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「かんぽの宿」 問題に思う

発端はもう一ヶ月前の話を 「いまさら」 ではありますが、先週は中国のメディアに言及したので、この話題をサカナに日本の 「公論」 についても一筆言上したくなりました。


「かんぽの宿」 問題に思う
我が国 「公論」 の劣化について


  発端はもう一ヶ月前の話を 「いまさら」 ではありますが、やはり一筆言上したくなりました。


  「茶の間の正義」 におもねる人気取り ・・・ 総務大臣の発言を一目見て辟易した。大臣が 「安すぎる」 と批判した108億円以上の売却益を挙げることはいとも簡単、対象になった70施設のうち黒字の11施設だけ売ればよい。それが108億円になったのは残り59の赤字施設との一括譲渡、おまけに雇用維持だ何だの負担まで付いているから。
  赤字事業に金を投じて買収できるのは経営を改善して黒字化できる才覚なり自信のある人だ。そういう人は 「お金なら出す」 という投資家のカネを組成して再生ファンドをやるのが最近の流儀だが、オリックス社はヒトもカネも自社にあり、従業員を居抜きで付けられても 「十分な投資リターンを出せる」 自信があったのだろう。
  筆者が愛読するブログの一つ 「らくちんのつれづれ暮らし」 で、らくちんさんは自身の経験を踏まえて 「オリックスの提示した値段は、べらぼうに高い値段ですよ」 と言っている。日本のホテルとか旅館とかに全く土地勘がないので分からないが、きっとそうなのだろう、なにせ70施設で年間数十億円の赤字を垂れ流しているというんだから。

  詳細に入札の過程をチェックした (させた) 訳でもないのに、「安すぎる」、「不透明だ」 と決めつけて批判する・・・こういうのを日本では 「ためにする議論」 という。「ファクタ」 誌3月号には大臣が批判した動機が書かれていた。親しい政治家に 「・・・おいしい話だと直感した。マスコミが飛びつくぞってね」 と語ったのだという。
  話が飛ぶが一昔前中国のビジネス環境に対する不満をアンケートすると、「制度の突然の変更」 とか 「政府の不慮の介入」 とかがよく挙げられていたのを思い出した。日本郵政、さすが同じ国有企業同士、中国のお仲間入りですネ。
  この政治介入によって日本郵政との取引リスクは急上昇、赤字施設を含めたパッケージ売りはもとより黒字施設のバラ売りすら難しくなったのではないか (入札しても、また 「安すぎる」 って叩かれかねない)。以て総務大臣が批判の中で錦の御旗にした 「国民負担」 は逆に大いに上昇した訳だ。この大臣に喝采を送るテレビ、「庶民」・・・末期症状というほかない。

  他方、大臣に弄ばれた日本郵政に同情する気にもなれない。取引の潔白を示す資料がなかなか出てこないウラを勘ぐると、きっとこうだ。年間数十億円の赤字を垂れ流すお荷物事業に雇用維持等の条件まで付けたのに100億円で買ってくれる・・・きっとオリックス社が入れた札に 「飛びついちゃった」 のだ。「この上客逃がすまじ」・・・最後は 「随契」 みたいになっちゃったのでは?(笑)
  「日本郵政案こそ国民負担最小化の絶好のチャンスだったのにそれを政治家が潰した」 のか? 「国民負担最小化」 を前提とするならば、日本郵政のやり方は別の意味で間違っている、少なくともキチンとした整理・検証がされていないと思う。
  この経済危機のさなか 「従業員の雇用維持」 を掲げると、いかにも尤もらしく聞こえるが、経営を維持することで保護されるのは雇用だけではない、あまたの納入業者の商売も保護される。かんぽの宿はもともと政治家による 「地元利益誘導」 の産物だから、そこらへんも複雑に違いない。
  そういう利益をみんな保護してあげられればそれに越したことはないが、問題はコスト負担だ。「どうやっても黒字にしようがない、なんでこんなところにホテル作っちゃったんだ!?」 みたいな施設もあるに違いない。そういう施設を閉鎖して売却リストから外せば従業員の再就職の世話が必要になるにしても、売却益は間違いなく上昇し国民負担が低下する。そういう検証はなされたのか? したというのなら資料を出せばよい。
  従業員の雇用と国民負担の最小化・・・バランスを取るのは難しいが避けてはいけない大事な問題であり、それこそ第三者委員会みたいな場で公正に判断すべき問題だろう。それを避けて日本郵政が 「70施設の全てを維持する」 と密室的に決めたのは閉鎖施設のリストラといったしんどい仕事から逃れるためだろうと疑われても仕方ない、国民負担も顧みずに。オリックス社の札はまさに彼らにとって 「有り難い」 申し出だったのである。

  総務大臣が (自分でも重々ご自覚のはずだが) ロジック不明の 「国民負担」 で大見得を切っているのに、メディアはなぜその欺瞞を突かずに、大臣の読みどおり 「飛びつ」 いちゃうのだろうか・・・この件のテレビ報道は視聴者を 「サーカスを見せておけば喜ぶ愚民」 扱いしていると思えた。さすがに活字メディアは大臣の姿勢に批判的なものも多かったが、「雇用維持など、実はまっとうな中身」だった郵政案が大臣の動機不純な介入で潰された、的な見方が感じられるものもあった。それって日本郵政が掲げた 「羊頭」 につられてる・・・

  政治といわずメディアといわずこの国の 「公論」 の劣化はまさに末期的なところまで来ていると思う。中国人から 「日本の政治ってどうなってんの?」 と問われるたびに、「半世紀続いた成功体験に支えられたアンシャンレジームから脱却するのは簡単ではないんだ、いまは新レジームを生むための 『陣痛』 期!」 と苦しい答をしている。
  でも陣痛何時まで続く? ホントは1993年細川政権が発足したときにこのアンシャンレジームを終わらせるチャンスがあった。9ヶ月の短命政権に終わったが、「2年 (予算期2回分) 続いていたら旧い自民党体制は崩壊していた」 と当時言われたものだ。そうなっていれば冷戦崩壊から遅れることわずか4年にして新レジームへ衣替え・・・のはずだったのがあれ以来既に15年過ぎた。「何時まで続く 『陣痛』 ぞ」 (;_;)
  「かくなる上は一日も早い総選挙を」? いえいえ 「国民は自分たち以上の政府を持ち得ない」 のです、メディアについても然り。一度や二度の総選挙で事態が改善するほどこの病は軽くないと思う。政治やメディアだけの病ではない。そういう政治やメディアの存続を許す国民総体の病です。
平成21年2月24日 記

 【追 記】
 かんぽの宿:不動産売却のルール作り議論 第三者委 (毎日.jp 2月25日)
 「かんぽの宿」 の一括譲渡問題を受け、日本郵政が設置した 「不動産売却等に関する第三者検討委員会」(委員長=川端和治・元日本弁護士連合会副会長) の第2回会合が25日開かれた。・・・ 本格的な審議は初めてで、日本郵政グループの不動産についてヒアリングを実施するなど不動産売却のルール作りに向けた議論を始めた。
 会合終了後、会見した川端委員長は、かんぽの宿一括譲渡について、雇用の維持に特に配慮すべきだとする国会の付帯決議があるため、「不動産だけを高く売ろうとすることはできなかったのではないか」 と述べ、日本郵政の置かれた事情に一定の理解を示した。しかし、かんぽの宿が簡易生命保険加入者の資産でつくられた施設で、政府が日本郵政の株式を100%保有していることから、「収益性だけを考えて自由に (売却を) 判断してはいけなかった。配慮が必要だった」 とも述べ、公共性の観点から今回の一括譲渡は拙速だったとの考えを示した。

 「雇用の維持」 に配慮せよとの国会附帯決議があったのか・・・調べてみたところ、これらしい。

   【中略】

十一、 職員が安心して働ける環境づくりについて、以下の点にきめ細やかな配慮をするなど
   適切に対応すること。
     現行の労働条件及び処遇が将来的にも低下することなく職員の勤労意欲が高まるよう
   十分配慮すること。
     民営化後の職員の雇用安定化に万全を期すること。
     民営化の円滑な実施のため、計画の段階から労使交渉が支障なく行われること。
     労使交渉の結果が誠実に実施されること。
     新会社間の人事交流が円滑に行われること。

  決議の前後から判断するに、この 「職員」 は一義的には日本郵政の職員を指すように思う。「だから、かんぽの宿の職員の雇用維持はどうでもよい」 ということにはならないが、他方でこの決議があることを理由に、70施設全部の維持が論理的に導き出されるとも思えない。
  「現行の労働条件及び処遇が将来的にも低下することなく」 との附帯決議文言を理由に、職場も雇用条件 (とくに賃金) も手をつけること罷り成らぬという議論が出てくるならば、再度国会に決議を求めたらよい。経済危機のまっただ中で選挙も近い今、そういう式の 「罷り成らぬ」 を主張する政党、議員が出てくるか見物だ (笑)。
  職員の雇用条件といえば、附帯決議を探す途中で、こんなブログもあった(かんぽの宿従業員の平均賃金600万円 ((片山)さつきブログ)
  真偽のほどは分からない。如何に 「かんぽの宿」 とはいえ、きょうび働く全員が平均600万円ももらっているはずはない。パートさんだって 「派遣」 だっているとは思うが、仮に 「正社員」 だけの話としても田舎で平均600万円の給与、と聞くと、やはり・・・と思ってしまう。これで70施設を全部維持せよ、現行の労働条件及び処遇を低下させるな、とやると、オリックス社が108億円の投資を回収するのは至難の業だっただろう。同社が大臣からボロクソ言われたのはご愁傷様だが、少なくとも同社の外国株主にとっては、本件譲渡が 「流れた」 のは朗報だろう。
  上記記事に引用された委員長発言を読むと、政府100%保有の日本郵政なのだから、「収益性」 よりも 「公共性」 を重んずるべき、的なニュアンスが感じ取られる。でも、「公共性」 なんて言って見直しすると、やり直し入札の結果は総務大臣が 「安すぎる」 と批判した108億円をさらに下回って何のために見直し議論を始めたのか分からなくなってしまうのでは? それに、ここであまり追求してはいけないが如く語られた 「収益性」 のウラには 「国民負担」 問題があるのだ。第三者委員会にはまず、相反する諸々の要請のバランスを取るための原則のあり方、考え方を公開の場できっちり議論してもらうべきだろう。
(平成21年2月25日 追記)




 

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