中韓THAAD合意
傍観すべきでなかった日本
昨年春、韓国は深刻化する北朝鮮ミサイルへの対応として、中国の反対を振り切って在韓米軍のTHAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)配備に同意した。中国はこれに怒り、在中韓国企業が不買や抗議の対象になる「ボイコット」運動が起きた。とくにTHAAD用地を提供(譲渡)した韓国企業ロッテ社は中国で展開していた小売店舗を閉鎖、中国撤退にまで追い込まれた。ほかにも韓国を訪れる中国人観光客ががた減りするなどの深刻な影響が生じていた。
10月31日、韓国と中国の外交部は、この問題で手打ちをして、両国間の交流・協力を正常化する中韓合意を発表した。合意文は当たり障りがなかったが、傍らで、韓国外交部長官が?米国とのミサイル防衛構築、?THAAD追加配備の容認、?日米韓3国軍事同盟など中国包囲網への参加の3点に、韓国は応じないという国会答弁をさせられるかたちで、中国に「一札を取」られた。
この中国の韓国ボイコットについて、日本の官民が無関心だったのは残念だ。「隣人韓国が中国に虐められて可哀想だから助けてあげるべきだ」と言いたい訳ではない。これは他人事ではなく(みんなにとって)「明日は我が身」の問題だと思うのだ。
いま世界中の国が、経済巨人中国とどう付き合っていけばよいか、迷いや不安を感じている。みな中国が安心、信頼して付き合える良き隣人になることを願っているが、今回の韓国ボイコットは逆に、「中国を怒らせたら、何をされるか分からない」という不安をかき立てた。こういう出来事にどう対処するか、その積み重ねが今後の中国との関係に影響してくるのに、我々にはそのような視点が欠けていたのではないか
国際法的にも問題
中国の「ボイコット」の歴史は古い。戦前中国が弱くて列強の侵略を受けていた時代、中国民衆はボイコット(不買運動)しか外国に抗議・抵抗する術を持たなかった。しかし、昇竜のように発展する強国になった今の中国と国民がやるボイコットは、戦前とは全く別物になっている。
国際法には「コエルション(強要)」という概念がある。A国がB国に言うことを聞かせるために軍事的経済的手段を使って、相手国に「うん」と言わせるような行いである。今回中国が韓国にしたことは、国際法に違反する典型的なコエルションだと思う。
中国政府は「政府の行為ではない」と反論するかもしれないが、対外関係で何事か起きればボイコットに走るのが中国人の「習い性」になっている。政府もそれを黙認し、地方政府は行政手段でロッテに嫌がらせまでした。それに、「政府は関知していない・できない」と言うなら、「両国間の交流・協力を正常化する」合意だってできないはずだ。
中国が今回ロッテにしたことは、自由貿易(多角的自由貿易体制)を守るという観点からも大問題だった。本件をWTO提訴できるかどうかは法的精査が必要だが、多くの国々がお互いに相手国の産品・サービス・投資に市場アクセスを与える約束をしあう「多角的貿易体制の精神に悖る」とは言えるはずだ。言い換えれば、中国がこれまでロッテに与えてきた市場アクセスは、国と国が約束し保障し合う双務的な性格のもので、「皇帝が朝貢使節に下賜する褒美」とは違う。「韓国やロッテがけしからん」からと言って、一方的に取り上げることは許されないはずなのだ。
中国との付き合い方を考える
習近平主席は、最近自由貿易の擁護をよく口にする。米国の指導者がご存じのていたらくだから、心強い話なのだが、今回のように、「中国を怒らせたら何をされるか分からない」という不安を振りまいたら台無しになる。
世界は中国と今後どのようにつきあえばよいか。ボイコットを習い性にしてきた中国人は、指摘を受けないと問題にも気付かない。特定国だけが批判すると反発するが、世界中からワンボイスで批判されると、ずいぶん気にする国でもある。そんな「持って行き方」も含めて、本問題を機に今後の中国との付き合い方を考えていきたい。
(「国際貿易」誌 平成29年11月24日号所載)
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