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「百年に一度」 の経済危機が中国にもたらすもの (その4)

今回を最終回にするつもりで書き進めたら7000字を超えてしまったので、2回に分けます。性分とは言え、私の文章は相変わらず 「牛のよだれ」 です。すみません。ブログの欠点は編集者が横で監督してくれないことですね・・・


「百年に一度」 の経済危機が中国にもたらすもの (その4)
中国の戦略を推理する



  本テーマでは最後に 「日本はどうする?」 を論じたいのだが、3回連載しているうちに、中国の今後の通貨政策について筆者なりに考えが整理できてきた。過去3回大きく取り上げたメディア・キャンペーンは所詮は国内向けの 「宣伝」 工作だから、そこから少し離れて 「日本はどうする?」 の前提としてまず 「中国は本当のところ、どうするつもりか?」 を推論したい。

 危機前の 「ドル基軸体制」 に戻ってはならないという中国の確信
  中国が 「ドル暴落→莫大な差損」 を懸念するだけなのであれば、短期的に 「ドル離れ」 しても、ドルが底値を打った後中国は再びドルに戻ってきて、影響も短期的なはずだ。 (関連して言えば、今後仮にドル暴落が起きても、それ即ち 「ドル基軸体制の終焉」 にはならないと銘記すべきだ。基軸通貨という強固な 「習慣」 は一度や二度の 「危機」 では消えない)。
  しかし過小評価すべきでないのは、この半年余り米国と「危機発生の責任は那辺にあるか」 を巡って交わした論争等を通じて、中国が己れの過剰貯蓄体質への反省も含めて 「これまでのドル基軸体制はサステナブルではなかった、国際通貨体制は危機の終熄後も以前の姿には戻るべきでない」 という判断をはっきり固めた点だ。この点はG20に加わった新興国のコンセンサスでもあり、先日のブラジル首脳会談 (前々回の追記参照)でも見られるように、中国はG20の 「多数派」 をリードしている。
  中国はまずこの確信に基づいて 「ドル離れ」を着実に進めるだろう。これまでの中国政策には 「外貨獲得」 (「入るを図りて出るを制す」) バイアスがかかりすぎていた。過去制限していた対外直接投資や元建て貿易決済の普及奨励などの 「規制緩和」 を通じて外貨バランスを “square” に近づけようとするだろう、内需拡大による経常余剰縮小の努力の傍らで。

 中国はいつの間にか世界第2位の債権大国
  こんな風に中国のことばかり書いていると、「中国天動説! 国際通貨体制は中国だけで動く訳ではない」 とヤジが飛んできそうだ ・・・ 済みません、中国屋なので (笑)。ただ、今週ちょうど財務省が2008年末の本邦対外純資産額を公表したのを見て驚いた。いつの間にか中国が日本に次いで世界第2位の債権大国に昇格している、しかも陸上競技に喩えると 「後続走者の息づかいが聞こえる」 ところまで距離が詰まっている (下の右、上下の表参照)。
  対外純資産には長期の事業投資も含まれるが、資産としての可動性が高く今後の米国債購入等にも関わりの深い証券 (ポートフォリオ) 投資もIMFのCFIS統計で調べてみた (表の左参照)。証券投資の資産残高では米国や英国が日本を上回るが、負債残高を差し引いた 「純資産」 額に政府の外貨準備 (これも性格的にはポートフォリオ) を加えると、中国は日本と並ぶ2兆ドル台で大きな存在感、とくにBRICSの中では文字どおり桁違いの存在感だ。しかも過去数年の伸びが著しい。その急膨張 (とくにドル建て債券持ち高) に歯止めをかけることが 「ドル離れ」 政策の目標なのだが、日本はGDPだけでなく対外純資産額でも早晩中国に抜かれそうだ(注:今週 「今年中国はGDP(名目)で日本を抜きそうだ」 という報道があった。・・・ 今年ですか、トホホ)。
  この有様を 「買ってもらう側」 の米国からみればどう見えるか・・・国際通貨体制の変革を求める新興国グループで最も資金力がありオピニオン・リーダー的立場にも立つ国・・・今後の通貨体制のあり方を決める上で、中国の動向と主張は重視せざるを得ないと思う。

 当面の戦略は 「ドル離れ」 によって米国の緊急対策 “exit” の背中を押すこと
  中国の当面の目標は 「ドル離れ」 を進めることだが、米国債購入を急に止めたり、売却に走ったりすればドルの急落やドル金利の急騰を招き自らの首を絞める結果になる。この矛盾をどのように解消するのか。
  筆者は、中国は今後米国が 「インフレ徳政令」 を引き起こさないように、「ドルを買わなくても済む」 立場を利用して国債発行を極力圧縮させたり、FRBのバランス・シート拡張政策からの早期退出を促したりするなどの圧力をかけるだろうと思う。「米国に圧力などと大それたことを」 と日本人は思ってしまうが、中国は既に昨夏ファニメ・フレディ債の価値保全を求めて経験済みだ。このときは事態が切迫していたので、中国は遠慮会釈なく米国を 「脅しあげた」。
  米国がインフレを起こさずに今の緊急対策を “exit” するのは容易でない。景気の足取りがしっかりしないときに利上げしたり、流動性を回収したりすれば株価の下落を招く、景気の腰を折ると非難される。しかし、みんなが受け入れるまで待てば間違いなく手遅れだ。米国の自助努力に委ねれば 「出口」 は遅れ、インフレ、ドル下落を招く恐れが強い。
  だから中国はそうさせないための 「外圧」 役を買って出ると思う。「そんなにドル資産を引き受ける財力も必要も中国にはありませんよ」 と言いながら米国の 「出口戦略」 の背中を押す 「外圧」 の役回りだ。
  しかし、中国が私益をむき出しにして 「外圧」 をかければ米国は強く反発し、スーパー・パワーとの関係悪化を招いてしまう。「世界経済二番底の戦犯」 罪状をかぶるリスクもある。「やりすぎ」 は禁物だし 「やり方」 もよく練る必要がある。
  対立せずに 「外圧」 をかけるために欠かせないことは中米両国が共有できる (米国も表だって否定できない) 目標、大義名分を掲げることだ。・・・ そう言えば、昔 「日米構造協議」 なんてのがありましたなぁ。中・米は既に 「戦略対話」 という仕組みを始めている。もともとは米国が中国に市場アクセスとか人民元レート調整を求めるために設けた仕組みだったが、あに図らんや攻守が逆転するぞ。
  中国は 「緊急対策を平穏かつ速やかに “exit” させることは米国のため、世界のためなのだ」 という論法を採るだろう。そして市場が混乱しないように注意を払いつつ、「外圧」 を使って均衡をドリフトさせていく ・・・ 「インフレ徳政令」 にならないように、そして自国通貨の出世が進むように。
  無論、物事がそんなに上手くいく保証はない。しかし筆者は、中国は 「金融危機末期におけるドルの出口戦略は中国の介入によって支えられた」 と後世評価されることを大まじめで目指すのではないかと思う。

 人民元国際化にはその後の青写真がない
  他方、人民元国際化の道程は過大評価すべきでないだろう。メディア・キャンペーンは 「大国の必然」 の論法で 「やがて人民元が基軸通貨に昇格するのも夢ではない」 かの如くに語ったが、それは 「人民元国際化」 がもたらす元高や資本自由化への社会的抵抗を減ずるための方便だ。
  前回も述べたとおり、中国はまず完全兌換を達成して 「幕内」 (“hard currency” 国) に昇格せねばならない。体が大きいから幕内での昇進は比較的速いだろう。いまの国際通貨体制を正横綱・ドル、張出横綱・ユーロ、大関・円の3極体制だとするなら、入幕後遠からず 「大関・人民元」 の加わった4極体制の時代が来るだろう。それは10年後かも知れない。
  しかし、今のままではそれで終わりである。繰り返し述べたように、迫り来る高齢化 (若年成人病!(笑) のせいで、中国がドル、ユーロを押しのけて横綱に昇格する可能性は、天変地異か戦争でも起きないかぎり非常に乏しい。その頃にはインド・ルピーやブラジル・レアルも台頭しているかも知れない。アジア圏に2?3つ、米大陸圏に2つ、欧州はロシア・ルーブルがどうなるかだ?
  そういう 「多元化」 された国際通貨体制が世界にとって今より住みやすい世界だという保証はない。むしろ、「ドル絶対基軸の昔は良かった」 と懐かしむ可能性がある。周小川人民銀行長は3月にSDRを発展進化させた 『超主権通貨』 体制を提唱したが、これは本気か? たしかに戦争のような荒々しい勢力再編が起きなければ、今後の世界は次第に超主権通貨や世界連邦のような方向に向かうかもしれない。しかし、意思決定メカニズム、民意ならぬ 「(参加) 国意」 の反映や責任分担を巡る公平感の確保 ・・・ 考えただけで頭が痛くなる。“Nation currency” はそう簡単に座を譲らないだろう。
  以上のように4極体制が見えてきたところで、中国は 「2009年の 『人民元国際化構想』 はその後の青写真がなかった」 ことに思い当たるのではないか。筆者はその後にあるべき青写真は超主権通貨というよりアジア共通通貨だと思う。「アジアには欧州のような共通性が乏しいからアジア経済統合は難しい」 のであれば、超主権通貨についてはなにをか況やである。
  次回は最終回として、日本はどうする?を書きます。
平成21年5月27日 記




 

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