津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

2001

生産の中国移転は経済統合の表れ
-空洞化恐れるよりメリットつかめ-
2001/08/21
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< 要 約 >
これまであまり関心を払ってこなかった中国経済が目覚ましく台頭したのを見て、日本では驚きとともに産業空洞化の懸念がますます広がっている。
しかし、工場の中国移転は、北東アジアで進む事実上の地域経済統合の表れと見ることができる。空洞化のデメリットばかりではなくアジアとの経済緊密化によるメリットを見ることが重要である。
アジアにおける市場経済原理の貫徹の結果、勝者と敗者、貧富差の拡大などの影の部分も生じるだろうが、日本の優勢を保持するには中国をよく知ることなど積極的な努力が欠かせない。

 日本の「中国経済」観が急転換している。見えにくいところで徐々に進んできた、新しい経済の担い手である民営企業の台頭や、一部国有企業経営者の大胆な若返りなどの大きな変化が日本でもようやく認知の臨界点に達したのだ。

■「世界の工場、中国」の時代

  そうやって改めて見る中国の生産現場の成長は著しい。現地に進出した日系企業の工場が日本の親工場に比べてコストが安いのは当然だが、 今や不良品発生率など品質面でも親工場を優にしのぐ工場が珍しくなく なった。衣料品のユニクロの成功は民族系企業の成長を象徴している。
  つい最近まで、日本で通用する商品を製造し、それを日本の流通システムに乗せるには、合弁か自前で現地工場をつくるしかなかった。しか し、工場を持たずに生産を委託するユニクロが成功したことは、中国企業が過去の限界を克服するまでに成長していることを示すものだ。
  今後、このような製販形態は繊維だけでなく、エレクトロニクスの分野でもEMS(製造受託サービス)方式の形をとりながら普及していく だろう。外資系企業が中国に持ち込んだ製造技術や生産・経営管理手法が民族系企業にスピルオーバーする(溢れ出す)新しい時代、「世界の工場、中国」の時代の幕開けとも言える。

■日本では産業空洞化の不安高まる

  しかし、昇竜のような中国の成長を見て、日本では産業空洞化論がますます深刻に語られるようになった。生産を中国へ移す、生産能力の新増設は中国で、という話を毎日のように聞くと、「日本は将来何をして食っていくのか」という不安に駆られるのは無理からぬ点もある。
  「雁行(がんこう)型経済発展モデルの崩壊」というボヤキもよく聞 く。これまでは東アジア諸国を雁の群にたとえて、先頭を飛ぶ日本の後に、その成功モデルにならう各国が発展段階別に続くというイメージがあった。しかし、「中国という巨鳥の出現でそれが崩れた」というのだ。
  確かに、携帯電話部品のようなハイテク製品、急速に力を付けてきた家電、労働集約的な繊維・雑貨、はては日本向けの長ネギまで、中国の輸出商品は前例を見ないフルラインアップになりつつある。

■「努力への配当」受け始めた中国

 中国の挑戦は依然不良債権問題を抱え、低迷を続ける日本にとって、容易ならざることだろう。しかし、以上のような認識には、どこかひっかかるものを感じる。
  第1に、今日、中国経済の一部に見られる元気ぶりは、中国人がこれまでつらい構造改革に耐えて努力してきたことに対する「配当」が始まったと見るべきだ。一例を挙げれば、国有企業改革では数千万人単位の失業の痛みをこらえてきたのだ。「ライバルながら、あっぱれ」と言うべきではないか。変化が突然に見えるのも、日本が民営企業の台頭や世代の交代など、中国で起きた変化にこれまで無関心すぎたからだ。

■日本の空洞化は事実上の地域経済統合の一側面

 第2に、日本の一部の産業が空洞化しつつあることは否定できないが、それは北東アジアで進行する事実上の地域経済統合の一面だ。そう考えると、奇妙なことに気付く。
  今、日本はシンガポールや韓国、メキシコとの自由貿易協定(FTA) の検討を進めている。このような通商政策の方向については、市場の拡大、競争の活発化による双方の経済効率の向上などのメリットありとして、経済界にもかなりの支持があるのだ。同じことは「事実上の経済統合」に当てはまらないのだろうか。
  経済の統合を妨げる障壁はFTAが対象とする関税・非関税障壁にとどまるものではない。今日の企業活動にとっては、ヒト、モノ、カネ、情報の往来を格段に容易にする様々な技術革新による障壁の緩和も大変重要なのだ。

■中国への産業移転に経済合理性

 また、FTAによっても比較優位のない産業の移転(空洞化)は生ずるし、事実上の統合では経済の効率向上がもたらされない、とは言えないはずだ。
  FTAは歓迎するが、中国への産業移転は心配だという心理は、自由経済・貿易原理のもたらす帰結に対して、どこか腰が定まっていない。産業移転は経済合理性がある限りいや応なく進んでいく。急激すぎる輸入の増大に対して、WTO(世界貿易機関)ルールが許容する限りで産業保護措置を講ずることは考えても良いが、統合の流れ全体を差し止めるようなすべはない以上、我々の側が適応していくほかはないのだ。

■メリットつかむ努力が必要な日本

 経済統合では「生気を吸い取られるような」ワンサイドの結果はあり得ない。「デメリットばかりで、メリットはさっぱり見えない」かもしれないが、実はメリットが見えないというより、見ようとしていない、つかもうとしていないという面がいろいろある。
  例えば、日本は中国をはじめとする東アジアからの対内直接投資を促進していると言えるだろうか。最近日本はようやく外資歓迎の姿勢に転 じつつあるが、それでも「歓迎すべき外資」のイメージはいまだに欧米資本ではないか。
  欧米先進国はどこでも雇用や税収をもたらす対内直接投資を熱心に促してきた。特に抜群の競争力を持って躍進を続けた日本企業はいつも真っ先に誘致された。しかし、欧米人は最初日本人社長をボスとして働くことに何の抵抗感もなかっただろうか。同じ覚悟ができていない日本人が、一方で「空洞化」を懸念するのはやや虫が良いのではないか。

■アジアから来る日本のグローバリゼーション

 金融や自動車は例外としても、日本にとっての真のグローバリゼーシ ョンはアジアから来る気がする。まず対日市場の開拓拠点から、そして他の分野へもアジアからの投資が増え、そこでの雇用、税収が増大していく日が遠からず来ると思う。現に中国企業には日本支社を設立しているところがいくつもある。今は目立たないが、そういう会社が既に小さ なマンションの一室のような場所で活動を始めているのだ。
  日本はアジアの投資についてメリットを見ようとしていないどころか、むしろ阻害している。端的な例はビザ問題だ。アジア人の入国というと、すぐいわゆる「3K」労働と不法就労を思い浮かべる人が日本の多数派だ。しかし、今や中国にだって、うなるような資産家、とびきり優秀な IT(情報通信)技術者がいるのだ。全面開放はしないでよいから、日本の役に立つ人材の流入まで阻むような制度は改めるべきではないか。

■日本はオリジナリティーの発揮を

 これからの日本がアジアとの緊密化で食っていけると思われる分野はほかにもいろいろある。今、台湾、香港、韓国、中国にまで、日本のソフト、文化が急速に浸透しつつある。アニメ、ポップス、ファッション、キャラクターグッズ、化粧品、工業デザインなどで日本発の文化が着実に地域全体を覆いつつあるからだ。文化の発信源になることが様々な産業にとって、どれほど重要かは言うまでもあるまい。
  技術開発の先頭に立ち続けることももちろん重要だ。中国という、べらぼうにコスト競争力の強いライバルが現れた以上、「モノ作りチャン ピオン」という地位はかなり譲らざるを得ないだろうが、オリジナリティーのある技術開発では、まだまだ圧倒的な開きがある。

■非情な自由経済原理にひるまずに

 すべての日本人が新しい勝機をつかむことはあり得ない。これから進む中国、東アジアとの事実上の経済統合は日本に勝者と敗者を生み、競争の激化により貧富の差も広がるだろう。日本人が努力を怠れば、本当に統合のデメリットがメリットを上回る結末が避けられない。
  しかし、市場経済とはもともとそういう非情さを備えたものではないのか。少なくとも社会主義に決別した中国や経済危機に見舞われた韓国その他の地域では、そういう苦さを噛み殺して、「頑張るしか道はない」 と考える人が日本よりも多いと感じる。競争が激化する以上、努力しなければ、今の暮らしを維持することは難しいと知るべきだ。

■中国の人や企業をまず知ろう

 知的財産権の保護、技術の生かし方など、日本が今ある優勢を保持するためにしなければならないことは数多い。しかし、優勢保持に努力することと、気持ちが守勢に回ることは全く別である。気持ちが守りに入っては、それこそ負けだ。
  懸念するよりほかに、今なすべきことは数々ある。その一つが、これから伸びる新しい中国人をもっとよく知り、つきあいを深めることだ。 宣伝じみて恐縮だが、経済産業省は、そう考えて今年9月、大阪で中国 の新しい企業家を多数招いた「日中経済討論会(中国は脅威か、それともチャンスか)」を開催する準備を進めている。ご興味のある方はhttp://www.meti.go.jp/information/event/nicchuu/c10724aj.htm をご覧いただきたい。

中国語版
(日経テレコン21 デジタルコラム 2001年8月21日)