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ブログ 津上俊哉
残るカードは投資以外への財政出動だ

「第3四半期統計を読む」 の3回目です。ついでに、先週発表になった10月統計やらについて、「追記」 で補足しています。


残るカードは投資以外への財政出動だ
第3四半期統計を読む(3)


  前々回、前回と2回にわたって、4兆元対策の効果は来年前半を過ぎるとフェード・アウトすると見られる中、外需や消費が後を継いで 「自律恢復」 軌道に乗れる保証はないと述べた。
  さらに追加対策が必要になったとしても、投資については成長押し上げに必要となる前回4兆元を上回る公共投資を行うことは地方財政と銀行の体力からみて難しいこと、金融はホットマネー流入が復活する中、「インフレ期待を適切管理する」 という難しい課題を抱えており、金融緩和に頼った追加対策を打つことも難しいと述べた。中国政府が景気刺激のために切れるカードは乏しくなっているのだ。

  しかし、カードが尽きた訳ではない。それは依然余力を残す中央財政が投資以外の分野に出動することだ。4兆元対策は経済の投資依存体質をさらに深刻化させた。米国の過剰消費体質は改まりつつあるのに、中国の過剰貯蓄傾向は改善の兆しがない。今後の経済成長が消費拡大を中心とすべき点で衆目は一致している。
  そのために財政から家計への所得移転を増大させるべしと言えば、読者諸兄から 「また言ってる」 と笑われそうだ。この手の話を書くのはこれで少なくとも4度目、「近いうちに政策の発表がある?」 と予想もしたが、これもハズレている (;_;)
           8月23日 「中国にも 「埋蔵金」 があるという話」
           7月19日 「中国経済ストック・テイキング」(末尾の追記)
           6月21日 「社会保障財源を充実する新政策の発表」

  しかし、言い訳すれば全くの山勘で言ってきた訳ではない。10月下旬には中国国内でも 「専門家によると収入分配調節に関する方策案が既に国務院の認可待ち」 という報道があった。ジニ係数で比較した場合、中国が世界の中でも最も貧富格差の大きな国の一つになったこと (注) を憂えて、労働分配の増大方策、社会保障・教育・医療等への財政投入のあり方、ミクロでの個人所得税のあり方、果ては国有大企業幹部の収入制限問題まで俎上に挙げた所得分配改善方策を発展改革委の就業・収入分配司 (局) が国務院に上げて批准待ちという、かなり具体的な報道で期待を持たせたのだ。
  しかし、その後引き続きメディアを賑わせたのは国有大企業幹部の報酬制限問題くらい (欧米金融機関幹部の報酬制限論議が影響している (笑))、それを 「くだらない」 とは言わないが、如何せん人気取りっぽい。もっと大事な問題があるだろう!?と言いたいのだが、その他の問題は依然として 「姿が見えない」 状態だ。
注:注06年の中国ジニ係数は警戒線とされる0.4を大きく上回る0.48、また、世銀の調査レポートによると中国の所得最上位20%階層は最下位20%階層の10.7倍の所得を得ている (米国でも8.4倍にすぎない)

  労働分配率を目に見えて上昇させるには時間がかかる。とくに昨今のような “jobless recovery” 下では。所得税の累進性を高めて所得再分配を図るのはけっこうだが、日本でも 「トーゴーサンピン」 と言われたように所得の正確な捕捉は難しく、脱税を誘発しやすい (中国では富裕層の資産海外逃避、キャピタル・フライト問題も誘発しそうだ)。
  けっきょく、短期的に成果を挙げ、しかも景気対策になるような政策を志向するなら、財政が二次配分 (社会保障など) に出動するしかない。むろん財政負担が生じるが、中央財政には依然国債を増発する大きな余力がある。今回、国債を増発して4兆元対策を講じた結果、中国でも国債発行残高のGDP比率が20%に達するが、主要国での比率は60?80% (日本は160%以上!) だ。国際比較すると、中国は例外的に 「健全」 な財政構造だと言える。
  しかし、問題は中国が財政赤字を強く嫌い、怖れる国柄だということだ。20%に達するだけでも大騒ぎ、これを超えてはならぬ一線と考えているようだ。しかし、上述 「埋蔵金」 のポスト末尾の注2に書いたように、1994年に施行された分税制改革のおかげで、中央財政はこの15年みるみる充実・強化されたが、その裏側では地方財政が相対的に窮乏化、財源を吸い上げられた基層 (末端) 政府の公共サービス (医療・教育・福祉) 水準が大幅に下がって今日の社会問題を産んだ経緯がある。今日の中央財政の 「健全さ」 は、財政から家計への所得移転の乏しさ、すなわち国民生活の犠牲の上に成り立っているとも言える。
  どこの国にも、端から見ていると訝しいほど強くて堅い 「思いこみ」 がある。中国の場合、「人民元高恐怖症」 が顕著だが、この 「財政赤字嫌悪 (恐怖) 症」 も引けを取らない気がしてきた。しかし、世界有数の 「貧富格差大国」 と化したことを憂え、来年以降の消費主導型成長を願うならば、いまこそ政策のリバランスを図るべき時だと思う。「和諧社会」 の実を挙げるためにも 「発想」 を転換し、国債発行残高のGDP比率を、例えば 「中長期的に50%までは上昇させる (注)」 との前提の下に国債を増発、中央→地方財政の所得移転を通じて福祉や年金制度の抜本拡充を打ち出すべきだと思うのだが・・・
注:国債増発によって将来の国家債務が激増・発散してしまうかどうかのカギを握るのは国債発行残高の伸びと対比させた経済成長率だから、今後も当分8%以上の成長が見込まれる今ならそれでも全然問題ないだろう。
平成21年11月17日 記


追記 (10月の経済統計発表)


  「第3四半期統計を読む」 とやっているうちに、先週10月統計が発表になってしまった。輸出は9月に続いて4ヶ月連続の1000億?大台超え、前年比でも13.8%減と落ち込み幅はさらに縮まった (ただし、内需成長を反映して輸入の落ち込み幅は6.8%減にすぎないため、貿易黒字は32.0%の減少だ)。固定資産投資は前年比33.1%増と依然高位を進行、消費も16.1%増と、だいたい前々回、前回想定したところからズレていない。総体として今年の 「保8」 公約達成 「戦線異常なし」 と言ってよかろう。
  同時に、金融貸出は予想どおり前月比でわずか2530億元の増、年前半に月間貸出増が1兆元を大きく上回っていたことがウソのような収まり方だ。中長期の貸出は2500億元程度の伸びだが、手形貸出が2000億元減少で貸出総体の伸びを相殺しており、これも予想どおり。ホットマネーの動きが気になるが、外貨準備、外匯占款などその動きを知るのに必要な10月の数字は今日現在未だ発表がない。
  注意を惹くのは統計を報道する新華社など公式メディアの重点の置き方。記事のトップは物価、やはり 「インフレ期待」 への懸念は大きいと見える。マネーサプライでも、定期預金などを含むM2の伸びが前年比29.4%なのに対して、現金+当座預金であるM1の伸びはこれを上回る32.0%増、当座のカネ回りの良さは伝わってくるが、「インフレ期待」 を懸念しているときは喜んでばかりもいられない数字、という感じだ。今後の金融政策運営は本当に正念場だ。

  オバマ大統領訪中のさなか、人民元政策の行方にも市場の注目が集まっている。先週、陳徳銘商務部長は 「人民元レートは基本的安定を保持していくだろう」 と語り、今日 (16日)、同部スポークスマンは 「人民元レートは貿易均衡 (収支) とは無関係であり、米国が一方で他国にレート切り上げを求め、他方、自国のドルは絶え間なく切り下がっている状況は不公平だ」 とぶった由(新華社電)。元レートの 「安定」 はけっこうだが、何を以て 「安定」 とするかだ。尺度が対ドルレートなら、事実上のペッグ (周小川人民銀行長の言う 「非常手段」) をやっている以上、「安定」 するのは当たり前だ。
  スポークスマンが言う 「為替レートは貿易均衡 (収支) とは無関係」 は80年代の日本の言い分 (ISバランス論!) を思い起こさせて懐かしいが (笑)、東南アジア諸国の輸出産業は人民元のドルペッグのせいで、ほんとうにキツそう、これら各国が対抗して為替市場でドル買い介入するものだから、1年前までの 「ブレトンウッズ?体制」 が半分戻りつつあるような形勢だ。
  人民元のドルペッグ状態は誰かが意見した方がよい状況に見えるが、東南アジアは怖くて言えない、米国が言うと 「問題はドル安だろ!」 + 「アンチダンピングなど貿易保護主義を何とかせい」 と、2倍反撃される。中国に意見できるとしたら日本であり (意見を聞くかどうかは別ですよ)、とくに藤井財務大臣のように 「円安」 に距離を置く当局者はその絶好の位置にいるように見えるのだが・・・




 

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