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ブログ 津上俊哉
中国外交と民意

出張中に読んだ中国の新聞社説を読んで思ったことを書きます。


中国外交と民意
北朝鮮問題に関連して



  中国に 「環球時報」 という国際問題中心の新聞がある。論調は 「対外硬派」 的、「中国は正しい」 であることが多い。筆者は何と言えばよいか ・・・ しばしば 「同紙は中国の産経新聞みたいだ」 と感じている (笑)。
  とは言え、我々が日頃目にしにくい中国と第三国との関係を中心に参考になる論調もよく載るので、機会があれば興味深く拝読しているのだが、たまたま先週出張の機上で読んだ同紙の 「社評」 が目にとまり印象深かったのでご紹介する。
                  「朝鮮は中国民衆の感情を害するな」
               環球時報6月3日付け社評 (抜粋 訳文責:筆者)


  中国民間の対 (北) 朝鮮好感度は歴史上の最低点に落ちた。朝鮮の数々の行いが過去数十年にわたって彼の国が中国社会に累積してきた肯定的な国家イメージをいたく傷つけている。朝鮮当局は中国民間の感情の変化とこれが中朝関係に及ぼす影響を重視すべきだ。

  この数年の二度にわたる核実験、度重なる国際合意違反をみて、多くの中国民衆が、この有様でこれまでのように中朝関係を 「鮮血で固められた友誼」 関係だと形容できるのかと疑問を表明している。多くのネチズンが朝鮮の行いに対する反対意見をネット上に書き込み、甚だしくはこの行いを 「恩を忘れ、義に背く(忘恩負義)」 ものだと視ている。ネット上の書き込みから見てとれる中国の民意とは、朝鮮が国家安全を求める心理をある程度理解できるとしつつも、その過激なやり方は受け容れられないというものだ。多くの民衆が朝鮮のやりすぎに失望を表明し、「朝鮮はまさに北東アジアの和平を破壊しようとしている」 と認識し、「朝鮮の軽率な振る舞いがが中国を戦争に巻き込むのではないか」 と不安を感じている。

  中国民衆から見れば、中朝の関係は唇と歯のように寄り添う近しい関係だ、朝鮮戦争当時、数十万人の中国義勇軍が肩を並べて血を浴びる戦いをしていなければ朝鮮は今日存在しなかった。中国は朝鮮外交のほとんど唯一の出口であり、朝鮮は中国を通じて最も貴重な支援を得てきた。中朝の伝統的な(友好)関係は朝鮮発展が頼れる唯一の補給線であるはずだ。中国民衆はだからといって、これを以て朝鮮を押さえつけるつもりは全くないし、朝鮮がこれを恩義に感じてくれることも期待していない。
  しかし、朝鮮が引き起こした核実験は、中国民衆の願いをまったく顧慮しないどころか、中国民衆からみると中朝関係をカードのように切って突きつけてきたとすら映っている。

  朝鮮は中国民衆の気持ちを害すれば中朝関係の根本を揺るがし、毀損してしまうことをはっきり認識すべきである。中国民衆の対朝鮮観の転換は必ずや中国の対朝政策に影響し、朝鮮の 「戦略空間」 を狭めてしまうだろう。中国政府とて中国民衆の願いに反して際限なく朝鮮を庇い、我慢して中朝の戦略的関係がいっさい損なわれることのないように維持していくことはできない。いったん中朝関係が徹底的に損なわれれば朝鮮の目下の実力からして国際社会の中で生存を維持することは不可能であるはずだ。

               中略

  和平、無核化、(六ヶ国) 協議への復帰は依然として朝鮮と国際社会双方の願望の最大公約数であり、中国民衆の北東アジア情勢に対する最大の願望でもある。朝鮮はこのような中国民衆の本当の想いを見過ごすべきではない。中国の民意を尊重することは朝鮮が自身の利益を最も尊重することにつながり、国際社会の尊重を取り戻すことにもつながるのだ。


  中朝関係は複雑だ。中国人の対朝鮮観は、いま閉鎖的、抑圧的、かつ貧窮の極みにある同国を 「文革以前の中国を見るようだ」 と感ずる一方、その世襲制に対しては 「中国ならありえない」 と強い嫌悪感を覚えている。
  また、朝鮮に対しては 「被害者意識」 もあるのだ、とは数年前に亡くなった小説 「天怒」 の作者陳放が教えてくれた。1940年代末期、台湾に逃れた蒋介石政権が米国からもほぼ見限られたまさにそのとき、朝鮮戦争を発動し、北東アジアを完璧に 「東西冷戦」 色に塗り替え、実現間近と感じられた民族悲願、台湾統一をこの上なく遠ざけてしまったのは、ソ連と謀らった北朝鮮だったというのだ (そればかりか上掲社評が指摘するように、いっとき中朝国境近くにまで迫った 「連合軍」 (米軍) を38度線まで押し戻すために 「中国人民義勇軍」 を繰り出して数十万人の戦死者を出すことを余儀なくされた) 。
  西側には北朝鮮絡みで事が起きると、いつも中国に 「影響力」 行使を求める声が挙がる。中国はその度に苦り切る、「そんな簡単な話じゃない」 と。北東アジア大危機の火種、無数の難民発生への恐れ、「西側」 との狭間に存する緩衝帯消失への不安・・・中国にとって朝鮮半島はまさに 「北東アジアのバルカン半島」 そのものだ。
  他方、南北を問わず朝鮮側の対中国観の複雑さもまた、言うまでもない。中国に 「被害者意識」 を言われたら、朝鮮人の腹底には言い返したくなるものが湧くはずだ。上掲社評に対しても、その指摘に否定しがたい点があるのを認めつつも、同時にその行間に 「大国意識」 を感じてしまう朝鮮人は少なくないと思う。

  しかし、今日取り上げたいポイントはこのような中朝関係の複雑さではなく、上掲社評に漂う名状しがたいトーンだ。いつもの環球時報らしからぬ歯切れの悪さ、「打つ手のない」 困惑がありありだ。この度の北朝鮮核実験に関して 「中国の影響力」 に期待する向きからは 「そんな腰の引けた言いぐさでどうする!?」 というヤジも飛びそうだ。
  そして困惑した同紙が北朝鮮を 「諭す」 拠り所としたのが 「民意」 だということが最も印象に残った。まるで民主主義国家の外交論のようではないか。掲載翌日があの有名な事件の20周年記念日だったというのも皮肉だった。
  しかし、同紙が主張した「共産党も政府もはっきりした民意に逆らうことはできない」 ことは事実だ。それは内政面でますます顕著になりつつあるし、外交面でもせんだってまでの日中関係しかり、昨年の北京オリンピック前の国際社会との摩擦しかり、「民意が政府や党を押し動かす」 ありさまが幾度となく目撃されてきた。
  (ちなみに、いま中国民意の反発を受けていちばん困っている国はフランスだ。サルコジ大統領のダライラマ関連の言動が中国国内で強い反発を生んだせいで、最近同国の重要な中国商談が軒並み 「失注」 の憂き目に遭っている。事態を憂慮したフランス政府は大型通商ミッションを訪中させたりして懸命に挽回を図っているが功を奏していない。別に党・国務院が 「まだ赦すな」 と指示している訳ではない、物品調達に当たる国有企業が 「触らぬ神に祟り (民意の反発) なし」 とばかり、仏国製品を遠ざけているのだ。その様は靖国問題で膠着してしまった小泉政権時代後期の日本とうり二つだ)。

  「共産党独裁体制」 下にある中国でも民意の影響力が日増しに強まることは一面で慶賀すべきことだ。しかし、その民意の基礎となる言論の自由は 「西側流の民主・自由は中国に適さない」 として依然制限されたまま、そう言いじょう、「西側流」 政治現象が中国でも同様に発現している。経済発展に伴って台湾、韓国、東南アジアでも陸続と起きた政治プロセスの 「民主化」 という現象が局部的に、畸形的に。
  今日ここまで台頭し、自信を深めつつある中国の 「民意」 を 「党の指導」 の下に押しとどめておくことが何時までも可能なのだろうか、それは 「中国の特色」 として肯定していてよいことなのだろうか ・・・ 環球時報の 「らしからぬ」 社評は改めてこの難問を思い起こさせた。
平成21年6月7日 記




 

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