津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

日経テレコン21

外国に学ぶ謙虚さを取り戻そう
-改革で中国にも遅れを取り始めた日本-
2001/12/06
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< 要 約 >
中国は各国の制度を貪欲に学び、国情に合わせて政策に取り入れて い る。そうして採用された政策の中には、特殊法人改革や農業改革など、むしろ日本が中国から学ぶべきものも生じている。
かつては日本にもあった外国に学ぶ気風は、世界にキャッチアップしたと感じたころから失われてしまい、この結果、今日本は多くの領域で世界の一流水準から遅れ、中国に抜かれた部分もある。
現役世代はこの現実を直視し、再び外国から学ぶ謙虚さを取り戻し て 改革に努力しないと、キャッチアップ達成に功績のあった先人たちに合わせる顔がなくなる。

 中国との交流の場でよく聞くセリフは「日本の経験に学びたい」だ。
  「進んだ国」日本が「遅れた国」中国に教える――。我々はこの図式に慣れきっている。しかし、元々誇り高い中華文明の国が辞を低くして教えを請うときは、「いつまでも今のままではいないぞ」という決心が込められているはずだ。
  彼らは実によく学ぶ。多くの人材が各国の制度研究に従事し、優劣比較が始終論じられている。今、さまざまな制度・仕組みの各国比較に最も通暁しているのは、間違いなく中国だ。中国が主要国に学び、国情に合わせて採用した政策を国有企業改革と農業改革の2つの分野から挙げたい。

■国有企業改革に自己資本比率の概念導入

 中国国有企業が赤字の山を築いた原因の1つは、採算を無視して借り入れに頼ったことだ。これを反省した中国は自己資本比率という概念を学び、1996年、国務院が通達を出した(図表1)。高速道路建設など、低収益のインフラ事業は自己資本比率が最低35%以上でないと認可しないとしたうえ、フィージビリティー・スタディー(事業化調査)の厳格化を義務付けたのだ。

 最近はさらに進んで、企業分割や資産売却を多用しようとしている。国有企業の中で生き残れる部門(グッドカンパニー)を切り出して再生させ、残りを別途処理するために、米国の経験をとり入れた。その成果は、中国石油、宝山製鉄など最近の大型国有企業のニューヨーク証券取引所上場などに表れ始めている。

■「退耕還林」で農業の効率改善

 農業はWTO(世界貿易機関)加盟で最も打撃を受ける領域だ。過去、やみくもな食糧自給政策をとり、耕作不適地まで開墾したせいで、中国は効率の低い農地を大量に抱えている。その裏側では農産物の価格支持を通じて所得移転(農民所得の向上)を図った。そのせいで、中国農産品は穀物を中心に、意外や、大きな内外価格差を抱えている(図表2)。市場開放で農産物価格が下がれば、限界的な農地がやっていけなくなる。

 数年前から中国が始めた政策に「退耕還林」というのがある。傾斜地など条件不適地では、農民に補助金を与えて耕作の代わりに植林を行わせる政策だ(図表3)。環境保護政策として知られているが、EU(欧州連合)などの「デ・カップリング」政策(条件不利地域の農家に直接所得保障を行う代わり、生産や貿易をわい曲する価格支持を削減していく)に学んだと思える。WTO加盟に伴う農産物市場開放の決断と裏腹に登場したからだ。

■学ぶべき特殊法人問題

 以上を挙げたのは、今や日本が中国から学ぶべきものがあると思うからだ。
  特殊法人問題はひと昔前の中国国有企業の一部の失敗事例とぴったり重なる。非現実的な需要予測、借金(財投)頼みの資金調達、お上頼みの無責任体制――。本四架橋や関西空港は中国に持っていっても、ワースト・ケースの部類だ。
  先の道路公団改革でも、高速道路整備計画(9,342?)をどうやって維持するか、建設資金をどこから持ってくるか(国費3,000億円の投入か、償還期限を50年にして償還財源を浮かせるか)ばかり議論された。
  しかし、不採算路線を造るなら、不透明な財源プール制をやめ、路線毎の採算に合わせた財源構成(国費すなわち自己資本の増加)を議論すべきではないのか。
  過去40年間の道路公団の国費投入率は平均9.5%、その分、財投借入という借金が大量に投入されてきたことになる。「早くウチの県にも高速道路を引きたい」という要望のなせる業だが、おかげでとびきり高い高速料金が物流コストを押し上げ、産業空洞化を後押しする結果になっている。
  「建設できればそれでよい」という誤りを中国は既に克服した。そこにも達しないのでは、日本の特殊法人経営の知的レベルは20年前の中国並みと言われても仕方ない。

■M&Aや不良資産売却でも中国に遅れ

 グッドカンパニーの再生や公共企業体の上場も、日本が遅れている。中国のM&A(企業の合併・買収)や不良資産売却は、欧米投資銀行も参入して急速に本格化してきた。事業を拡張したい民営企業や経営を刷新した国有企業などが買い手になり、他社で活用されていない事業部門を取得している。道路や水道の企業体を上場することも当たり前だ。
  これにひきかえ、日本の特殊法人改革は、上場による国有資本の退出や公的法人の監督を資本市場にゆだねるといった発想を生かしているだろうか。

■農業構造調整を決断した中国、及び腰の日本

 8億の農民を抱える中国の農業政策は重い意味を持つ。しかし、価格政策の行き詰まりとWTO加盟に伴う市場開放の必要から、中国は思い切った構造調整を決断した。市場を開放して農産物価格が下落すれば、限界的な農業生産は退出させなければならない。「退耕還林」政策は、この戦略の一環として、限界的な農地を林に戻すことにより、構造調整と環境保全の一石二鳥を狙ったものだ。
  デ・カップリング政策は日本でも中山間地対策として、2000年度から導入されたが、農家への所得補助に国民の十分な合意を得る自信がないため現状は及び腰だ。確かに、過疎地のコミュニティー維持や環境保全だけでは、国民は多額の税金投入に納得しないだろう。農業の再生や農産物市場開放といった核心の問題から目をそらしているからだ。

■社会主義的な(?)農業政策とる日本

 高い米価が産み出す限界的な小規模生産、そこに割高な資材を売って成り立つ農協、膨れ上がる米在庫を前に減反政策が強化され、農民からやる気と後継者を奪っていく−−。
  この体制を護持するために、農産物市場開放につながる話は認められない。だから、たとえ中国がASEAN(東南アジア諸国連合)とFTA(自由貿易地域)を結成すると言っても、日本は孤塁を守る−−。
  中国は企業の農業参入(「公司加農戸」政策)をどんどん進めているが、日本は2年前、株式会社の参入を申し訳程度に認めただけだ。
  これではどちらが社会主義だか分からない。

■産業としての農業の再生を

 基盤整備の終わった平地農業を中核に据え、経営を集約し、コストを下げるなど市場原理を導入して、日本農業を産業として再生させなければならない。一方では、アジアで FTAの胎動が始まった。農産物保護を理由に、この動きに背を向ければ、百年の禍根を残す。しかし、ハンディのある中山間地にまで市場原理を貫徹すれば、環境や国土の保護・コミュニティー維持が図れなくなる。どうすればよいか。
  構造調整との抱き合わせにこそ、日本におけるデ・カップリング政策の本当のニーズ、国民も税金投入を納得できる真の大義名分があるはずだ。農水省も一昨年「食料・農業・農村基本法」を制定し、この方向にかじを切ったが、そのスピードは中国に遠く及ばない。

■ナンバーワン気分が改善止める

 日本にも少なくとも20年前までは、諸外国から学ぶ気風があった。役所でも新しい政策を立案するとき、まず主要各国の政策を調べることはイロハのイだった。
  しかし、「キャッチアップを達成した」という感覚が社会に漂い始めたころから、その気風が失われた。一度はナンバーワンになった一部製造業ならともかく、金融、IT(情報技術)、農業、物流、教育、医療など、遅れたままの領域まで、ナンバーワン気分をお相伴して改善の歩みを止めてしまった。
  製造業だって過去の成功体験に安住して、旧態依然たる取引システムからの脱却が遅れ、世界のビジネスのオープン化、スピード化から取り残されている会社が多い。
  学ぶことをやめた結果、今の日本は多くの分野で世界の一流水準から離されたばかりか、中国からも周回遅れになりかけている分野がある。最近中国経済脅威論がやかましいが、中国経済の元気がよいのは、何も人件費の安さと人民元安だけが理由ではない。過去20年間の改革努力があちこちで実を結びつつあるのだ。

■再度追いつく努力を

 NHKに先人の偉業を紹介する「プロジェクトX」という人気番組がある。しかし、美しい思い出に浸るだけでは意味がない。先人の偉業を回顧したら、次の週は現役世代の至らなさを叱る特集を代わりばんこにしたらどうか。
  あちこちで遅れを取ったという現実を見据え、学ぶ謙虚さを取り戻し、再度追いつく努力を始めなければならない。さもないと、我々現役世代は身上をつぶす「3代目」になってしまう。それでは多くのプロジェクトXを残していった父祖に合わせる顔がないではないか。

中国語版
(日経テレコン21 デジタルコラム 2001年12月6日)