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ブログ 津上俊哉
日本の不都合な真実 (その一)

気候温暖化問題に関心のある方には 「何を今さら」 の内容かもしれませんが、まあ読んでください。


                       日本の不都合な真実

  昨年から、気候温暖化問題、とくに 「京都議定書」 の行方に、個人的関心半分、仕事の関心半分で勉強を始めた。その過程で素人にもいろいろなことが分かってきた。以前からこの問題に関心のある方には 「何を今さら」 の内容かもしれないが、まあ読んでください。

  本当に温暖化が起きているのか、その原因が CO2 等の人為的排出増加にあるのか ?については、日本で 「肯定派」 と 「懐疑派」 が激しく論争してきた。ちょうどこの 2 月初め、IPCC (気候変動に関する政府間パネル) 第 4 次評価報告書第 1 作業部会報告書というのが出されて、「人為的な原因により、大気中の温室効果ガス ( CO2、メタン、N2O ) の濃度が著しく増加した・・・人類の活動が温暖化の原因となっていることはほぼ確実」、「地球の平均気温は過去 100 年間で 0.74 度上昇しており、今世紀中に約 1.8 度から約 4.0 度上昇・・・海面上昇は今世紀末に 28?58cm と予測される」 等々報じられたことは記憶に新しい。
  この予測に対して 「懐疑派」 からは 「温暖化が起こるという前提で組まれた計算式に基づいてシミュレーションをすれば、こういう結果になるのは当たり前」 といった批判が寄せられているが、「後世代のために、不確実性があったとしても、甚大なリスクの可能性に対して予防的な措置を講ずるべき」 という意見の前に多勢に無勢、影がますます薄くなっている。
  後述する排出権取引等の経済メカニズムに対しても 「懐疑派」 は 「環境をネタに金儲けを目論む輩の陰謀だ」 と批判している。そういう面がなくもないが、同時に、「カネ」 は非常に臆病なものだ。途上国まで巻き込んで排出権ビジネスが隆盛中という現状は、陰謀が原因というより、臆病なカネが 「温暖化防止推進という世界の趨勢はもはや動かない」 と確信した結果だと見た方がよいのではないか。

  「これが趨勢だ」 と思わせるニュースは多々ある。ハリケーン 「カテリーナ」 のせいなのか、気候変動問題を軽蔑・敵視していたブッシュ政権が選挙で大敗したせいなのか、あの米国ですら変わり始め、アル・ゴアの映画 「不都合な真実」 が大ヒットした。欧州委員会は昨年末、EU 域内を離着陸する航空機を対象に温暖化ガスの排出規制を導入することを決めた (法案を決定) というニュースもあった。規制を守らない外国エアラインはロンドンにもパリにも便を飛ばせなくなる訳だ。聞けば英国の公務員は以前から出張時に排出される CO2 を相殺するために排出権クレジットを購入することが義務付けられているそうな。先日ある人から聞いた話では、英国の大手スーパー TESCO は、店頭販売する商品全てに CO2 の排出量を表示させることを発表したという。
  こんな措置が拡がると、モノ・サービス貿易における国内措置の域外適用とか貿易歪曲効果とかいろいろな法的問題を惹起しそうだが、「趨勢はこの方向だ」 と考えておいた方がよさそうだ。グローバルな企業、特に購買・調達量の大きな流通業者などは、国連の Global Compact 運動加盟などにも見られるとおり、CSR (企業の社会的責任) 問題に対する感度が高い。表示運動なども仮に米国 W 社、仏 C 社など、もっとグローバルな流通企業が追随すれば、雪崩のように拡がるだろう。
  1997 年の京都議定書交渉の時、欧州は強引に国別排出枠規制に ( EU 15 カ国による) 共同達成 (いわゆる 「EUバブル」 ) の概念を盛り込む一方、他の国には国別単独達成を求めた。日本ではその姿勢に不公平だとの憤懣が生まれたが、上述のようなニュースを聞くと、EU リーダー国はその一方で、まじめな努力もしている印象がある。オランダのようにそれでも排出削減目標を達成できそうにない EU 加盟国は、ずっと前から排出権取得に熱心に取り組んでいる。

  それに引きかえ日本では、「EUが手前勝手を押し通し」、「CO2排出量世界第一位の米国が脱退」、「第二位の中国も批准はしたが排出削減目標を負わない非付属書?国の扱い」、さらには 「ロシアにホットエアという怪しい特権が与えられた」 京都議定書に対する反感が根強い。そこには 「もともと省エネ世界一の日本がどうして 『乾いた雑巾を絞るような』 過去の実績を評価されずに、一律で 1990 年基準に基づいた削減目標 (日本の場合は ?6% ) を負わなければならないのか」 という不満が伏在している。
  ごもっとも。しかし、そういう不満を抱えながらも 2002 年に国として京都議定書を批准した。しかし 「反感」 は消えない、「どうせ、発効しないさ」 と悪口が続いた。しかし、疑問視されていたロシアが 2005 年に批准したことで、京都議定書は発効要件が満たされて正式の国際約束になった。それでも 「反感」 は消えない、「米国も中国も参加する訳がないこんな条約、第一約束期間の2012年でおしまいだ」 とか言って。そしたら、米国の雲行きも変わってきた。それでも「排出量世界二位でエネルギー効率が日本の 1/10 しかない中国が参加しないポスト京都議定書なんて無意味」というのが 「反感派」 の心のよすがになっているように見える。

  しかし、「中国のエネルギー利用効率は日本の 1/10 」 というキャッチフレーズは 「為替レートに準拠すれば」 の話に過ぎず、購買力平価 (PPP) に準拠すれば格差は高々 1/2?1/3 で、他の途上国と大差ないことが意外と知られていない。
  それに、いつも思うことだが、中国に限らず国際問題一般に限らず、「参加する筈がない」 といった思いこみは排すべきではないか。以下は中国政府の気候変動問題の元締め部局がホームページに掲げている文章である。

                  世界の気候変動交渉は新局面を迎えている

・・ 「ポスト京都議定書」 時代の形勢に対して如何なる戦略と行動をとって温暖化防止の交渉に臨むべきかは、中国が直面する重大課題である。過去の交渉で我が国は 「共通の、しかし区別された責任」 原則を堅持し、「途上国は排出削減義務を負わない」 という立場を堅持してきた。そうして・・我が国の経済発展のために貴重な発展空間を獲得してきた。
  しかし、「ポスト京都議定書」 時代にあって排出削減の圧力は絶え間なく増大している。その現状の下、我々は対策を調整し、より機動的・実務的な態度をとり、時期を判断し情勢を推し量り、「ポスト京都議定書」 時代の交渉戦略を練り、明確な交渉態度を打ち出し、各々の利益集団の相互関係を十分利用し、国家利益保護の基礎の上に未来の交渉上の連盟・パートナー関係を考慮し、(義務) 承諾の形式や枠について新たな選択を行い、好機を活かし、可能な限り主動的に、挑戦を迎え撃ち、ウィンウィンの結果を勝ち取る必要がある。
  また、我が国のエネルギー多消費構造は、国のエネルギー持続的供給に厳しい挑戦を突きつけているだけでなく、環境をも深刻に破壊している。よって交渉を通じて国際的な先進技術を獲得し、エネルギー効率を高め、温室効果ガスの排出を削減すると同時に、我が国の環境の質を改善し、温室効果ガスの排出に伴うコストを最小に抑えるとともに経済及び環境面で最大の効用を得るべきである。そうすることが気候変動で承諾すべき義務を緩やかなものとするだけでなく、我が国の経済社会発展のために可能なかぎり大きな発展空間を確保する目的に沿うのである。
                            国家気候変動化対策協調小組弁公室

  一目瞭然。中国の関心は既に 「ポスト京都議定書」 の 2013 年以降に注がれているのだ。以前は 「 2020 年以降は排出削減義務の承諾を免れ難い」 くらいの認識だったのが、交渉情勢によっては 2013 年に義務承諾もあり得るという 「心の準備」 を求めるニュアンスに変わってきている。(この文章の第 2 段落、「その現状の下」 以下の長ったらしい一文を見てほしい。中国でこういう書き方をする文章は要注意だ。) 理由は上述後段にあるとおり、エネルギー安保、そして CO2 排出の裏側にある公害、すなわち石炭燃焼に伴う SOX、NOX、そして煤塵の排出等による環境汚染、健康被害が危機的な状況に至りつつあり、「このままでは国土も国民ももたない」 という危機感が急激に高まっていることだ。一昨年来、陸続と打ち出される省エネ・環境保全・節約型社会建設の新政策を見ていると、(その効果は未だしだが) 中国の本気が伝わってくる。
  もう一つの暗示は昨今の中国 CDM (排出権取引) 事業の隆盛だ。5 年前、私が経産省の中国担当課長だった頃、CDMによるウィンウィンの効用を日本側から口酸っぱく説いても、中国は全く耳を貸さない印象だった。脳裏にその残像を残したまま情報更新を怠っていたところ、去年ネットあさりで見つけて、開いた口が塞がらなかった資料がある。中国のCDM事業リストだ。迂闊だった、いつの間にか中国は脱兎のごとく CDM 利用促進に走り出していたのだ。
  ・・そうやってさんざ京都メカニズムを利用しておいて、「ポスト京都」 で徹頭徹尾、削減目標不承諾の姿勢を貫けば世間から何と言って指弾されるか・・。ただでさえ、中国台頭に対する周囲の評判を気にする昨今の中国だ。CDM 全面利用に方針転換する際に、その計算をしなかった筈はない。
  「したたか」 な中国は(注)、「ポスト京都」 交渉でも改めて 「共通の、しかし区別された責任」 原則を持ち出して、粘りに粘るに違いない。しかし、環境破壊による外部コストは既に削減義務受諾のコストを上回っている可能性がある。劇的な受諾発表で世界の賞賛を浴びるシナリオを考えていても何ら不思議はない。(そう書いて、分野は違うけれど 1998 年のアジア通貨危機の際、朱鎔基前総理が 「人民元は切り下げない」 と宣言して世界から絶賛された故事を思い出した)。とにかく、「中国は絶対承諾しないだろう」 といった思いこみに浸っていると、いつか 「茫然自失」 するおそれ大だと思う。

  先をちゃんと読んで手を打つ・・そんな基本が対極的なほど出来ていないのが日本だ。国際公約した京都議定書の削減目標と実態の間には実に14%もの乖離が生じている。こんなに懸隔が大きいのにどうやって遵守するつもりか、まして 「ポスト京都」 は? まさか 「なんの、省エネ劣等生の二大巨頭、米・中が 『ポスト京都』 に入ってくる筈ないし、百歩譲って入ってくれば、そのときは劣等生を入れるためのハードル引き下げは必至さ」 くらいに考えているのではあるまいな・・
  そんなに甘い筈はないでしょう、先の中国ホームページでさえ言っている、「喩え京都議定書に定められた諸目標が実現できたとしても、気候変動安定化という最終目標には依然甚だ遠いのである」 と。「ポスト京都」 の出発点は、変動安定化の目標に如何にさらに接近するかを措いてない筈だ。米・中が参加の条件として行うハードル引き下げや代償獲得の駆け引きは当然激烈なものになるだろうが、「先発組」 が駆け引きの果実をお相伴することを易々と許すような交渉をする筈はない。それに 「米・中のハードルが下がる以上、先発組も削減義務を緩和されるべき」 などと主張すれば、ウルグァイラウンドの 「米一粒たりとも輸入させず」 スローガンと並ぶ 「鼻つまみ」 扱いされるのは必定。中国も、仮に 「ポスト京都」 に参加しない決断をするときは 「交渉を潰した戦犯国」 を思い切りたたく用意をするだろう。そのとき槍玉に挙げられやすいのはどういう交渉をした国か。
  京都議定書交渉では国際ルール作りに受け身になってしまったせいで、他国にいいようにやられて唇を噛んだ、それならば 「次回はそうさせじ」 と臥薪嘗胆するのが定石なのに、今のままでは 「悲劇は繰り返す。一度目は悲劇として、そして二度目は喜劇として。」 を地で行きかねない。我が日本が直面する 「不都合な真実」 はそれくらい深刻な気がする。(以下、次号に続く)
平成19年2月15日記

注:脱線するが、中国はそれほど 「したたかな」 交渉巧者なのかという問題がいつも気になる。日本では判で押したように言われる見方だが、これまた別の 「思いこみ」 ではないのかという疑念が消えない。本ブログでも取り上げた 「統一口径」 の習慣のせいで、中国は国民世論など外野の守りが堅い、そのおかげで政府は交渉が進めやすいといった事情はあろう。しかし、なにも手品を使っている訳ではない。碁や将棋に喩えれば、「こう打つ、こう来る、こう打つ」 と、三手先までを丹念に読んでいるだけのことではないか・・だから、中国人の方は日本から 「したたか」 と評される度に 「いやぁ別に。見たところ、オタクは本当になぁーんにも考えていないようなので、そう感じるだけじゃないですか」 などと笑いを噛み殺しているのではあるまいか・・・ 「中国 = したたか」 論を聞く度に、こんな強迫観念に苛まれる。




 

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