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「普天間」 三題 (その1)

今日、鳩山総理が再び沖縄入りして、「辺野古周辺」の政府方針を正式に表明しました。この件を息を殺してずっと注目してきましたが、この間思ってきたことを2回に分けて書きたいと思います。


「普天間」 三題 (その1)
中国人民解放軍のこと


  普天間基地移設問題に関連して、思うことを3点書きたい。

  第一は去る4月、中国海軍の最新鋭護衛艦や潜水艦など10隻の艦隊が西太平洋上で過去に例のない大がかりな演習を行ったことについてだ (防衛省発表)。艦隊は宮古海峡を通過後、西太平洋上で演習を行い、沖ノ鳥島をぐるりと一周して帰途に就いたという。

  この演習は、別に鳩山内閣を困らせるために実行された訳ではなく (笑)、軍隊の常として前々から計画されていたのだろうが、折からの普天間基地移設を巡る日本の論議にかなり大きな影響を与えたのではないか。

  マスコミ報道は普天間問題での鳩山総理の 「安保オンチ」、「迷走」 ばかりを強調するが、政府の内外では報道される以上に、「国外・県外移設」 を志向する総理らと 「現行 (に近い) 案」 を志向する派が暗闘していたのだと思う。そして、中国海軍のこの演習は、前者の派が後者から 「そら、見たことか」 と批判・攻撃される格好の材料になったはずだ。

  とくに、「東シナ海を友愛の海にしよう」 と唱えてきた鳩山総理にとっては大きな打撃であり誤算だったのではないか。総理は沖縄入りした5月4日に 「米海兵隊の存在は、必ずしも抑止力として沖縄に存在する理由にならないと思っていた。学べば学ぶほど抑止力 (が必要と) の思いに至った。(認識が) 浅かったと言われれば、その通りかもしれない」 と発言し、改めて 「安保オンチ」 の表れと批判を浴びた。昨夏まで野党だった民主党は、たしかに在沖縄海兵隊に関する知識と認識が足りなかったのだろう。しかし、時期が時期だけに、総理発言には中国艦隊が宮古海峡を通過したばかりか、これを追尾した日本側の艦船やヘリに対して威嚇まで行ったことへの恨み言も言外に込められているように感じられた。

  根っこにある台湾問題

  中国には第一列島線、第二列島線 (原語では 「第一、第二島鏈」) という概念があり、海軍は第一・第二列島線に挟まれたこの海域 (図のピンク色の部分) を極めて重視している。それは、一義的には米国 (及び日本) の 「台湾有事」 への干渉を阻止するためだと言われている。


  1996年、総統選挙で李登輝氏が勝利することを嫌った中国が威嚇のために台湾近海に演習ミサイルを打ち込む事件が起きたことがある。しかし、米国がこれに対して直ちに第七艦隊空母2隻を台湾海峡付近に進出させて、にらみを利かせたため、以降、当時の中国はぐうの音も出なかった。

  この出来事は中国に強いトラウマを遺し、それ以降、列島線の中間海域での調査が活発化した。海底地形、海流、水質等に通暁すれば、潜水艦作戦が可能になり、「今度台湾有事に干渉すれば、魚雷をお見舞いするぞ」 と威嚇して第七艦隊や海上自衛隊を牽制できる。あの屈辱を再び味わわないために、この海域への進出は是非とも必要なのである。

  経済成長と共に進む中国の軍拡

  近年の目覚ましい経済成長で財政が充実したおかげで、人民解放軍の近代化は目覚ましく進んだ (拙ブログ 「四川地震遭難者への黙祷 (フォローアップ)」 参照)。とくに海軍は本格的な外洋海軍 (Blue sea Navy) へ脱皮すべく、海外での行動が積極化している。とくに今年はソマリア海賊対策派遣、南シナ海でのベトナム漁船との対峙、そして今回の宮古海峡通過の3点セットで大いに盛り上がっている。

  軍拡と言っても、中国があからさまに国防予算のシェアを増大させている訳ではない。筆者は中国には 「国防予算はGDPの1.5%まで」 という不問律が働いている印象を受ける (注)。しかし、世界中を驚かせる高成長のせいで08年の国防費は03年の2.1倍に達した。これが東南アジアやインドなど周辺国に強い警戒心を呼び起こした結果、東アジアで新兵器購入など軍拡競争が起きている。


  物事には必ず作用・反作用の二面がある。中国人は本来冷静で客観的なものの見方が身上、のはずなのだが、こと、外交・安保問題に関してはバランスが取れていない。世論は 「富国強兵」 支持一辺倒であり、「このまま経済と財政が成長するに任せて軍事費を増大させていったら、対外関係に支障が出ないか」 といった見方は、国内では極めて少数かつ不人気だ。

  中国ミリタリー・オタクのブログには今回演習の意義として 「この10隻に空母が加われば機動艦隊になる!」 と讃えるもの、果ては「日本の狭小な戦略空間がいったん中国海軍によって圧迫されれば、日本の戦略的生存が問題に直面する…よって、今回中国艦隊が突き抜いたのは第一列島線というより日本の脆弱な心理だ」 というものまであった。

  その背景に、19世紀以来列強に虐められて味わった 「民族の屈辱」 のトラウマがあることは言うまでもないが、筆者は最近、もう一つ心配していることがある。

  誰が人民解放軍をコントロールするのか?

  日本で人民解放軍というと、中国政治に底知れぬ影響力を持ち、黒い利権と切っても切れないおどろおどろしい組織のように語られることが多い。筆者は専門家ではないが、それらの見方は多分に誇張だと思っている。そして、いま大切なことは、そうした旧い解放軍のイメージに引き摺られることではなく、過去十数年で急速に変貌し、近代化した新しい解放軍で起きていることに注目することだと思う。このことは最近拙ブログ 「人民解放軍の 「国軍」 化問題を考える」 で既に取り上げたが、改めて論じたい。

  面目を一新した解放軍を代表するのは、若くて知的なテクノクラート軍人たちだ。中国政府、とくに中央政府は潤沢な予算を背景に、組織も事業も大きくなり、かつ、内部では制度化・専門化が急速に進んでいる。そうして大きくなり、制度化・専門化が進んだ官僚組織は、外部の容喙を許さない“autonomous”な組織になりがちだ。経済面でも、そのことが 「官」 の肥大・既得権組織化を生んでいるのだが、同様の現象は人民解放軍でも起こっている気がしてならない。

  中国共産党は 「強兵」 ナショナリズムの 「瓶の蓋」

  軍に関する報道に多いのが 「共産党の指導」 だが、その内容は 「党章を深く学習、貫徹し、軍隊党の建設を進めよ」 式で古色蒼然としている (笑)。西側ではこれを 「(共産党による) 解放軍の私軍化」 として批判し、「国軍化」 を慫慂する意見が多いのだが、そういう論者に問いたいのは 「では、『国軍』 化した暁に 『誰』 が解放軍を統制すると考えて、そう言うのか?」 だ。

  「組織」 は洋の東西を問わず、その維持・成長、権益の拡大を図ろうとするものだ。一国の軍隊にそれを野放図に許せば、「敵の脅威」 を言いつのり、予算増と軍備増強を要求し、果ては国の行く末を誤る、ことになりがちだから、「シビリアン・コントロール」 が不可欠だ。

  しかし、未だに 「共産党システム」 から脱皮できないでいる中国の場合、軍のコントローラーになれるのは共産党しかいない。世界の 「嫌われ役」、中国共産党だが、人民解放軍の野放図な膨張を防ぐ 「瓶の蓋」 は中国共産党を措いて他にないのが現実なのだ。しかし、その 「共産党の指導」 も、解放軍の中で進む制度化、専門化を前に形骸化しつつある。将官クラスの人事権、予算の大枠 (GDPの1.5%?)、統帥権 (開戦、大規模災害救援などの重要行動の決定) を除けば、「素人」 が口を挟める分野ではなくなりつつあるのだ。昨今取り沙汰される 「空母建造」 問題などは、共産党と解放軍の意向のせめぎ合いの見本のように感じられる。

  共産党の方針から見て 「国軍化」 はありえないが、“autonomous”化は着々と進行している。そして、「富国」 だけでなく 「強兵」 を強く支持する民意の存在を考えれば、その帰するところは周辺国を圧迫する更なる軍拡、ということになる。

  東アジアは「軍拡競争」の時代

  日本から見れば、普天間問題が日本国内で大論議を呼んでいる折りも折り、日本近海でこれ見よがしの演習を行うことは、中国としても得るところがないように思える。まさに今回の普天間論議で見られたように、日本国内の中国脅威論を高め、「やはり米軍駐留は必要だ」 という見方を強めるからだ。

  中国にだって、外交部門などに 「この時期の演習は外交的に時宜を得ない」 という見方はあったと思う。毛沢東の時代なら、主席がそう判断すれば「鶴の一声」で演習中止が可能だったかもしれない。しかし、今日の中国は最早そういう風ではない。

  そして、ことが台湾の 「統一」 問題に関わる以上、外交部門だって 「時期」 は気にしても、列島線中間海域でのプレゼンス強化には反対しない (とても反対できない) だろう。今回の演習については、程永華駐日大使が 「日本は気にしすぎる」 と発言した。明らかに国内向けの発言だ。2001年、中国領空に接近した米軍偵察機を 「気にしすぎて」 接触・墜落事故まで起こしたのは、何処の国だったか。少しは任国の立場に立ってほしいものだ。

  後述するように、筆者は現行 (に近い) 案での決着を是とする大方の見方にあまり賛同できないし、「国外・県外移設」 を模索した鳩山総理には未だにシンパシィを感じている。しかし、こと日本周辺の安保情勢に関しては、総理にある意味での見落としがあったことは否定できないとも感じている。域内で新興国が台頭した場合、古今東西を問わずそうなりがちなのだが、東アジアはいま 「友愛」 とは逆に 「軍拡競争」 の時代を迎えつつある。
平成22年5月23日 記

追記:今日の沖縄入りで鳩山総理は、海兵隊の抑止力が必要な一例として 「昨今の朝鮮半島情勢」 を挙げたらしいが、「後付け」 の印象がある。たしかに、先週の韓国発表はカタログと符合する魚雷部品を挙げて、半島情勢の緊張を改めて印象づけた。しかし、報道によると、韓国でこの 「動かぬ証拠」 が挙がったのは鳩山総理が前回沖縄入りして 「国外・県外移設」 断念を示唆した5月初旬だ。最近の周辺情勢で今回決定に影響したものがあったとすれば、それは時期的に見て、やはり中国海軍の動きだったと思われる。日本に限らず、昨今中国絡みの微妙な話題は避けるのが世界の通例になっている。

注:世上中国の軍事予算については 「毎年予算を二桁以上伸ばしている」 との批判が強いのだが、グラフのとおり中国経済と国家予算全体が同じ勢いで伸びている点は認識しておかなければならない。
  そう言うと、今度は 「R&D経費などが別計上されているから、公表ベースの国防予算だけ見て論ずるのは誤りだ」 という反論もあろう。しかし、それはお互い様というものだ。日本だって原子力の核燃サイクル、宇宙のブースター (H?シリーズなど) 開発や衛星大気圏再突入の実験など、他国から 「国防関連」 と見られても何ら不思議でない性質の事業を行っている。筆者は日本の 「非核三原則」、「宇宙平和利用原則」 についても、外交・安保的に厳密に表現すれば 「やろうと思えば何時でもできるが、やらない」 と表現するのが正しいと考えている。




 

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