津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

時論/エッセー

中国大使館爆撃事件に思うこと
1999/05/24
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■米中WTO交渉再開の見通し立たず

 クリントン大統領の陳謝の電話を江沢民主席が受けた後も、中国は米中関係を改善しようとする気配をなかなか見せない。そこに事件の政治的利用の意図を見て取った米国、特に議会では逆に対中反感が高まりつつあるとか。
 6月3日のMFN更新が近づく中、WTOバイ交渉を再開することすらできない米政府にも苛立ちが募りつつあると聞く。「なぜ中国はこんな無益なゲームをするのか」と、理解に苦しむ方は日本にも多いと思われる。

■故意説を確信する中国と国民

 理由は、中国指導者も国民も大使館爆撃は故意によるものと確信しているからである。そう聞くと、今度は「被害妄想もいい加減にしたらどうか?」と思う方も多いと思われる。しかし、中国の大衆も本件がクリントン大統領や国防長官の命令によるものとは毛頭考えていない。「そんなことをしても、彼らには全く利益がない」ことは大衆の間でも通説である。
 ではなぜ、故意説を信ずるのかというと、爆撃が中国を敵視する米国の一部軍人の独断による行動である可能性があり、「彼らなら動機がある」からである。
 現在、中国の情報機関は軍も国家安全部も海外での情報収集に血眼になっているが、そうして集めた情報の中にはこんなのがある。

  1. レーザー誘導によるミサイル攻撃を行ったのはB−2爆撃機であるが、この作戦を遂行したB−2は、米国本土から直接現地に飛来し、爆撃後、また米本土に帰投した。 途中、欧州への着陸は一度もなかった(1度空中給油)。NATO軍の欧州側は作戦立案を含めて今回のオペレーションには関与しておらず、本件を全く知らなかった。
  2. コーエン国防長官は爆撃直後、「古い地図を使ったため」云々という説明をしたと伝えられているが、早速ベオグラードの地図が徹底的に調べられた結果、1950年代以降、最近まで各年代の地図は終始一貫、現地付近が沼地、荒れ地などおよそ建物が何もなかった場所であることを示している由。

 以上の「情報」が本当かどうか知る術はない。しかし、60年代に行われたベトナム北爆の際、これに反対していたフランスのハノイ大使館(or代表事務所)も爆撃された歴史がある。 また、80年代にはノース中佐らがレーガン大統領にも知らせずに指揮した「イラン・コントラ事件」というのもあった。一部軍人の独断による行動説を完全に否定することは魔女証明のようなものである。

■覇権主義?

 米国による調査の過程では、中国大使館の外観がユーゴ政府の兵器調達局とかいう本来のターゲットによく似ていたことが原因だとされている由。航空写真で外観の似た建物を探し、近くの中国大使館が「これだろう」とされた(どれくらい近いのかは不明)、ターゲット特定の後には5段階のチェックがされるが、誤認はどの段階でも見つからなかった結果、「誤爆」が起きた・・・というのが現時点での当地米国大使館の(非公式の)説明である。
 航空写真で地番を特定することは十分可能な筈で、その住所にある建物が何かをチェックしない「5段階のチェック」とはいったい何をチェックする作業か、訊いてみたい気がするが、真相が不明なことに変わりはない。
 米国は「陳謝したのにこれを諒としない」中国に逆に腹を立てているが、仮に米国の大使館が「誤爆」を受け、中国と同じ立場に立ったら、米国はどのように反応し、何を要求するか。相手国が電話や記者会見で陳謝して「諒とする」だろうか。責任者引き渡しを要求し、「応じなければトマホークが飛ぶぞ」という脅しをかけるのではないだろうか。
 現に最近のケニア米大等へのテロの報復ではアフガニスタンのテロリストキャンプを爆撃した。国家には自力救済権があるから、そのことの可否は横に措いても、そこまでする国が他国の問題になると、こうも鈍感になれるものかと呆れる。
 今米国人に、「仮に調査の結果、やはり誤爆という結論になった場合、調査の後、誰が引責辞任するのか、国防長官か、それともCIA長官か?」と問うたら、殆どの米国人は虚を衝かれたような顔をするだろう。これではやはり「覇権主義」かもしれない。

■臥薪嘗胆

 「謝罪はもう済んだ」と言う米国の傲慢と思い上がりをいくら罵ったところで、中国は結局泣き寝入りするだけである。仮に誤爆ではなく一部軍人が故意にやったと分かっても、今の中国に米国に報復する実力はない。軍事的にはもとより、経済的にも米国と本当にケンカする力はないのである。中国人は皆そのことが分かっている。・・・が、この無念を如何せん。
 「こんな目に遭うのは中国が遅れているからだ」、「中華の振興」、「富国強兵」...。中国の新聞もテレビもみな連日こんなスローガンを流している。実は同じようなスローガンは南京虐殺記念館にも溢れている。この屈辱、無念をバネにして更に経済建設を急ぎ、国防力の強化を図り、何時の日か米国(日本)を見返せる強国になってみせる...というのが中国人のおきまりの心理補償(compensation)である。
 共産党は今回の民族感情の爆発を不発弾の信管を外すような細心さでコントロールしており、それがそこそこ成功している。今後よほどのことが起きない限り、危機の山は越えたと言って良いだろう。災いを転じて福と為すべく「民族の凝集力」を国家目標に向けさせる作業も順調に進んでいる。やがて機会を見て、対米関係の修復にも動くだろう。
 しかし、屈辱をバネに頑張ることはできても、それで心が受けた傷を癒しきれる訳ではない。心にトラウマを負い、「今に見ていろ」と誓う中国人を見ていると、三国干渉を受けて臥薪嘗胆を誓った明治の日本を思い出す。トラウマはやがて他の場所に再び形を変えて現れる。その結果、周囲のアジアは決してよい影響を受けないだろう。

中国語版
(1999年5月24日)