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ブログ 津上俊哉
温暖化防止は世界をどう変えるか

仕事に追われてブログが書けないせいで、またまた旧聞に属する話になりますが・・


                    温暖化防止は世界をどう変えるか
                      FT 紙を読んで考えたこと


  仕事に追われてブログが書けないせいで、またまた旧聞に属する話になってしまったが、ダボス世界フォーラムが開かれた 1 月下旬の出張中にお気に入りの Financial Times を読む機会があった。ふだんはウェブで拾い読みするが、ネットで読む新聞はどうも味気ない。行き帰りの機中では紙面を繰りながら読めるのが楽しみだ。

  今年のダボス・フォーラムは 「 環境一色 」 になるはずが、サブプライムに端を発する景気後退問題に主役を奪われたらしい。しかし、それでも 1 月 24 日付け FT 紙は地球環境関連記事を盛りだくさんに載せていた。目についたのは、欧州委員会 ( EC ) が各国に提案した新たな排出削減共通政策で、記事中の要約と関連記事に従うと、中身は以下のとおりだ。

○ 2020 年までに EU の温室効果ガス排出を 1990 年対比で 20 % 削減することとする ( 2005 年実績:1990 年対比 ▲5 % )、また、仮に国際合意が成るならば 30 % 削減の用意をすることとする
○ 2020 年までに、1 次エネルギーの 20 % を風力、太陽光、水力等の再生可能エネルギーで賄うこととし ( 2005 年実績 8.5 % )、国別導入目標を提示 (仏 23 % 、独 18 % 、伊 17 % 、西 20 % 、英 15 % 、瑞 49 % )
○ エネルギー、鉄鋼、セメント、紙パルプなどのエネルギー多消費業種は、EU -ETS (欧州排出権取引制度) を核とする EU 共通の管理枠組みに委ねる。
○ 域外との競争で影響を受ける産業セクターには、( ポスト京都期に入る ) 2013 年から排出枠を無償で与えるものとするが、これを逐次削減し 2020 年には廃止する。域外競争の影響の乏しいエネルギー部門には 2013 年から (排出枠の有償) 入札制を全面適用する
○ 各国政府は運輸、サービス、ビル、中小企業、農業など上記以外の業種における排出削減に責任を負うこととし、そのベースで 2020 年までの国別排出削減割合を提示 ( 仏▲ 14 % 、独▲ 14 % 、伊▲ 13 % 、西▲ 10 % 、英▲ 16 % )
○ 仏独のような富裕加盟国は今後 CO2 排出削減の先頭に立つことが求められる
○ 再生可能エネルギー導入目標が達成されるのであれば、加盟国は他の加盟国の再生可能エネルギーを支援することにより貢献することが認められる

  ダボスでは福田総理も日本の取り組み姿勢を表明したが、批判も評価もされない、要するに 「 聞き流された」 結果だったと承知している。上記に示すとおり、日本の立場は EU に比べて具体性に欠けるし、強制を伴わないので 「 それで温室効果ガス (以下 「 GHG 」) が確実に減るか 」 という実効性に乏しいことが原因だと思う。
   GHG 排出を現状よりさらに十数 % 削減していく、再生可能エネルギーを1次エネルギー供給の 2 割以上にする (原子力は別) 、cap & trade を経済に本格導入する ・・・ 本気で考えるなら、人々の暮らしも社会システムも抜本的に変わっていかざるを得ない。もとより上記は EC の提案に過ぎず、加盟各国が正式に義務を受諾した訳ではないが、EU は既に多くの政策領域で意思決定の重心がブラッセルに移っており、関係業界のロビーイングもそこで行われている。EC が事前調整もなく思い付きを発表するはずはない。彼我の取組みの差を思い知らされる。EU と言うと、直ぐに 「 京都議定書交渉を巡り、狡猾な交渉テクニックで日本に過酷な削減義務を押しつけ、自らは 『 EU バブル 』 のような抜け道を用意した 」 というマイナス・イメージが浮かぶが、それだけではない、彼らは GHG 排出安定化に今まで以上に 「 本気 」 なのである。

   「 本気 」 を示す別の証左として、 FT 紙は併せて、環境規制の強化に伴う域内産業の競争力低下、域外移転を如何に防ぐか、喧々諤々の議論が行われているとも報じている。曰く、 「 EU は削減義務を負っていない域外から財を輸入する輸入者に、 EU 域内生産者と同量の排出枠の購入を義務付けるだろう 」、また、「 このアイデア (炭素関税) は、環境規制に伴う産業移動を防ぐために米上院で検討され、 EC によって 『フロート』 された・・・」 と。
  続けて FT 紙は、この炭素関税構想が北の先進国とインドなど南の途上国の間に激しい通商戦争を惹き起こす可能性があると書き、WTO 専門家のコメントを載せている。「 環境と貿易」 は WTO に関わり、あるいは勉強した人間にとって 「 定番」 イシューであり、ツナ事件やらウミガメ事件などの紛争事例もよく知られている (注) 。
  ところで、 WTO は 「貿易」 固有のタイムテーブルで多角的通商交渉 (いわゆる 「 ドーハ・ラウンド」 ) を進めている。その中には 「 環境と貿易」 にまつわるテーマも含まれているが、たかだか環境に優しい製品の貿易促進のために関税を一段と引き下げるかといった程度の話だ。しかし、炭素関税が導入されるか否かの影響は、これとは比較にならない。記事は今の排出権クレジット価格を前提として、鉄鋼製品の炭素関税課税レベルは、生産コストの10 % 以上に相当するだろうという業界関係者の予測を引用している。
  鉄鋼のようなコモディティ製品で関税が10 % も引き上げられれば影響は甚大だ。欧米共同で既成事実を先行させるべく、国際合意を待たずに炭素関税を強行導入せんとする動きに出る可能性もある。そうなれば、成り行きは輸入国側、輸出国側を問わず該当業種の企業にとってドーハ・ラウンドどころではない死活問題になる。国際場裡での議論が行われるとすれば、その舞台は非力な WTO ではもたない、COP (気候変動枠組条約締約国会議)、とくに首脳会議や閣僚会議が WTO をハイジャックするような展開になるだろう。
  炭素関税の適用を受けそうな途上国は猛反対するだろうが、産業域外移転を防ぐ仕組みがなければ、先進国は cap & trade を本格導入できない。政治的に無理なだけでなく、規制を受けないせいでエネルギー効率の悪い途上国に産業が移転するのでは、本末転倒になるからだ。そこでいよいよ地球環境を守る ( GHG 排出安定化を実現する) のか、守らないのかというギリギリの議論になる。筆者は、関税の仕組みや課税の見返りとなる省エネ助成策などを巡ってギリギリの妥協が模索され、何らかの形で産業の域外移動を防ぐための制度が出来上がると思う。

  そのとき、「 中国、インドの鉄鋼製品は一律に課税 」 といった粗略な仕組みでは到底もたない。先進国並みエネルギー効率を達成するメーカーの製品は課税から除外する 「 省エネ適合企業 」 認定制度のような仕組みが導入されることになるだろう。そう言うと空想論に聞こえるかもしれないが、輸入国が輸出国の生産者毎に関税レベルを違えて課税するには、既にアンチダンピング・補助金相殺関税など成熟した枠組みがある。個々の生産輸出企業の CO2 排出量をチェックする仕組みも京都議定書枠組で築かれた各種のインベントリや CDM 事業の登録簿などの情報を基に作れるだろう。
  筆者がこのような仕組みに興味があるのは、このような制度導入の可能性が高まっていけば、途上国の鉄鋼産業などで、 「 移行後 」 を先取りした大がかりな省エネ投資が誘発されるだろうと思うからである。CDM のような 「 アメ 」 と関税の 「 ムチ 」 が揃うからだ。
  中国では既に中央直轄 4 大製鉄企業を皮切りに大手製鉄所で省エネプラントの建設が続々と進んでおり、乾式コークス炉排熱回収 (CDQ)、高炉ガスタービン発電 (GTCC)、炉頂圧発電 (TRT)、連続鋳造などが当たり前になりつつある。猶予期間が 2012 年まであれば、大手の企業は余裕で課税除外組に入れるはずだ。効率の悪い中小の公害排出企業はもともと淘汰する方針でもある。その心証を得たときに、中国政府はどっちに動くか。インド政府は相変わらずの猛反対を続けるだろうが、ミタル・グループはどうなるか・・・
  制度の設計如何によって、温暖化防止対策も世界の業界地図も変わる。壮大なゲームのルールの書き換えが始まろうとしている。 FT の記事を読んで、欧米主導で環境をテーマに世界を作り替える作業は、次第に佳境に入り始めたと感じた。

  我が国の官民は、この動きを前にどう動く (あるいは動かない) つもりなのだろうか。鉄鋼は国境を超えた交流が盛んな業界だから、以上の動きは先刻ご承知だろう、例の 「 自主行動計画 」 路線だけでなく、内密に 「 チーム B 」 が結成されていると思う。では、交渉の直接当事者になる政府はどうか。
  ウルグァイ・ラウンドのときに、「 米一粒たりとも輸入させない 」 という内向きスローガンが日本の国益とソフトパワーを大いに傷めたことは記憶に新しい。しかし、当時はそれを慨嘆していた経済界や (農水省を除く) 政府が、温暖化防止問題では京都議定書のトラウマから未だに抜け出せずに、「 米一粒 」 と似たメンタリティに陥っていないか。
  世界は動き出した。内向き意識に浸って KY (空気が読めない) を続けていると、本当にウルグァイ・ラウンドの二の舞になってしまう。洞爺湖サミットで本当に地球環境をテーマに据える気なら、もっと世界の流れを読むべきだ。
(平成20年2月11日 記)

注: GHG 削減義務を負わない国から輸入される特定産品に対してのみ炭素関税を課すことは、最恵国待遇 (MFN) 義務や譲許関税からの逸脱 ( GATT (関税と貿易に関する一般協定) 第 2 条違反 ) に当たる恐れがある。
  GATT は第 20 条 (一般的例外) で、締約国が国内の健康、安全、国内資源の保全等のために、最恵国待遇や内国民待遇など内外無差別の GATT 原則の例外措置を執ることを認めているが、不当な差別待遇や偽装的貿易制限を禁ずる観点から、例外措置の範囲は厳しく制限されてきた。具体的には、下述のとおり米国の環境保護・資源保護立法などが GATT や WTO の紛争解決パネルで争われてきたが、多くは違法とされてきた ( WTO が環境団体から目の敵にされる理由でもある)。
  ただ、違法とされたのは米国の単独行動型措置の例が多く、上記のような複数国の協調行動となると、そしてこれだけ世界で危機感が高まっている温暖化防止に必要だとなると、話は別だ。少なくとも 「 ルール」 解釈を楯に、欧米共同のこの動きを阻むような力が WTO にないことは、筆者の乏しい役所経験からも断言できる。

GATT 第 20 条 一般的例外
  この協定の規定は、締約国が次のいずれかの措置を採用すること又は実施することを妨げるものと解してはならない。ただし、それらの措置を同様の条件の下にある諸国の間において任意の若しくは正当と認められない差別待遇の手段となるような方法で、又は国際貿易の偽装された制限となるような方法で、適用しないことを条件とする。
・・・
(b) 人、動物または植物の生命または健康の保護の為に必要な措置
・・・
(g) 有限天然資源の保存に関する措置。ただし、この措置が国内の生産又は消費に対する制限と関連して実施される場合に限る。

○ ツナ事件:イルカを混獲する漁法によりツナ (キハダマグロ) を漁獲する国 (及び禁輸対象国からツナを輸入している第三国) からのツナ (製品) 輸入を禁止する米国の 「 海産ほ乳動物保護法」 が、メキシコから旧 GATT パネルに提訴され、1994 年に米国敗訴の裁定が下ったが、米国が採択を拒否したまま WTO 移行後も棚上げとなっている。

○ ウミガメ事件:ウミガメを保護するため、混獲の回避措置をとらずにエビを漁獲している国からの天然エビ輸入を禁止する米国の海亀保護法が、タイ他 3 ヶ国から WTO パネルに提訴され、1998 年の上級パネルで、「 ガット第 20 条 (g) 項には合致するものの、対象国によって猶予期間が違うことは差別扱いに当たる」 として、米国敗訴の裁定が行われた。

  なお、ちょうど 1 年前、本ブログ(「 日本の不都合な真実 (その一)」 ) で、欧州委員会が 2006 年末、EU 域内を離着陸する航空機を対象に GHG 排出規制を導入することを決め、規制を守らない外国エアラインはロンドンにもパリにも便を飛ばせなくなると書いたが、これなども同様のケースになる可能性がある。エアラインは GATT のような 「 モノ」 ではなく GATS が規律する 「 サービス」 だが、GATS 協定にも GATT 第 20 条をなぞったような規定 (第 14 条) があるので、同様な議論が起こる可能性がある。




 

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