Tsugami Toshiya's Blog
トップ サイトポリシー サイトマップ お問合せ 中国語版
ブログ 津上俊哉
中国経済の暑い夏(中国経済定点観測)

一月以上前に書いた霞山会雑誌「東亜」の原稿にフォローアップの書き足しをしました。


                       中国経済の暑い夏

                                 (財団法人霞山会雑誌 「東亜」 9月号掲載)

  7月に入って中国の経済運営が慌ただしくなった。中央指導者が手分けして沿海各省を視察する、地方指導者、経済専門家から相次いで意見を聞くなど異例の動きが続いた。オリンピック後を睨んで、従来の 「インフレ抑制最優先」 を軌道修正し、「物価と景気の両睨み」 に転ずる準備が始まったのだ。しかし、調整は部分的に止まり、引き締めの基調は大きく変わらないだろう。


  2008年上期の中国GDPは前年同期比10.1%増となり、四半期では12.7%の伸びを記録した昨年第2四半期以来4連続四半期の成長減速となった。先進国経済が軒並みリセッションの瀬戸際にあり、経済に変調を来す新興国も増えている中、中国が依然として二桁成長を維持したのは上出来の部類だが、国内では世界経済の変調に加えて、暴落した株価が持ち直さない、不動産市場でも価格下落が目立ち始めるなど、相次ぐ軟調要因を前に悲観的な空気も強まっている。

  この情勢を受けて、従来 「インフレ抑制最優先」 だった経済運営方針が 「経済の安定的で高めの成長とインフレの抑制の両者の均衡点をうまく把握しなければならない」 という言い方に変わってきた。昨夏から始まった物価上昇が一年を経過し、対前年伸率が低下する時期に入ったので、景気にも目配りする余地が生まれ始めたことが背景にあるが、もう一つ要因がある。早晩エネルギー価格引き上げを認可せざるを得ないので、物価最優先の政策スタンスを予め調整しておく必要があるのだ。
  石油価格は4月に一度引き上げられたが、バレル当たり90ドル水準までの調整でしかなく、国際油価はその後さらに30?50ドルも上昇、炭価もつられて高騰している。エネルギー値上げは物価への波及が大きく、転嫁を認めればCPIを0.4%程度押し上げるので、当局は認可を躊躇ってきたが、逆ザヤを抱えこませたせいで石油・電力の供給サイドには赤字が溜まり、末端では石油品薄や停電騒ぎも起きている。逆ザヤは省エネ促進のためにも有害、よって調整は時間の問題であり、理屈は 「今上げないと上げ幅がもっと大きくなる」 だ。

  「安定成長の維持」 が強調され始めた背景には、当然ながら景気の減速感が強まり、成長牽引の主役が見えなくなくなりつつあるというマクロ判断もある。しかし、もっと直裁な理由は、特定のセクターや地方が深刻な打撃を受けて悲鳴を上げており、共産党も政府もこれを座視できなくなったことだ。冒頭に述べた異例の会議開催は、苦境を訴え救済策を求める声に党や政府として耳を傾ける政治的姿勢を示す必要があることを物語る。そういうセクターと検討されている課題は次のとおりだ。

○ 加工貿易型輸出産業:諸コストの高騰、人民元の切り上がり、世界経済の変調など、災難がいちどきに押し寄せた結果、広東省や浙江省など関連企業が集中する地域では企業の操業停止や倒産が相次いでおり、雇用問題にも繋がりかねない。このため為替レート調整停止は無理でも、せめて影響緩和のために、貿易不均衡の是正や産業の高付加価値化を目指して導入された輸出増値税の還付率引き下げ措置だけでも元に戻して欲しいという要望がある。
○ 農業:農産品価格は上昇したが、流通マージン高騰に食われて農民の手取収入が増えないところに農業資材や燃料が大幅に高騰したため、農家の実質収入 (利益) が落ち込んでおり、テコ入れをしないと生産意欲を減退させて食品価格の一層の高騰を招きかねない。このため、既に市場価格を大幅に割り込んでいる政府の穀物最低買い入れ価格の引き上げ等が求められている。
○ 不動産業:去年までの住宅高騰が一服、株価下落による負の資産効果も働いて消費者が買い控えに入った結果、住宅販売の新規成約額が大きく落ち込み、一部地域では価格も下落し始めた。金融引き締め策も業界を痛打し、融資を絞られて資金繰りに詰まる企業が続出している。
  不動産業と建築業を足すと今やGDPの1割、経済成長の2割に貢献する 「基幹産業」であり、その落ち込みは経済全般に悪影響を及ぼす、住宅価格の暴落を招けば不良債権の急増など金融にも深刻な影響を及ぼすといった援護射撃が現れる一方、もともと価格高騰を防止するために講じた引き締めの効果が現れたのに、いま救済のタオルを投げ入れたのでは意味がないという批判もある。特定業界のために金融を緩和する訳にもいかず、意味ある対策が出てくるか微妙なところだ。

  特定セクターを念頭に置かない経済テコ入れ策も検討されており、以下のような政策が議論されている。

○ 低所得層への生活保護手当の引き上げ:インフレで最も打撃を受ける恵まれない階層に対策を講ずる必要は言うまでもないが、消費喚起効果が高く、財政出動による需要創出策としても優れている点が 「売り」 だ。
○ 一般減税:個人所得税の課税最低限 (現行は月収2千元=約3万円) の引き上げや、貯蓄利子税の税率引き下げ (金利を上げずに利子所得を増やす) が提唱されている。景気は減速しているのに上半期の中央・地方税収が前年比30%という法外な伸びを示して 「取りすぎ」 が批判されていることが一背景だ。
○ 公共事業などの財政出動:四川大地震復興対策という 「格好の材料」 がやってきた (不謹慎な言い方だが)。対象は公共事業だけではないが既に本年分7百億元の中央財政投入が決まり、金融緩和の地域特例も講じられた。特定地域に限定した対策なので投資ブームが全国に波及する心配がないうえに、既に 「復興特需」 が生まれて建築資材も値上がりするなど、効果は全国に及びつつある。逆に言えば、これ以上全国的な規模で公共投資出動を考える必要は減じた。

  総じて言えば、「あるものは保ち、あるものは抑える (「有保有圧」)」 式のメリハリある対応が強調されている。いわばハードヒットされた領域にはパッチワークを施しつつも引き締め気味の政策基調は維持する、全面的な舵切りを行う気はないし、許される環境にもないという判断だと見られる。

  しかし、経済問題に限らず、中国全体に重くのしかかっている問題が二つある。一つは経験したことのない世界経済の変調だ。上述の 「基調維持」 の方針にも、国際情勢が転変しているので景気急落への警戒は怠らないという留保がついている。また、実体経済の先行きもさることながら、米ドル価値の行方、コモディティ市場の投機、米国住宅公社 (GSE) 債券の先行きなど、中国が不案内を自覚する 「マネーの異変」 に強い不安と緊張を覚えている。「うかうかするとババを中国に押しつけようと企む輩が出てくる」 と警戒しているのだ (それに比べて日本の呑気なこと!)。
  もう一つは北京オリンピックだ。チベット、地震など凶事が相次いだせいで、何か良からぬ事が起きるのではという不安と緊張が中国を覆っている。開幕後に中国選手の大活躍でもあれば俄然ムードが変わるだろうが、いまは祝賀ムードからは遠い。
  2008年はいろいろな意味で、中国人にとって忘れられない 「暑い夏」 になりそうだ。



追記:以上は1ヶ月以上前に書いた原稿ですが、今も情勢判断の基調を大きく変える必要はないと思っています。
  先週、8月のCPI対前年比伸びが4.9%まで落ちたという発表がありました。一方で上海株式市場のインデックスはとうとう2000の大台割れが視野に入ってきています。マクロ経済もさらに減速し、成長率は通年で10%を割り込むでしょう。経済運営方針をさらに 「景気重視」 の方向に振る余地と必要性はますます大きくなったように見え、金融緩和や財政出動を求める声は巷でもますます大きくなっています。
  これに応じて、ハードヒットされた領域にパッチワークを施すような施策は今後も出てくると思いますし、現に 「中小企業」 向けに融資引き締めを若干緩和する措置が発表されています。しかし、これらはあくまで部分的対症療法の範囲に留まり、政策軸を 「景気振興」 の方向に全面的にスウィングさせる可能性は、少なくともいまのところ見えていません。中国政府はまだ我慢比べを続けるつもりのようです。
  後世から見てこれが正しい選択になるかどうか、筆者もよく分かりません。中国は1990年代前半に景気過熱を経験し、これをソフトランディングさせようとして引き締めをやりすぎ、1998年に景気急落 (=ハードランディング) を引き起こしてしまったトラウマがあります。いま 「景気振興の必要」 を叫ぶ側の識者は、今回もその再来になることを恐れているように思います。金融をこれだけ長く引き締めてきたので、そのマネタリーな効果で今後成長率が9%を割る可能性は否定できないと筆者も思います。

  中国政府はなぜ、そんな我慢比べを続けようとするのか。CPIが落ち着きを示し始める一方で、8月の生産者物価指数 (PPI) はさらに上昇し、10.1%になっています。「インフレの脅威は過ぎ去った」 と判断するのはまだ早計だという事情があるでしょう。地方政府主導の固定資産投資ブームの再来は避けたいという気持ちも非常に強いものがあります。エネルギーや資源の 「爆食」 問題も解決しなくてはならない、そのためにも成長率は進んで10%以下に落とすべきだという判断もあるでしょう。以上のような諸々の要素から、いまの政策の堅持を訴えるエコノミストもたくさんいます。
  加えて、いまの引き締め基調の政策を転換することを全ての関係者が望んでいる訳ではないという事実も指摘しておくべきでしょう。たとえば、不動産業界。中国の街中を歩くと不動産の広告の多さに驚かされます。中国でも最もカネ (=実権) のある業界だということが現れています。だから、いま金繰りの苦しい彼ら (及び彼らにメシを食わせてもらっている人たち) が 「金融緩和」 を求める声は極めて声量が大きい。しかし一方では、より多くの不動産デベロッパーが資金繰りで降参するのを待っている人もいるのです、いい土地を押さえている業者を安く買収するために。株式も然り、インデックスが2000の大台を割りこんだら、そろそろ買い出動だな・・・と。大きい国なので経済も一筋縄ではいかない複雑さがあります。

  なんら憶測の域を出ませんが、もう一つ大々的な政策転換を控えている理由があるとしたら、世界の経済情勢です。先週末は米国がファニー・フレディの救済策を発表しましたが、今週末はリーマン・ブラザーズの行方が焦点になっています。この追記を書いているただいま現在、WSJ紙 (オンライン版) などを読むかぎり、予断を許さない情勢で、同社の清算も俎上に上っているとか。いよいよ世界経済 「大乱」 の事態が到来したときに備えて、中国政府が政策の全面転換を 「最後の奥の手」 として保留しているという可能性はあると思うのです。
  この奥の手を繰り出すとしたら、そのきっかけになる事態とは何か。世界の実体経済が一段と急落して世界中に 「恐慌」 心理が拡大しだすとき、というのは一つの可能性でしょう。もう一つあるとしたら、中国政府が非常に恐れているホットマネーの急激な流出が始まることです。持ち込んだ人間達が如何に 「避難港」 の中国に逃げ込んでおきたいと思っても、海外の金融市場で大きなロスを出せば、損失決済のためにカネを持ち出さざるを得なくなります。不動産に投じてしまったカネは簡単に動かせませんが、株に投じたカネや預金は動かせます。
  このホットマネーの行方との関連で中国の外貨準備の足許の数字が気になります。政府が出資目的に使った例外的な場合を除けば減ったことのない中国の外貨準備ですが、増え幅が落ちたことはあります。去年の8月、今年の3月及び直近の6月、いずれも世界の金融市場が混乱・急落した時期と符合しているのです。資本勘定を自由化していない中国ですが、ホットマネーの出入りがもたらした現象である可能性があります。
  そこで、足許はどうなのか (7月以降の数字は未公表)。最近人民元の対ドルレートは横這いが続いていますが、これは市場介入しなくてもレートが維持できているからなのか?・・・仮に世界経済が 「大乱」 期に入り、膨大なマネーが海外流出するようなことが起きれば、政府は直ちに行動に移るでしょう。
平成20年9月14日 記




 

TOP PAGE
 ブログ文章リスト

New Topics

2期目習近平政権の発足

松尾文夫氏の著作を読んで

トランプ政権1周年

中韓THAAD合意

中国「IT社会」考(その...

中国「IT社会」考(その...

中国バブルはなぜつぶれな...

暑い夏 − 五年に一度の...

対中外交の行方

1月31日付けのポストに...

Recent Entries

All Categories
 津上のブログ
Others

Links

All Links
Others
我的収蔵

Syndicate this site (XML)
RSS (utf8)
RSS (euc)
RSS (sjis)

[ POST ][ AddLink ][ CtlPanel ]
 
Copyright © 2005 津上工作室版権所有