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唐船がやって来る日(その二)

前回に続いて、近々設立されると言われる 「国家外為投資公司」 の考察です。なお、本件は第三回目の続編を予定しています。


                       唐船がやって来る日(その二)
                        「国家外匯投資公司」考


  「国家外匯 (外為) 投資公司」 (一部外銀が既に “ SFEIC ” という略称を使っているので、本稿でも以下、これを用いる) の設立はなかなかの大ごとだという話の続きをする。ゆくゆく運用額が数千億ドルに達する可能性のある SFEIC は資金をどんな資産でどのように運用するのだろうか。
  この点について、3 月 9 日の全人大時に記者発表を行った金人慶財政部長は「・・国務院は最近研究を行い、正常な外為準備と外為投資を分離して管理することを決定した。今後正常な外為準備は引き続き外為管理局が管理運営するが、それと別に国務院が指導する外為投資公司を設立する。(この公司では) シンガポールのテマセクのような会社を含む国際的な成功事例を参考に外為投資管理を行い、安全を保証するとの前提の下で、外為経営をできるだけ収益性と効率の高いものにしていく・・・」 と述べた。
  テマセク (TEMASEK) という分かりやすい参照事例が示されたことで内外の関心は一気に高まり、続いて、「お手本は TEMASEK より、むしろシンガポール政府投資公社 (GIC) ではないのか」等々様々な議論と憶測が沸いた (注 1 参照)。ただ、金財政部長もシンガポールをお手本として single out してはいないように、 外貨準備を高い利回りの資産でポートフォリオ運用する政府関連企業はシンガポール以外にも中東産油国、ノルウェー、韓国など世界のあちこちにあるそうである。シンガポールはその中で、運用がもっともアクティブ、かつ成功している例なのである。
   TEMASEK と GIC の資産運用には似ているところと異なるところがある。異なるのは TEMASEK が航空、通信、電力、港湾などシンガポール国内のインフラ産業にかなり投資しているのに対し、 GIC は専ら海外投資を行う機関だという点である。似ているのは、海外では企業の株式、不動産など高リスクの投資を活発に行っていることである。
  我々に身近な日本での投資を例に挙げると、TEMASEK は三井生命保険に第三者割当増資 ( 06 年 9 月、200 億円)、伊藤忠グループのアイ・ロジスティクス社と物流関連投資等の提携 ( 06 年 3 月)、ソフトバンク・インベストメント社との中国向け投資共同ファンド設立 ( 06 年 5 月)、東京ベイ船橋ビビットスクウェア (大型 SC ) 買収 ( 05 年 11 月発表、220 億円、子会社 Capitaland による) などがあり、GIC は、汐留シティセンター ( 1997 年投資)、川崎テックセンター ( 2001 年)、品川シーサイドイースト/ウェストタワー (06 年 6 月)、プロロジス社との物流施設開発共同ファンド ( 06 年 9 月、約 6 億米ドル、同社との 2 号ファンド)、ヤフードーム (今月発表) などに投資している。
  こう列挙すると、ずいぶん日本に傾斜投資しているようにも見えるが、 TEMASEK の投資は 44% が国内向け、34% が日本以外のアジア向け (一例として、05 年 7 月には中国建設銀行に 14 億米ドルの資本参加)、20% が OECD 諸国向け(数字は同社の 2006 Year Book)、つまり日本はこの OECD 向けの一部、おそらく数 % のシェアでしかない。 GIC の場合、日本向け投資は全体の 8?10% で、米国向けが 40?45%、欧州に 2-?25%、残りは新興国市場向けの由である ( 06 年 7 月の同社社長記者会見)。

  お手本となっていると覚しきシンガポールの運用例を念頭に置き、かつ、中国国内の報道を参照して SFEIC の運用のあり方を予想すると、次のようになる。
  第一は対外投資ではなく、国内金融機関向けの出資である。前回ブログの注 2 でも取り上げたが、中国は大型金融機関向け増資を行う 「中央匯金公司」 という会社を既に設立・運営している。増資の狙いは株式上場を控える四大銀行に不良債権を処理させることだった。増資を受けた機関は中国銀行、建設銀行、交通銀行、工商銀行、そのほかに銀河証券、華夏証券など証券会社への増資も行っており、同公司の金融株への投資規模は既に 5 千億人民元(≒ 7 兆 5 千億円)を超えた由である。また、昨今の株ブームの中、増資を受けた金融機関がその後陸続と IPO を成功させたのは周知のとおりで、中国銀行への投資だけで 3500 億元のキャピタルゲインが得られ、同社の資産収益率は 200% を超えた由であるが (注 2 参照)、この中央匯金公司が SFEIC に統合されると言われている。
  国内向け投資の対象は金融機関だけか? 「何でもかんでも」 という訳にはいくまい。社債も発行する TEMASEK は国内インフラ投資を活発に行ってきたが、SFEIC は外貨準備を財源とする点で事情が異なる。政府が国内 (すなわち人民元建て資産) に投資するのなら、国債を発行して得た人民元で投資すればよく、わざわざ外貨に換金して投資する意味がない。また、銀行への増資は他の業種と同列に論じ得ない点がある。政府が潰す訳にいかない国有企業を救いたいが、財政にカネがないのでやむなく銀行に融資させ、それが大量の不良債権発生につながった、という過去の経緯があるからだ。中央匯金公司の国有金融機関向け増資は特殊な例外と見るべきではないか。
  海外向け投資としてはまず、海外資源 (権益) の買収が噂に上った。既に国有の大手石油会社は盛んに海外の石油・ガス権益を買収しているが、今後はエネルギーの他、鉱産物等の権益もこの財源を用いた買収がありうるだろう (その限りでは、買収主体の国有企業に対する増資もありうる)。
  また、TEMASEK や GIC の先例に倣うと、優良海外不動産の買収や海外企業への戦略投資もやがて俎上に上ってくるだろう。日本の不動産や会社を中国が買収・資本参加する日も遠くないだろう。

  では SFEIC はこのような投資をどのように実行するのであろうか。つまり担い手の問題である。ここから先は憶測だが、容易に予想できることは、Morgan Stanley、Goldman Sachs、HSBC など世界中の有力金融機関が 「弊社にご用命を!」 と殺到するだろうということである。なにせ SFEIC は今後世界有数の 「上客」 になる、各社とも掌中の最優良物件を引っ提げて 「ご用命」 を競うであろう。
  こうして、初めのうちは 「お委せ」 の要素が強く、「業者」 の持ち込んだ案件の投資実績の善し悪しで次期の運用を決める受け身の運用から始まるはずだ。その後上手く育てば、シンガポールのように共同ファンド設立など客である SFEIC の裁量の要素が強まるであろう。
  その成否を決するカギは言うまでもなく SFEIC の人材とガバナンスである。実務層の投資マネジャーに人材を得られるか・・・筆者が自分の商売の過程で実感していることだが、中国にもこういう仕事をこなせる人材は急速に育ってきている。当初は海外帰りの 「海亀」 派が中心だったが、いまや経歴はドメスティックでも投資の論理と実務を解し、優れた成績を挙げる 40 歳前の若手投資マネジャーが台頭している。ただ、こういう人材の多くは、いまは共産党の人事からは遠いところで働いている。彼らを取り込むことができるかがカギになるだろう。
  経営陣はどうか。実務層に優秀な人間を取り込んでも、経営陣にリスクをとる決断ができなければ、早晩失望して公司を去るだろう。経営陣も 「業者」 も信賞必罰で任用しなければダメであり、人事に関係行政機関の 「バランス」 を持ち込んだり、「業者」 の選定に情実を挟んだりすれば、 SFEIC は不芳資産の山を築くことになるだろう。
  その点で、いまの中国の政体、行政の現状が運用を歪める恐れ、というのが一番 realなリスクだ。このブログで繰り返し指摘しているように、中国は財力の向上に伴って、様々な既得権益グループが利益分配を巡って競い合う複雑な利益共棲体の様相を呈している。いまの中国の政治行政にお定まりの「老方式」が横行すれば SFEIC は失敗する、逆にそういう旧い体質を遮断して新天地を建設できれば見込みがあるというところだ。
  シンガポールが優等生とされるのは、まさにこの点で出色の成果を示したからだ。 GIC も TEMASEK も運営面では政府の外郭団体というより民間色が強い。 GIC には政府からの 「天下り」 組もいるが、信賞必罰が実行されていると言われる。 GIC の総裁は設立以来リークァンユー元首相が務めている。設立時に 「政府が賢明な投資を行えるのか」 という疑問が沸き起こったが、リー元首相が指揮するならば、ということで今日に至っている由である。
  しかし、シンガポールの人口は中国の 1 / 300、中国の中堅クラスの都市一つ分でしかない。その人口であれだけの存在感を示すシンガポールという国と指導者は偉大であるが、中国の現実は遙かに複雑であり、シンガポールを単純にコピーして持ち込める訳ではない。国務院は SFEIC 設立準備のために楼継偉財政部副部長を指名した (国務院副秘書長)。一度お会いしたことがある。有能、聡明を以て知られるテクノクラートで立派な人であるが、その任は実に重い。
(平成 19 年 4 月 22 日 記)

注 1:テマセク (TEMASEK Holdings) は 1974 年、シンガポール財務省を株主とする投資会社として設立され、現在はシンガポール国内のインフラ産業、新興国市場への投資、OECD 諸国への投資を行い、資産総額は昨年 3 月時点で 1300 億シンガポールドル (≒870 億米ドル) と公表されている。投資資金を社債でも調達しており、財務諸表も公開、AAA の格付けを得ており、民間企業と変わらない振る舞いの投資会社である。
  一方、シンガポール政府投資公社 (GIC) は、シンガポール政府の外貨準備金の運用を目的として 1981 年に創立され、1997 年以降は同国の金融セクター強化のため、民間投資会社との提携などにより運用がいっそう強化された。株式、公社債、短期債、不動産その他、国際的に投資活動を展開しており、昨年の運用資産は 1,000 億米ドルを超えていると発表されている。ただ、「為替を投機筋の攻勢から守るために」 運用の実態はほとんどディスクローズされていない。
  中国が外為を支払準備勘定と投資勘定に分けて運用するというアイデア、由来だけから考えれば、 TEMASEK より GIC の方が参考にされたはずだというのは頷ける見方ではあるが、運用面ではTEMASEKも十分参照されているはずである。

[以下は付録の 「余談」 です]
注 2:数年前まで中国の四大銀行と言えば、「貸出の 4 割は不良債権化・・・」 というのが世間の常識だった。世界中がそう思っていたし、私も最近までそう思っていた。それがいかに不良債権処理の措置を執ったとは言え、あれほど華々しい IPO をするとは・・・。いまや工商銀行の時価総額は 22 兆円、建設銀行は 16 兆円相当で、日本のメガバンクトップ MUFG の 14 兆円を抜いた。欧米の大金融機関は途中から上述の 「常識」 をかなぐり捨て、競って四大銀行に 10、20 億ドル単位という途方もない資本参加を行った。中国の成長性を買った彼らも、少なくとも目下のところ 「中央匯金公司」 と一緒に莫大なキャピタルゲインを手にしている。中国の経済発展が良くも悪くも新しい段階に突入したことを示す象徴的出来事だと言えよう。
  中国株は PER が高すぎて 「バブル」 だとの批評は日本に絶えない。春節明けの 2 月末、世界同時株安の引き金を引いた上海市場の急落を見て、多くの日本人が 「ついに来た !」 と確信したが、どっこい、上海市場はその後何事もなかったかのように値を戻して最高値を更新中だ。確かにバブルの匂いはするが、バブルも世界を変えられる。それを幻影みたいに思いこんで軽く見ていると泣きを見ることになるのではないか。




 

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