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再浮上した 「重複建設」 問題 (その1)

また一ヶ月近いブランクを作ってしまいました。今後の中国マクロ経済については、景気対策第二弾の登場待ちで、特記すべき動きが感じられませんが、足許ではいろいろな問題が起きています。「過剰投資」 問題はその最たる例です。


再浮上した 「重複建設」 問題 (その1)
「過剰投資」 は何故起こるか



  9月30日付けの新華社ネットで生産能力過剰・重複建設の抑制を目指す新政策が発表された。題名は 「一部の業種における生産能力過剰・重複建設の抑制と産業の健康な発展の誘導に関する意見」 、発展改革委など合計10省庁の連名による意見に国務院が同意を与え、国務院発 [2009] 第38号文件として各省・自治区・直轄市に送付したものだ。「意見」 と言いじょう、投資抑制のために地方政府に許認可の停止などを求め、違反に対して指導者の 「問責」 (更迭を含む制裁) にまで言及する強硬な緊急措置だ。

  当面の中国経済政策の重点は “保増長、拡内需、調結構” (成長維持、内需拡大、構造調整) の3点セット、大掴みに言えば成長維持と構造調整の2元目標だ。「構造調整」 には様々な含意が込められる。低付加価値・外国下請型の製造業を高付加価値・自主技術 (自主創新) 主導型に変えていくことも然り、資源多消費型・重工業中心の産業構造を三次産業も包括する 「節約型」 産業構造に変えていくことも然り。ただ、今回発表された新政策が念頭に置く構造調整とは、一部の業種で生じた 「重複建設」 が深刻な生産能力過剰を招いていることを重く見て、強硬な投資抑制策を導入することを意味している。
  投資を抑制することは短期の成長維持にマイナスに働くが、過剰投資が中長期的にもたらす不良債権増やデフレ効果などの悪影響をより重く見たのだろう。経済が 「フリー・フォール」 状態だった昨秋からの半年は 「成長維持」 が経済政策の最重点だったが、底打ちがハッキリし始めた今年第2四半期からは 「構造調整」 の重要性が並んで強調されるようになった。中でも設備過剰問題は政府部内でも数ヶ月前から大きな問題になっていたようであり、今回の 「意見」 は対策の集大成と見ることができる。

  「意見」 の中で描写されている生産能力過剰は確かに深刻だ。
(1)鉄鋼:2008年の生産能力6.6億?に対して、国内需要は5億?にすぎない。さらに (多くは違法に進められている) 新規設備投資分が5800万?分ある結果、早急に手を打たないと生産能力は7億?を超える・・・
(2)セメント:2008年の生産能力は18.7億?、進行中の投資分が6.2億?、さらに未認可・未着工の計画が2.1億?ある結果、このままいくと27億?の生産能力に対して需要はわずか16億?しかない
(3)板ガラス:2008年の生産能力は6.5億換算箱 (1箱≒×50kg)、中国だけで世界全体の生産能力の実に半分を占める、2009年上半期に新規投資された能力が4850万換算箱、計画中のものを含めると能力は8億換算箱に達してしまう
(4)石炭化学:生態環境や水資源の許容能力を無視した盲目的な建設が後を絶たない結果、メタノール生産設備は2009年上半期の稼働率が40%しかなかった。現代的な石炭化学である石炭液化はまだ十分な実用化段階に達していないのに多数の工場が建設されている
(5)アモルファス・シリコン:情報産業や太陽電池の原料ではあるが、電力多消費業種である本業種で、2008年生産能力は2万?あるのに生産量は4000?に過ぎなかった。進行中の投資分は8万?あり、能力過剰は明らか
(6)風量発電設備:風力発電は国が奨励する新興産業だが、設備製造業界は著しい過剰に陥っており、2010年には需要が1000万?ワット相当しか見込めないのに生産能力は2000万?ワット相当に達する
(7)電解アルミ、造船も上記以外に過剰業種として挙げられている


政府が惹き起こしてしまった設備過剰

  1年前のリーマンショック以降、世界経済の成長曲線が大幅に下方屈曲してしまったせいで、中国だけでなく世界中が設備過剰問題に直面している。しかし、「意見」 が取り上げた6業種は次の2点において 「何処も同じ」 では済まない深刻な問題を提起している。
  第一、鉄鋼、セメント、板ガラスの過剰を深刻化させた元凶は、世界経済の下方屈曲というより、その後に採られた4兆元対策だということだ。これについては本 「意見」 を報じた財経誌ウェブ上で次のような産業アナリストの見方が紹介されている。
  「(今次) 設備過剰は 『救急対策 (4兆元対策)』 がもたらした大弊害だ、元々多くの産業の設備過剰問題は2008年末にはピークを過ぎていたのに、ここに来てぶり返してしまい構造調整をますます難しいものにした・・・ 『4兆元』 投資と随伴した貸出増加によって、既に設備が過剰気味だった業種がさらなる能力増強を考え始めた。鉄鋼、セメントなどはまさにこの類と言える」
  たしかに4兆元対策が 「箇所付け」 された (個別事業にブレークダウンされた) 昨年末から今年初めにかけて鉄鋼市況が急に持ち直した一時期があった。これが投資競争を再燃させたとの指摘は頷ける。4兆元対策は客観的にみれば短期的な需要刺激に過ぎない。これに設備増設で反応した業界は無思慮を批判されても仕方ないが、シェア競争に明け暮れる業界では競争相手の増設の動きに 「応戦」 したい衝動を堪えることは難しいのだろう。

  第二、過剰業種にアモルファス・シリコン、風力発電設備という 「新顔」 が登場したことだ。いずれも地球温暖化対策推進、節約型社会の実現のために政府が奨励し育成に務めてきた新興産業領域であるが、政府の奨励の結果深刻な過剰投資が生じてしまった。各地の地方政府が中央の政策動向を見て 「これからは新エネ関連だ」 とばかり、一斉に事業を立ち上げたためである。特定産業を奨励する 「ターゲティング・ポリシー」 型産業政策が往々にして陥る陥穽とも言える。
  似て非なる例はかつての日本にもあった。地方に先端技術産業を導入・育成することを目指したテクノポリス構想だ。通産省の提唱に呼応して全国の道府県が一斉に「手を挙げ」、激しい指定獲得競争の結果26地域が 「お墨付き」 を得た。
  中央政府の旗振りに地方が呼応して 「バスに乗り遅れるな」 競争が巻き起こった構図は中国の新エネ産業競争も同じだ。非なるのは日本のテクノポリスの多くが 「絵に描いた餅」 に終わったのに対して、中国では現実の設備投資が行われてしまった点だ。中国地方政府は日本と異なり、カネも権限も土地もあるせいだ。

  世界経済の下方屈曲だけが理由の設備過剰なら 「何処も同じ」 で情状酌量の余地があるが、政府の政策が問題を深刻化させた元凶だとなるとやりきれない。(以下次号に続く)
平成21年10月5日 記




 

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