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ブログ 津上俊哉
唐船がやって来る日 (その一)

また長い更新ブランクを作ってしまいました。気がついたらその間にアクセスは20万を超えていて・・・ありがたいと同時に、申し訳ない気持ちです。今回は中国で創設が決まった国家外匯投資公司を題材に、中国台頭の新しい姿を検証します。


                        唐船がやって来る日(その一)
                         「国家外匯投資公司」考


  昨秋訪日した懇意の学者から、中国がシンガポールをお手本にして、膨大に溜め込んでしまった外貨準備の積極運用に乗り出す考えがあると聞いた。そう聞いて、最初は 「人民元が上昇していく中、中国政府はせめて為替差損を出さないように外貨運用を多角化したいのだ」 と感じた。
  この構想は、2月頃から 「国家外匯 (外為) 投資公司」 (以下 「公司」 と略称する) が設立されるという形で報じられ始めた。詳しい中身が固まっていないので、「五里霧中」 状態が続いたが、この1ヶ月半でちょっぴり霧が晴れてきた。

  これは 「外為差損防止策」 では済まない、なかなかの大ごとだと分かった。公司の当面の運用資産額として 2 ~ 3 千億ドル(日本円で 3 ~ 50 兆円サイズ、注 1 参照)が取り沙汰されている一事を以てしても影響の大きさが思い浮かぶ。以下、あらかたは中国の報道や巷間の推測に頼っていることをお断りした上で、この巨大な 「航空母艦」 (某中国メディアの命名) をスケッチしてみたい。

  まず、目的は想像したような資産運用の多角化による外為収益の増加だけではなかった。それを出口側とすれば、入り口側にも目的がある。目下の中国経済全体を覆う過剰流動性を吸収することである。
  最初に「外貨準備を運用する公司を作る」と聞いたときは、人民銀行保有の外貨資産を移管するか、これを現物出資するかだろうと思ったが、違うようだ(注 2 参照)。最近言われているのは、政府出資 (特別国債発行で財源を賄うと言われている) と社債発行の組み合わせ、いずれにせよ市中から人民元を調達して、外貨準備すなわち人民銀行保有の外貨建て資産を買う (将来は公司が直接外国から外貨資産を買うこともありうる) というのだ。
  見方を変えれば、人民元の上昇を防ぐために連日為替介入を行っている外貨準備の第二会計を創設するような話である。現行の外貨準備は人民銀行が国内で手形 ( 「票据」 という) を発行して米国債をはじめとする外貨資産を購入・保有している訳だが、今後は公司が人民銀行からこの外貨資産を購入することにより、これまでの外貨準備の積み上がり速度が落ちる、さらには準備高が減ることになる。
  それだけならば、新しいポケットを作ったので元のポケットに入る外貨が減るだけの話で意味がないが、そうではない。人民銀行手形の期日は短いものは 1ヶ月、長くても 3 年だ。そういう短期の 「手形」 だから金利が低い (現状では 1 年もので 2.5 %)。1 兆ドルの外貨準備を溜める裏で、それに見合う手形を発行し、銀行にほぼ強制的に買わせてきた結果、この手形購入額は全金融機関の資金運用全体の 1/4 を占めるに至っている (07 年 1月時点で 10 兆元以上)。これだけ巨額の資金を逆ザヤが出るような低収益の運用先に固定されてしまう銀行にしてみれば、これは 「ゲップが出る」 どころの話ではなく、銀行収益に深刻な影響を及ぼす大問題である。このような流動性吸収の仕組み全体がもはや限界に来ていた。
  しかし、今度は特別国債にせよ社債にせよ相当タームの長い資金が財源になるので、流動性の吸収はずいぶん楽になる。逆に、巷間言われる公司の運用規模、2 千億ドルを性急に市中調達したら、流動性の 「引き揚げ過ぎ」 で資金市場が貧血を起こしてしまう、と心配する向きも出ているくらいだ。
  実際はそうならない。人民銀行は公司に外貨資産を売却した譲渡益で短期手形を償還する(資金放出)。よって、この 「ポケット移し替え」 作業は、資金放出と資金引き揚げの金額・タイミングを日々に調整し、徐々に財源を短期から長期に置き換えていく操作になるだろう。その差分で今後の流動性の吸収をするのである。
  そういう措置であるが故に、公司の資金運用規模は一朝一夕に大きくなる訳ではないだろうが、その過程で中国の過剰流動性対策は新たな空間を得ることになる。手形ジャンプによる資金繰りに明け暮れていた会社が長期融資にありついたようなものだ。
  他方、そういう財源の振り替えをするが故に、運用利回りはこれまでより高いものが求められ、従前のように保守的な債券投資だけでは済まなくなる。「投資公司」 である所以は、為替差損を埋め合わせるためだけでないのである。これが出口側の 「それでは今後はどんな資産でどのように運用するのか」 という問題に裏/表で繋がってくる。
(平成19年4月12日記 この項次号に続く。)


注1:専門家やメディアの間には、中国は1兆600億ドル以上の外貨準備 (昨年末時点)のうち、貿易決済や突発的資本流出への備えなど、本来の支払準備として必要な額を 7~8 千億ドルと見込み、これを超える金額は公司に預けて運用する方針だとの見方がある。つまり、比喩的に言えば、これまでの外貨準備を支払準備勘定と投資勘定に分けるようなアイデアである。公司の当面の資産運用規模を 2 ~ 3 千億ドルと予想する向きが多いのはこれによる。
  さらに、今後も積み上がると予想される外貨準備の増分も (運用の定着を待って) 公司に委ねられるという見方がある。「鬼面人を驚かす」 言い方をすると、いまの外貨準備積み上がりペースは年間 2 千億ドル程度だから、これが公司に委ねられることになると、毎年新たに一つ、カルパース (カリフォルニア州公務員退職年金基金) が生まれるくらいのピッチで運用額が増大する勘定だ。実際はそう簡単ではないだろうが、これは世界の金融市場に影響を与えうる 「大ごと」 なのである。

注2:外貨準備を投資で運用する組織としては、既に2003 年末、450 億ドルの外貨準備を使って 「中央匯金公司」 という会社が出資設立されている。しかし、今回の公司設立に関しては、多くの識者が資金は市中調達に拠るべきで、出資設立方式に拠るべきではないと唱えている。その理由として、識者は 「公司の運用管理は市場化させなければならない」、「出資では公司にコスト感覚を持たせられない、コストを負わせて運用成績 (収益) に対する業績評価を行う仕組みが必須」 等々を論じている。なるほど一理ある意見である。実際そのとおりにできたら、中国経済はまた一歩、成熟したことになると言えよう。




 

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