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ブログ 津上俊哉
「百年に一度の経済危機」 が中国にもたらすもの (その1)

やや 「鮮度落ち」 のネタですが、最近中国が相次いで重要な通貨政策を決めており、メディアのキャンペーンも行われました。直ぐに大きな影響が出ることはないが、中長期的には深遠な影響を及ぼす 「経綸の策」 です。3回に分けて連載予定です。


「百年に一度の経済危機」 が中国にもたらすもの (その1)
通貨問題をめぐる心象風景



  後世振り返るとき、今回の世界経済危機は中国に何をもたらしたことになるのだろうか。秋以降の経済“free fall”が一段落して 「底打ち」 が見えたいま、中国は 「百年に一度の危機」 を理性と心理の両面で消化して、今後進むべき途を見定め始めている ・・・ 筆者はそう思う。
  この数年の飛躍的成長と世界の認知は中国の自信を高め、清朝没落以来160年の劣等感は癒され始めていた。加えて崇拝してきた欧米モデルが今回の金融危機で 「墜ちた偶像」 と化した結果、これまで捕らわれてきた欧米崇拝という呪縛が解け始めた。喩えて言えば、尊敬する先輩が思いがけない失態を晒すのを目の当たりにした青年が幻滅すると同時に解放感も感ずる ・・・ といった気分だ。そういう意味で、今の時期が現代中国 「精神形成」 史の重要な一コマにもなりそうな気配があるのだ。
  そう言うと 「突飛な」 と思われそうだが、ここ数ヶ月の 「通貨」 問題を巡る政策や論調を見ていてそう感じた。後述するように、この二?三ヶ月の間に 「人民元の国際化」 に関する重要政策が相次いで打ち出され、メディアにも大キャンペーンを張らせたのだ。

 米ドル依存脱却は焦眉の急
  これまで中国過剰貯蓄と米国過剰消費のタンデム走行を可能にし、「百年に一度の危機」 を生んだ原因の一つは米ドル基軸体制だ (ルービニ教授の言う “Breton woods II regime”)。これがそう簡単に変わるものではないことは認識しつつも 「国際通貨体制が今までどおりで良いはずはない」 という認識は急速に共有された。
  とくに中国は米連銀が最近始めたバランス・シート拡張政策がやがて 「インフレ徳政令」 になり、13億人が血と汗と涙で貯めた外貨準備2兆ドルを大きく目減りさせることを警戒している。そうさせないためには内需を拡大すると同時に、米ドル依存体質から脱却しなければならない、そのためには代わりにユーロに頼るのでも、まして日本円に頼るのでもなく、人民元自らが国際通貨になるべきである ・・・ これが昨今の 「人民元国際化」 気運の背景だ。
  それだけのことで 「呪縛からの解放」 やら 「精神形成史の一コマ」 やら言うのは大げさに聞こえるかもしれない。少し解説が要る。中国がそういう発想に立つにはまず 「元高恐怖のバカの壁」 と訣別することが必要なのだ。
  「元が上がれば輸出競争力を失い、海外投資も来なくなるから中国経済はダメになる」 ・・・ 中国人は牢固として根付いたこの 「弱国心態」 式の固定観念をなかなか変えられずに来た。2005年にドル・ペッグを少し緩める為替制度改革をするのも一苦労だった。その後の経済過熱騒ぎでも元高防止のドル買い介入が過剰流動性を生んでいる事実になかなか向き合えなかった。それくらい牢固とした固定観念だったのだが、金融危機がこの呪縛を解いて、中国人に 「アタマを切り替えろ」 と背中を押しつつある ・・・ と講釈すると 「人民元国際化」 キャンペーンの持つ意味を少し立体感を以て捉えていただけるのではないか。

 国務院が相次いで通貨関連政策を打ち出し
  具体的にはどんな政策が決まったのか? 国務院が最近決め、メディアに大キャンペーンを張らせた政策は次の3つだ。
  第一は人民元による輸出入決済を試験的に始めることだ。昨年末に方針が発表され、四月八日の国務院常務会議で広東省深セン、広州、珠海、東莞の4都市と上海の5地点をトライアル地点 (試点) とすることが決まった (昨年の方針では広西壮族自治区と雲南省にも東南アジア貿易を対象とした人民元決済を認めるとされているが、これは後述する 「辺境貿易」 の現状追認である)。
  第二は周辺国を中心に相次いで6ヶ国・地域と総額6500億人民元 (≒約1000億ドル) の通貨スワップ協定を締結したことだ (下表参照)。
  第三は香港と上海を 「人民元国際化」 に奉仕する金融センターとして発展させる決定だ。香港は既に中国オフショア金融センターとして機能しているが、上海についても3月25日の国務院常務会議で 「国際金融・物流センター都市上海」 構想を地方構想から 「国家戦略」 に格上げする方針が決まったという。

 貿易元建て決済はまず輸出決済から
  各々について筆者の分かる範囲で解説を。中国製品を元建て輸入する契約を結んだ海外バイヤーが自国にある中国系銀行の支店又は中国系銀行と代理契約を結んだ自国銀行から元建てLC (信用状) を開いてもらい、これで輸入代金を決済する、これが貿易の元建て決済だ。
  中国はまず輸出の元建て決済を普及させる方針のようだ。理屈上は、逆に海外が中国への輸出代金を元でもらう決済も同時に進めて良いはずだが、いまメディアが報ずるのは輸出決済の話ばかり、それで輸出業者が為替リスクを回避し、外為コストを節約できるメリットばかりを強調している。
  おそらく、いまは米ドル依存から脱却するために受け取り外貨を減らしたい (輸入代金を元建てで決済することを認めると、かえって手持ち外貨を減らす機会が減ってしまう) こと、人民元国際化がやがて元高を招く恐れがある (後述) ことから輸出業者のメリットを強調する必要があること、当面は 「馴らし運転」 として取引規模をコントロールしたいことなどが理由ではないか、と筆者は憶測している。
  なぜ輸出決済は規模をコントロールしやすいか? 一つには輸出代金は中国に帰ってくるカネだからであり、もう一つは次に述べるように当面輸入国側に元の手持ちがない (少ない) 以上、取引規模は中国がスワップ供与する人民元の規模でコントロールできるからだ。

 スワップ協定:中国主導で海外に元決済資金を与信
  中国はこれまで人民元が海外で保有・利用されることを基本的に想定してこなかった(注)。そもそも海外には人民元がない建前だし、元建て決済の制度もなかったから海外が元で支払うこともできなかった。よって、今後元建て輸出決済を海外で普及させるためには、まず海外に元を持たせる必要がある。今回6ヶ国・地域と総額6500億人民元の通貨スワップ協定を締結した理由はそこにある。
  スワップ協定はその名のとおり当事国が互いに等額の自国通貨を融通し合う取り決めだが、金融危機のいま、通貨をスワップし合う意味や狙いは中国側と相手国側とでずいぶん異なる。一部の東欧諸国や途上国が緊急融資を求めてIMFに駆け込んだことが示すように、いま多くの途上国が決済資金難に直面して融資を求めている。今回の中国スワップ協定はこれらの国に対する与信の意味を持ち、スワップで入手する相手国通貨は中国にとって融資担保の意味を持つ。
  普通は貿易の決済通貨に何を選ぶかは当事者同士が商業的に決める。日本も円の国際化を目指して円建て決済の普及を試みたが、そういう政策を採ったからと言って直ぐに円建て決済が普及するというものではない。しかし、資金難のいま、相手国にとって中国からの与信の申し出は、たとえそれが元建てであっても 「干天の慈雨」 に映る。与信を受けた元を対中貿易の決済に使えばドル外貨の支払いを節約できる、よって相手国が実際に使う可能性も高いだろう。こうして、中国は一方で元建て貿易決済を徐々に普及させる一方で、海外における元の保有や取引高をコントロールすることもできるという訳だ。中国は今という時期を人民元国際化を自国主導、優位に進める千載一遇のチャンスと受け止めている。
注: 「海外に人民元がない」 建前の例外は香港と辺境貿易だ。香港は既に人民元流通・保有地域になっており、元建て海外債券 (パンダ債) 募集も既に行われている。また広西壮族自治区・雲南省の対ベトナム、ミャンマー、ラオス、タイ貿易及び新疆ウイグル自治区・黒龍江省の対ロシア、中央アジア諸国貿易、つまり国境を接した隣国との貿易では以前から 「辺境貿易」 の特例が認められ (ヤミ屋による両替が公認されている)、これら諸国も事実上の人民元流通・保有地域になっている。

 最大の難関:兌換完全自由化
  ところで、人民元は今後も上昇が見込まれる 「上り調子」 の通貨だ。外国政府や民間企業としてはそういう通貨を外貨準備に加え、保有したくなる。今後普及が進むにつれて人民元は決済機能だけでなく保有・準備通貨としての機能も高めていける可能性があるということだが、それには一つ条件がある。「溜められるだけでなく使える通貨でないと困る」、相手国が稼ぎ、溜めた人民元を中国又は第三国の元建て資産に投資したり換金したりできるか?ということだ。
  そこに 「人民元の国際化」 最大の難関がやって来る。中国はいつ資本取引を開放できるか、換金自由の “hard currency” になれるか、その体制下での人民元レートの変動に堪えられるか? という問題だ。この難関をくぐらないことにはいくら 「国際化」 を唱えても虚しいことはこれまでも内外の多くの識者が指摘してきた。

 香港・上海金融センター構想は完全自由化に向けたロードマップ
  中国政府は今回この問題にはっきりした道程を示していないが、香港と上海を金融センター都市にするという三番目の決定に微かな匂いを嗅ぐことができる。
  香港では今後人民元建て債券の募集が本格化すると言われている。やがては元建て株式 (いまのA株) の募集も試験的に行われるだろう。香港センターは資本取引完全自由化前のトライアル (試点) の場所だ。つまり、香港を海外保有人民元 (および元建て資産) の集散地にして活用し、「人民元国際化」 に向けた経験を積んでいく考えだ。その過程で海外保有の人民現残高を徐々に引き上げていくのだろう。
  これに対して、上海の国際金融センター化は時間がかかり、二段ステップになる。当面の役割は長江デルタ地域 (上海、浙江、江蘇) に分厚く展開する輸出産業群のための貿易決済センター (注) であり、中長期的な役割は上海が既に持つ国内金融センター機能と海外保有される人民元 (資産) を結びつける真の国際金融センターだ。元の完全兌換自由化後は、中国で発行される債券・株式についてプライマリ (発行)、セカンダリ (上場市場流通) ともに海外から参加することが許されるが、上海はその窓口の役割を中心的に担うことになる。
  以上の工程を経て、人民元は決済だけでなく投資通貨・貯蓄(準備)通貨としての機能も備えて 「国際化」 を完了する訳だ。メディアはその達成時期を2020年としたり、「早ければ2015年」 としたりしている。
注:ちなみに上海市政府は皮切りの決済相手国・地域として香港・台湾・東南アジア・ロシアを、また上海五砿、上海シルクなど市傘下の大型国有輸出企業18社を元建て輸出取引を行う第一陣企業として選定した由だ。(以下次稿に続く)
平成21年5月18日 記




 

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