大阪市立大学大学院教授
著者は経済産業省の官僚であり、1994年から2年間は中国のWT0加盟に関する多国間交渉に参加し、1996年から4年問は北京の日本大使館に勤務した。また、2001年、中国産ねぎ、しいたけ、畳表の輸入急増をめぐり、日中経済摩擦が高まった際の担当課長でもあった。そして、北京在勤中に「今後の中国と日本の関わり方をライフワークにしようと心に決めた」と語っているように、日中関係の強化にかける著者の志は極めて高い。
こうした著者の中国実体験と高い志に基づいて書かれた本書は、中国の政治、社会、経済について幅広く言及しており、最新の中国事情紹介本として第一級のものと言えよう。
著者は、中国経済の実力についてバランスの取れた見方を示しており、日本にある「中国脅威論」は、日本側の「損失」を過大に見積ったものであるとする。日本企業がアジアと「正対」し、急成長する中国を取り込みつつアジア全域において、いわば広義の「ニッポン製造業」の確立を目指せぱ、日中両国は「ウイン・ウイン」の関係を築けると説く。
そして本書は、国家戦略の書でもあり、近年、日本に出てきた運命論的な「美しく老いていく日本論」を強く退け、「ひきこもり」と「退行」はやめにして、日本はあくまでも積極的に自らの運命を切り開いていくべしとする。
具体的には、すでに始まったFTA(自由貿易地域)を含むアジア統合の動きに、日本が積極的にリーダーシップを発揮すべきであると主張する。そのためには、日本の農業問題が最大のボトルネックとなるが、中国が一部すでにやっているように、わが国でも株式会社の参入を認め、従来の「自作農主義」から脱却し、「大規模営農」を目指すなど、産業としての農業の再生を訴える。そして、「ニッポン丸」は、向こう3〜5年以内に、このように政策の舵を大きく切らないと、急速に進行しようとしているアジア統合の動きに乗り遅れると警告する。
中国の将来性については、中国は早晩台頭する可能性が強く、それは止められないとする。中国の崩壊はないとはいえないが、あったとしたら、それはむしろ日本にとって大きなダメージとなると説く。したがって、日本は台頭する中国をアジア統合の枠組みに取り込み、ともに協力していくべしというのが著者の考え方であろう。
著者は、地域統合は、東アジア、さらにはアジア太平洋地域全体が中国の台頭と折り合いをつける道を探り、地域の不安定化を防ぐための重要な外交的枠組みになる可能性を秘めているとする。また、日中関係については、著者は「夜明け前」であるととらえている。なぜかというと経済の飛躍的発展によって誇りを取り戻した今の中国人には、歴史のトラウマから脱却しようとする兆しがみられ、さらには、指導者が基本的には「親米、反日」であった江沢民を中心とする旧世代から、対日感情の悪くはない第四世代に移ったためである。著者は、懸案である日中両国の「歴史的和解」は、中国の第四世代の指導者が権力の座にある間に実現しうるとみているようである。
評者も、日中両国がともにアジア統合を推進していくべきであると、強く信じる人である。そのためになされねばならない重要な点として、著者は触れていないが、日本の「アメリカ離れ」が不可欠であることを指摘しておきたい。従来のような「対米絶対追従外交」を改めない限り、かつてのEAEC構想(1990年)やAMF構想(1997年)の二の舞になってしまうからである。