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ブログ 津上俊哉
中国経済は外需依存型か

最近仕事がキツイ、風邪は引く、で1ヶ月近く更新をさぼってしまいました。読者の方から 「どうした?」 とメールまで頂戴する始末。気が付くと、いつの間にかアクセス・カウンターは150万に迫っているというのに済みません。これからまた、頑張って更新します。


中国経済は外需依存型か
啓発を受けた論文から



  帝京平成大学の叶芳和 (かのうよしかず) 教授が最近書かれた論文を送ってくださった。叶先生は昔国民経済研究協会の研究員、後に理事長に昇格された方で、いつも独創性と説得力ある日本経済分析をされてきた。役所時代、経済分析を担当する機会がなかった筆者はときおりメディアで拝見する程度だったが、いつも注意して読んだものだ。僭越ながら筆者は先生を日本のポテンシャルを確信する一方、現状の不甲斐なさにいつも歯噛みしておられる愛国者 (Patriot) だと尊敬してきた。日本のポテンシャルを支える重要要因として中国経済にも深い関心をお持ちのためか、時折この拙いブログも見てくださっているようで本当に光栄なことだ。
  送ってくださった論文は季刊 「現代の理論」 誌2009年春号掲載の 「世界同時不況の突破口」 であり、既に世界経済成長の主要エンジンとなった中国経済が今年第2四半期以降V字型回復を遂げ、日本はその恩恵で輸出主導型回復を遂げる可能性があることを指摘している。いま日本経済界が期待して已まないシナリオだが、論文の随所に啓発があった。先生のお許しをいただいたので、一部を抜粋して掲載させていただく。

1.中国経済は言われるほど 「外需依存型」 ではない

  まず論文冒頭の 「中国は外向型経済か」 という章で膝を打った。書き出しはこう始まる。
  「中国は “外向型” 経済という見方が多い。輸出依存度が大きいという訳だ。したがって、米国発世界同時不況による輸出減少の影響で、中国経済は大きく落ち込むという論説である。果たしてそうであろうか。」
  さらに、自動車、電子・電機部品、繊維など産業別に日中の数字を概観した上で、「・・・鉄鋼生産は日本の五倍、自動車生産も日本に匹敵するなど、中国も重化学工業化が進んでいる。比較優位の軽工業品など一部の産業では輸出比率が高いが、経済全体に占める比重は小さいから、全体で見れば、輸出比率はそれほど大きくない。産業別に分析する限り、中国経済が特段に “外需依存型” という姿は浮かび上がってこない。日本以上の 「外向型経済」 という仮説は事実によっては支持されていないのではないか・・・しかし、多くの経済学者、エコノミストは、中国は外向型経済だと考えている。何故であろうか」 とされる。それは言うまでもなく、GDP統計から見た貿易依存度が高いからだが、先生は次のように指摘される。
・・・しかし、これは経済分析としては正しい在り方ではないのではないか。為替レート換算GDPで計算しているため、GDPが過小評価され、経済の実態を示さない数値になっている。
  発展途上国は、為替レート換算のGDPは過小評価の可能性が大きい。為替レートは必ずしも各国間の財・サービスの価格水準を調整できていない。仮に貿易によって製造業製品の価格が均一化しても、労働の価格が均一化しないからである。結果的に、途上国では労働集約的サービスは相対的に価格が低くなり、GDPは過小評価になる。そのため、国と国の所得水準の比較を適切に行うには購買力平価 ( PPP : purchasing power parity) が使われる。
  中国は物価が安いと、誰しもが認める。為替レートは各国間の財・サービスの価格水準を調整するための道具であるから、本来なら、○○国は物価が安いと言うことはない。為替レートが物価水準の違いを十分に調整できていないから、そういうことが起きるのである。つまり、中国 (人民元) の為替レートは割安になっていると言えよう。したがって、中国のGDPは、国際価格で評価した場合より過小に評価されている。実態はもっと大きいのである。輸出入はもともと国際価格であるから、内需部門がもっと大きいといえよう。
  世界銀行推計のPPPで見ると、中国のGDPは7兆ドルを超える。為替レート換算GDPより2.2倍も大きい。その結果、輸出依存度は半分以下に低下する。購買力平価で見た輸出依存度は、中国17%、日本16%で、ほとんど同じである。先に、為替レートを介在させずに、産業別に輸出依存度を見た場合に近づく。こうした事からも、PPP換算GDPで観察したほうが経済実態に近いように思える

  筆者は1年前にこう書いた (「値段」の変化が映す中国経済の変化」 本ブログ 平成20年4月12日)
   「・・・2007年の中国経済は、統計上は成長の過半が貿易黒字 (≒ 純輸出) で説明できる計算だ。しかし、かくも外需に依存しているならば、中国はもっと世界経済の先行きに一喜一憂して然るべきなのに、その気配をあまり感じない。それは国民多数が楽観的に過ぎる、あるいは輸出の主たる担い手、外資企業の経済貢献を実感していないせいなのか、それとも実は中国はGDP統計が示す数字よりはるかに内需主導で成長しているせいなのか・・・筆者自身よく分からないが、答えは今後明らかになっていくだろう。」
  その後昨秋以降に起きた中国経済成長の急ブレーキは、いっとき喧伝されたデカップリング論の楽観を打ち砕き、「やはり中国経済は外需依存型」 という通念を補強したように見えるが、筆者は依然こう考えている (「中国:沿海中心に経済成長に急ブレーキ」 本ブログ 平成20年10月23日)
  「・・・目下の中国の急速な景気減速は半分 “foreign made” だが、残り半分は “home made”だ。上述の電力消費量でも影響が窺える軽工業 (アパレル・雑貨など) の落ち込みは、この夏以来取り沙汰されてきた広東省や浙江省の加工貿易型中小企業の苦境と表裏一体のものであり、“foreign made” の欧米景気急落が主たる原因だ。しかし、中国は日本の世間が考えるほど外需依存型経済ではもはやないし、外需低迷だけで影響がこれほど急速に素材産業に及ぶことは考えられない。後述するように長く続けてきた 「マクロ経済引き締め」 が経済に確実に効いてきたことが残り半分の “home made” の落ち込みをもたらしていると考えるべきである。インフレを恐れて成長の主要エンジンの一つである不動産関連を中心に国内景気を引き締めていたら、もう一つの主要エンジンである輸出産業の方にも想定外のエンストが来てしまった感じだ。」
  それにしても、統計上は外向型 (外需依存型) と説明されるのに実感がないのは何故かと考えてきたので、叶先生の上記指摘にハッとするものを感じた次第だ。

2.見かけ (統計) 上の 「外向型傾向」 はどのように修正されていくのだろうか
  それでは、今後人民元レートの上方調整 (最近対ドルでは中休みが続いているが) が加速されてPPPレートとの格差が縮まれば、統計上の中国の 「外需依存」 は自動的に修正されていくのだろうか。
  そうではなかろう。以下は先生の論文ではなく筆者の素人考えだが、為替換算レートをPPPレートに置き換えるだけでは、貿易財価格も労働価格も一緒くたに、中国経済の全体のサイズが単純に2.2倍になるだけで、上述 「労働価格の過小評価」 が修正されないはずだ。
  PPP算出のディティールを勉強しないと先生指摘の含意がキチンと見えてこないと感じるが、為替レートは本来は独立変数として与えられるものではなく、経済全体の変化プロセスの中で賃金や物価、GDPなど他の諸元と並んで決まるものである筈だ。中国は為替レートを 「ダーティに」 (為替介入で強く) 管理しているので為替レートが独立変数っぽく見えるお国柄だが、長期的には人民元レートだけを独立に動かそう (動かさないでおこう) とすればどこかに無理が来る、国内での賃金の相対的上昇や物価変動、GDPの推移などの総体のプロセスの中で相互依存的に決まっていくはずだ。よって統計上の中国の 「外需依存」 傾向は、人民元為替レートの調整だけで修正される訳ではなく、変化するその他諸元と影響し合いながら動態的に修正されていくのだと思う。

3.中国V字型恢復が期待できる理由

  叶先生は今後の中国経済の恢復に強気である。在庫調整の急速な進展のうえに4兆元対策を始めとする大型刺激策の効果が加わり、今後第2四半期からV字型の成長恢復が期待できるとされる。上記のように内需が過小評価されているため、その内需へのテコ入れは統計の見かけ以上に効くこと、そして、いわゆる 「ゲタ」 (踏切台:予測業界の専門用語) が従来の3%から今年は1%に低下していることから、09年の年平均成長率が6%程度になっても、V字型恢復の登り斜面は実質的には年率10%成長の強さを持つことを理由に挙げて、「中国の景気対策は現行方式で計算される数字上の成長率よりも、雇用等に対してはいい効果があり、09年の中国の 「実効GDP」 の成長率は、現行方式で計算される成長率より3%程度大きい」、すなわち現行方式の5〜6%成長が、実効的には8%成長の力を発揮すると見ておられる。

4.V字型恢復見通しに対する“pros & cons”

  以前も書いたように、筆者は世界経済との結びつきが強く落ち込みも酷い沿海部にばっかり来ているせいで、知らず知らず中国経済の先行きに悲観的になりがちだが、そう断った上で、叶先生の強気見通しに対する筆者なりの“pros & cons”を述べたい。
  まずは “cons” から。前回も述べたように雇用問題の深刻化がまだ続く、これが過去底堅かった消費に影響すると 「V字型」 に黄色信号が灯る恐れがある。その意味で2月の非製造業PMI指数が大きく落ち込んだことが気になる。
  また、これも前回述べたが、4兆元対策の地方裏負担分支援策 (地方債の配分等) が中西部に傾斜配分されているせいで、一番落ち込みが酷い東部沿海の経済大省 (広東省、浙江省、江蘇省など) での財政出動に財源面で不安があり、これが施策の盲点にならないか危惧される。省財政は相対的に財力があるからまだ良いが、市以下の地方政府は経済不振による税収急減と土地払下げ収入急減のダブルパンチで財政難に陥っている筈なのだ (注) 。
  次に“pros ”。今も出張で蘇州市に来ているのだが、今回は 「不動産市場に回復傾向が出てきた」 と聞いた。値上がりの激しかった大都市マンションは体感でピークから2?3割は値下がりしたように感ずるが、そこまで落ちて買いが入り始めたようだ。北京、深センなど 「底打ち」 の声が聞かれるようになったし、蘇州 (シンガポール) 工業園区では最近立地の良い人気マンション200戸の売出に3000人が行列、抽選で即日完売した由。蘇州の製造業 (日系含む) も 「12?1月期が最悪期だった」が、ここに来て 「業況はまだ恢復し始めたとは言えないが、受注が戻り始め、悪化に歯止めがかかり始めた感じ」 をかなりの数の会社が共有している。
  さて、3月の統計が発表されるのは再来週だが、足許は如何? 5?6%の成長でも8%成長の実力ありとの先生指摘には勇気づけられた。お祈りしながら (笑) 今後を見守りたい。
(平成21年4月5日 記)

注:ちなみに、3月初めの全人大における08?09年度財政部予算報告で、地方財政実態のディスクロージャーが改善された。以前地方政府が予算外の 「土地帳戸」 で管理し、様々な弊害を生んでいた土地払い下げ収入は既に2007年度から 「地方政府性基金収入」 に繰り入れられ、予算内管理されるようになっていたが、「予算内」 と言いながら、各地人民代表大会 (人大) の審議に付されて来なかったのを、今年から公開、審議に供したという。
  全人大で明らかにされた全国ベースの数字によると、昨08年度、全国地方政府の 「地方政府性基金収入」 は合計1兆3111亿元、税収・費用収入構成される地方财政一般予算収入の1/4を占め、かつ、土地払い下げ収入 (及び新増建設用地土地有償使用費収入) はその基金収入の79%を占める1兆375亿元だったという (この項、雑誌 「財経」 誌胡舒立編集長のブログによる)。
  つまり08年度、地方政府の歳入予算の20%弱は土地払い下げ収入で賄われたことになる。土地払い下げはマクロ引き締め策により既に07年度から大きく制限されていた。その08年度で20%弱なら、地方政府による土地転がしが盛行していた2?3年前はどうだったか、しかもこれは全国平均だ。憶測だが、莫大な収入を上げていた東部沿海地方は所によっては実質歳入の半分近くを土地払い下げ収入が占めていた時期があったのではないか。その収入は激減したままの筈だ。筆者が経済対策の地方財源を心配する所以はここにある。




 

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