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再浮上した 「重複建設」 問題 (その3)

「官の官による官のための経済」 ・・・ 過剰投資問題はこの問題に由来する側面も大きいです。解決の処方箋は明らかなのに改まる気配がない現状はやるせないのですが、同じ目で日本を見ると、これまた 「未完の課題」 だらけ、他人をあげつらっている場合じゃない?(笑)


再浮上した 「重複建設」 問題 (その3)
「官の官による官のための経済」 の是正が急務



  前回は投資抑制のための政府介入がかえって過剰投資を深刻化させる悪循環について述べた。これは中国・日本を問わずどこでも起き得るという点で普遍的な問題だが、今日述べる二点めは中国の 「特色ある」 問題、つまり資源配分の実権が政府に集中し過ぎている中国特有の状況が過剰投資問題を深刻化させているということだ。

  地方政府にはプロフェッショナリズムが欠けている

  中央と地方を分けて考えた方がよいので、まずは地方政府から。前回も述べたように、中国の地方政府は強力な企業の如くに振る舞えるだけのカネ、(許認可) 権限、土地がある。しかしプロフェッショナリズムが欠けている。「バスに乗り遅れるな」 式の投資事業を立案するのが政府の企画部門であるにせよ、政府の後押しを得て事業展開を目論むご当地の企業であるにせよ、ゴーサインを出す地方政府には 「業界のプロ」 の知見、形勢判断がない。だから誰の目にも過剰が明らかな筈の 「風力発電」、「太陽電池」 のアッセンブリー工場建設計画に飛びついてしまう。日本各地のテクノポリス構想が謳った育成産業が判で押したように 「IT、バイオ、新素材」 だったのと同じだ。
  そういうプロの判断は畢竟経験のある 「業界人」 にしかできない。しかし、「業界人」 の資格を持つ私営企業はいるが資本蓄積が十分でない (カネがない)。中国経済の富の配分が国有経済に偏ってきたせいだ。最近業種によっては日本企業を買収できるようなお金持ち私営企業も出現したように感じられるが、大国有企業の財力に比べれば所詮ケタが二ケタ以上小さい存在でしかない。おまけに、私営企業は許認可でも土地配分でも国有企業に比べて不利だ。智慧のあるところにはカネと力がない、カネと力のあるところには智慧がないせいで、市場の失敗が拡大している憾みがある。

  中央国有企業の問題点:「世界500強企業」 の強迫観念

  中央はどうか。これは中央直轄大国有企業の問題として語るのが速い。8月下旬のポスト (「中国にも埋蔵金があるという話」) にも書いたが、「経済民営化」 は中国でも10年前は当然視された政策命題であり、「民進国退」 (民営資本が伸び国有資本は退出する) が当時の標語だった。しかし、今世紀に入って以降流れが逆転、いまは 「国有企業ルネッサンス」で 「国進民退」 と揶揄される状況が生まれている。
  それは社会主義公有制イデオロギーが復活したからか? ・・・ その気味も無くはない。国有企業MBOを不公正だと攻撃した 「咸浪平」 論争など、この数年中国社会に 「左旋回」 の風潮が強まったことは事実だからだ。しかし、それは大衆が権利意識を高める中で格差や腐敗に対する反発が高まるという世相の変化であり、政府や政策までが 「左旋回」 した訳ではない (近年とみに 「世論」 に弱くなっている政府が 「左旋回」 の世相に圧される現象はたびたび見られたが、胡錦濤主席の 「改革開放を揺るぎなく堅持する」 との講話 (2006年3月) にも見られたように共産党や政府までが 「左旋回」 しているとは見えない)。
  中央関係省庁 (発展改革委、国有資産管理監督委、工業・信息化部など) を開けっ広げなまでの大国有企業肯定に駆り立てている原動力は、むしろ 「中華復興」 の情念ではないか。言わば 「台頭した中国に相応しい規模・社格を持ち、世界の列強多国籍企業と渡り合える中国企業を育てなければならない」 という想いだ。名付けて 「世界500強企業」 の強迫観念! (笑)。気持ちは分からないでもないが 「大なること尊からず」、後世 「情念」 から解放されて我に返れば必ず後悔することになる。
  断っておくと、筆者は 「国有企業」 をアタマから否定するつもりはない。中央直轄の大国有企業はプロフェッショナル人材も豊富、知見と判断の的確さ、とくに国際業界情勢などについては同業の大私営企業をはるかに凌ぐ企業も多いだろう。また、私営企業なら過剰投資の失敗をしないかと言えばそうではない。前回述べたように政府介入による投資抑制が行われる状況では、資本の所有形態に関わらず投資競争が激化してしまう。
  換言すれば大国有企業であっても、業界のプロである経営陣に十分な経営実権が委任されれば、ガバナンスが効く企業の構造とサイズが与えられれば、そして株式上場を通じて市場の監督が十分働けば、それでもいいのである。しかし、問題は中国の大国有企業がこういう理想的な 「タラ・レバ」 の方向に向かっているように見えないことだ。

  中央直轄国有企業にはガバナンスが欠けている

  企業が大きくなり株式上場もすれば、市場を通じた監督によって非合理的な投資行動も収まるか?・・・まったく効果がないとは言えないが、望み薄だろう。
  市場の監督を実効あらしめるためには、アホな合併があれば株式市場が 「売り」 で懲罰できるような環境が必要だ。しかし、巨大企業になればなるほど個々の合併が企業業績に及ぼすインパクトも小さくなる。
  企業の構造も複雑さを増すばかりだ。国有資産管理監督委が管轄する中央直轄国有企業の数は2003年には189社あったのが今は136社まで減っているのだが、民営化が進展した訳ではない。大抵はA集団公司をB集団公司に統合して数が減っただけ、しかもA集団公司は100%子会社として存続する式だ (減少の過程)。もともと統合される側の集団公司も巨大なホールディング・カンパニーだ。それを別の巨大ホールディング・カンパニーに統合するような合併では、被吸収側傘下の個別事業にまで吸収側の企業統制が届くとは考えにくい。国有企業トップが傘下企業トップの人事権を掌握していれば多少は違うだろうが、大国有企業の人事権は依然共産党組織部が握ったまま、となればなおさらだ。(注)
  組織が巨大になればなるほどマネジメントは難しくなる。まして巨大企業の 「合併」 においてをや。ガバナンス制度が整った先進国でも、巨大合併は自動車や金融の失敗例を引くまでもなく難しいのだ。上記のような屋上屋を重ねる合併で本当に世界列強と渡り合えるような強い中国企業が生まれるのか。
  そういう合併でも財力だけはつくから、或いはやがてカネにモノを言わせて先進国の巨大同業企業を買収するつもりかも知れない。しかし中国の格言に 「修身斉家治国平天下」 と言う。自分の家も十分に治められない企業にただでさえ難しい国際買収をマネジメントすることは可能か。
  強い企業は競争の切磋琢磨からしか生まれない。役人が人工栽培できるなどという幻想は捨てるべきだ。

  結び

  以上3回に分けて述べてきたように、今回公表された過剰投資抑制に関する 「意見」 はいまの中国経済が抱える課題を浮き彫りにするものだ。
  過剰投資のような 「市場の失敗」 を完全になくすことは不可能だ (市場主義総本家の米国でも、1年前に歴史に残る市場の失敗を経験したばかり)。しかし、中国の場合、その 「特色ある」 経済構造や政府・企業の関係が失敗を増幅している憾みがある。
  もちろんこの 「特色ある」 体制がなければ中国が世界に先駆けて経済底打ちを達成することもなかっただろうから、一長一短とも言える。しかし、過剰投資問題を看過できない大問題だと考えるのなら、その原因にもっと切り込んでいかなければならない。
  看過できない問題は他にもある。本ブログで繰り返し述べてきたように、これからの経済成長を牽引すべき個人消費が伸びないことにも 「特色ある」 経済構造 (富の配分が国有経済に偏っていること) が関わっている。
  マクロ経済運営もしかり、ミクロの企業行動もしかり、中国経済のこれからの課題をキーワードで表せば、「官の官による官のための経済」 の如き今のあり方を改めること、換言すれば各般の 「経済民営化」 を促進することだと改めて思う。
  昨今日本でも喧しい 「市場原理主義 vs 日本型経営」 論争からも看てとれるように、「普遍」 と 「個性」 のバランスを取ることは難しい。しかし、いまの中国経済の 「官」 肥大化傾向は 「中国らしさ」 で説明・肯定するには度が過ぎている。米国流の 「市場原理主義」 が大惨事を惹き起こしたからといって、数十年前の 「日本型経営ver.1.0」 をそのまま復活させる訳にいかないように、中国もそろそろ 「中国の特色ある経済ver.2.0」 を真剣に考えるべきだ。

平成21年10月11日 記(この項終わり)


注:問題の多い大国有企業の中で、相対的に 「マトモ」 に見えるのは銀行業だ。今年上半期急膨張した貸付の伸びが鈍化したのもバーゼル自己資本規制に服する銀行業の自律的な企業行動に拠るところが大きかった (銀行自身が貸出急増に伴う不良債権累増や自己資本比率急低下を強く懸念した)。また、そこには株式市場の監督作用(への銀行側の慮り)も働いていたように見える。
  このように銀行業が比較的マトモな理由を考えてみたのだが、5点挙げられるように思う。(1) 早くから同業に4大商業銀行体制が敷かれ、競争の基礎ができていた(各行の沿革はもっと古いが1994年には全国商業銀行4行体制が敷かれた)、(2) 主業務たる預貸業務が相対的に単純・均質で管理しやすい (コスト構造も社風も大いに異なる大事業所を持株会社の下に束ねただけの製造業系国有企業などと対比すると、そう言える)、(3) トップのプロフェッショナリズムが相対的に確保されている (4大銀行行長は政府関係部門と金融企業の間を渡り歩き金融業に通暁している人が多い)、(4) 早くから対外開放に積極的であり、国際化 (世界標準への同調) の度合いが高い、(5) 主力行はみな上場済みである (業務が比較的単純・均質な故に、経営の抱える問題が不良債権や自己資本比率などの形で把握され易く、よって資本の所有構造等に他業種と同様の問題を抱えながらも市場の監督がそこそこ効く)。




 

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