Tsugami Toshiya's Blog
トップ サイトポリシー サイトマップ お問合せ 中国語版
ブログ 津上俊哉
「百年に一度」 の経済危機が中国にもたらすもの (その3)

今回は人民元国際化キャンペーンを見て釈然としなかった点を書きます。


「百年に一度」 の経済危機が中国にもたらすもの (その3)
人民元国際化キャンペーンに対する疑問



  人民元国際化をめぐるメディア・キャンペーンが取り上げた論点は前回紹介した4点だけではない。「日本の円」 に意外と焦点が当たっているのだが、残念なことに 「米国に行く手を阻まれて真の国際通貨になり損ねた失敗事例」 としての紹介だ (一例としてCCTV2チャンネルの特集 「ドルは如何にして円の国際化を阻んだか」 )。
  「円」 に対するその評定が完全に間違っていると言うつもりはない。中には耳の痛い指摘もあった (末尾注1参照)。しかしそれを措くと、筆者は中国報道の 「円の国際化=失敗の評定」 にいくつか釈然としないものを感じている。

中国は人民元をどこまで出世させるつもりか
  円はドルやユーロと並ぶ 「通貨の横綱」 にはなれなかったが、十分 「国際化」 を達成した 「大関」 級の通貨だ (注2参照)。円の国際化を失敗と断ずる中国は人民元をどこまで出世させるつもりなのか。当面の狙いは将来のインフレや価値下落のリスクが高まった米ドルの持ち高を減らすこと、到達目標がそこまでなら資本取引開放・完全兌換は必ずしも必然ではないが、今回のキャンペーンはその先まで見越している。
  資本取引制限により 「金融安全」 を確保する代償は金融の発達を制約してしまうことだ。中国が本当に自国の金融市場と企業を国際市場とそのメジャー・プレイヤーにするつもりなら、国境を開いて海外マネーマーケットと連結することが必要になる。前回紹介した 「大国の必然」 論はその効用を強調している。アジア金融危機を見て震え上がり、もともとWTO加盟後の然るべき時期に予定していた資本自由化を繰り下げた頃とは大違い・・・この10年の発展は中国の自信を本当に高めたものだと痛感する。
  しかし 「資本取引開放=人民元国際化工程完成」 は 「始まりの終わり」 という意味でだ。投機の波を如何に制して為替の安定を実現するのか ・・・ そこから始まる “hard currency” の管理は簡単ではない。国際政治の絡む海外投機なら中国は日本よりもよほど上手く立ち回るだろう。しかし中国には日本にない問題もある。将来起きる投機の主役は中国人自身かもしれないということだ。中国人は日本人より投機心に富み、海外華人ネットワークも発達している。中国のお家芸である 「愛国主義」 や 「統一口径」 も、自分のカネが関わると色褪せるだろう。
  このようにして為替変動リスクに耐え、国際金融業界を渡れるようになり、取引量が有数の規模に達して初めて大関級、いまの 「円」 並みの国際化になる。その円を失敗と断ずる中国は 「横綱になる」 と宣言したということか。中国報道を見て筆者が 「釈然としな」 かった理由の一つは、大関に上がるのだってたいへんなのに、大関止まりに終わった円を簡単に 「失敗」 と断ずるのは、中国がこれからの人民元国際化の里程と待ち受ける困難を未だ十分整理できていない証拠だという点にある。

人民元は相棒無しでは国際通貨になれても基軸通貨にはなれない
  ドル、ユーロ並みの横綱級を目指すとなると、円も経験したことのないアジア前人未踏区に足を踏み込むことになる。しかし、単騎で基軸通貨を持てた国は19世紀の英国と20世紀の米国だけだ。以前にも書いたが ( 「国際通貨体制のこれから まとめ編」 4.?)、中国はこの2大帝国と肩を並べて 「単騎で綱を張れる」 までの国柄だろうか?
  横綱級になるには、軍事的な覇権だけでなく他を圧する経済力、とくに世界中を潤せるくらいの資金力が必要だ。百年、二百年後は分からないが、少なくとも今世紀中、中国はそこまで行けない。中国経済・社会の高齢化が目前に迫っているからだ (これも以前書いた、上掲まとめ編3.?) 。高齢化による成長率の低下や経常余剰の減少はあと10年も経てば中国経済の足許を浸し始める。
  高齢化問題あるが故に中国は単騎では横綱になれない、残るは単独では大関どまりだった独・仏両国が採ったユーロの途、つまりパートナーと組んで共通通貨の途を採るしかない。中国が円の 「挫折」 から汲むべき最大の教訓は 「相棒なしで基軸通貨になるのは難しい」 ということだ。相棒を得るには共通利益 (“win & win”) と相互信任が必要だ。共通利益は域内の為替安定であり、揺らぎだした米ドル一極覇権をにわかに崩壊させることなく、しかし多元化していくことだろう。議論すれば一致点はみつかる。難しいのは相互信任だ。
  「円国際化=失敗」 の中国報道を見て筆者が 「釈然としな」 かったもう一つの理由は、横綱を目指すなら最も話し合い、相互信任を深めるべき相手である日本との心理的距離が依然として大きいことが、この報道によっても証明されていることだ。ただ、公平のために言えば、目下の相互信任欠如の責任の半分は当然日本にある。
平成21年5月23日 記

注1:耳が痛い指摘は以下だ。「・・・日本経済や円の興隆と衰微はむろん自国のマクロ金融政策の折り重なる失敗や米国が加えた圧力にも起因しているが、日本自身の決心と目標の定め方により多く起因している。数度にわたる日米貿易摩擦の過程で、日本は正念場に来るといつも譲歩と妥協を重ねて 「丸く収める」 その場しのぎをしてきた。そのことが後に日本の長期衰退の原因を作った・・・」
  その後ろにはこういうくだりがあるが、こちらには異論がある。「アジア金融危機のとき、日本は円を切り下げた。ホットマネーをくい止め資産の安全を図ったのだが、そのことで東南アジアの信任を失った。この頃の円の芳しからざるエピソードは世界通貨問題の後ろには国と国との間の全方位の実力競争が横たわっていることを我々に教えてくれる・・・」朱熔基総理が1998年 「人民元は切り下げない」 とやって世界満場の拍手を浴びたことと日本を対比させているのだ。中国で 「日本、故意の円安」 批判が盛行したこのとき、北京大使館勤務だった筆者は誤解を解くために中国の雑誌にも投稿して反論を試みたのだが、残念ながら10年後の今もこういう認識が続いている。

注2:円は準備通貨としての力が極めて弱い。IMFの直近統計によれば世界各国の外貨準備ポートフォリオの中で円は3.3%を占めるのみ、米ドルの1/20近く、ユーロの1/8以下、英ポンドにさえ及ばない。
  他方、日本の円建て貿易決済はどうなっているか。財務省貿易統計によると、平成20年 (2008年) 下期、日本は全世界向け輸出の39.4%、輸入の20.7%を円で決済している。歴史的に見ると輸出はピークだった1993年の43%より低いが、90年代後半の35%前後からは少し戻し、輸入は10年前も今も同じというくらいだ。ただ、日系企業が多数展開しているアジアとの取引だけを見れば輸出の47.9%、輸入の26.4%が円決済であり、中国人が想像するほど低くはないのだ。




 

TOP PAGE
 ブログ文章リスト

New Topics

2期目習近平政権の発足

松尾文夫氏の著作を読んで

トランプ政権1周年

中韓THAAD合意

中国「IT社会」考(その...

中国「IT社会」考(その...

中国バブルはなぜつぶれな...

暑い夏 − 五年に一度の...

対中外交の行方

1月31日付けのポストに...

Recent Entries

All Categories
 津上のブログ
Others

Links

All Links
Others
我的収蔵

Syndicate this site (XML)
RSS (utf8)
RSS (euc)
RSS (sjis)

[ POST ][ AddLink ][ CtlPanel ]
 
Copyright © 2005 津上工作室版権所有