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ブログ 津上俊哉
W字型景気恢復?

2月の経済統計が発表になるまで少し間がありますが、全人代開催などで話題と関心が集まっているので、ストック・テイキングをやります。


W字型景気恢復?
中国経済ストック・テイキング



  V字、U字、L字型の景気恢復カーブは我々にもお馴染みだが、最近中国のサイトで 「W字恢復」 という新型が取り上げられていた。意味するところは先月景気底打ちの兆しが見えたかに思えた中国経済がまた下降曲線を辿る可能性があるということだ(足許の景気だけに着目する人は 「逆V字型」 という表現も使っている)。
  2月の統計数字が出るのにあと1週間くらいかかるが、以下では開催中の 「両会」 (全人大、全国政協会議)を機に大量に出回っている国内報道を題材にもう一度中国経済のストック・テイキングをしたい。

1.PMI指数 ?善し悪し半ば
  先日取り上げた中国PMI指数の2月版が出た。製造業指数は1月の45.3から49.0へ3ヶ月連続の上昇、「ブル/ベア臨界線の50に接近した」。内訳をみると、生産指数45.5→51.2、新規受注指数45.0→50.4、新規輸出受注指数33.7→43.4、購買量指数44.3→49.5、購買価格指数41.5→46.5と、いずれも1月対比で5%以上の改善だ。先週メディアで報じられ、主要国の株式市場に少なからぬ買い材料を提供した 「中国経済底入れ」 の見方を裏付けるものと言えよう。
  これだけなら 「好消息」 で終わるのだが、後ろにほとんど取り上げられなかった続きがある。もう一つの指数、非製造業指数が1月の51.0から41.9と大幅に落ち込んだのだ。1月の発表は 「非製造業指数がついに臨界線を越えた」 と大書していたのに今回は落ち込みの内訳も載らない。「両会」 期間中の報道規制は厳しい、NGO統計といってもやはり 「自粛」 してしまうのだろう。
  先日のポストでは 「・・・製造関連サービスが依然低調な一方、消費関連サービスはかなりいいので筆者はやや意外な印象を受けた。20業種のうち小売業、航空運輸業、飲食業、道路運輸業、環境・公共施設管理業、郵政業の6業種は60を超え、なかでも小売業は79.6を記録・・・」 と書いたが、指数が一気に9.1も落ち込むのは堅調を維持してきたこれら消費関連サービスに景気急落の波が寄せ始めたからではないかと危惧する。これまで当局や多くのエコノミストの強気を支えてきた大きな材料は 「消費が底堅い」 ことであり、ここに影響が及び始めると 「W字」 の可能性が高まるだろう。

2.物流、電力消費 ?芳しくない数字
  中国経済統計の中で比較的 「信頼できる」 とされる物流や電力消費の2月統計はどうか。
○ 物流は上述PMI指数で言えばマシな製造業の方に倣って好転するはずだが、思わしくない。2月の港湾貨物は 「4降」、? 鉄鉱石を除く他の貨物の出入量が1月対比でかなり落ち込んだ。「急速な生産調整で在庫が減り、生産も底打ち」を伝えられた素材産業でも2月に一部の市況が再悪化、中小製鉄所は減産モードに戻った」 とも書かれている。? 主要港貨物出入量は3.8億?(対前年同月比▼10%)、うちコンテナ貨物は697万TEU(▼16%)、? 外国貿易貨物は1.2億?(▼12%)に落ち込み、とくに上海港、深セン港、寧波港など南寄り沿海部の主要港は20%以上の落ち込みだった。? 国内貨物出入量も▼17%と初めて二桁マイナスを記録した。前年同月に大雪害に対応するため発電炭の水上輸送量が急増した反動もあるが、この2月の発電量が落ち込んで発電炭の荷動きが鈍ったこと、不況のせいでその他貨物の荷動きが落ちていることが原因だと分析されている。
○ 1月に▼12.8%の急減を記録した電力消費量は2月に15.0%の増加を示した。大幅な改善に見えるが、去年は2月、今年は1月に来た春節が1、2月両方に大きな季節変動をもたらしているほか、去年の大雪害や閏年要因も作用している。これを除くため1?2月の累計発電量でみると依然▼4.1%の由。とくに南寄りの沿海部は落ち込みが深刻なようだ。


3.デフレは再来するか
  筆者が信頼する哈継銘首席エコノミストを擁する中央匯金公司が 「(近く発表される) 2月のCPIは▼1.7?2.1%となり、過去6年なかったデフレ状況になる可能性あり」 とのレポートを出した。これによると2009年通年でもCPIが▼0.7?1.3%、PPI(生産者出荷価格指数)は▼6.3?7.5%のダブル・マイナスになり、デフレ予期が消費と投資を抑制、企業利潤はさらなる下押し圧力を受け景気恢復はさらに難しくなるとの悲観的見通しだ (通年のGDP伸びは7.4?8.0%と予測)。
  一方で、人民銀行の易網副行長は昨8日、目下の物価は物価が継続的に下落し、マネーサプライや金融貸出も落ちるといった典型的なデフレ状況にはないとの判断を示している。「狭義のデフレとは物価が対前月比で連続6ヶ月下落するような状態と定義され、ある特定の月 (昨年物価上昇が最も激しかった2月を指している) の物価が対前年同月でマイナスになるくらいではデフレとは言えない」 との判断によるものだ。
  両者は見方が分かれるが、一致しているのは 「今後デフレ (的) 状況が出現すれば更なる利下げが可能、しかしその余地は大きくない」 という点だ。中金公司レポートは 「利下げ余地は世間が想像する108basisもなく54basisがせいぜい」 とし、「利下げは容易だが利上げが極めて難しい中国の国情を考えると (←これはいずこも同じ (笑))、これを超える利下げは遠くない将来インフレを助長する恐れあり」 と警告している。

4.政府の景気刺激策
  先週主要国の株式市場を大いに賑わした追加刺激策の有無については、「当面4兆元対策の効果を様子見する」 という方針が示され、やや期待外れに終わった格好だ。「W字の兆し」 からすれば 「そんな悠長なことでよいのか」 という疑問も湧くが、「両会」 報道で分かったことは、あれだけ喧伝され既に4ヶ月経つ 「4兆元対策」 だが、これまで実施されたのは 「先遣隊」 の1000億元だけ(中央財政が2008年中に真水1000億元を投入するとしたことを指す。ちなみにディスバース済みはそのうち4割とのこと)、「主力軍」 の4兆元(2年分の前半分として2兆元)はまだ資金手配の最中ということだ。「先遣隊だけでもそれなりの効果はあった、4兆元の実行はこれからなのだから、これで足りるか否か今議論しても始まらない」 というのが当局者のホンネであろう。
  ほかに報道から拾った財政出動関連の事実は以下のとおり。
■ 4兆元対策の中身は一部変更   本ブログでも以前から当初発表の4兆元対策は 「投資過重、消費軽視の憾みあり」 と述べてきたが、低所得層向け福祉住宅+1200億元、医療衛生・文化教育+1100億元、自主創新・産業構造改善+2100億元、一方でインフラ建設▼3000億元、生態工程建設▼1400億元と、民生重視、消費につながる項目重視に一部予算の移し替えを行った。
■ 09年度予算では中央財政による投資を一挙に対前年6倍増に
09年度の中央財政による投資は4兆元対策の予算化を受けて9080億元(≒13.2兆円)になる。この数字は06年度700億元、08年度1521億元だった。09年度は前年対比6倍近く、新中国史上空前の財政出動だ。
■ 09年度に減税5000億元(≒7.3兆円)実行
  既に08年度から一部実施されたものもあるが、増値税の消費税型への改革、道路通行費用の燃料税への転換、各種の行政費用徴収の廃止などにより、企業・住民の税・費用負担を前年度対比5000億元減らす(4兆元対策では増値税改革による1200億元減税だけが発表されていた。これも 「投資過重」 の修正の一つか)
■ 財源面:中央・地方合わせて9500億元(≒13.8兆円)の公債増発
  以上の積極財政を展開するため財政赤字は大幅に増加、中央で7500億元、地方でも2000億元が足りない。よって国債を増発することとし、地方分は財政部が代理発行(償還は各省政府の責任、過去90年代に実行例あり)する。
■ 4兆元対策の財源
  中央財政はそのうちの約1/4、1兆1800億元を支出する (主に直轄分の直接投資や地方分の利子補給として拠出)、残りの3兆元弱のうち、1.2?1.6兆元が地方政府の拠出になり、残りは銀行融資その他になると推測されている。   地方政府の拠出分 (直接投資や資本金) は上述の地方債2000億元に加え、資本金充当を目的とした政策金融、有償インフラ事業の主体となる国有企業 (省政府の道路公団みたいなもの、上場企業が多い) の発行する企業債 (昨年既に1300億元強、目下認可待ちが1000億元以上ある由)、そして1月の銀行貸出激増の主力になった銀行借入などで賄われる由である。   地方債の配分については貧しい西部各省が財政規模のプロラタの3?5倍の配分を受けるなど傾斜配分が目立つ由 (例:全国の0.3%の規模しかない寧夏自治区が1.5%30億元の配分、1.1%しかない貴州が3.3%、対照的に13.8%を占める広東省は1%20億元しか配分されない由)。省財政は相対的に財力があるからまだ良いが、東部沿海地域の市以下の地方政府は経済不振により税収急減と土地払下げ収入急減のダブルパンチで財政難に陥っている。打撃の大きいのもこの地域、これが施策の盲点にならないかやや危惧される。

・・・円換算の数字を書き込んでいると、2兆円の定額給付金でスッタモンダを続けた我が国のことがなにやら悲しく思えてきた。購買力平価ならともかく、この数字は為替換算ですからね・・・中国はほんとうに大きくなった。

5.雇用問題が最も深刻
  いま江蘇省蘇州に来ているが、「農民工の失業は先般政府が公表した2000万人では済まず、3000万人オーダー、非正規就業の農民工の3人に1人が失業する勘定だ」 との見方を聞いた。その3000万人の給料に依存して暮らす故郷の家族の数や如何に?
  農民工だけの問題ではない。蘇州でも倒産・閉鎖企業が急増しつつあるせいで、「半年前までなかなか見つからなかったミドルクラス以上の人材が簡単に求人できるようになった」 とも聞いた。
  3年前 「中国は既に 『ルイスの転換点』 を越える時期 (途上国で労働力の余剰が消え、完全雇用が実現する時期) に入った」 との研究発表で注目を集めた社会科学院人口・労働問題研究所の蔡昉所長 (全人大代表でもある) は、都市で非正規就業をする農民工 (総数約9000万人) の失業が軽視されていることに警鐘を鳴らし、? 今次危機の恢復過程では 「雇用増なき景気恢復」 が長く続く恐れがある、? 人口大国中国はアジアNIESが辿った 「低付加価値な労働集約型産業構造から高付加価値な資本・技術集約型産業構造へ」 の道を辿れない、産業を国外ではなく中西部に移転させるべきであると述べている、同感だ。
  中国にとって今回の危機がもたらす最大の脅威が雇用喪失であることに疑いを抱く余地はない。この点は中国政府も同じ認識だとは思う。4兆元対策で足りるか否か、筆者は足りなくなると思う。失業対策(休業手当等)・生活保護対策のような施策はさらに抜本的な予算増が必要になるだろう。

6.結び
  世界中の期待に水を注すことになるが、中国でも経済の先行きは余談を許さないのが実情だ。それにしては 「両会」 中の高官発言やメディア報道は 「経済好転、底固めに」 式で明るい論調が多い。しかしそれを 「脳天気」 と評することもできない。日本で言えば予算を提出した通常国会の時期だ。予算の中身を見ても 「いま出来る精一杯」 の覚悟は伝わってくる。その審議中に 「これでは足りないかも知れない」 と政府の口からは言えない。中国政府も決して先行きを楽観してはいないと思う。
  暗い話ばかりしたが、「両会」 報道の中で上述の国債増発に絡んで 「これにより国債発行残高がGDPに占める割合は20%に上昇する」 というのがあった。日本の約1/8以下、今後5年間毎年1兆元(≒14.5兆円)の国債を増発してもGDP30兆元に対して3割強にしかならない。
  中国には財政赤字に対する極めて強い忌避・恐怖感があり、国債増発 (厳密には発行限度増枠) を全人大で可決してもらうのはたいへん、毎年の財政赤字は対GDP比3%以内に収めるべきことがある種の不問律みたいになっている。今年で言えば30兆元超のGDPに対して中央・地方の財政赤字が9500億元といった具合だ。
  よって国債依存度を大幅に引き上げるとなれば大争論が起きるのは必至だが、今後恐らくそういう展開になるだろう。中国経済最後の切り札はこの財政余力だ。この点だけは先進各国が逆立ちしても追随できない。
平成21年3月10日 記

追記
  さきほど本文でも触れた2月のCPI、PPIが発表された。CPIは対前年同月比▼1.6%(対前月比±0)、PPIは▼4.5%だった。中央匯金公司の上掲レポート の予測よりは少し下げ幅が小さかったが、ダブル・マイナスではある。




 

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