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ブログ 津上俊哉
人民元レート急落の謎

“Breaking News!” 国際通貨問題の最終回を一回パスして、今週に入って物議をかもしている人民元の対ドル・レート急落のことを書きます。


                        人民元レート急落の謎
                         何が起きている?


  本来なら今回のポストは国際通貨問題の最終回のはずだったのだが、今週に入って人民元の対ドル・レートが急落するという異変が起きて物議をかもしているので、“Breaking News” のノリで一筆言上する。

  異変が起きたのは今週月曜日であり、1日の変動幅が±0.5%で管理されているはずの対ドルレートが0.7%急落し6.84元/USDから6.88元/USDに下落した。香港で取引されている人民元NDF (Non Deliverable Forward) に至っては1年先のレートを7.3元/USDと予想している。世界金融危機以来、海外は一日で2?3%の為替変動には慣れっこになっているので、これ程度の値動きでは 「ハァ?」 てなもんだが、値動きの小さい人民元の世界では 「おおごと」 である。

  海外は直ちに反応した。とくに、今週木曜日 (つまり明日) から北京で始まる中米経済戦略対話のためにポールソン財務長官らが訪中するタイミングでこの人民元急落が起きたため、長官は早速昨2日、中国に 「内需主導で “sustainable, strong and balanced” な成長を遂げるための改革」 を求めた上で、“Continued reform of China’s exchange rate policies is an integral part of this broader reform process・・・China has appreciated the renminbi over 20 per cent against the dollar since 2005 – this is important and significant, but it is important that the reform process continue” と述べた由だ (FT 紙2日付け“Paulson calls for stronger renminbi”)。

  いったい、何が起きているのだろう? 原因として取り沙汰されているのは3点だ。第一は11月27日に発表された1.08%の大幅利下げだ。ドルとの利ザヤが縮小したので、元安方向に働いた。前述NDF相場は、一月の間に2度の利下げが行われた10月から既に7元台へ下落している。
  第二は世界同時不況の影響だ。足許の貿易収支は輸出の勢いが落ちつつあるが輸入の鈍化がこれを上回って顕著なため、貿易黒字はむしろ増える勢いだ。しかし、来年の輸出はさらに落ち込むことが予想されるので、貿易黒字も縮小すると見る人が多い。もう一つの対内直接投資は10月に対前年同期比でマイナスを記録した。
  第三はホットマネーの動向だ。10月以降の世界株価の暴落で損失穴埋めのための流出が増えたはずである。加えて、これまで世界で一番マシなカネの置き場所、「避難港」 と見られてきた中国で秋以降の景気急落の結果、国内に急速に悲観が拡がってきた。中国経済の先行きについて、1年前は恐れ入るほどのチョー強気だった中国人 (+華人) がここへ来て、逆の極端の悲観に陥りつつある。この結果、大量のホットマネーを持ち込んできた華人たちが動かせる預金などを換金して外に持ち出す動きが加速したと推測される。
  下のグラフは、経常収支の2大項目である貿易収支+外国投資、外貨準備の増減、そして海外株価がいかなる相関関係にあるかを表したものだ。これを見ると、今年前半はむしろ2大項目の和をはるかに上回る資金が外為市場に持ち込まれ、当局がドル買い介入で応戦した様子 (その結果、外貨準備が激増) が分かる。半年前まで世を騒がせたホットマネー流入である。ところが、夏以降はむしろ、外貨準備の増加額が2大項目の和を下回り始めている。10月以降の外準の発表が待たれるが、9月までの数字を見てもホットマネーの流れが逆転したことを示唆している。


  しかし、いま世界同時不況がもたらす不安感の中で、海外では誰しもイヤな予感が頭をよぎる。「不振・苦境が著しい輸出産業を支援し、景気に外需ドライブをかける狙いで、中国が 『元安』 政策を発動したのではないだろうな?」 ということだ。
  筆者はその可能性はないと思う。本件に関する中国国内の公式報道は、あるいは 「輸出が落ち込んでいるのは世界不況のせいであり、為替レートが原因ではない」、あるいは 「『元安』 政策は外国消費者に補助金を出すようなもので、愚かな考えだ」 という (我が敬愛する) 社会科学院余永定氏のコメントを紹介している。それに、10年前のアジア金融危機のおり、ときの朱鎔基総理が 「元は切り下げない」 とぶって、世界の喝采を博したことは未だ人の記憶に新しいはず、世界規模で危機に見舞われているいま、逆のことをやれば世界中から何と言われるかを想像できないはずはない。よって、中国が確信犯で 『元安』 政策を発動した可能性は低いと思う。

  WSJ紙は3日付け報道“China's Yuan Continues Its Fall Against Dollar” で、 “Dollar demand is really strong, but the problem is no one has any dollars to sell” という上海の 為替トレーダーのコメントを紹介している。このコメントが示すように、おそらく上述の3点の背景により、マーケット主導で元安が起きたのだろう。しかし、ガチガチにレートを管理しているはずの中国で 「マーケット主導のレート変動」 と言われても 「ピンと来ない」 というヒトも多いだろう。
  恐らく、こういうことではないか、つまり、これまで外部から恒常的に大量の資金が流入、その内貨転換で膨大な元買い需要が日常的に発生、レートの急上昇を防ぐために日常的にドル買い介入をしてきた中国で、上述3点の背景により、突如 「元売り/ドル買い」 需要が強まり、これまでのレートを維持するためには、従来とは逆向き、つまり 「ドル買い/元売り」 の市場介入を減らす、需給によってはさらに 「ドル売り/元買い」 の市場介入をする必要が生じているということだ。
  上述為替トレーダー氏は “no one has any dollars to sell” と言う。たしかに、いまは世界中でドルが取りにくい “credit crunch” 状態が続いているが、ドルを売れる人がほんとうに 「誰もいない」 かと言うと、潜在的には 「いる」 のだ。2兆ドルの外貨準備を擁する中国政府であるが、そこに大難題が出来する。

  明4日からの中米戦略対話で、ポールソン長官は引き続き元高誘導の継続を求めるのだろう。しかし、中国側は 「それでは米国は、レート上昇を続けるために今のような時期に中国が米国債を売りに出しても構わないと言う訳か?」 と応酬するのではないか。
  中国は資本取引を自由化していないので外為の取引規模もたかが知れている。いま起きていると推測されるホットマネー流出のマグニチュードが分からないが、日々の需給をバランスさせるために必要なドル売り介入の規模はそれほど大きくないかもしれない。
  しかし、「最後の大口買い手」 である中国が米国債を買わなくなる、ことによると売り始めるという報せがいまの債権・為替マーケットに及ぼす心理的影響は予想しがたい。下手をするとドル暴落の引き金を引いてしまう。今週の北京の会議で、中国側は 「人民元上昇」 か、「米国債購入」 かの二者択一を米国に迫るのではないか。本ブログ11月30日付けエントリで触れた米国の 「二枚舌のツケ」 は、思ったより早く顕在化するかもしれない。
  リーマン破綻直後の9月19日付け本ブログで、前人民銀行副行長で今は全人大財経委員会副主任になっている呉暁霊女史が 「このサブプライム危機の中で、外準が若干減ったと言っても皆さんが想像するような深刻さではないし、目下の外為体制改革でも (これまでのように) 外準が受動的にどんどん積み上がる状況を改めているところだ」 と述べたというニュース (新華網 原典:上海証券報)を見てギクリとしたことを書いたが、本件はいよいよウォッチが必要になってきた感じだ。
平成20年12月3日 記

※少し書き直しました。4日正午




 

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