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国際通貨体制のこれから(その3)

前回ポストの流れとは矛盾することを書きます。


                      国際通貨体制のこれから(その3)
                      今後、中国はどう出るか(その2)


  前回のポストで 「中国は中米マクロ経済の 『コインの表裏』 関係が一朝一夕に変えられないことから当面 『ドル基軸』 体制の維持に協力するが、中長期的な国際通貨体制のあり方を睨んで 『為替管理体制の市場化』 に努力し、米国債の購入の削減を続けていく。それは対米 『カード』 として有効なだけでなく 『人民元の “hard currency” への出世』 に不可欠だからだ」 と述べた。 「論を翻す」 ようで申し訳ないが、これは理想型であり、道行きは容易でないのが実際だ。

  「基軸通貨国」 への道行きをふさぐ経済情勢

  国家発展の大局からは先を急がなければならないが、昨今景気が急落する中で中国の構造改革のコストと痛みが高まっている (注)。米国債の発行が増大する中で、中国が買い入れを削減すると・・・中国では人民元が上昇、ただでさえ苦境に立つ輸出産業がますます窮地に陥るだけでなく、経済全体にもデフレ圧力がかかる。対する米国でも金融再生や景気刺激の財源不足、ドルの減価、金利の上昇等に見舞われる。
注:昨年から加速した元レートの(上方)調整は 7月以降6.83?6.84RMB/USD で足踏みしている。為替だけでなく、低付加価値な加工貿易メーカーの「追出し」策とも見えた増値税輸出還付率の引き下げも輸出企業の苦境と雇用減少の兆しを見て元に戻すなど、構造改革路線の足踏み、巻き戻しが目立つ。

  「中米両国の問題」 だけでも済まない。日本が1990年代末以降に経験した金融機能の低下→実体経済の悪化・デフレに、いま世界中が直面している。デフレ・スパイラルを防ぐにはグローバルにマネタリー・サプライを思い切って増大させることが必要で、当面唯一の基軸通貨であるドルの供給増加がそのカギを握る。
  一つの方法はFRB→各国中央銀行のドル供給スワップを通じたドル貸出であり、「いまやFRBは世界中に基軸通貨ドルを供給する 『世界の中央銀行』 になってしまった」 と言われる。これは既に始まっているが、借手企業が中央銀行に差し出す collateral (担保) の手持量で制約される。
  もう一つの方法が米財務省の発行する国債の海外消化だが、油価の急落で中東産油国経済も気配が怪しくなりつつある中、このバルブの開閉を大きく左右するのが中国だ。
  中国による米国債購入の削減は米国経済だけでなく世界経済の先行きにも影響する。下手をすると、中国は米国債購入を削減するどころか、購入量の増大をどれだけ抑制するかに苦労するかもしれない。

 人民元 “hard currency” 化工程を遅らせたことは正しかったか

  「ゆくゆくは資本取引を自由化し、為替市場ももっと市場化・自由化する」 ことは、1990年代から中国経済発展の中期工程表にもともとあったが、1997?8年のアジア金融危機の際に東南アジアで起きた “capital flight” を見て怖じ気づいて、資本取引自由化の動きも人民元レートの改訂も緩慢になった(注)。
注:資本取引は「認定対内(対外)投資機関(QFII(QDII))」として認可された一部の外国(内国)金融機関に裁量的な投資枠を与える制度で限定的に自由化されているに留まる。

  世界金融危機が起きたいま、中国では少なからぬ人が 「資本取引自由化を遅くしたことは正しかった」 と思っているだろう。しかし、後世中国人が21世紀を振り返ると、この時期 「中国台頭」 がそれなりに成就したことを誇る一方で、「もっと上に行けたかもしれない」 という一抹の後悔に襲われるのではないかとも思う。
  国民に牢固としてあった元高恐怖の 「バカの壁」 のせいで、膨大なドル買い介入を行い、過剰消費体質下のドル基軸通貨体制の 「裏方」 を務めたことは、ドル買い介入の副産物として 「企図せざるリフレ効果」 をもたらし、過去数年の中国経済高成長をもたらした。
  しかし、目線をもっと上げれば、何時の日か米国に取って替わるべく、人民元 “hard currency”化、超大国に欠かせない “seniority” (基軸通貨国) 特権を手にするための歩みを緩めてはいけなかった、のではないか。
  今回再び金融危機が起き、しかも今度はグローバルな危機になったことは、中国を困った局面に追い込んでいる。グローバルな金融危機が 「ドル基軸通貨体制」 そのものを揺らがしたせいで人民元 “hard currency” 化工程は加速する必要が生じたのに、実際にはその危機のせいで、短く見積もっても逆に3?5年は工程の遅延を余儀なくされるからだ。

 「超大国中国」 に向けて、残された時間はあまりない

  実際のところ、中国はどうするつもりだろう。不確定要因が多すぎるいま、未来を正確に予測することは不可能だが、中国にとっての 「べき論」 を言えば、向こう3?5年はドル暴落の引き金を引かない範囲で極力米国債の買入れ増大を抑制する (方針が明確ならば対米 「カード」 も有効だ)、金融危機が終熄に向かえば “hard currency” 化工程を加速し、今から10年以内には達成する 「べき」 ではないか。
  その理由は、多極型基軸通貨体制 (「ドル、ユーロ、人民元の3極体制」 など) の一角に食い込むために中国に残された時間はそれほど長くないからだ。「一人っ子政策」 がもたらした人口構成の歪みのせいで、中国にも早晩 (おそらく2020年頃から) 高齢化の影響が及び始める。貯蓄の取り崩しのせいで、21世紀初頭あれほど巨額を誇った経常収支の余剰も急速に縮小し始め、20年後には疑いなく赤字になるだろう。
  海外から資金を取り込まなくてはならなくなったとき、いまのドルほど独占的な基軸通貨にはなれないにせよ、“semi-seniority” 特権を手にしているか否かは、その後の中国に大きな差違をもたらす。逆に言えば、それまでにこの工程を完了していないようでは 「21世紀は中国の世紀」 にならないことが決まってしまうということだ。

また文章が長くなってきましたが、次回を最後とし、「では、日本は今後どうするか」 を書きたいと思います。

平成20年11月30日 記




 

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