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「アジア共通通貨」 の得失

ウェブに 「アジア発展のためにぜひ 「域内共通通貨」 を」 という講演記録が載りました。筆者も以前から関心を持っていたテーマだったので、思わず反応してウェブにコメント送ってしまいました。


「アジア共通通貨」 の得失
人民元為替レート改革再起動の日に


  英エコノミスト・グループが5月19日に東京で、「ベルウェザー・シリーズ・ジャパン──アジア太平洋における金融の未来像」 と題するコンファレンスを実施し、激変する世界の金融とアジアにおける未来像が熱心に議論されたそうで、ウェブ経済メディアである JB Press がその中から興味深いテーマをいくつか選んで紹介しています。
  その一環で、アジアの金融アーキテクチャーで日本が占める位置について、元財務省財務官で今は日本政策金融公庫副総裁で国際協力銀行経営責任者の渡辺博史さんがされた基調講演が紹介されています (アジア発展のためにぜひ 「域内共通通貨」 を
  筆者も以前から関心を持っていたテーマだったので、思わず反応してウェブにコメント送ってしまいました。以下、転載します。


【引用開始】

  一昔まで、東アジアのように民族、宗教、経済発展段階など様々な点で欧州のような共通性を欠く上に、複雑な歴史問題まで抱え込む地域に、欧州統合のようなことができるはずがないとよく言われてきました。
  しかし、東アジアの経済統合は政治的決断を待たずに、実態先行でどんどん進み (「事実上の統合」)、最近は政治的な所為を必要とする FTA/EPA のような制度作りも進んできました。
  この基礎の上に、私も 「次は通貨面での統合に進むべき」 と考え、チェンマイ・イニシアティブを喜び、次は欧州にならって “snake” ライクな域内通貨安定の仕組み作りに進むべきだと考えてきました。しかし、最近、二つの点で、この考えが揺らぐのを自分で感じています。

  第一は、金融危機後の欧州がいま経験している困難です。欧州は、通貨だけ統合しても、財政が各国バラバラで統合されていない、あるいは通貨統合のタガを締めるために財政出動に共通の制約ルールを設けたことが災いして金融危機脱出に機動的な手を打つことができない、等の理由により、いっそう苦しい経済困難に落ち込んでいるように見受けられます。一言で言えば、今次の危機によって、通貨までは統合したが連邦国家への統合が未完な隙をつかれた格好です。
  この欧州の困難をみると、通貨統合を進めることが本当に良いことなのか、やるにしても踵を接して連邦国家化へ進むブループリントがないと、危機が到来したときに足をすくわれるのではないかという不安を覚えるようになりました。(当然ながら、「通貨統合だけでは済まない、財政統合、連邦国家化など更に高次な統合に至るまでの覚悟がないと進められない」 となれば、先に進む政治的困難はいっそう増します)。

  第二は、域内の超大国候補、中国と通貨を共にすること (あるいはその手前で進める 「域内通貨安定」 の仕組みでも良いのですが) の可否・得失です。日本の70年代以来の経済発展の歴史を辿れば、中国は今後毎年数%の物価上昇を経験しながら、人民元がどんどん強くなる過程を経験していくはずです。
  こういう大国と、たとえば為替レートを固定する仕組みを合意すると、日本のマクロ経済運営はどのような影響を受けるのでしょうか。最も単純に考えても、何年か毎に元高方向にレートをスライド調整する仕組みを内包しないと、他の参加国は実力不相応な通貨高に見舞われるはずです。
  また、インフレ率、成長率、実質利子率等が大きく異なる国との間で経済運営の平衡を保っていく際には、為替レートを調整することが裁定実現の重要な手段になるはずだと思うのですが、通貨安定の仕組みにより為替調整の手を自ら縛った場合、代わりにどのような形で 「裁定」 が達成されるのか、たとえば強いデフレ圧力を受けるといったことがないでしょうか?
  強い国と共通通貨を持つことは、弱い国に実力以上の好条件でファイナンスを受けられるメリットをもたらすと思われますが、まさにそれが災いした (バブルが発生した) のが PIIGS だとも言われます。まさに物事には善し悪しの両面が伴う見本のような話です。  以上のような問題は、シミュレーションに基づいた綿密な予測が必要なはずですが、不勉強なせいか、まだそのような分析を目にしたことがありません。しかし、そういう分析もなしに通貨統合のメリット面だけを期待・追求することは、現実的な態度とは言えない気がします。

  私は従来、止めようのない経済の流れとしての東アジア経済統合の次なるステップとして、「アジア共通通貨づくりは当然進めるべきだ」 と考えてきた者ですが、以上の理由により、これまでの考えが揺らいでいます。これらの問題点について、なにかご教示がいただければ幸いです。

【引用終わり】



  渡辺博史さんがされた基調講演の副題は 「中国の説得が最大のカギ握る」 となっているので、以下では元のコメントで触れなかった 「おまけ」 として、この点にもコメントしたいと思います。

  渡辺博史さんが 「中国を説得する必要がある」 と言われるのは、主に 「人民元の国際化」 を巡ってであり、文中見出し 「アジア統一通貨の大前提は人民元の “国際通貨化”」 がその意図するところを簡潔に表しています。つまり人民元の “国際通貨化” の遅れがアジア共通通貨体制づくりにも影響しているということです。以下は本ブログでも予てから指摘してきたことですが、以上を受けて繰り返します。

  中国人は 「やがて世界はドル、ユーロ、人民元の通貨3極時代を迎える」 と信じています。その眼中に日本円が既にないことは遺憾ですが、今後人民元は世界通貨の主要な一角を占めるだろうと思います。ただ、一方で、中国は1980年代から続けてきた一人っ子政策のせいで、ほどなく日本を凌ぐ速度で高齢化時代に突入します。そうなれば、いまは急速に積み上げている経常収支黒字、対外純資産も減少に転じます。あと15年ほどでそういう時期を迎えるでしょう。

  かつての日本もそうでしたが、一国の通貨が 「出世」 していくとき、普通は 「外国への資金環流」 というアメ・恩恵を以て周囲の既得権益の抵抗・掣肘を押しのけていくものです。人民元も 「出世」 したいなら、対外純資産の積み上がる時期にそうすべきです。つまり、人民元が 「通貨三極」 の一角を占めるために残された時間はそれほどないのに、いまの調子だと、残り15年では出世計画が完了しそうもないのです。

  国際通貨化の第一歩は資本勘定の取引自由化、つまり兌換が自由なハードカレンシーになることですが、これを相撲に喩えれば 「入幕」、それで初めて 「関取」 と呼ばれるということです。それと対照する意味で言えば、現行番付では、上位にドル、ユーロという東西横綱、そしてその下に円やポンドといった大関級がいる…という構図です。

  中国人が 「やがて世界はドル、ユーロ、人民元の通貨3極に」 というのは、身体はたしかに大きいが (笑)、まだ入幕すら果たしていない新米相撲取りが、「オレは横綱になる」 と嘯くのに等しい。その眼中に日本円がなくても結構だが、まずは早く入幕、その後スピード出世して、大関 (日本円) と肩を並べてから言うべきことです。それに 「聞くところでは、おまえさんは若年成人病体質 (=高齢化の喩え) を抱えていて、上位で永く現役を続けられそうもないと言うじゃないか、いまみたいなノロい出世で間に合うんかいな? (笑)」

  ときおりしも、先週末、人民銀行が金融危機後の 「非常時政策」 を終了して、2005?2008年まで続いていた人民元レートの弾力化政策に戻ることを宣言しました (この点については、末尾で補足します)。これはこれで歓迎したいところですが、人民元を年間数%のペースで安定的に切り上げる体制 (クローリング・ペッグ) に移行すれば、海外は今まで以上に中国にマネー (正規の体内直接投資だけでなく 「ホットマネー」 も) を持ち込もうとします。本来の投資収益に加えて為替差益で数%のゲタを履ける訳ですから。海外からの膨大な資金流入がマクロ経済運営に更に難しい不確定要因を加える体制に移行するということです。中国は 「超大物」 の呼び声高い通貨界のルーキーですが、入幕はそれほど簡単ではありません。

  人民元の国際化がかくも遅れている根本原因は、「制限を撤廃すれば人民元が大幅に切り上がって製造業の国際競争力を削ぐだけでなく、激しい資本移動にマクロ経済運営を翻弄され、かつての日本の二の舞になるのではないか」 という国民の不安感が極めて根強いことにあります。日本も1ドル=360円体制から移行した1970年前後に似たようなメンタリティがありましたが、中国の不安は往時の日本を上回るものがあります。最近の目覚ましい台頭によって、過去1世紀半にわたって後進国に落ちぶれ、列強に苛められたトラウマを徐々に克服しつつある中国ですが、通貨問題は最後まで未清算で残る 「弱国心態」 の一つになりそうな気配です。

  私は従来、すべては中国が自らの長期的国益をよく考えて判断すべきことだと言ってきましたが、事は中国の利害得失にとどまりません。渡辺博史さんが指摘するとおり、「人民元国際化が遅れると、アジアの通貨協調体制づくりが遅れ、もともと大量の資金余剰を擁するのに同じ域内に十分成長資金を供給できていない現状の改善もそれで遅れ、はてはアジアの更なる発展をも遅らせる」 という因果関係があります。同じ域内にいる我々は利害関係人として、これまで以上に中国に物を申していかなければならないと思います。同時に、文句、注文を言うだけでなく、地域の共通利益のために、中国が抱える悩みの解決に地域で何か協力の手を差し伸べることができないかも考えるべきでしょう。
平成22年6月21日 記

補足:人民元レートの弾力性強化に関する声明について


  2月以来、内外を騒がせてきた中米間の人民元レート問題だが、昨日の人民銀行声明が出るまで、国内では 「欧州危機が深刻化して以降は終わった話ではないか?」 という受け止めが主流だった。人民元は最近のユーロ下落により、対ドルレートこそ変わらないが、為替バスケットに基づく実効為替レートでは既に数%上昇していることが大きな理由だ。人民元に絡む直前の報道とて、「この問題をG20で取り上げることに、中国の関係部委がこぞって反対している」 というニュースだった。つまり、国内では今回声明の発出に先立って事前に地均し等は行われていなかった。しかし、米国議会では 「もうこれ以上待ちきれない」 との強硬論が再浮上していると聞く。水面下では両国政府間の折衝が続いてきたということであろう。

  原文は 「市場需給を基礎に、通貨バスケットを参考として調節する。引き続き公表済みの変動幅(5‰ /d)に基づき、動態管理、調節していく」 とある。中国メディアは、まずこれを 「一時的に大幅な引き上げをする」 ことを否定したものと解し、また、「かなり保守的な言い方だ」 と評している。たしかに単純に今後漸進的に引き上げていくと書いてある訳ではない。

  市場介入の動向は最近発表されておらず、外貨準備高も3月末の数字を最後に公表されていないが、目下の市場は介入無しで需給がバランスするとは思えず、レート維持のための外貨買い介入も依然続いているはずだ。よって 「弾力性拡大」 という声明見出しを額面どおり受け取ると、自然にレート上昇が始まるはずだが、(既にこの数ヶ月間で実効レートが大きく上昇したはずの) 「バスケットを参考」 ともあるので、一本調子に上昇していくとも思えない。

  本21日の市場では、朝方、前週と変わらない6.8275の中間値が発表されたが、終値は一日あたりの変動幅上限に近い4.2‰アップの6.7976で引け、為替レート改革の再起動を市場に印象づけた。しかし、それでは今週5日間で合計2%以上の上昇が見込まれるか?と言えばその可能性はないだろう。

  今次声明は、取りあえず過去2年続いた 「非常時」 政策の終結を宣言する一方、「バスケット参考」 を掲げて様子見する (ユーロ下落で実効レートは既に上昇していることを強調した上で、今後ユーロの戻りがはっきりしてくれば調整を加速する)感じかと判断され、日々の調節方針が注目される。




 

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