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出口のない人民元レート調整問題

全人大が今日閉幕、温家宝総理が恒例の記者会見を行い、その中で元切り上げに関する米国の要求に正式に NO を言いました。為替レートを巡る中米の争いがこれから本格化、いよいよ“FASTEN YOUR SEAT BELTS”です。


出口のない人民元レート調整問題
牛涎斎ブログlite版ショートコメント (2)



  前回の 「ショート」 コメント (3月9日) 後の出来事をフォローしたい。

1.中・米の折衝はもの別れ

  米中両国は2月末から水面下折衝を続けてきた筈だが、恐らくもの別れに終わりつつあるのだろう。11日にオバマ大統領が再び公開の席で人民元問題に言及した。
And as I’ve said before, China moving to a more market-oriented exchange rate will make an essential contribution to that global rebalancing effort.
ホワイトハウス発表のスピーチ (末尾から9パラ目)
  “global rebalancing”は例の過剰消費/過剰貯蓄構造の是正のことであり、このスピーチも米輸銀の年次総会の席上、「輸出拡大プログラム」 の紹介のために行われたものだ。

  12日のReuters報道によると、クルーグマン氏やバーグステン氏ら有力エコノミストも人民元問題で米国は強硬姿勢取るべきと主張した。好戦的なトーンが目を惹く。
Paul Krugman :"It's probably going to be really, really hard for them yet again to fudge on the obvious fact that China is manipulating*," "Without a credible threat, we're not going to get anywhere" "We should not be afraid of what the Chinese might do if we pressured them to stop this currency manipulation."
C. Fred Bergsten:"..the renminbi is undervalued by at least 25 to 40 percent.", "There is a growing intellectual consensus that the preferred approaches** have not worked,"
Democratic Senator Charles Schumer:"Now more than ever, there is a consensus to finally confront China's currency manipulation,"
* 4月の財務省為替操作国レポートで中国を名指ししないで済ませるのは難しいという趣旨
** “preferred approach”とは米中戦略経済対話 (SED) やG20での対話のことの由

  これに対して今日、温家宝総理が米国の求めに応ずるつもりがないことを明言した。
温家宝総理:強制的な手段で一国の為替レートの引き上げを求めることに反対する
(恒例の全人大閉幕記者会見の新華社報道
  温家宝総理は 「…今後人民元レート形成メカニズムの改革を更に進め、人民元レートを合理的な均衡水準で基本的に安定させる」 とも述べたが、これは2005年以降人民銀行がずっと使い続けている表現で目新しいものではない。

  さて、両国の最高レベルが噛み合わない立場を表明し合ったことで、表向きは平穏に(水面下に限定して) 推移してきたこの問題も、今後はホットな政治問題化していくだろう。上記のクルーグマン教授やシューマー上院議員の発言は今後の米国政界、論壇の風向を予見させてくれる。
  こうした動きを受けてか、いよいよ香港のNDF (Non Deliverable Forward;人民元の1年先物に相当する) 指標が上昇し始めたという。筆者はreal timeデータを見る術がないが、報道によれば8日時点で1USD=6.62 に上昇してきている由だ (1年後は現状より3.12%上昇との判断)。

2.中国内ではレート調整の方法を巡って甲論乙駁?

  国務院総理の明確なNO宣言が出た今となっては、あまり論じても詮無い気もするが、実はこの数週間、中国国内で 「一次性引き上げ」 の是非を巡る議論が散見され、当局周辺で今後のレート引き上げの方法論を巡る議論が行われていたことを暗示した。未だ公開されていないが、恐らく論議の発端になった論文があって、国務院等への建議として上がったのだろう。
  「一次性引き上げ」 は2008年夏まで行われていた年間5%くらいのピッチでレートを引き上げていくやり方 (「クローリング・ペッグ」) に対置される方法だ。クロール型は5%前後の確定利回りを約束することになってしまい、ホットマネー流入をますます刺激する結果になるため、引き上げは一気に行うべしというものだ。ウェブに散見される議論を見ると、引き上げ幅は5%から40% (!) というのまで何種類かあった。
  「一気に上げろ」 はこれまで (学者も含め) 海外でよく聞かれた意見だが、政策当局からすれば 「暴論」、それが国内でマジメに議論され始めたのは正直言って驚きだ。支持者はクロール型の弊害 (上記) だけでなく、“made in China” は既に世界の必需品になっているから需要の価格弾力性は低い、だから一気に引き上げても大丈夫、むしろ焦眉の急とされる 「構造調整」 にも有益等々と主張している。
  10%を超える引き上げを一気に敢行すれば、輸出製造業界が被る影響は少なからぬものがあると思うので、景気が未だ本調子とは言えない昨今のご時世下、あまり楽観的な主張に対しては筆者ですら留保したくなる。しかし、それにも関わらず議論の気運が生まれたことは、裏を返せば、クロール・ペッグ再開が問題の解決どころかいっそうの悪化を招くせいで、人民元レート問題は出口のない 「袋小路」 に入っていることが漸く国内にも意識され始めた証なのだろう。
  3月初めには国内メディアで 「当局が元切り上げによる輸出業界への影響度の調査(「ストレス・テスト」 と称されている) を始めた」 という報せが駆けめぐり、香港NDF相場上昇の直接のきっかけを作った。しかし、結論は 「輸出製造業の利幅は数%と非常に薄く、『一気引き上げ』 などやったら、倒産や閉鎖が相次ぎ、雇用問題が深刻化する」 という想定どおりに落ち着いたらしい。これは2005年の管理フロート制移行のときにもマダム呉儀 (当時国務委員) らが強調したことで、調整ピッチは年間5%前後という指針の根拠にもなった。
  余談になるが、筆者はここに 「役人が経済を論ずる弊害」 が露わに出ているだと思う。あたかも企業のコストは不変であるかの如く考えて 「元高で手取りが減れば企業は赤字になる」 と見ている。かつてプラザ合意の前後でほぼ倍近い円高を克服した日本製造業からすれば笑い話だ。こんな 「乳母日傘」 の環境に置かれた中国の労働集約型輸出産業では、今後激化する東南アジアとのコスト競争に打ち勝って生き残れるか怪しいものだ。

3.人民元問題の出口はやはり簡単には見つからない

  それはともかく、当局では上記テストの結果もあり、「一気引き上げ」 論はやはり論外ということに落ち着いたようだ。それと同時に、筆者がかねて高く買っている中国国際金融公司首席エコノミストの哈継銘 (Ha Jiming) 氏が「新世界週刊」誌 (「財経」後継誌) 上で興味深い投稿をした。
  題して 「中国は次の日本か?」。論旨は 「日本はプラザ合意後の急速な円高を恐れるあまり過度な利下げを行い、結果としてバブルを招いてしまった。中国はこれを他山の石として、クロール・ペッグ方式によりレート調整を行うと同時に、小刻みに利上げを行い、資産市場でのバブル発生を防止するべきだ」 というものだ。
  この投稿は、一見すると以前論じた 「日本円の教訓=外圧に負けて為替を切り上げてはいけない」 という中国で主流的な謬論(本ブログ2月15日投稿の追記2 中国人が考える「為替問題:日本の教訓」参照)に似ているが、他方で 「過剰流動性問題との兼ね合い」 を強く意識している点では謬論とは非なる側面も持っていて面白い。
  しかし、筆者はこの意見に対しても首を傾げている。過剰流動性の増大に合わせて利上げを続けて資産バブルの防止を図るのはけっこうだが、ある時点で流動性増大が峠を越えたときはどうするのか、金利は高止まりで据え置くのか、それとも峠を越えた段階で利下げに移行するのか? ということだ。利下げモードに移行すれば、恐らく資産市場との騙し合いが始まろう。物価情勢だけ睨みながらの金利調節だけでもたいへんなところを、ホットマネーの流入動向や資産価格を睨みながらの調節などというのは、実務的にも政治的にも至難の業になるだろう。
  より根本的な疑問は、金利という最も大切なマクロ調節手段を使って本当にそんな際どい操作をするのか?そうまでして守るべき為替レート安定とはいったい何様?、本末転倒も甚だしいということだ。この議論は、為替レート安定にこだわるあまり、マクロ調節の自主性・主体性を喪失してしまった中国の現状を、はしなく示すと言えよう。
  結論として言えることは、やはり人民元レート問題は 「袋小路」 状態にあるということだ。穏当な出口を見つけることは不可能とまで言わないが、決して簡単ではない。
平成22年3月15日 記




 

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