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ブログ 津上俊哉
外交文書の破棄という犯罪

堰を切ったように衝撃発言を続ける外務省OBたちの心中はどうなっているのでしょうか。そこは計り知れませんが、これを機に、これからの日本外交の進むべき途を真剣に考えるべき時期が来ていると思います。


外交文書の破棄という犯罪
でも 「役人たたき」 で終わってはいけない


  前回のポストで「日米関係はガバナンス強化が必要であり、その第一歩は情報公開にあり」 と述べたが、とくに 「核持ち込み」 問題については、最近外務省次官OBが次々衝撃的な証言をしているせいで 「情報公開」 の端緒が開かれつつある。ところが、10日の朝日新聞は元政府高官らの証言として「核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港や領海通過を日本が容認することを秘密裏に合意した「核密約」をめぐり、2001年ごろ、当時の外務省幹部が外務省内に保存されていた関連文書をすべて破棄するよう指示していた」 と報道した。時期が2001年頃なのは同年4月の情報公開法施行に備えてだったとも。

  これを読んで二つのことを考えた。第一は報道された幹部の文書破棄指示について。これは 「言語道断」 という以上にれっきとした犯罪だと思う。刑法第258条には 「公用文書等毀棄罪」 の定めがあり、「公務所の用に供する文書又は電磁的記録を毀棄した者は三月以上七年以下の懲役に処する」 とある。どのような外交文書を何時まで保存し何時廃棄するかは外務省の文書管理規定に定めがあるはずだが、上記文書はその重要性から見て、本来 「永久保存」 されるべきことを誰も疑わないだろう。その文書を故意に破棄させたのなら、文書管理者であろうと如何に高位の高官であろうと、この犯罪の構成要件に該当するのではないか。
  いずれにせよ今さら 「懺悔」 のごときOB証言といい文書の駆け込み破棄の指示といい、外務省が如何に 「核密約」 を持て余していたか (内心忸怩たる想いであったか) を雄弁に物語る。
  核持ち込み問題を巡る虚構をこしらえてでも沖縄返還を急いだ故佐藤栄作総理の決断の功罪は歴史が判定するだろう。しかし、「一つ嘘をついたせいで嘘に嘘を重ねた」 その後の日本の対米外交は 「国民に説明できないことはやらない、やれないという当たり前」 に背いた結果の見本になった。
  残念なことは記事の言うとおり2001年以前に行われた毀棄行為であれば既に公訴時効が成立していて (「七年以下の懲役」 なら5年で時効)、破棄を指示した幹部を罪に問う機会は既に失われていることだ。しかし、国政調査は今からでも可能だ。国会は何時解散となるやも知れぬ時期に入ったが、この犯罪の顛末を総選挙後に是非国会で明らかにしてもらいたい。ここまで虚構が露わになってしまった以上、過去政府がついてきた嘘を検証しなければ日本にまともな政治は存在しないことが証明されてしまう。

  考えたことの第二は、「過去の政府答弁の嘘」 を検証しただけでは話は済まない、今後の安全保障政策はどうするのかということだ。検証がワイドショー式の 「役人たたき」 に終始して、では今後の日本の安全保障は 「米国の核の傘」 抜きでやるのかどうかという問題に踏み込まないとすれば、今度は日本人のアタマはよほどどうかしているか、極めて不誠実かのどちらかだということが証明されてしまう。
  つまり、この検証はパンドラの箱を開けることになる。上記の朝日新聞報道は記事の末尾を 「どんな安全保障政策をとるにせよ、まずは核密約の存在をはっきりさせた上で、果たしてきた役割を検証することが不可欠なはずだ」 と結んでいる。そのかぎりでは異論はないが、マスコミお得意の逃げが感じられる。「過去の検証の先はどうする?」 と問えば、書いた記者は 「それはマスコミの仕事ではなく政治の仕事だ」 と逃げるかもしれない。それなら重ねて訊いてみたい。「記者ではなく一国民としては、その先をどう考えるのか」 と。
  「その先」 から目を背け頬かむりする国民性が我が国にはあると思うからこそ、外務省は嘘に嘘を重ねてきたのだ。検証がこの先の問題に踏み込めないかぎり、「被疑者」 のはずの外務省幹部も 「ほら見ろ、国民のレベルはこの程度だ。破棄の指示は正しかった」 と嘯くだろう。

  非核三原則 (核を持たず・作らず・持ち込ませず) は平和国家日本の看板であり、1項目と2項目はせっかく評価を受けている日本のソフトパワーのために堅持すべきと確信するが、3項目は 「きれい事」 に過ぎる。
  今日の軍事技術から見て周辺有事の際に日本領海・領土内の米軍艦船・航空機に核兵器を搭載する必要があるのかどうか・・・ 筆者は軍事のことは分からない。しかし、事の本質から言えば 「核持ち込み」 は 「米国の核の傘」 と言い換えることができる。それ抜きで日本の安全保障をやる決心がつくのかどうかだ。「日本の領土・領海内からだと困るが、公海上や米本土からの核攻撃で日本を守ってもらうのならOK」 という 「非核三原則」 であれば欺瞞の極みだ。
  いまパンドラの箱を開けられるか否かは、有り体に言えば 「周辺情勢如何によっては、米国との事前協議により核の持ち込みを認めることもありうる」 という外交安保政策を国民が承認できるかどうかに係っていると思う。「認めることもありうべし」 との方針は 「非核・平和国家の看板」 に傷を付けるが、戦後の日本はこの点においてそもそも 「看板に偽りあり」 だった事実を逃げずに直視することが必要だ。
  「米軍の核の傘」 を究極の担保とする日米安保体制を直ちに解消できるような情勢にいまの東アジアがないこともまた直視すべき現実だ。北朝鮮情勢は言うに及ばず、中国の軍備 (とくに海軍力) 増強も日本にとっては脅威だ (中国の (公表ベース) 国防予算はGDPの1.5%水準で推移しているが、なにせこれだけ高成長が続いている。中国軍の増強は紛れもない事実だ)。
  同時にもう一つ直視すべき事実は、有事の頼みである米国の国力も覇権国家としての意思も世界金融危機以後目立って減退していることだ。今後日本が北朝鮮から露骨な核攻撃の脅迫を受けたとき、米国は第七艦隊を日本海に進出させてくれるのか・・・ 筆者は確信が持てない。中国が突如尖閣列島を占拠したとき、第七艦隊を東海に進出させてくれるのか・・・ こちらについて、残念ながら筆者は 「してくれない」 という確信がある (いまの米国に 「中国と日本、どちらを取るか」 などという選択を迫る愚は犯すべきではない)。

  「自国内に外国軍隊の駐留を許すこと」 は古今東西の独立国 「べからず」 集のイロハのイだ。日米安保条約を直ちに破棄する訳に行かない、代替策が直ちに見つからないからと言って、「それは本来望ましくない状態だ」 という基本を忘れてよいことにはならない。
  望ましくない所以 (駐留を許すことのコスト) の最たるものは第三国から 「全き独立国」 であるとは認めてもらえないことだ。G20に象徴される新興国が台頭し世界が多極化に向かう中で、そのコストはこの1年だけでも急激に重くなっている。一方、傍らでベネフィットであるはずの 「米国の傘」 の有効性・信頼性は上記のように落ちている。そのせいで日米安保体制のコスト/ベネフィットは幾何級数的に悪化しているのに代替策は見つからない。日本外交は本来なら 「尻に火がつく」 焦りを感じていなければならないのに、十年一日の如き 「日米基軸」・・・ 思考停止も極まれりだ。せっかく外務次官OBが懺悔して過去の嘘を告白してくれたのだ。これを機に、もう一度安全保障と外交の根本を考え直さないといけない。

  という次第で、「米国の核の傘」 がアテにならなくなり始めた時代に、この検証をやらなければならなくなった。筆者は 「周辺情勢如何によっては、事前協議により核持ち込みを認めることありうべし」 との方針は、持ち込み認容を余儀なくされるような周辺有事の事態は引き起こさせないことを外交の根本政策とし、その覚悟で日常から北朝鮮、中国、ロシアなど近隣との緊張緩和、善隣外交の努力を重ねることとの 「対」 (ペア) の形 によってのみ認めうる、その限りでは日米安保体制のコスト/ベネフィットが悪化しつつある現時点でもなお認めなければならない政策だと考える。
  「核持ち込みを認めることありうべし」 との方針は周辺の緊張を激化させるから、上の言い方は本質的に矛盾している? そのとおりだが、古今東西 「力を発揮する外交」 というのは喩えて言えば常に 「資産と負債を両方膨らませるバランス・シート拡張経営」 のような姿だったと思う。
  そういう 「バランス・シート拡張経営」 の中で、現状の 「平衡」 は緩慢にしか変わらない・変えられない。しかし、制約付きだが国の独立性を高める途を模索する、同じく制約付きだが 「非核平和」 をソフトパワーとする、他国の言いなりにならずに常にウィン&ウィンを目指す、「ミドル・パワー」 ながら他国から一目置かれる存在を目指して、ナロー・パスを探す日本外交でなければいけないのではないか。
平成21年7月12日 記




 

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