Tsugami Toshiya's Blog
トップ サイトポリシー サイトマップ お問合せ 中国語版
ブログ 津上俊哉
社会保障財源を充実する新政策の発表

最近中国が打ち出す新政策はスジに適って小気味よいものが多いです。中国を支える若い世代のレベル向上を物語りますが、同時に 「坂の上の雲」 を追い求める国は目標がはっきりしているからこうなるのかなとも思います。戦後日本にもそういう時代はあった・・・


社会保障財源を充実する新政策の発表
マーケットが政府を制約する新しいお国柄を見る



  先日5月の中国経済統計が発表された。これについては稿を改めて論じたいが、簡単に言えば、果断な財政刺激策のおかげで経済は一応底を打ったが、ここに来て外需が一向に恢復しないことへの憂慮が高まりつつあり、内需面でも4兆元のカンフル効果はやがて薄れていく中で民間主導・内需主導の成長路線が本当に実現できるか依然予断を許さない、というところだろう。
  内需主導型の成長と言えば、ほぼ1年前の本ブログで、内需主導型成長を本当に実現するためにはこれまでの中国経済成長の果実をもっと民間に配分するという意味で 「私有化推進による経済構造転換が必要」 とする論文 (エール大学 陳志武教授) を紹介したことがある (中国経済を待つ次の坂道)。そして、一部で提唱されているように、国有企業の株式上場益をまったく足りていない社会保障財源に充当するアイデアはまさにこの方向に適った政策であり、老後の安心 → いまの消費拡大といった好循環を生みうる政策だとも述べた。
  後段は陳教授論文に対する筆者の勝手な付け加えだったが、先週末、この方向での第一歩を踏み出す政策が国務院から発表されて、おやと思った(新華社19日付け「国務院内国証券市場で国有株式「転持」政策を決定」)。最初は予告報道の書きぶりだったが直ちに関係部門連名の政策公告及び政策の実施方法が公布され、19日即日実施となった。マーケットに影響を与えるので当然の措置だと言える。

  報道に基づくと、新政策の中身は以下のとおりだ。(なにぶん規定が公表されたばかりで、具体的な事例に則して考えると不明な点も残っている。下記の筆者解釈は間違っているかもしれないので、その点を割り引いてお読みいただきたい。)

IPO公募発行額の10% (国有株主保有分に限る) を政府が召し上げ
1)株主の中に国有企業 (国有資産監督管理委が監督する企業、以下 「国有株主」 という) をいただく企業が国内証券市場に上場する場合、上場 (IPO) 時に公募発行する株式の10%相当を全国社会保障基金理事会に移転 (「転持」) しなければならない。当該上場企業の国有株主が保有する株式の数量がIPO時発行株式の10%に満たない場合には、その持ち分のかぎりを移転する。移転は株式自体の譲渡による他、相当額の金銭納付 (配当益による分割納付を含む) も認められる。
  こう読むと上場企業自身が譲渡を義務付けられるようだが、規定を読み進むとそうではなく以下のように国有株主に作為を求める制度らしい。

2)対象となる上場企業を上場時期によって2分する。第一類型は本施策施行後に上場する企業であり、この場合、当該上場企業の国有株主の中で最も持分比率の高い国有株主が他の国有株主を代表してそれぞれの要譲渡数量の確認等の手続を行う。各国有株主毎の所要移転数量等の確認は国有資産監督管理機構の認可によって行い、認可文件は上場手続の必須添付書類とされる。

過去3年間に上場した企業の発行益についても遡及適用
3)第二の類型は本施策施行前に既に上場を済ませた企業であり、この場合も国有株主は所要数量の株式譲渡又は金銭納付が遡及的に求められる。ただし、遡及するのは 「株式分置改革」 後にIPOした企業 (非流通株を流通株化するため、非流通株株主から流通株株主に対する補償等の手続を済ませて 「全流通」 式で上場した企業) までとする。
  (遡及範囲を限定したのは異種株主間の権利・利害関係を複雑化させないため、及びこれを超えて遡及させると5年以上前に上場した企業の上場益まで追求することになり、上場益を費消し終わっている場合や法的安定性を害する場合も出てくることを勘案したのかと推測する)

民間株主の利益に配慮
4)株譲渡義務を負う国有株主が100%国有企業であれば、国の右のポケットから左のポケットに資産を移すような話で簡単だが、「国有株主」 が民間株主もいる混合所有制企業である場合 (たとえばそれ自体上場企業である場合)、資産の無償譲渡は民間株主の権益を害することになる。よって混合所有制企業である国有株主の移転義務はその混合所有制企業における国有持株比率をかけた割合とされ、かつ、当該混合所有制企業の株主間合意によりその企業の所有する株式自体を譲渡する場合はその企業の国有株主から民間株主に対して相当の経済補償を行うとされている (当該混合所有制企業の国有株主が金銭納付を選択する場合は補償の問題は起こらない)。

社会保障基金に移管後、ロックアップ期間を延長?市場安定化措置
5)最も注目を集めたのは、全国社会保障基金理事会に移転 (「転持」) された株式の取り扱い、というよりそれが市場に放出されるのか否かだ。放出され得るとなると株式市場の需給に影響し株価水準が下がる可能性があるためだ。
  規定は上記第一類型 (今後上場組) については予測可能性を害さないとして規定を置かなかったが、第二類型 (遡及組) については、元々の国有株主が上場時に負っているロックアップ (売出禁止期間) に加えて、全国社会保障基金理事会が更にロックアップ3年延長に自発的に同意するものとすると定めた。この措置で需給が崩れることはないと市場を安心させるための措置だと言える。

代表的国有企業が目白押し
6)以上の措置の対象となる上場企業・国有株主のリストも発表された。これによると、対象となる上場企業は131社、譲渡義務を負う国有株主は826社、譲渡されるべき国有株は83億9400万株、その発行総額は639億3300万元 (≒9000億円) になる。対象上場企業は工商銀行、建設銀行、中国銀行、中国石油、中国人寿、中国平安 (保険)、中国中鉄 (鉄道)、チャイナルコ (中国金呂業)、中信銀行、中国神華 (石炭)などなど中国を代表する大企業が並んでいる。
  移管される株式の発行総額が9000億円というのはやや少ない気もするが、IPO発行総額の10%であり、時価総額ではないからこんなものだろう。

以下は筆者の感想
  報道を見た第一感は、社会保障財源の目下の欠乏ぶりからすると召し上げ10%というのは少ないのではないか?というものだった。しかし、規定を読んでこれはなかなか大変な作業であり、召し上げ比率を大きくしすぎすると資産の移転が実行困難な規模になることが分かった。(株を譲渡放出する国有株主の資産も当然減少、このための手続も定められている。上場企業だったりすれば大ごとになる)。よって10%という慎ましい規模を 「既得権勢力の抵抗の結果」 とばかり推論するのは必ずしも当たっていない気がする。これを税と同視する訳にはいかないが、やはり実行可能な税率の限界みたいなものはあるということか。

  第二は上述したロックアップ延長措置についてだ。筆者も不勉強で初めて知ったのだが、国有企業の株発行益を社会保障財源に回す政策は全国社会保障基金理事会が2000年に創設されて以来の懸案で、2001年には今回の措置の原型となる国有株式放出案がいったん施行された (企業のIPO時に公募発行と併せて国有株の10%相当分を売り出す (減持) 案)。しかし、この案が需給を崩すとして株式市場の暴落を誘ったため、同年10月で取り止めになったのだという。これ以降はこのような需給不安のない海外で上場する企業についてのみ、同様の措置が行われてきた。今回 「内国証券市場で上場する企業」 を対象としているのはそういう背景があってのことだ。

市場が政府の所為を制約する中国の新しいお国柄(笑)
  以上から知れるように、今回の措置は 「前回の轍を踏むまい」 とばかりマーケットに非常に気を遣っている。もともと3年のロックアップを更に3年延長というのは迎合の匂いもするが、せっかく上海 Index 3000台を視野に入れて戻してきている株価を下落させたら後が怖いということだ。
  上述4)の混合所有制企業についての規定を読んで、共産党は民間株主に意外に手厚いと思われた方も多いと思うがこれとて根は同じ、つまりマーケットの暴落 (それが特定企業であっても) を誘ったら政府も責任が取れないと感じているということではないか。
  中国政府の人権問題への取り組みについては依然批判が絶えないが、株式市場が大衆の資金を呑み込んだ結果、市場で直截な数字になって表れる経済的利益については、「市場が政府の所為を制約する」 中国の新しいお国柄が生まれつつあるのだと言え、非常に面白く感じた。

  以上により、絶対欠乏が言われて久しい社会保障財源については一定の措置が講じられた。報道によると全国社会保障基金の資産総額は昨年末時点で5623億元というから、今回の措置で1割程度増えることになる。絶望的に足りないことに違いはないのだが前進であることは疑いない。
  中国はあれほど図体が大きく問題が山積している国だ。しかし、国際通貨体制改革への取り組みにせよ、高齢化に向けた社会保障制度改革にせよ、十分かどうかは別にしても、打つ手の一つ一つが正攻法、喩えて言うと 「定石がピシピシ決まっていく」 ような小気味よさがある。それにつけても、「翻って我が日本は・・・」 ということになるのが、いつもながら口惜しい。
平成21年6月21日 記




 

TOP PAGE
 ブログ文章リスト

New Topics

2期目習近平政権の発足

松尾文夫氏の著作を読んで

トランプ政権1周年

中韓THAAD合意

中国「IT社会」考(その...

中国「IT社会」考(その...

中国バブルはなぜつぶれな...

暑い夏 − 五年に一度の...

対中外交の行方

1月31日付けのポストに...

Recent Entries

All Categories
 津上のブログ
Others

Links

All Links
Others
我的収蔵

Syndicate this site (XML)
RSS (utf8)
RSS (euc)
RSS (sjis)

[ POST ][ AddLink ][ CtlPanel ]
 
Copyright © 2005 津上工作室版権所有