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中国:沿海中心に経済成長に急ブレーキ

悪い報せです、中国経済が足許でヤバくなってきました。


                  中国:沿海中心に経済成長に急ブレーキ
                    電力消費量急落のニュースに思う


  10月上旬の世界協調利下げや欧米の公的資本投入・量的緩和措置のおかげで恐慌ムードが少し遠のいたと思ったら、今度は実体経済面で 「世界同時不況」 が現実味を帯びてきて、マーケットはまた大きく下げている ・・・ そんなときに 「悪い報せ」 だが、中国経済が予想以上に急減速しそうな気配だ。対中依存度の高い日本経済は、傘だけでなく雨合羽も必要になるかも知れない。
  以前から、景気が落ち込みそうな割にはあまり動じない中国政府を見て、「沿海にばかり行っているせいで、こっちが悲観的になりすぎているのかな」 と思っていたら、先週第3QのGDPが9.0%だと発表された。「えっ! 第2Qは10.1%だったのに、三ヶ月で1.1%落ちるの?」 本当のところ、いま中国経済はどうなっているのか・・・胸騒ぎがし始めてネットをいろいろあさっているうちに、電力消費量という数字に行き当たった。

  今年1?9月の全国重工業の電力消費量は対前年比10.4%増だった。そう聞くと同じ期間中のGDP成長率9.9%とだいたい見合うようにも聞こえるが、1年前この数字は17.7%だった。軽工業の電力消費量は対前年比4.5%増にとどまったという。さらに、直近9月単月の数字はもっとショッキングだったと見えて、省別や産業別の数字が公表されない。少し遠回りな報道として 「5月から8月にかけて電力消費量の伸びが10%を割った省の数が、11→15→18→21と増えており、とくに江蘇、浙江、広東の3省は8月(単月)の総電力消費量伸びが0.35%、3.87%、6.52%にとどまった」 という (1ヶ月前の) 報道、「四川省では9月単月の総売電量が対前年比1.13%減となり、とくに大工業電力消費量が急落している」 という報道もあった。
  総体として、これまで中国の成長を牽引してきた沿海部の経済大省を中心に、この9月に電力消費量が対前年割れしたところがかなりあるという印象だ。口コミだが、9月単月・地域別かつ産業別では、一瞬 「息を呑むような」 数字もあるとも聞いた。9%成長する経済では、ちょっと考えられない出来事、ではないか。

  電力消費量の急速な落ち込みの原因が幾つか挙げられている。特殊要因として、第一に北京オリンピックがもたらした経済活動の停滞が挙げられる。大会期間中の大気汚染防止のため、北京だけでなく天津、河北省、山西省、内蒙古自治区、山東省など近隣6省市で環境負荷が高い重工業の操業停止が命じられた。お膝元の北京では重工業だけでなく、現代自動車まで生産休止させられた由。さらに、「治安確保」 の観点から出稼ぎ労働者を帰郷させるべく市内の建設工事も軒並みストップ。これでは北京や天津、河北省などで電力消費量が前年割れするのも当たり前だ。
  日本では 「オリンピック特需が剥げ落ちた後、中国経済の動向如何?」 がよく論じられてきたが、オリンピック開催が直近になってからは 『特需』 どころか、成長の足を引っ張る要因になっていた訳だ。他に電力消費量にはさほど影響しないが、経済を停滞させた特殊要因として、四川大地震 (後の服喪、自粛) も挙げられる。地震後、広告活動の自粛が社会全体を覆ったのだ。影響は他にも飲食等など多くの三次産業に及んでいたはずだ。
  二つ目の特殊要因は電力用石炭価格の高騰だ。中国の電力は石炭火力への依存度が極めて高いが、昨今の高成長に加えて、一時期までの世界的なエネルギー高騰のあおりを受けて中国国内でも石炭価格が高騰、一方では電力料金が統制で低く抑えられているので逆ザヤが発生、採算が取れずに操業を休止した中小発電所が多数あった。そのせいで、夏までは発電量の伸びが落ち込む一方、電力需給が緊張する場面もあった (いまや官製メディアには 「電力需給、大幅に改善」 の 「好消息」 を流すところもある (笑)。
  第三、最大の要因は言うまでもなくマクロ経済の減速だ。沿海部だけでなく内陸の四川省でも電力消費量が急速に落ち込んだ一つの大きな原因は鉄鋼を始めとする素材産業で、製品価格が急落し、慌ただしい減産が始まったことだが、いまや素材に限らず、ビジネス・マインド全体が “nose dive” し始めた感がある (まあ、世界中そうなんですけどね・・・)。

  他にも減速する経済実態を率直に物語る数字として、海運市況があるという。メディアでは、中国海運 (China Shipment) 総公司幹部の 「2008年通年のコンテナ輸送は少なくとも10%は落ち込むだろうが、世界経済の混乱のショックはまだ十分及んできていないので、今後落ち込み幅はもっと大きくなる可能性がある」 との発言が報道されていた。軽工業中心に出荷の落ち込みを想起させる。また、16日のFT紙には 「 “Baltic Dry Index” という海運indexが2002年11月以来の安値を記録、9月末と比べても53.2%下落した」、また、「ブラジルやオーストラリアから中国への鉄鉱石運搬によく用いられる 『ケープサイズ』 と呼ばれるバラ積み船の傭船料が6月初めの $233,988 /日から $11,580 /日へ95%(!)下落した」 とあった。6月の数字がいかにも 「舞い上がった」 数字だったのだろうが、こちらは上述の素材産業の急激な減産を想起させる数字だ。

  中国も世界経済の急激な低迷のあおりをもろに受け始めたのだろうか。以下、取り急ぎ思いつくままを三点コメントしたい。

1.目下の中国の急速な景気減速は半分 “foreign made” だが、残り半分は “home made”だ。上述の電力消費量でも影響が窺える軽工業 (アパレル・雑貨など) の落ち込みは、この夏以来取り沙汰されてきた広東省や浙江省の加工貿易型中小企業の苦境と表裏一体のものであり、“foreign made” の欧米景気急落が主たる原因だ (余談だが、当地で 「夏のクリスマス商談は本当に悲惨だった」 と聞いた)。
  しかし、中国は日本の世間が考えるほど外需依存型経済ではもはやないし、外需低迷だけで影響がこれほど急速に素材産業に及ぶことは考えられない。後述するように長く続けてきた 「マクロ経済引き締め」 が経済に確実に効いてきたことが残り半分の “home made” の落ち込みをもたらしていると考えるべきである。インフレを恐れて成長の主要エンジンの一つである不動産関連を中心に国内景気を引き締めていたら、もう一つの主要エンジンである輸出産業の方にも想定外のエンストが来てしまった感じ・・・と言えるだろうか。

2.国内景気については、二つの経済バルブを両方閉めたことが政府の想定以上に効いた。まず金融バルブ。利上げに加えて預金準備率を最高17.5%まで引き上げて金融貸出を引き締めたことに対しては、前から 「長く続けると経済に 『心筋梗塞』 が起きる」 との警告が聞かれてきた。
  次に土地バルブ。以前本欄で紹介した北京大学周其仁教授の 「ミクロコントロールは願い下げ」 論文を覚えておられるだろうか。要すれば、中国政府の掌中には貨幣発行権だけでなく中国独特の土地 (「土幣」) 供給権があり、土地供給政策が金融・貨幣政策と並んで、国の最も重要なマクロ・コントロールの手段となっているというものだ。近時この土地供給は民間向けだけでなく地方政府向けにも厳しく制限されてきた。
  二つの経済バルブを両方閉めたことは、GDPの1割を占め、成長の主要なエンジンの一つだった不動産業を直撃した。土地供給が絞られたせいで、(中央政府の思惑とは逆に) 昨年まで地価はかえって高騰、それでも業者が強気で土地を買い込んでいたら、銀行融資が思い切り絞られただけでなく、住宅ローンまで制限を強められてしまった。いまや不動産価格は下落、これを見た消費者は買い控え・・・で、このエンジンはたいへんな苦境に立たされている。(なお、金融引き締めの影響は不動産業に限らないことは言うまでもない。)
  地方政府の地域開発プロジェクトも似たようなものだ。上級政府が下級政府のプロジェクトを制限し (開発枠の下付を絞る)、財源も絞る (地方政府の重要財源である土地払下げ益も減少、直轄国有デベロッパーの銀行借入も制限) という両面から地方政府の地域開発事業を大きく抑えた。
  マネタリーな政策は効き目が生ずるのに時間がかかるので、アクセル・ブレーキをコントロールするのが難しい。「土幣」 政策は津々浦々の地方政府を指揮しながら政策方針を浸透させなければならないので、いっそう運用が難しい。直前まで燃え盛っていたインフレ・リスクに加えて想定外の世界経済急変という二つの点で同情の余地があるが、後日、「2008年は経済が巡航速度に落ちた後もブレーキから足を離すのが遅れた」 と批評される公算が高まっている。

3.いま、中国政府はこの景気急減速をどのように感じているのだろうか。上に 「ショッキングな数字が公表されない」 と書いたが、「無かったことにする」 訳ではない。お定まりの 「公開報道になじまず」 判断で報道は伏せられるが、「内部参考」 は直ちに上に上がり、警鐘が乱打されているはずだ。この数週間、中国政府が利下げや減税措置など景気対策措置を相次いで発表している背景に、これらのショッキングな数字があることは疑いない。
  問題は、事態の急変に気付いたにしては、政府の打つ手が物足らないことだ。大きく“nose dive” し始めたビジネス・マインドを上向かせるには、よほどインパクトのある対策が必要だと思うのだが、金融緩和にせよ減税にせよ、「インフレ抑止」 からの見切り・転換が不十分で、筆者などは “alibi politics” (「やってます」というカッコ付け) の匂いすら感じてしまう。事態の進行は如何にも急なのだが 「世界同時不況」 がここまで現実味を帯びてきたのだから、中国が懸念すべきは、いまやインフレでなくデフレの再燃の方だ。
  以前にも述べた気がするが、中国は1990年代にも一度似た失敗をやらかしている。93年の経済過熱を押さえ込むために 「軟着陸」 と呼ばれた引き締めをやったのだが、「軟着陸」 し損ねて98年の景気急落を招き、その後 「金融財政総動員」 で大景気振興策を打つ羽目になったのだ。  幸い、大幅増収を記録してきた財政、ぎゅうぎゅうに引き締めてきた金融政策、のおかげで、今回景気振興策を打ち出す自由度は他国に比べて格段に大きい。ちと遅れ気味だが、早く手を打つほど落ち込みは小さくて済む、中国政府が常日頃自戒している経済の 「大起大落」 を再演しないように、迅速で思い切った軌道修正を望みたい。
平成20年10月23日 記

追記 先週の共産党第17期三中全会で 「農村改革発展の重大問題に関する決定」 が打ち出された。いま筆者も 「学習」 中なのだが、これは胡錦涛政権のモニュメントになりうる重要、かつ大きな政策だ。よく報道されている農地の流動化だけでなく、農民及び世帯の所得向上 (政府買い入れ価格の引き上げ、所得保障)、農業法人の振興 (華東地域には既に成功事例がある)、農村地帯における新たな公共投資の需要 (従来放置されてきた水利事業等への大々的な投入) など中長期的に中国経済の内需主導型成長の柱になりうる可能性を秘めている。
  それはそれでたいへん結構なのだが、目下の急務は景気の立て直しの方である。これが上手くいかなければ、体制の死活線と言われる7%ライン近くまで経済成長が落ち込み、沿海部に億の単位で出稼ぎに来ている農民工が多数失業して帰郷する羽目にもなりかねない。中西部の多くの農村は彼らの仕送りで持っているという 「今日の事実」 を顧みても、景気立て直しは喫緊事である。




 

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