津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

寄稿論文

急増する対中輸出が物語るもの
2003/12/09
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 「これからは『中・米頼みの景気回復』と書かなくてはいけませんね・・・」新聞記者の友人が苦笑しながらいった。対中輸出のめざましい増大ぶりを指してのことだ。
 本2003年統計公表済みの1−10月の日本の対中輸出は5兆4187億円に達した。グラフ1はこの間、日本の総輸出増分に占める対中輸出増分の寄与度を月毎に見たものだ。「独り気を吐く対中輸出」が実感できる。また、2000年の1−10月期の対中輸出は2兆6223億円だったから、実に3年間で倍増した勘定だ。この急速な伸びのおかげで、いまや鉄鋼、化学など素材関連に加えて、家電、携帯などの消費財、更には建設機械まで、多くの産業が中国経済成長の恩恵に浴するようになった。

 この結果、今年度上半期、中国+香港向け輸出(正味の対中輸出に近い)は5兆796億円、対米輸出(6兆6993億円)の75%に匹敵するところまで来た。これに大陸との経済融合が日本以上の速度で進む台湾向け輸出を足せば6兆7974億円、すなわち「大中華圏」向け輸出が金額で対米輸出を上回ったことになる。いまの趨勢が続けば、中国+香港向け輸出もあと2、3年で対米輸出を上回るだろう。そう考えると、なにやら「歴史の変わり目に立ち会っている」ようにすら思えてくる。

 いまや日本は香港も含めた中国向け貿易で明らかな出超状態にある(今年度上半期の中国+香港貿易は日本の8819億円の出超)。10年前なら間違いなく中国側から「対日貿易赤字」問題が提起されたはずなのに、今のところ音沙汰がない。そこには成長の果実を均霑することによって周辺国からの「脅威論」を抑えたい最近の中国の姿勢を読みとることもできる。
 この結果、中国に対する日本の見方は変わりつつある。2年前に吹き荒れた中国経済脅威論は、少なくとも大企業に関するかぎり影を潜めた。中国が使う定番セリフ「日中経済の相互補完性」にも実感が伴ってきて、むしろ「中国特需」、「中国様々」状態だ。

■実態を備えた構想になりつつある東アジア経済統合

 以上を踏まえて3つの感想を述べたい。第1は、東アジア経済統合が実体を備えた構想になりつつあることだ(グラフ2参照)。域内の分業関係が更に深化しているだけでなく、中国需要の急増によって最終需要の面でも相互依存関係が着実に高まりつつある。最近、日経経済研究センターや経産省の研究会が行ったアンケートで、日本企業の中に東アジア(ASEAN+3)を対象とする多国間FTAを望む声が高まっていることは、このような経済実体の変化を反映しているように思える。

 周知のとおり、東アジアとのFTAには農業問題の克服が不可欠だ。特にタイや中国とのFTAは省庁間の小手先の妥協ではとうてい成就できない。最近、当研究所同僚の山下一仁上席研究員が「FTA時代を生き抜ける農業」を目指した農業政策の抜本転換を提唱しているが、その必要性はますます高まったといえる。

 第2は通貨問題についてだ。貿易や投資などの実物経済は経済の一側面に過ぎず、もう一側面として金融や通貨がある。実物経済の世界でFTAが構想されるならば、金融・通貨といった側面でも一層の地域連携策が構想されるべきであり、両者が歩調を合わせて進まないと地域経済の脆弱性が高まってしまう。
 現に、日本では人民元についてレートの切り上げ調整を求める声がひとしきり続いたが、最近はむしろ「安定」を求める大企業首脳が急速に増えている。現行人民元レートは早晩切り上げ調整が避けられないとしても、その調整は「人民元の自由変動が正しい道である」ことを意味しない。
 域内経済が相互依存性を深めるなら、人民元が域外のドルに連動するいまの仕組みの合理性は低くなる。ドルの代わりに円にペッグしてくれとは言わないまでも、元がドルと円の中間で変動してくれるなら、企業経営の予測可能性はいまより高まる。中国が人民元の安定を切望していることはいうまでもない。円・元変動リスクの減少を目指して、人民元が通貨バスケットから導かれた目標レートでの安定を目指すような枠組みを導入し、その安定化に地域が協力することが日・中双方の国益にかなう。FTA論議が深まっただけに、今後は通貨面での協力も重視されるべきだろう。

■深まる「勝ち組み」「負け組」の両極化

 最後に「中国勝ち組」と「中国負け組」の両極分解の傾向について述べたい。大企業に「中国様々」ムードが拡がる一方で、中国進出のチャンス、経営資源や企業体力に恵まれない中小企業は客先の中国移転、国内発注の減少など、大企業とは対照的な窮状にある。その傾向は自前製品を持たない下請企業ではなおさら顕著だ。
 経済が転換しつつある今のような時期、業種や企業によって明暗の差異が生ずることはある程度は仕方がない。しかし、問題が何であれ、国内に分裂の溝が拡がるのは辛いことだ。産まれなくて済む敗者を何とか産まないようにする方法はないものだろうか。

 この点で、最近やや「明かりが灯る」思いのすることがある。中国企業の一部に日本製造業見直し気運が生まれていることだ。従来、中国企業は何かと言うと「高コストの日本で製造業を続けるのは無意味」といった「知った風」な認識を表明してきたが、日本企業との交流が深まるにつれてやや様子が違ってきたのだ。
 曰く「日本の製造業がコスト高なのは必ずしも工場のせいではなく、非効率な購買や営業など工場以外の間接部門の責任が大きい。工場部門はむしろ驚くほど少ない人員で柔軟かつ多様な仕事をこなす凄い存在だ」。こうした考えに基づき、技術のある日本企業を買収したいとの要望も高まっている。「設備や技術を持ち去る」のではなく、「買収する以上、日本工場は日本工場でリターンを挙げてもらいたい」というのだ。

 2年ほど前、上海企業が倒産した東京の業務用印刷機中堅企業を買収した。最近その買い手企業の関係者に会ったところ、彼は「買収後、会社が仕入れている部品を一点ずつチェックした結果、コストが高いばかりで日本で作る意味のない部品もあったが、中国では作れない価値ある部品も数多く発見した」といっていた。それを聞いて思った。中国に「周辺の脅威論を抑えたい」という慮りがあるならば、買収だけでなく、日本ならではの部品や部材など、中小企業が中国向け輸出を増やせるような注文を出してもらえないか。
 最大のネックはそういう受発注のプラットフォーム(ヒトのつながり)が日中間には未だないことだ。ここ数年、日本の工場を辞めた(辞めさせられた)熟練工が中国に渡り、現地企業の技術顧問に就任する事例が急増しているという。「技術流出」の元凶と見られがちだが、ものは考えようだ。技術顧問さん達、現地の様子が掴めたら、今度は日本でのコネを活かして部品取引の国際ブローカーを目指しませんか? 日本で就職した留学生が中国に出かけて営業をするというのでもいい。そういう受注チャネルを創り出し、中国に向かって「まいど!」といえる下請中小企業が増えるような新しい日中経済関係を築きたいものだ。

中国語版
(RIETI ウェブサイト 2003年12月9日)