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出口のない過剰流動性問題 (フォローアップ)など

過剰流動性問題の続編です。末尾に 「おまけ」 が付いています。


                 出口のない過剰流動性問題 (フォローアップ)など


  前回アップした過剰流動性問題について、二点補足したい。第一は中国に流入したホットマネーの規模を巡る議論だ。二つの見方があり、一つは社会科学院金融研究所が最近出した数字で、過去5年間に流入したホットマネーを1兆7500億ドルと推計して、その推定金額の大きさが人を驚かせた。もう一つは多くの金融機関エコノミスト達がとる主流の見方で、規模は2000?4000億ドルであろうとするものだ。
  どちらも推計の根拠を見ていないので何とも言えないが、前号で 「説明がつきにくくホットマネーとも見られる」 と述べた、貿易黒字と外国直接投資の受入額の合算額を外準増加額から差し引いた数字を見ると、2003年の6月から今年5月までの5年間の累計は約4500億ドルである。
  ホットマネー流入額はこれを上回るかもしれない。なぜなら、ホットマネーは銀行から外為市場という捕捉可能な経路ではなくブラックマーケット経由で交換・流入する可能性も大だからだ。また、ホットマネー持ち込み手口として疑われている輸出成約額の過大申告は、上記計算で差し引いた貿易黒字の中に水増しがあるという話だから、4500億ドルの外数にホットマネー分が更にあるということになる。他方、グロスで見ればホットマネーが流出する時期があってもおかしくないとすると、4500億ドルから減る要素もある (去年の8月や今年3月など世界的に株価が急落した時期に外貨準備の増分が落ちていることは、資本逃避や換金売りなどの事情で一部グロスの流出が膨らんだせいではないかと疑える)。
  結局、「流入総額ははっきりしない」 という結論になってしまうのだが、いずれにせよ、邦貨に直せば数十?百兆円という膨大な金額であり、これを否応なしに呑み込んだ上で金融を管理しなければならない中国の当局の苦労が窺える。

  第二は 「トービン・タックス」 を巡る話題だ。トービン・タックス (Tobin Tax) とは、1970年代にエール大学のノーベル賞経済学者ジェームス・トービンが、「野放図な短期資本の国際移動は世界経済を害する」 との立場から提唱した国際税制の構想であり、世界各国が一致協調して、すべての外国為替取引に1%未満の低率税を課せとするものだ。為替取引に一律課税するので貿易や直接投資に由来する 「実需」 の為替取引も課税されてしまうが、低率のため取引を大きく損ねることはない、しかし短期のさや取り狙いで頻繁に行われる為替取引などは低率でも税負担が効いて抑制されるという算段だ。トービン教授は、この狙いを 「国際金融という巨大な歯車に砂を噛ませる」 という比喩で説明したという。
  このトービン・タックスが中国で関心を集めた。昨今の野放図な外貨流入のせいで、国内の金融調節をいくら引き締めても過剰流動性が止まらないことにたまりかねて、一部の論者がその導入を提唱したのだ。この主張は、一面で 「このままでは、国内経済が失速してしまう」 という危機感に由来しており、もう一面では 「いまは流入しているが、一朝有事にこの膨大な金額に脱兎の如く逃げ出されたら、中国経済は甚大な損害を被る」 という将来への不安にも由来している。
  提唱したのは財政部の研究員や金融機関の一部エコノミストなどだが、いまのところ「共産党の意向を体現して観測気球を上げている」 風には見えない。その内容も具体的な裏付けを欠いているし、以下に述べるような根本的な問題を抱えているため、政策提言というよりは、憂国の心情表明に近いというのが筆者の感想だ。
  問題の第一は、提唱された中国版は中国の一国主義的導入を念頭に置いているように見えることだ。「単独導入は資本逃避を招いて国の経済を歪めてしまうから不可」 というのが定説であり、「さりとて世界の一致した導入は難しい」 ということがトービン・タックス構想の欠陥だと言われてきた。中国版は極論すれば、「いまは資本逃避が起きても何でもいいから、とにかくホットマネーに入ってきてもらいたくない」 と言うのに近い印象すら受ける。
  第二は、トービン・タックスは頻繁に行われる取引に低率で課税して効果を挙げる点がミソなのに、中国版はこのコンセプトから外れることだ。中国に流入するホットマネーは 「頻繁に出入り」 しない。狙いは安定して年率5%以上上昇していく人民元のレート調整の恩恵に浴することであり、苦労してカネを持ち込んだ以上は 「上昇が続く限り長居したい」 というのがホンネであろう。
  これを阻止するためには見込まれる為替レート上昇の恩恵をかなり相殺できる率で事後課税する必要がある。たとえば投資名目で入境して2年後に出て行く金 (配当や元本) に5%×2=10%の源泉課税を加算するとなれば、外国投資は大いに減殺できるだろう。しかし、これはトービン・タックスとは似ても似つかない (1960年代に資本流出を抑止するために米国が居住者の対外資産取得に課した 「利子平衡税」 の逆向き版というのに近いか・・) だけでなく、輸出取引には課税できない、課税を回避するための非合法流入を刺激してしまうなど、問題を挙げればきりがない。
  第三、そして最大の問題は、そんな税を導入すれば 「改革開放」 という国是の看板を降ろすに等しいということだ。国内識者のサークルでも、中国版はこの点を以て 「取り得ない」 とする意見が大勢と聞く。結果として、トービン・タックス導入論は 「気持ちは分かるけど」 程度の受け止められ方だと言ってよい。

  しかし、何はともあれ、いっとき中国経済を覆っていた 「超強気」 が失せて、みなが国内経済の先行きに不安を感ずる中で唱道された中国版トービン・タックスの背後には、「世が世ならば、もう金融緩和や財政出動を考慮しても良い時期なのに、ホットマネーが流入してくるせいで、それがままならない・・」 といった、ある種のルサンチマンが見え隠れする気がする。いまの 「引き締め」 政策は、いっぱいいっぱいのところに来ていることの表れとも見え、今後数ヶ月とくにオリンピック後、物価を睨みながらの政策動向がいよいよ注目される。

追記 以上のように、レート調整の時期を誤った人民元はたいへんな重荷を抱えてしまった訳ですが、それが人民元を巡るバッドニュースだとすれば、グッドニュースは人民元の国際化が急速に進んでいることでしょう。
  レート調整の恩恵に与るためにカネを大陸に持ち込む必要は必ずしもなく、極論すれば海外で人民元紙幣をタンス預金するだけでもレート調整分はもらえます。深センでは香港居住民が自由に人民元への両替が出来ます。昨年訪れた広西壮族自治区のベトナム国境では、両替はほとんどヤミ屋の仕事であり、机にドン紙幣をヤマと積んで両替するのだそうです。鷹揚というか、いい加減というか、「これではホットマネーも入ってくるわい」 と半ば呆れましたが、こういう通貨は海外でも好んで保有されます。昨今、ベトナム、ミャンマー、タイなど東南アジアで人民元が流通するようになり、ある種の 「人民元通貨圏」 が生まれつつある背景にも、こういった事情があるのでしょう。
  つまり、人民元は過去日本円が味わったのと同じ 「為替高恐怖症の罠」 という轍を踏んで苦労している一方で、日本円とははっきり異なる 「国際通貨」 の道を歩み始めたということです。
平成20年7月16日 記

                         おまけ 拙稿の登載

  以前、小サイトの中国語版では紹介したのですが、この2年ほどPHP研究所による『日本の対中総合戦略 ―「戦略的パートナーとしての中国」 登場への期待と日本の方策』 という研究・政策提言活動に参加してきました。2020年までの中国の動向を予測し、その中国に対しどのような戦略をもって日本が向かい合っていくべきなのか、同時に日本が目指すべきアジア地域の秩序とはどのようなもので、その実現のために何をすべきなのかについて議論・検討する研究会であり、昨年12月には福田総理の訪中に先立って政策提言をまとめたりもしました。私はいま 「商売人」 ではありますが、主に経済関係を担当しました。
  この研究会が昨年末の提言に加えて各メンバーの論考と、昨今の日中関係に関する分析を加えた最終報告書を作成し、私もその中の1章を執筆しました。PHP研究所のお許しを得て、この拙稿の部分をアップしました。以下のような章構成になっており、かなりの長文ですが、ご興味のある方はお目を通していただければ幸甚です。

                   これからの中国経済の行方と日本のあり方

                              目次

1.急変貌する中国 ?テイクオフ期の始まり
(1) 「世界第二位の経済大国」 を射程に入れた中国
(2) 成長モデルの転換
(3) 「改革開放」 がもたらした明暗
(4) 人民元問題 ?拡張的な貨幣政策がもたらしたもの

2.これからの中国経済の課題
(1) 和諧社会への道 ?外部不経済による 「コスト安」 をやめる
(2) 和諧社会への道 ? 福祉国家に向けた舵切り
(3) 生産性の向上 ?ポスト 「世界の工場=中国」 時代の成長
(4) 改革開放の次なる課題?政府機能の転換・縮小
(5) 持続可能な環境調和型経済
(6) 本章の結び

3.台頭する中国と国際社会の 「和諧」
(1) 「チャイナ・マネー」 の時代 ? 或る象徴的な出来事
(2) 劣等感の克服 ?台頭する中国に求められる社会心理学的課題
(3) 超大国へと向かう心理的過渡期 ?求められる国際社会との 「和諧」

4.日本のあるべき対応
(1) 最重要経済パートナーになった中国
(2) 中国の成長を活かすために必要な発想の転換
(3) 開放の進んだ中国市場

5.日中の経済統合に向けて
(1) ウィンウィンをもたらす経済統合
(2) 日中FTA/EPAの締結 ― 長期的展望
(3) 官民が取り組むべき当面の優先課題
(4) 結び




 

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