アメリカの対中関係の歴史には「偽善」と切って捨てられないもう一つの側面がある。例えば、義和団事件の後で清朝から賠償金を得ても、アメリカは実損を超える金額を中国の教育のために返還した。「アメリカが中国の教育制度に対して与えた影響の大きさ」は、現在に至るまで両国の間に存在する「隠れたインフラ」であると著者は言う。
プラグマティズム哲学の泰斗ジョン・デューイと中国の関わりの故事も印象深い。五四運動勃発の頃に日本、中国を歴訪したデューイは、日本に批判的になる一方、中国には共感を寄せて、なんと2年以上滞在して講演して回った。しかも熱心な聴衆の中に若き毛沢東がいたというのだ。著者は若き毛沢東がプラグマティズムに共鳴したこと、そして朝鮮戦争後、敵対の一時を経るとはいえ、「毛沢東とアメリカの距離の近さ」を忘れてはならないとする。
米国は「中国を裏切り続けた」とも言えるのに、中国はどこか米国に近さを感じている。米国も同盟国を蚊帳の外に置いて、ニクソン電撃訪中のようなことをやってのける。昨今は台頭する中国と既成大国米国の衝突の可能性が論じられるが、そこだけを見るのはどうも危険だ。
米中関係に測りがたい地下水脈があるように感じるのは何故か。私は本書を読みながら、米中両国がプラグマティズムや戦略的思考といった点で相通ずるものを認め合っているからではないかと感じた。米中関係のそんな底深さを感じさせてくれる1冊だ。 (「国際貿易」誌 平成30年2月20日号所載) |
February 18th, 2018 |
トランプ政権1周年 ( 津上のブログ )
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トランプ米国大統領の就任式での演説を聴いて、その攻撃性、品のなさに唖然としてから、はや1年が経つ。
予測不能ぶりは相変わらずだが、はっきりしてきたこともある。「この大統領は自分に忠実な支持者たちの支持を繋ぎ止めることに想像以上に熱心だ」ということだ。
株価に見られるように、足許の米国経済は好調だ。オバマケアの撤廃には失敗したが、昨年末にはトランプ減税を実現させた。内政面では議会共和党と妥協して成果を演出する術を身につけたようにも思える。
しかし、外交や通商は「惨憺たる」という形容がしっくり来る。
それを象徴するのが、国務省の幹部の任命だ。上院の承認が必要なポストは1月初めの時点で1/4しか埋まっておらず、過半数のポストは候補者の指名もないまま・・・実にお寒い状況だ。
今年トランプ大統領が我々に大きな影響を与えそうな出来事を二つ占いたい。
北朝鮮問題の行方
最大の懸念事項は北朝鮮問題だ。足許では平昌オリンピックでの南北朝鮮共同参加などで緊張が緩んでいるが、それもいっときのことだろう。米軍は北朝鮮を武力攻撃する準備を本気でしているという噂が専らだ。
中国も党大会後の11月に派遣した習近平の特使が平壌で冷遇されて以降は「やるべきことはやった」と、妙にサバサバした感じが強まり、「後は中国自身の国益を守るだけだ」とばかり、有事の難民流入食い止め、核施設保全の準備を急いでいる様子だ。
今年米国が限定的ながら北朝鮮に武力行使する可能性はゼロではないと思う。限定的というのは、「金正恩が『米軍が抹殺に来た』と勘違いしない程度に」という趣旨だ。
それなら攻撃を受けてもミサイル発射ボタンは押さないだろうが、同時に、北朝鮮の核ミサイル開発を止めることもできない(遅らせることはできても)。攻撃を受けた金正恩は、ミサイルを発射しない代わり、米国やその同盟国に陰湿な方法で仕返しを試みるだろう。
それでは武力攻撃の得失上はマイナスではないかと思うが、「アメリカファースト」(選挙民向けの成果誇示)の視点からはプラスが期待できることが困ったところだ。
対中政策
もう一つの焦点は米中関係の行方、とくに米中通商関係だ。
トランプ大統領は就任後しばらく、北朝鮮を巡る習近平の協力姿勢にずいぶん魅せられた風だったが、そんな「蜜月」が過ぎて、いまは「幻滅」期に入ったようだ。
そうなると支持者への約束が再び焦点になってくる。トランプは選挙戦で「中国は不当な手段で米国から雇用を奪った主犯」を一大テーマとして訴えた。それゆえ、今後「中国に何もしない」では、支持者を裏切ることになる・・・トランプがそう考えて、数ヶ月以内に対中貿易制裁発動に踏み切る可能性はかなり高いと思う。
対象は知財権侵害を理由とした301条制裁、輸入鉄鋼などについて安全保障を理由とした制裁などが挙がっている。
それは中国も「読み筋」だ。かねて用意の対抗措置を発動するだろう。大豆?牛肉?ボーイング?米国内からも悲鳴・不満の声が上がるだろう。
そして、双方は問題の解決を目指した交渉に入る・・・「出来レース」っぽい中小規模の貿易戦争が展開するのではないか。一方で北朝鮮問題を抱える以上、ここでも「本当の大ごと」にして中国との関係を決定的に悪くすることはできないはずだ。
希望的観測の根拠
筆者が「北朝鮮問題でも対中政策でも、本当の大ごとにはしないだろう」と希望を繋いでいるのは、今年秋に米国で中間選挙があるからだ。トランプが支持者への公約にこだわるのはそこで勝ち、さらに再選を狙っているからだ。民主党の低迷が続く中、忠実な支持者を中心に4割程度の支持率を保てれば再選の目はある。
ただ、そこでは経済の好調を保つことが必須条件だ。
だとすれば、北朝鮮問題でも対中政策でも、「本当の大ごと」にして株価が腰折れするような真似はしないはず・・・どこまで期待できるか怪しいが、そこに一抹の望みを繋いでいる。
(「国際貿易」誌 平成30年1月30日号所載) |
December 10th, 2017 |
中韓THAAD合意 ( 津上のブログ )
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昨年春、韓国は深刻化する北朝鮮ミサイルへの対応として、中国の反対を振り切って在韓米軍のTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)配備に同意した。中国はこれに怒り、在中韓国企業が不買や抗議の対象になる「ボイコット」運動が起きた。とくにTHAAD用地を提供(譲渡)した韓国企業ロッテ社は中国で展開していた小売店舗を閉鎖、中国撤退にまで追い込まれた。ほかにも韓国を訪れる中国人観光客ががた減りするなどの深刻な影響が生じていた。
10月31日、韓国と中国の外交部は、この問題で手打ちをして、両国間の交流・協力を正常化する中韓合意を発表した。合意文は当たり障りがなかったが、傍らで、韓国外交部長官が?米国とのミサイル防衛構築、?THAAD追加配備の容認、?日米韓3国軍事同盟など中国包囲網への参加の3点に、韓国は応じないという国会答弁をさせられるかたちで、中国に「一札を取」られた。
この中国の韓国ボイコットについて、日本の官民が無関心だったのは残念だ。「隣人韓国が中国に虐められて可哀想だから助けてあげるべきだ」と言いたい訳ではない。これは他人事ではなく(みんなにとって)「明日は我が身」の問題だと思うのだ。
いま世界中の国が、経済巨人中国とどう付き合っていけばよいか、迷いや不安を感じている。みな中国が安心、信頼して付き合える良き隣人になることを願っているが、今回の韓国ボイコットは逆に、「中国を怒らせたら、何をされるか分からない」という不安をかき立てた。こういう出来事にどう対処するか、その積み重ねが今後の中国との関係に影響してくるのに、我々にはそのような視点が欠けていたのではないか
国際法的にも問題
中国の「ボイコット」の歴史は古い。戦前中国が弱くて列強の侵略を受けていた時代、中国民衆はボイコット(不買運動)しか外国に抗議・抵抗する術を持たなかった。しかし、昇竜のように発展する強国になった今の中国と国民がやるボイコットは、戦前とは全く別物になっている。
国際法には「コエルション(強要)」という概念がある。A国がB国に言うことを聞かせるために軍事的経済的手段を使って、相手国に「うん」と言わせるような行いである。今回中国が韓国にしたことは、国際法に違反する典型的なコエルションだと思う。
中国政府は「政府の行為ではない」と反論するかもしれないが、対外関係で何事か起きればボイコットに走るのが中国人の「習い性」になっている。政府もそれを黙認し、地方政府は行政手段でロッテに嫌がらせまでした。それに、「政府は関知していない・できない」と言うなら、「両国間の交流・協力を正常化する」合意だってできないはずだ。
中国が今回ロッテにしたことは、自由貿易(多角的自由貿易体制)を守るという観点からも大問題だった。本件をWTO提訴できるかどうかは法的精査が必要だが、多くの国々がお互いに相手国の産品・サービス・投資に市場アクセスを与える約束をしあう「多角的貿易体制の精神に悖る」とは言えるはずだ。言い換えれば、中国がこれまでロッテに与えてきた市場アクセスは、国と国が約束し保障し合う双務的な性格のもので、「皇帝が朝貢使節に下賜する褒美」とは違う。「韓国やロッテがけしからん」からと言って、一方的に取り上げることは許されないはずなのだ。
中国との付き合い方を考える
習近平主席は、最近自由貿易の擁護をよく口にする。米国の指導者がご存じのていたらくだから、心強い話なのだが、今回のように、「中国を怒らせたら何をされるか分からない」という不安を振りまいたら台無しになる。
世界は中国と今後どのようにつきあえばよいか。ボイコットを習い性にしてきた中国人は、指摘を受けないと問題にも気付かない。特定国だけが批判すると反発するが、世界中からワンボイスで批判されると、ずいぶん気にする国でもある。そんな「持って行き方」も含めて、本問題を機に今後の中国との付き合い方を考えていきたい。
(「国際貿易」誌 平成29年11月24日号所載) |
October 22nd, 2017 |
中国「IT社会」考(その2) ( 津上のブログ )
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前回取り上げた中国のシェアライド(タクシー)、シェアバイク(自転車)などは米国発のビジネスモデルをパクっただけ、と思えなくもない。
中国発サービスも出現
しかし、中国発&初のビジネスモデルも出現し始めた。アリババ・グループの「芝麻信用(ジーマー・クレジット)」に代表されるクレジット・レーティング・サービスだ。
一言で言うと、個人や企業の信用度を「見える化」するサービスで、当初は同じグループ内のオンラインショッピングサイトでの個人の購買・支払事故歴や金融機関の信用情報などのデータベースを元にスタートした。個人の場合は950点満点、企業は2000点満点(企業誠信体系)で、信用度が採点される。
この信用システムを様々な企業、さらには政府までが利用し始めた。評点がX点以上あれば、各種サービス料金が割引になったりデポジットが免除になったりするところから始まって、空港のセキュリティ・チェックで専用レーンが通れる、700点以上あればシンガポールやルクセンブルグのビザが取れる等々メリットはどんどん拡大している。「逆もまた真なり」で、評点が500点に届かないと、いまやきちんとした職に就くのは難しいと聞く。
つまり、この新しい社会システムは、人々に約束や契約を守ること、善行を奨励するインセンティブを供与し、逆に約束違反、悪行にペナルティを科す仕組みなのだ。
プライバシーとの関係?
そう聞くと、我々は「プライバシーは守られるのか」という不安を覚えるが、中国の人は個人情報を管理され、閲覧されることに驚くほど寛容だ。「もともと約束を守らない我が中国の悪弊が是正されるなら大いに結構だ」等々。
何かにつけて「個人情報保護」がうるさくなった日本とは対照的に、中国では個人が裁判で訴えられたか敗訴したかといった情報もネットで検索できるようになった。さらに、上記の「芝麻信用」とは別に、裁判で敗訴してもなお債務を履行しない債務者に対しては、裁判所に「高額消費の制限措置」を申請できるようになった。申請が認められると、相手方は飛行機にも新幹線にも乗れなくなる(切符の購入に必要な実名・身分証番号をブラックリストに載せる)。
つい最近まで、「中国=約束・契約を守らない国」を常識としてきた我々日本人にとって、この10年の変化は驚くべきものだ。「あと10年経つと、中国は世界でもいちばん約束を守りマナーの良い国になるのでは」という冗談さえ聞かれるようになった。
似た仕組みはインドでも
このような仕組みは、ジョージ・オーウェルの未来小説『1984年』が描くような監視社会を招くのではないか。そういうサービスが成り立つのは、共産党独裁で個人の自由が制限される中国だからではないか・・・そんな考えも脳裏をよぎる。
しかし、個人情報を身分証番号や指紋情報とヒモ付けして、各種の商業的、公共的なサービスと結びつける仕組みは、実はインドでも普及しつつあると聞く(「アドハー」システム)。ひょっとしたら、「プライバシーという遺制」に足を取られた先進国を途上国が抜き去りつつあるのだろうか。
人類社会の行方
こういうシステムが普及すると、善行の奨励以外にもメリットがあるのだろうか。学者は取引のリスク・コストが劇的に低減するかもしれないことに注目している。「『見知らぬ人の間での信頼関係』という問題は莫大な取引コストを生じ、何十億ドルもの価値がある取り引きを妨げ、行われたはずの取り引きが行われずじまいになってしまっている」(ジョセフ・ヒース)。
全員が顔見知りの小規模社会は取引リスクやコストが低いが取引の機会が乏しいのに対して、大規模社会はその逆だ。しかし、ITの発達は両者のいいとこ取りをして、経済の地平線を大きく拡げるかも知れない。
どんな未来が人類を待っているかは分からないが、そんな未来の実験が中国で始まったことに時代の変化を痛感している。
(「国際貿易」誌 平成29年9月26日号所載) |
September 11th, 2017 |
中国「IT社会」考(その1) ( 津上のブログ )
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スマホ・アプリを舞台とした中国ニュービジネスの繁栄ぶりは、日本でもようやく知られるようになってきた。QRコード読み取りで簡便化された支払サービス、GPSによる位置情報、ユーザーがサービスを採点するレーティング(星付け)、シェアリング・エコノミーという新しいビジネスモデル・・・そうしたものが組み合わさって、オンライン・ショッピングはもとより、シェアライド(タクシー・アプリ)、シェアバイク(自転車)、宅配サービス、各種の代行サービスなどニュービジネスが雨後の竹の子のように急成長している。
支払サービスが共通の舞台
このニュービジネス成長の共通の舞台になっているのは、QRコードで口座を読み取る支払・送金サービスだ。日本にも「おサイフケータイ」があるが、中国のサービスの強みは、およそお金を払う場所全てに共通のプラットフォームが普及したことだ。商店やレストランだけでなく、屋台や夜店、はては街頭で物乞いをする人までQRコードを持っているという笑い話まである。個人間の支払・送金もワンタッチで済むから、割り勘もスマホで済む。だから若者は財布を持ち歩かなくなった。
低コストが経済を変える
もう一つ重要なポイントは、この支払サービスの利用手数料が極めて低廉なことだ。0.1%とか、条件付きながら無料とか、日本などのクレジットカードが加盟店側から3%を徴収するのと比べると、雲泥の差がある。この点からみると、いまや中国の支払サービスは利用者数世界最大の「フィンテック」だと言って良い。
売上の3%を抜かれるか否か・・・利益率を考えたとき、この差は大きい。この舞台の上で成り立つ商売の地平が大きく拡がるのだ。それだけでなく、入金は確実で取りっぱぐれがないし、ユーザーがサービスを採点するレーティング(星付け)システムが備わっているおかげで、高い評価をもらえれば広告宣伝費もかけずに検索上位に並ぶことができる。
こんなプラットフォームができたおかげで、普通のおばちゃんが団地で弁当宅配サービスを始めた、「味も配達の愛想も良い」と高いレーティングをもらった、注文がどんどん入るようになり、配達のバイトを雇って目の回る忙しさ・・・という風に、ITのおかげで、こと商売に関するかぎり、市井の人でも起業できる、まことに民主的なビジネス環境が中国に生まれている。
翻って我が国。クレジットカードはどうして3%も手数料を取るのか? 会社の人に尋ねると「客へのポイント還元のコストが嵩むから」だそうだ。貯まったポイントで年に一、二度ギフトをもらうのもけっこうだが、そのギフトを諦める代わりに、いち個人でも努力すれば報われるニュービジネス育成の環境が整備されることの方がずっと意義深い気がするのだが。
スピード勝負
もう一つ、中国ニュービジネスの急速な発展を語るときに忘れてならない論点は、事業展開のスピード感だ。
アリババは今の支払サービスの前にオンライン・ショッピングのお金を一時預かりする「理財」サービスを始めた。そこで預かった金の運用収益のほとんどを消費者に還元したのだろう、銀行定期預金を上回る金利を付けて銀行から大量の預金を奪った。怒った国有銀行たちはこのサービスを踏み潰したかっただろうが、成長が速すぎてもう潰せる小ささではなくなっていた。シェアライド(タクシー・アプリ)の滴滴は内外のファンドから調達したエクイティ資金を財源に邦貨で数百億円のクーポン(初度利用のボーナス)を散布して一気にユーザーを開拓した。シェアバイクの設備投資もそうだが、成長すると見込んだ市場に一気に資源を投入して時間を買う・・・MBA課程で使うベンチャービジネスの教科書にそのまま載せられるような大胆な戦略だ。
日本がいまの中国から「学習」しなければならないのは、スマホ・アプリや(個々の)ビジネスモデルだけではなさそうである。
(「国際貿易」紙 平成29年8月25日号所載)) |
August 5th, 2017 |
中国バブルはなぜつぶれないのか ( 津上のブログ )
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中国バブルはなぜつぶれないのか (朱寧 著/森山文那生 訳 日本経済新聞出版社刊)
真っ赤な表装にデカデカと「中国バブル」というタイトルがふられた本書は、一見するとキワモノ中国本に見えるが、著者の朱寧氏は米国で経済学の研鑽を積み、カリフォルニア大学でテニュアも獲得した本格派の学者であり、本書には2013年ノーベル経済学賞受賞者でもあるロバート・シラー教授(イェール大学時代の著者の同僚)が序文を寄せている。
中国では社債がデフォールト(債務不履行)で紙くずになる、ことはまずない。経営不振の会社はいくらでもあるが、そういう会社が社債の利払いや償還をできそうもなくなると、不思議と肩代わりをしてくれる救い主が現れて事なきを得てきたからだ。
(その社債の発行や販売に関わった)「金融機関は自らの評価を懸念し、監督当局者は出世を気にかけ、政府は社会の安定を重視している」「それゆえ本来投資家が債券類似商品に投資する際に負担すべきリスクは、万一の事態になってもそれらの機関が背負ってくれる」からだ。これまでがそうだったし、多くの投資家はこれからもそうだろうと信じている。
実は社債のような金融商品だけでなく、不動産についても同じ仕組みがある。北京の都心で広さ100?の新築マンションは、いまや日本式に測ると3億円はする。それでも未だ値上がりしそうな気配だが、買う人はバブル崩壊が恐くないのだろうか。
逆なのだ。中国景気の先行きを悲観する中国人は急増しており、事業に実物投資することをためらっている。「そういう先行きが不安なご時世だからこそ、カネは不動産に投じておいた方がまだ安全」という感覚なのだ。外国から見ると理解に苦しむ選択だが、中国ではそれなりの根拠がある。「マンション価格が2割も3割も下落する事態を地元政府が放置するはずがない」と信じているからだ。事業投資は下手すれば全損もありうるが、不動産に投資すれば悪くても1,2割の値下がりで済む・・・それは幻想ではなく、これまで何度も経験済みだ。その経験に基づいた政府への期待が不動産価格を際限なく押し上げている。
それだけでなく、著者は本書の中で、深刻な過剰生産能力の問題、シャドーバンキングの異常な膨張などの問題も取り上げて、GDP成長を至上と考え、安定を好む政府が投資の失敗の尻ぬぐいをしてくれるだろうという期待が中国経済を歪めていることを描き出している。
「暗黙の保証」とも呼ばれるこういう慣行・仕組みが「投資家に無謀な投資をそそのかす結果になり、その無謀な投資が過剰投機や資産価格のバブルを引き起こす」・・・昨年出版された本書の英語版タイトル”Guaranteed Bubble”(「保証されたバブル」)にはそういう意味が込められている。「中国経済と金融部門の構造改革がおこなわなければ、このバブルは最終的には崩壊に至る」ことが保証されているという警告もこのタイトルには込められているという。
評者も自分の近著(注)でまったく同じことを主張した。「中国バブルはなぜつぶれないのか」・・・評者なりの言い方をすると、「このバブルは既に崩壊しているべきなのに、『お上の暗黙の保証』の慣行・仕組みがあるために崩壊しないでいる。それがいまの中国経済の問題だ」ということになる。
中国の失敗をあげつらいたくてそう言うのではない。人間の生理に喩えれば、バブルは傷んだ食物を食べてしまったようなものだ。それで吐く、下痢をする(=バブル崩壊の症状)のは、毒を体外に排出しようとする行いで、経済の正常な生理なのだ。そうせずに毒を体内に留め置く、果ては傷んだ食物をなおも食べ続けることが中国経済の健康にどのような影響を及ぼすか、を心配してそう言っているのだ。
本書の最大の値打ちは、中国経済がいま直面する多くの問題が、実は「暗黙の保証」という形をした政府の経済干渉及びそれがもたらす企業、国民の側の「期待」という同根の原因に発していること、そして、その改革が急務であることを分かりやすく説いているところにある。
そう述べた上で、以下三点コメントしたい。
第一、本書はおそらく著者が数年前から様々な問題について書き溜めてきた論評を一冊の本にまとめ上げたものではないか。記述される中国経済の状況は2012年から2014年頃にかけてのものが中心だが、地方債を巡る状況、政府の経済運営、金融業のレバレッジ問題の更なる悪化など、情勢は数年前からさらに大きく変化しつつある。その点で内容がやや旧くなっている点は留意して読む必要がある。
第二、本書は第11章で海外における「暗黙の保証」の事例として、2008年世界金融危機の発端になったファニーメイ・フレディマック(住宅ローン保証会社)や「大きすぎて潰せない(TBTF)」判断に基づく大手金融機関の救済、誇張された格付けを得た仕組み投資(SIV)商品も取り上げている。読んでハッとした。たしかにそのとおりだ。これは中国に限られた問題ではない。同様のインセンティブがあれば洋の東西を問わず同様の病理が生じうるのだ。
日本だって同じだ。最近評者が気になっている事例を挙げれば、評者の古巣経済産業省がやっている東芝救済だ。原子力に会社の将来を託す賭けが失敗した・・・そこまでは仕方のないことだが、その後の隠蔽・先送りのひどさは、この会社を株式市場に留め置いてはいけないことを示している。
にもかかわらず官庁主導で「何が何でも潰さない、上場を維持させる」と言わんばかりの介入が行われている。この先例が「日本を代表する製造業であれば、政府が救ってくれる」という甘えを増長させ、「改革を断行しなければ会社が潰れる」という危機感を薄れさせ、第二、第三の東芝が後に続く結果を生まないかと評者は懸念する。
第三、では中国はこの問題をどう解決したらよいのだろうか、解決できるのだろうか。この点について本書が提示する処方箋は、例えば2013年の中国共産党「三中全会」が決定した改革案と共通するスタンダードなメニューだ。輸出競争力や労働生産性の伸びなど「成長エンジン」が最近衰えていることに警鐘を鳴らし、「成長の速度よりも持続可能性が大切」、「市場に決定的な役割を担わせる」「デレバレッジ、デフォールトと破産の容認、金利自由化、ディスクロージャとコーポレートガバナンスの改善」等々。その方向にまったく異論はないが、問題はほんとうに実行できるのかだ。
なお、著者はとくに金融分野における「暗黙の保証」の解消を性急にやってはいけないことも強調している。「ショック療法は予期せぬ事態と手に負えないリスクをもたらす」として「漸進的な改革」を提唱している。それは同時に、「中国経済がいまにも崩壊する」ような状況にはないという著者の情勢判断も伴っているのだろう(評者もこの点は同意する)。
では、このような処方箋で中国は問題を解決できるのだろうか。上述した米国における「暗黙の保証」事例を紹介するくだりで、著者は「(米国)政府が大手金融機関への暗黙の保証を終わらせ、投資家の暗黙の保証への期待を変えようと試みていることはどれもうまくいっていない」と言う。「金融危機後の銀行救済の規模はどんどん大きくなっており」「合併によりメガバンクはかつてないほどに巨大になって」いるため、「リスクが大きくなれば保証も大きくなり、保証が大きくなればさらにリスクが大きくなるという悪循環が生まれる」からだと述べている。
ならば同じ理屈を米国よりもはるかに問題が深刻な中国に適用するとどうなるだろうか。いまは中国で教鞭を執る中国人の著者にこの点をぎりぎり問い詰めるのは気が進まないが、答は自ずと見えてくると言わざるを得ない。
本書の末尾の一文は「失敗こそが、中国の暗黙の保証問題を解決する唯一の途であり、中国経済と金融システムを立て直すための方法だといえよう」だ。ここで言う「失敗」とは、著者が「もっと容認、普及すべし」と唱える「デフォールトと破産」のことだが、段落の小見出しには「企業、そして政府さえも」とある。まさに「失敗」のマグニチュードがどれくらい大きくなったときに、ほんとうの舵が切れるのかを中国は問われていると言えよう。
(平成29年8月5日 記)
注:「米中貿易戦争の内実を読み解く」(PHP新書)2017年7月刊 |
August 4th, 2017 |
暑い夏 − 五年に一度の人事を控えて ( 津上のブログ )
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5年に一度の共産党大会の開催を秋に控えた暑い夏がまたやってきた。委細は分からないが、この時期、避暑地北戴河で政治局常務委員はじめ党の最高幹部の人事案が国家指導者OBなどの長老組に根回しされるのだと言い伝えられる。
異変続きの前回
前回の2012年は異変続きだった。2月に薄煕来の腹心だった王立軍が成都の米国領事館に駆け込む騒ぎが起きた。3月の全人大の期間中には薄煕来が失脚、同じ頃に中央弁公庁主任として実権を振るった令計画の息子が交通事故死、その醜聞が長老を交えた夏の会議で追及されて令の失脚に繫がった。8月下旬から9月前半にかけては、習近平主席が2週間ほど音信不通になり、原因について「暗殺未遂だ」「太子党に支持を求める隠密行脚だ」と憶測が飛び交った。
そんなニュースがもたらされるたびに「劇画じゃあるまいし」と一笑に付していたら、後日大半が本当の話だったと聞いて、中国政治のイメージが覆されるほど驚いたものだ。人事はいずこでも争いの種になるが、選挙がない中国では、権力の所在と経済利益の配分を決める人事がよけい紛糾するのだろう。
今年は前回と違って、表向きは平静だ。「党中央の核心」称号も手中にして権力を固めた習近平主席の2期目だからだろう。
しかし、少し目を凝らすと、床下ではいろいろ起きている気配がする。
(1) 王岐山攻撃
筆頭に挙げられるのは、いまは事情があってニューヨークに逃れた郭文貴という不動産上がりの政商が(反腐敗の責任者である)王岐山紀律検査委書記とその夫人親族をネット上で執拗に攻撃していることだ。とくに夫人の親族が海南航空という会社を私物化して腐敗を重ねていると各種の「証拠」を画面上で示すものだから衝撃度が大きい。
私は当初「掲げる証拠もどこまで信憑性があるのやら」と軽く見ていたが、5月に北京に行ったら、想像以上の大事件に発展しているのに驚いた。半年前には、国務院総理の呼び声もあった王岐山氏だったが、いまや政治局常務委員留任は遠のいたと見る人が増えていたのだ。
郭文貴の背後には金融分野を根城とし、今なお習近平主席に従おうとしない大物の存在も噂されており、また5年前のような党内抗争に発展しはしないかと不気味である。
(2) 海外企業買収へのメス
中国企業はここ数年海外企業の買収を盛んに行うようになったが、その中でも不動産や保険などで財を成した幾つかの民営企業集団の派手な企業買収は目を惹いた。
ところが、最近これらの企業による海外買収について、貸出や社債買い入れなどにより与信していた銀行に対して、金融当局が一斉検査に乗り込む事態が発生した。検査を受けた銀行の中には慌てて社債を売りに出すところもあり、対象企業の株価は大幅に下落した。
負債に頼った企業買収はリスクが高すぎることが一斉検査の表向きの理由だが、タイミングもやり方も異例だったため、ここでも「背後に企業を庇護する大物がいるのではないか」「その大物に習近平政権が警告を送るためだったのではないか」といった憶測が飛び交った。
(3) 政治局員の更迭・処分
7月15日には政治局員の肩書を持つ重慶市孫政才書記が突如更迭された(しかも腐敗問題で拘束されたらしい)。現役政治局員の拘束となれば、習近平政権下でも初の出来事になる。しかも後任に任命されたのは習近平主席の腹心の一人だ。人事が煮詰まる最終局面とは思えない出来事だ。
課題も山積
人事のかたわらで、政権の課題も山積している。経済運営は上半期に不動産や金融で景気引き締め効果の強い政策を講じたので下半期には減速する可能性が高まっている。外交面では春の首脳会談で上々の滑り出しだったトランプ政権との関係が北朝鮮問題の停滞の煽りで暗転、貿易問題に波及する恐れも出ている。
内外ともに「人事の季節ゆえ、いっときお休み」とは言っていられない課題山積の情勢下、いよいよ北戴河の季節が幕を開けようとしている。
(「国際貿易」紙 平成29年7月25日号所載) |
July 9th, 2017 |
対中外交の行方 ( 津上のブログ )
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前号で5月に北京で開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」のことを書いたが、その後さらに大きな出来事があった。6月5日東京で開催された「国際交流会議アジアの未来」に出席した安倍総理が「一帯一路」構想を「洋の東西、その間の多様な地域を結びつけるポテンシャルを持った構想だ」と前向きに評価したことだ。
安倍総理は一方で、(1)インフラ整備は万人が利用できるよう開かれ、透明で公正な調達がされること、(2)プロジェクトに経済性があること、(3)借り入れ国が債務を返済可能で財政の健全化が損なわれないこと、また(4)中国に対しては「国際社会で共通の考え方を十分取り入れる」ことを要請したという。無条件、手放しで「一帯一路」を礼賛した訳ではないということだが、従来「そういう点がはっきりしない以上、評価も参加もできない」という感じだったのに比べると、たしかに明確な姿勢転換だと評してよいのだろう。
3年前から変化
前回も述べたことだが、「一帯一路」構想は最初に発表された3年前に比べて、内容が変化してきた。ユーラシアを横断する新幹線計画のような荒唐無稽な投資話は影を潜め、投資回収確実性が重視されるようになった。
アジアインフラ投資銀行(AIIB)も、この3年の間に変化した。欧州勢など世界80ヶ国が参加した結果、中国主導色は薄まり、「国際開発金融機関」になりつつあり、世銀やADBの関係者もAIIBの初年度の事業を「滑り出しとしては上々」と評価している。
米国も変化
日本の対中政策の方向付けに欠かせない米国の動静にも変化がある。3年前に初めて「一帯一路」やAIIBの構想が登場したときは、米国でも懐疑や反発の声が渦巻いたが、いまや当初のアレルギーは消え、世銀やアジア開銀もAIIBとの平和共存体制を構築しつつある。米国経済界にも「一帯一路」による受注に関心を寄せる大企業が少なくない。
豹変しやすいトランプ政権が誕生したことが、この米国の「様変わり」感をいっそう強めそうだ。当初は「米中貿易戦争を始めかねない」と不安視されたこの政権が、4月の米中首脳会談をきっかけに、中国との良好な関係をアピールしている
しかも、中国は「米国の輸出増につながる事業」として米国企業の「一帯一路」への積極参加を促している。トランプ氏として、これを断る理由はないだろう。米商務省も5月の北京フォーラムに先立ち、「一帯一路構想の重要性を認めて、北京の会議に代表団を派遣する」ことを書面で発表している。
無視できぬ北朝鮮問題
以上のような中国や米国の変化と対比したとき、日本だけが3年前のまま変わっていないことを危惧していたが、先の二階自民党幹事長の訪中に重ねて、今回の安倍総理のスピーチに接して安堵した。
安倍総理が今回方針を転換した背景には、トランプ政権の豹変(「梯子を外される」)リスクに備えるという意味合いもあるだろうが、もう一つの大きな背景は北朝鮮の核・ミサイル問題ではないか。
安倍総理は6月19日の記者会見で、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮対応について、「米国があらゆるレベルで中国と連携して北朝鮮に圧力を掛けていくことが日本にも利益になる」と述べた。こんな言い方も従来聞いたことがなく、官邸の危機意識を窺わせる。
北朝鮮の核・ミサイル問題の深刻度は異次元に突入し、今後の国の安全を守っていく上で、かなり根本的な事情の変更が起きてしまった。この問題で決定的な役割を果たす中国との外交関係を改善して、腹を割った協議ができるようにすることは、安全保障に関する喫緊事と言ってよい。「一帯一路」をめぐる協力は、そんな関係改善のために、最適の一歩であろう。
今後日本が具体的に「一帯一路」について何をどう進めていくのかは明らかではないし、一本調子に協力が進むとは思えないが、門は開いた。各省庁も企業も、この青信号を励みに前向きに動いてほしい。
(『国際貿易』紙6月27日号掲載)
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February 1st, 2017 |
1月31日付けのポストについて続編 ( 津上のブログ )
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【1月31日付けの前ポストにいただいたコメント】
この論点からすると、共産党(軍)の海洋権益ゴリ押し路線が何故同時進行するのかがいささか腑に落ちず。小異と見逃してもらえるはずもなく、一帯一路を目指しても結局呉越同舟となってしまう点ではないか
【お返事】
仰るとおり。もう少し韜光養晦の皮をかぶり続け、「平和的台頭」の路線を堅持し続ける辛抱が中国にあったなら、習近平がダヴォス演説で売り込むまでもなく、世界から次のリーダーとして推挙されていたでしょうに、と思います。「領土・領海を歴史上のマキシマムまで拡張しないと、ルサンチマンが癒やせない」という今の中国のキャラは、世界がダヴォス演説に簡単に乗る訳には行かないと感じる大きな要因です。
ただ、ダヴォス演説を受けて20日に出た環球時報の社説はこう言っています。
…政治体制の違いのせいで、西側の認知を得たり「友人同士の親しい」感情を持ち合ったりすることは簡単ではない。しかし、世界から受け容れられ歓迎される大国になるために、中国ができることはあるのだ。
自由貿易の旗を高く掲げたことは西側の称賛を得た。(中略)中国が己の能力によって国際社会の公共利益に合致することをもっと多く行い、世界が中国に期待するグローバル・アジェンダにもっと積極的に参画すれば、中国と世界の共通言語はもっと増えるということだ。
自由貿易と気候変動の問題において、中国は既に世界の期待に応え、あるべき責任を負えるようになってきた。加えて、南シナ海での緊張も緩和され、中国の平和イメージを守ることができた。責任ある大国としての中国イメージにより幅広い裏付けが備わりつつあることが世界の中国に対する態度にも静かな変化をもたらしつつあると信じる。
ツッコミどころは満載ですが、世界の半分くらいはここに書いてあるように感じていることも事実です。環球時報の社説には、経済問題で人民日報にときどき登場する「権威人士」と一脈通ずる、「あの環球時報」とは思えない理性的な論調がときどき登場するのですが、今回もそのクチなので、長々引用しました。
さて、本題の南シナ海。過去2年間、中国はずいぶんとやらかして平和イメージを大きく損ないました。ただ、昨年CPAの仲裁判断を喰らって以降、大人しくなったことは事実です(「紙くず」とか言っちゃったけどね)。ASEANとの間でも長くお蔵入りになっていた「行動準則」を今夏を目途に合意するとを公約しました(「外部の干渉を受けずに当事者間だけで解決できる」ことをアピールするため)。フィリピンのドゥテルテ大統領の懐柔にも余念がありません。この結果、少なくとも「秋の党大会人事までは手荒なことはしないだろう」という観測も生まれていたのです。あるいは、「ここら辺でいったん事を収める」ことが党内のコンセンサスになっている可能性も。
そこに来て昨今のトランプ騒ぎ。「ここでまた埋立工事を再開したりしたら、敵失を与えるようなもの。統一戦線づくりの邪魔をしてはならない」という意見は党内でいよいよ力を得て、党大会の後も大人しくし続ける可能性が出てきたと思います。社説の記述も、そこら辺の見通しを踏まえて書いたんじゃないでしょうか。
「それじゃ、心配された南シナ海問題も概ね終熄した? 」
ノーノーw。一時のことですよ。強硬派には暫時我慢させている訳だから、情勢が好転すれば、習近平はバランスを取るために必ず強硬手段を再開しますって。賭けてもいいw。
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