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ブログ 津上俊哉
「大恐慌」フォロー5回目

雑感というか、ショート・コメントです。それにしても今週はひどい1週間でした (まだ2日残っているけど)。


                       「大恐慌」フォロー5回目
                        雑感ショート・コメント


   “The Financial Crisis”・・・ 米国の錚々たる大事業会社がつなぎの融資を受けられない、銀行同士もカネを貸さない、欧州の大手銀行が相次いで国有化 (全部又は一部) される、あのドイツが預金の 「全額」 保護を表明する、そして世界中の株式市場が大暴落した今週・・・前回のポストから10日ほどの間、その進行をただ呆然と見ていた。
  本サイトおなじみのルービニ教授は、今年2月に 「金融大災害に至る12のステップ」 という文章を書いたが、今や事態は教授の言う最終ステップ、“Systemic Financial Meltdown”に至りかけている。よく病院ドラマでAED (自動体外式除細動器) のパッドを擦って、心停止した患者に電圧をかけてズン!というシーンを見るが、欧米金融当局がいまやっていることは、喩えて言えばこれに近いのではないか。

  今晩は米連銀、ECBなど欧米の主要6中央銀行による緊急協調利下げが発表された。G7用に準備、協議していたタマなのだろうが、週末まであと数日保留する余裕さえなくなったと見える。
  それに、当面の急務は身体に通わなくなっている血液をいかに巡らせるかにある。ここで利下げをしても、喩えて言えば心臓が動いていないのにブドウ糖を点滴するようなもので、これでは問題の解決にならない。でも、当局者としては今朝市場が開く前に何か手を打たなければならない・・・端で見ていて 「痛」 くなる。

  血液を巡らせるための手が何も打たれていない訳ではないらしい。昨日米国で発表された commercial paper の買いオペも然り、専門家の金融ブログを見ると米国金融安定化法には 「金融の量的緩和政策」 を発動するための仕掛けも盛り込まれている由だ (いずれも日銀が 「失われた10年」 時代に考案・実施した手法なのが印象的だ。なお、このくだりについては 「グラの相場見通し」 及び 「うーぱー日記( 機関投資家戦略室 )」 を参考にさせてもらった)。

  しかし、欧州では大銀行が 「国有化」 されつつあるとはいえ、米国では 「公的資金注入」 の一点が“missing piece”のままで、せっかく国が資産を買い取ると言っても、内容の悪い銀行は資産売り渡しで生ずる自己資本毀損への不安が障碍になって不良債権処理が進まないだろうと言われている。
  素人でも分かるそんな当たり前のことがなぜ対策に盛り込まれないのか・・・資本主義の宗家である米国で、そんな 「社会主義まがい」 の政策を、しかも“taxpayer’s money”を使ってやることは国情がなかなか許さないという事情があるのだろう。
  くわえて今年が 「選挙の年」 であるという不運。“The Financial Crisis” の幕が開いたばかりの今から 「回顧」 を始める積もりはないのだが、ポールソン長官はこの三ヶ月の間に少なくとも三つの失敗をした。当初ファニメ・フレディ問題を 「見せ金」 (制度の整備) だけで先送りしようとしたこと、世論の批判を恐れてリーマンを破綻させたこと (これで血液の巡りが一気におかしくなった)、そして今回、公的資金注入を先送りした (次期政権に委ねても間に合うと判断した?、結果は法案が下院の否決に遭っているうちに法案の値打ちも毀損、かえって時計の針を進めてしまったという完全な裏目になった) ことだ。ポールソン長官たる者、そんな事の是非はみな分かっている、全ては上記米国のお国柄と時の政治情勢が彼の手足を縛ったせいであろう。
  そう思うと、もう一つ思い浮かぶことがある。よく、「日本は不良債権処理に10年もかかったが、米国は迅速だ」 と言われるが、少し違うと思う。市場が発達しているせいで、全てのことが迅速に進むのは事実だが、危機の深刻化もヒトの対応可能な速度を超えて迅速なのだ。8月頃、メディアも市場関係者も何と言っていたか・・・ずいぶん時間が経った気がするが、ファニメ・フレディ救済劇からまだ一ヶ月しか経っていないのだ。
  公的資金注入は国民の負担、経営陣の責任の問い方など、容易に納得できない要素がてんこ盛り、しかし、それをしなければ一国の経済が沈没するという苦渋の決断を要する措置だ。世間がそれを納得するには、時間をかけて気持ちを整理する必要があるが、米国では事態の展開が速すぎる、下院の安定化法案否決騒動はそのことを端なくも示した。けっきょく人間のすることは、どこでも大差がないのだとよく分かった。

  話は飛ぶが、今晩の協調利下げの surprise は中国が伴走したことだ。昨日行われた人民銀行手形 (「票据」) 入札で利下げ近しを匂わす結果が出たことから観測が始まっていたが、動きが早かった。各国とのヨコの連絡があったのか?
  最近の中国経済でいちばん読めなくて困っているのが、中国が危機対応で各国当局とどのくらい緊密な連絡・協調を取り合っているのか、いないのかがさっぱり見えないことだ。
  先々週、北京に行く用事があって金融政策関係者とも話をした。その人によると、中国当局に対しては、在北京の米国大使館からほぼ毎日、事前通報やら背景説明やらが行われているのだそうだが、御仁は 「それで情報を得るだけで、他のG7メンバーなどと十分な協議をしないのは 『分断統治』 されているのと同じだ」 と不満げだった。
  昨日朝のNHKニュースでゼーリック世銀総裁が 「G7だけでは世界的な金融危機に対応できない」 として、ブラジル、ロシア、 インド、中国、メキシコ、サウジアラビア、南アフリカ共和国の7カ国を交えた 「G14運営グループ」 の創設を提唱したと聞いたが、同感だ。「気心知れたG7」 が 「G14の小田原評定」 になってしまう懸念はあるかもしれないが、畢竟残り7ヶ国の協力なくしてこの危機を乗り切ることはできないのだ。以前も書いたが、“The Financial Crisis”対応では、中国をもっと国際協議の場に引き込むべきだと思う。
  しかし、御仁は個人としてそう言うが、中国指導者がいま 「それでは、中国はG7会議に招かれたら喜んで参加するか?」、「さらに進んで 『なぜ我々 (中国) を招かないのだ!?』 と要求しないのか」 と問われたら、恐らくなかなか決心つかず、の心境ではないかとも思う。また、ヒトを出すとしても人民銀行長や財政部長が出るのでは不足、出るなら王岐山副総理が行かなければ意味がないという内部事情に由来する 「ランク問題」 もある。
  またまた 「今から回顧」 ではないのだが、後世 「あのときは中国ほかを参加させるべきだった、それらの国の“stake” から見ても“responsibility”から見てもそのことは自明だったが、『慣行』 がそこに追い着いていなかったことが悔やまれる・・・」 なんてことのないように願いたいものだ。
平成20年10月8日 記


PS 今晩のもう一つの surprise は 「今年の日本人ノーベル賞受賞者4人に」 というニュースだった。街角の声を訊くテレビで、誰もが 「救われたように」 喜ぶ様を見ていて、また 「痛」 くなった。 みんな、「この金融危機はただ事では済まない」 と察して、押しひしがれるような気持ちを味わっているのだ。
  「日本は軽傷の部類」 と言ったって、もともと地方の傷は深いし、不動産・建設業は欧米で起きている credit crunch のミクロ版みたいな情勢だ。そのうえ外需頼みだった日本経済にこれから世界不況の津波が押し寄せてくると思うと本当に暗くなる。

  悪いニュースばかりではないはずだと自ら励まし、統計をいじってみた。こんな数字はいかが?
  日本は原油価格が暴騰した今年6?8月の三ヶ月間に3億6760万バレルの原油を輸入し、5兆1060億円余りを支払った。平均単価はバレル当たり13,890円、期間中の為替レートは平均すると107.7円/$だからバレル当たり129ドルくらいの原油代金を払った勘定だ。

  それでは、これから年末までの三ヶ月間、日本は原油代金をいくら支払うことになるか・・・

  今日のレートは原油価格が88ドル、ドルレートが100円だが、これはちとオーバーシュートしているから、仮に期間中の原油価格をバレル当たり10,000円だとしよう。輸入量は意外に季節変動しないので6?8月と同量と仮定すると、三ヶ月分の支払代金は3兆6760億円、6?8月に比べて1兆4300億円あまり少なくなり、年間で考えれば6兆4千億円の減になる勘定だ (注:最近、イランからの輸入は円建て決済されているらしいが、便宜のため全量がドル決済されていると仮定する)。

  今年4?6月期のGDP速報発表のとき、輸入価格の高騰と輸出価格の下落による 「交易損失」 はGDPの5%に相当する28兆円 (年率換算) と報道されていた (やれやれ、5%も抜かれれば景気が悪くなるのも 「むべなるかな」 だ)。
  これと比べると6兆円の原油代金支払減では損失の1/4にも満たない。しかし、原油代金が輸入総額に占める割合も約1/4、残りの3/4の輸入にも円高効果は及ぶ(厳密にはドル建て決済されている73%分だが)、また、原油以外にも穀物やら鉱石など大幅に価格が下落した商品は多いから、輸入価格高騰による損失はある程度取り戻せるのではないだろうか。 少なくとも、年内実施と言いながら規模も未だ定められずにいる政府の 「定額減税」 よりは大きな贈り物になるだろう。
  これから長い冬が来る、けど、その後には必ず春が来ると信じて、日本頑張れ!




 

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