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ブログ 津上俊哉
「雪中送炭」 の話

今月上旬にポストした「大恐慌」フォロー5回目でやった円高差益の計算をもう一度やってみました。


                       「雪中送炭」 の話
                       元気出していこうよ!


  ルービニ教授の 「終末」 サイトを初めてご紹介した8月末からまだ2ヶ月しか経っていないことが信じられないような今日この頃である。金融危機を 「対岸の火事」 のように感じていた日本も急激な円高と株価の急落に襲われ、エライ人が周章狼狽し始めた。
  たしかに、のっぴきならぬ事態だ、長く厳しい冬が来る、日本の最後の拠り所である金融資産にも深刻な影響が出ている。しかし、社会のムードが一方向に急激に流れるときは頭の中で、努めてボールを逆サイドに振ってみる努力が要る・・・てなことを考えていたら、ふと20年以上前のことを思い出した。

  1986年秋に長崎県庁に出向したときのこと。行ってみたら、県の経済は八方ふさがりだった。伝統的に基幹産業とされてきた造船業は急速に進んでいた円高のあおりで大苦境、わずかに残っていた石炭鉱業も海外との炭価差に勝てず閉山、漁業も不振、得意の観光でさえ日本の不景気のせいで パッとしない・・・それに長崎県だけでなく日本全体がプラザ合意後の 「円高不況」 を嘆いていた。
  あれは年が87年に改まった頃だったか、知り合って間もない彼の地の日経新聞支局長 (注) と雑談していたとき、 「いいニュースが何もない、八方ふさがりですね」 とこぼしたら、支局長氏は呵々と笑って言った。

     津上ちゃん、キミ、通産省出身だけど、経済全然分かっちゃないねぇ!

     でもメディアも含め、県全体、日本全体、みんな暗いじゃないですか

     最近、(県庁の) 税務課に話聞きに行ったことある?

     はぁ・・・

     行ってごらん、県内企業は今年度 「増収でなくても増益」 ってところが
     すごく多いって分かるから

     えぇー!?

  たしかにそのとおりの展開になった。原因は二つ、第一に1979年の第2次石油ショックの後も20ドル/バレル台後半を推移していた原油価格が1986年に10ドルそこそこまで急落した (省エネ努力の 「勝ち」!)。もう一つは円高。1985年9月のプラザ合意直前まで250円/ドル前後だったのが1986年初めには200円前後に、筆者が長崎に赴任した1986年秋には150円前後まで急騰していた。
  当時もいまも同じで、世間には円高を怖れる論調があふれていた (未だ国際展開もしていなかった当時の日本製造業にとって、短期間に6割近い円高は 「国難」 と言うに相応しいインパクトがあった)。
  しかし、日本経済全体としては、逆に円高と油価急落がもたらした莫大な差益で潤い、一息つくことができた、上述した 「増収でなくても増益」 の状況がもたらされたのだ。この事実を知って半年も経たないうちに、今度は 「円高景気」 という言葉を聞くことになった。
  ただし、周知のとおり、その後の政府の経済運営は円高抑止に主眼が置かれ、欧米との間で、内需拡大を進める代わりに円高防止に協力してもらう1989年のルーブル合意に至って過大な金融緩和が実施される。それで円高景気は一気にバブル景気へと爆走していった。

  時を2008年に戻す。世界金融危機のせいで日本経済にも長く厳しい冬が来ることは間違いない。しかし、パニックの如き極端な悲観に走ってはいけないと強く思う。目下の円高と急激な資源価格の低下は20年前の長崎同様、いまの時代でも 「雪中送炭」 の効果を現すはずだ。
  最近、本ブログでも簡単な数字をご披露したが、その後の事態進展を踏まえて、もう一度やってみた。手法も分からない素人が当てずっぽうにした試算だが、せっかく一晩使って計算したので (^_^;、不出来は承知の上でご披露したい。

○ 各月の 貿易統計報道発表資料 (財務省) を使って、2007年10月から今年9月までの1年間の輸入実績を調べた。財務省統計では円建て数字しか発表されないので、ドル建て輸入額はそれぞれの月の日計り為替レートを単純平均したものを使って換算した。

○ 比較を簡便化するために、今年10月から来年9月まで、上記過去1年間と同量の輸入が行われると仮定した (景気急落が予想される中、やや無理があるが・・・)。為替レートは95円/ドル、90円、85円の3通り (それぞれ期間中不変の仮定) で試算する。

○ 以上の前提の下で、最近相場下落が著しい石油産品のうち単価が把握しやすい原油、ガソリン、LPG (年間輸入額合計約15兆円) 及び同様に穀物 (年間輸入額約9000億円) については為替の変化だけでなく、下記の方法により単価の下落も反映させる試算をした。その他の輸入品目については、目下の輸入ドル建て決済比率である73%分について単純に為替の変化だけを反映させた。
  (石油や穀物と並んで最近単価下落が著しい非鉄金属 (年間輸入額約1兆5千億円) にも単価の変化を反映させたかったが、銅やスズ、ニッケル、アルミなど品種によって過去1年間の価格や輸入量変化のパターンにばらつきがあるため断念した。)

○ 油価は原油69ドル/バレル、ガソリンは74ドル/バレル、LPGは541ドル/トンが変わらないと仮定した (それぞれの予想価格は2007年1年間の平均価格に拠ったが、正直言えば 「めのこ」 である) 。簡便化のため、全量がドル建て決済されていると仮定した。

○ 穀物価格は高騰が激化し始めたのが2007年秋頃であり、かつ、最近相場がその頃と変わらないところまで下落したので、2007年10月と同じ価格が今後1年間変わらないと仮定した。

  以上から、円高と油価等の下落が今後1年間に日本経済にもたらす差益 (輸入代金支払減少) は次の表のとおりとなる (クリックで拡大)。



  専門機関の手でもっと精細な推計をしてほしいが、大がかりな 「雪中送炭」 になることは疑いない。少なくとも、政府の検討する緊急経済対策とは 「桁が違う」 し、効き目もずっと顕著だろう。

  いまの日本には経済を背負って立つと言われる数十社程度の世界的メーカーがあり、株式市場でもこれらの会社が時価総額に占める割合が大きい。そのせいで、メディア、論壇を含め、輸出に不利な 「円高」 を嫌い怖れる論調が多いが、この数十社以外にも日本経済はある、最たるものは上場していない 「消費者」 だ。夏の資源価格暴騰で悲鳴を上げた農林水産業や運輸業などなどはいずれも弱く経済を背負って立てる存在ではないが、地方経済を支えている。これらの人々には円高や資源安のメリットが必ず及ぶはずだ。しかし、円高や資源安の 「功」 の側面がうまく代表されていないせいで、「円安利益」 がオーバープレゼンスになっている。これではいまみたいな時期、世間全体のセンチメントが不必要に悪化してしまう。
  円高の時期、過去数年日本経済の回復を牽引してきた輸出産業にとっては辛い季節になるが、20年前と異なり国際展開は格段に進み、為替変動への備えもしてきたはず、だいいちインフレ率等の格差があったせいで、いまの90円台は数年前の120円台とどっちこっちない。円高が70円台まで進めば真性の 「国難」 だが、そんな相場は市場が恐怖心に駆り立てられて生ずるオーバーシュートだから、どうせ長続きしない。
  厳しい時期だからこそ、経済環境の急変が及ぼす影響は功罪両面をバイアスかけずに吟味すべきであり、「パブロフの犬」 みたいに悲観的にばかり反応するのは禁物だ。
  ちと無理して言っていることは自認するが、「世の中悪いことばかりではない」 と考えて、「元気出していこうよ!」 それに目先のことばかりに気を取られていると、いま日本にとって一番大事なこと、すなわち 「金融危機を経て、これからの世界がどう変わるか」 に目が行かなくなってしまうと思うのだ。
平成20年10月28日 記

注:上述の支局長氏は沼田憲男さんという人だ。日経証券畑の敏腕記者だったが、上司と衝突して長崎に 「左遷」 され、毎日ふて寝と海釣りをしていた (ご当人の弁)。その後東京に戻ると、ほどなく当時始まった第三次行革審の鈴木永二会長の懇請で会長秘書に借り出されて東奔西走、その後本社に復帰したと思ったら、フイッと日経新聞を辞めて日中友好事業に奔走しだしたという、まことに 「ヘンな人」 である。筆者は20年以上お付き合いしてお教えを請うてきたが、思えば、出会いは上の珍問答だった。
  ところで、我ながら弊ブログは 「回想」 が多いですね・・・歳をとったってこと?




 

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