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「百年に一度の経済危機」 が中国にもたらすもの (その2)

「人民元国際化」 問題の2回目です。


「百年に一度の経済危機」 が中国にもたらすもの (その2)
通貨問題をめぐる心象風景



  前回ポストでは、最近中国政府が相次いで打ち出した 「人民元国際化」 政策について述べた。人民元国際化問題は最終的には (株式や債権の売買を含む) 資本取引を対外開放して人民元の完全兌換に踏み切る覚悟があるか? に帰着する。政府の決定はこの 「敏感」 な問題に踏み込むのを避けたが、代わりにメディアにキャンペーンを展開させた。そこで言われたことを整理すると以下の四点になる、筆者のコメントと共に紹介する。

  論点1:金融危機の中で国益を守るためには高すぎる米ドル依存度を下げなければならないが、そのためには人民元自身を国際化していくしかない
  昨夏、中国投資公司 (CIC) が対外ポートフォリオ投資で巨額の損失を出したことが世論の厳しい批判を受けた。しかし、ファニメ・フレディ、AIG、リーマンと続いた米国金融の危機を見て、中国人が 「ドルはいよいよ危ない」 と思ったら、その後にやって来たのは 「ユーロ暴落」 だった。「じゃあ、外貨として何を買えばよいのか?!」
  複雑怪奇な国際通貨情勢 ・・・ 中国は莫大な経常余剰を生んで 「外貨」 準備を積み上げる従来のやり方では国益 (2兆ドルに及ぶ外貨準備の目減り防止など) を守ることは難しいことを思い知らされたのである。とくに米連銀のバランスシートが米国債や住宅ローン担保証券 (MBS) の購入などで急激な膨張を続けるのを見て中国は 「インフレ徳政令」 の危険を感じ、米ドル依存脱却が 「焦眉の急」 だと感ずるようになった。
  その抜本的対策として言われてきたのは内需拡大による経常余剰縮小だ。経済理論として正しいが、実現できる保証がないのが難点だ。その点で、「輸出の元建て決済」 を普及できれば儲けを外貨で受け取る必要はなくなるから、決済した額だけドルやユーロへの依存を減らす結果が保証される。

  論点2:中国がさらに 「大国」 として発展していくためには 「人民元国際化」 が必要だ
  真の大国になるためには自国通貨を国際通貨に出世させなければならない ・・・ 今回のキャンペーンは元高や資本取引自由化といった従来のタブーに 「大国の必然」 という論法で挑戦したところが面白い。
  二年半前に中央電視台 (CCTV) が 「大国の勃興 (大国崛起)」 という特番をやった。15世紀大航海時代以降の主要国の勃興を取り上げたのだが、言うまでもなく 「次は中国の番だ」 という含意があった。今回の人民元国際化キャンペーンにも共通のライトモティーフが流れている。
  しかし、二年半前とは経済環境が全く違う。2006年は成長率も10%を超えて中国経済絶好調 (すぎ) の頃だった。「大国の興隆」 はそういう情勢を反映してか、ある意味 「無邪気」 な特番だったが、今回は 「百年に一度の危機」 のさなかだ。その厳しい環境が 「大国への発展」 ビジョンを揺るがせることはないのか。
  否。中国は金融危機によって大国競争で前を走る欧米との距離が二年半前よりもむしろ 「縮まった」 と感じている。中国も今後の自国経済の行方には大きな不安を感じているが、在来大国 (欧米) の経済は中国よりはるかに悪く、かつ、希望がない。
  今回の報道では 「中国の金融機関は (大打撃を受けた欧米金融機関に比べて) 健全で、人民元国際化を進める条件が整ってきた」 と評する論説があった。資本注入、ストレス・テスト、いまになって糾弾される欧米金融監督当局の失政やらを聞くにつけ、欧米に対する幻滅感や 「墜ちた偶像」 的な見方も強まりつつある。
  筆者が前回ポストで 「呪縛からの解放」 やら 「精神形成史の一コマ」 やら言ったのもそのせいだ。日本にも似た経験が1980年代にあった。この心情、一歩間違うと 「傲慢、自己過信」 になるが、いまは 「呪縛の解消」 と言っておこう。

  論点3:いまは人民元国際化を自国主導、優位に進める千載一遇のチャンスだ
  今回の報道の中に 「今回の人民元国際化は昨年末の中央経済工作会議の頃に決まった」 とするものがあった (3月30日付け経済観察報) 。曰く、一方で 「米ドル基軸の体制は今後も直ぐには変わらない、中国は今後も米国債を買い続けざるを得ないだろう」 としつつ、他方で 「しかし、いまは人民元を国際化するチャンスである、地域統合 (原文:地域化) の中で人民元のある種の貨幣機能は強化することができる」 と。
  「チャンス」 という認識については、前回投稿でも 「各国が金融危機で決済資金に飢えている今、スワップ協定を結ぶことが有効だ」 という中国の考え方を紹介した。ほかにもG7のG20化、IMF改革など中国と人民元には大きなフォローの風が吹いている。
  中国人は 「危機=危難と機遇 (チャンス) の隣り合わせ」 と考え、危難に遭遇しても 「機遇 (チャンス) は何処にある?」 と自問する癖がついている。当ブログでIMF改革を巡る周小川論文について投稿したときも 「中国は今次世界金融危機は中国や途上国の 「奪権」 の千載一遇のチャンス、国家百年の大計に関わると考えている」 と述べたが、「奪権」の舞台はIMFだけでは終わらないようだ。

  論点4:そうは言っても、今すぐ資本取引を自由化したり、人民元を急激な上昇に任せたりすることは非現実的、「人民元国際化」 には未だ長い時間がかかる
  目標を遠大に語る一方で足許は相変わらず 「漸進主義」 的 ・・・ このキャンペーンはなにやら 「竜頭蛇尾」 な感じもするが、経済政策の現場を考えるとそうせざるをえないのだろう。一方で落ち込みの著しい輸出を下支えするために必死の努力をしている最中だ。その傍らで人民元レートの上昇ピッチを急に上げよとも言えない。資本取引自由化についても 「中国が今次金融危機の打撃をあまり受けなかったのは資本取引規制があるおかげ、資本取引を拙速に自由化するのは得策ではない」 と釘を刺している。
  全体として今回のキャンペーンは 「クスリが効き過ぎて」 輸出業者や為替マーケットを動揺させないように気を遣っている感じだが、香港の人民元先物指標であるNDF市場では最近人民元が6.7元/USDの新高値をつけた。影響はじわじわと出てくるだろう。

 世界経済に対するインパクトの有無
  中国は米国債購入を急に止めたり、売却に走ったりすればドルの急落やドル金利の急騰を招き自らの首を絞める結果になることをよく承知している。しかし、米国の 「インフレ徳政令」 の気配を感じた以上、少なくとも、他に選択肢が無く米ドル資産を余儀なく買わされる状態は避けなければならない。
  そう振り返ってみると、中国が金融危機発生以降 「他の選択肢」 の開拓に力を注いできたことを改めて感じさせられる。第一は中国企業の対外直接投資 (「走出去」) の奨励だ。大国有企業による海外資源権益などの買収だけでなく、民間企業が行う少額対外投資の手続も本当に簡単になったと耳にする。そうした変化を受けて2007年度265億ドルだった対外直投金額は2008年度に512億ドルとほぼ倍増した。同年の対内直投金額が952億ドルだからアウトバウンドがインバウンドの半分を超えるところまで来た訳だ。
  第二は今回決まった貿易の元建て決済だ。スワップ協定のために用意された人民元6500億元 (≒1000億ドル) は協定期間から判断すると3年分、単純割りしても年間330億ドルになる。馴らし運転のための初期投入としてはいい按配ではないか。
  第三は本ブログで4月に取り上げたIMFに対するADR建て出融資だ。まだ何時実施とも幾らとも定かでないが、500?1000億ドル相当分くらいは固いのではないか。これらをチョー雑駁に足し上げると年間1000億ドルくらいは外貨準備のドル積み上がりを減らせそうだ。

  次に中国は足許でどれくらいの外貨資産を購入しているか、グラフで見てみよう。折れ線は外準の月次増減額を示し、棒グラフは外準当局である人民銀行の外貨資産購入額 (外匯占款、人民元表示額を各月のドルレートで換算した) を示す。(注:二つのグラフの動向が必ずしも一致しないのは為替レート変動によって外準残高の金額も変わる等の事情があるからだ)。
  外準月別増減額が最近大きく波打っていることも気になるが、それ以上に気になるのは月次外貨資産購入額がはっきりと減っていることだ。第1四半期で比べると、2007年が1129億ドル (相当)、2008年は1965億ドルだったのが今年は613億ドルでしかない。一昨年のほぼ半分、昨年の1/3だ。

  この購入減少のどこまでが金融危機下の経済の 「自然体」 の所産で、どこまでが 「他の選択肢」 の所産なのだろうか。主に 「自然体」 の所産なのだとすると、今後 「他の選択肢」 の本格化によって中国外為当局が買い入れる外貨資産量はさらに減るのではないか。ちと物騒な話だが、中国は必要とあらば米国債を買わないでも国際収支の帳尻を合わせられる手立てを整えつつあるというのが筆者のアバウトな印象だ。
平成21年5月19日 記

追記
  昨18日のFT紙に “Brazil and China eye plan to axe dollar” (ドル離れを目論むブラジルと中国) という記事が載った。今週訪中しているブラジルのシルバ大統領は4月のG20の際に胡錦涛主席とレアルや人民元をドルに代わる貿易通貨にするアイデアを話し合ったという (情報ソースはブラジル中銀及び大統領側近とある) 。
  ブラジルが中国の7番目のスワップ協定締結相手になるのかと思ったら、 「中国が人民元でブラジル産品を買い、ブラジルがレアルで中国産品を買うような関係」 を話し合っているのだという。
  前回ポストで述べたような中国が与信して 「あげる」 関係ではなく、BRICSの雄どうしの対等な関係らしいが、ひょっとするとロシアも含め、G20に加わったBRICSは次第に 「ドル離れ」 の姿勢を明確にしていくのではないか。
  さて、日本はどうする?




 

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