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ブログ 津上俊哉
中国 「民主化」 の行方(下)

前回(中)は、権力監督のために最も重要な民主選挙の導入状況を振り返ってみました。最終回の今回は権力監督の 「傾向と対策」 の続きです。


                  中国 「民主化」 の行方(下)

                  前号(中)から続く

  第二、最近進められている制度改革として注目に値するのは 「地方権力の上方分散」 とでも呼ぶべき現象だ。「民主化」 という範疇では括りにくい手法だが、権力監督という視点から見逃せないところがある。
  共産党統治機構の最大の欠陥は、各地方で党委書記というナンバーワンが 「こうしろ」 と指示すれば、何でもそのとおりに事が決まってしまう権力の過度集中にある。その地方権力を統治機構の内部で上方に分散することにより、チェックを働かせるやり方 (中国語では 「条線管理」 と言う。「上級直轄管理」 とでも訳すべきか) と言える。
  最近この方式が導入され始めたのは国土管理、環境保全などの行政分野である。地方政府の法令・政策不遵守が横行し、国土の乱開発や環境汚染など深刻な弊害を産んできたためだ。弊害を防止すべく中央は規制を大幅に強化すると同時に、各級地方政府の担当部局の長を上級機関が任命し、当該地方政府の一級上で監督する仕組みを取り入れた。
  例を挙げるなら、A市 (地区級市、人口概ね数百万人) の下にある a市 (県級市、人口概ね数十?百万人) の国土管理局長は、従来なら a(県級)市の書記や市長の指示に従わざるを得なかった。たとえその指示が 「法令や中央の政策に照らして問題がある」 と考えても、トップの指示に逆らっていては更迭されてしまうからだ。しかし、この改革により a市国土管理局長の任命権は上級 A市の書記や市長に移った。平たく言えば、a市の書記や市長の指示に抵抗しても 「飛ばされる」 心配をしなくてもよくなったということだ。私が自分で仕事をしている江蘇省の現場から観察するかぎり、その効き目は大きかった。
  この種の仕組みは10年余り前、税務機構を国家税務局と地方税務局に分ける改革で始まった。もともと中国では中央集権のように見えて、中央の代理人(Agent)のはずの地方政府が地方固有の利益ばかり顧みる弊害が顕著だった。今後、環境保全や国土管理だけでなく国策の統一が必要な分野から他にも次第に普及するであろう。これまた地味だが、有効な制度改革と評しうる。

  第三、権力監督のために重要かつ必須だと誰でも分かっているが、今日なお進展を見ていないもう一つの課題は司法の 「独立」、と言わないまでも、その地位の向上と権限の強化である。とくに田舎では司法が行政に盲従してしまう弊害が著しい。地域の 「基層」 法院が地方トップの意向に反した判決や命令を出すことは依然として難しいし、仮に上級審の裁判官 (審判員) が判決を出したところで、判決の執行が妨害される例が頻々と起きている。
  中国はかねがね 「民主化は進めるが、西側流の所謂 『三権分立』 モデルは決して採らない」 と言明している。しかし、人類が蓄積してきた知恵やノウハウに代わるものはそう簡単に見つけられない。人民代表大会 (立法) による行政の監督は徐々に作用し始めたが、地方政府の横暴を抑えて正義と法の執行を実効あらしめるためには、司法も強化しなければならないという点で衆目は一致している。
  問題は、そのために中国は、まず 「法曹」 というアイデンティティを持つプロフェッショナルの養成から始めなければならないということだ。それなしに上から指示を発しても 「絵に描いた餅」 に終わるのは目に見えているから、手順として理解できる。このために、中国でも一昨年から司法試験が強化された。従来、裁判官、検察官には法曹としての知識・経験を欠く人間が数多く任命されていたが、今後なりたい者は必ず司法試験に合格しなければならなくなった。現職の裁判官、検察官でも若手を中心に受験する人間は多い。資質を欠く旧世代はそう遠くなく退場していくであろう。
  その上で、司法の独立をどこまで許容するかという問題が立ちはだかる。広い中国では田舎の県・郷・鎮レベルには、とんでもないトップがたくさんいる。そんなトップの指示を法院が違法と断じ是正を命ずることは、上級政府も大歓迎だろう。しかし、省や中央のレベルの指示や措置を地方の法院が違法と判決したらどうなるか?加えて、中国では行政庁の作為・不作為を法廷で争う習慣が未発達であり、行政争訟法の整備も進んでいない。争いのレベルが上級機関に及ぶにつれて、共産党はどこかで逡巡することになるだろう。

  第四、最後に取り上げるのは、メディアによる権力監督の問題である。西側でメディアが 「第四権力」 と呼ばれて久しいが、中国では 「報道」 が 「宣伝」 と呼ばれて、永らく共産党の厳しい統制の下に置かれてきたことは周知のとおりだ。
  しかし、ここにも経済・社会の変化の波は抗しがたく及びつつある。商業メディア、とくに新聞や雑誌などの活字媒体では、共産党宣伝部の指導に慣れきった伝統的な媒体とは内容的にも人的にも異質な新興媒体がずいぶん発達してきたし、インターネット媒体の発達の凄まじさは言うまでもない (最近は当局側のネット管理技術も急速の進歩を遂げているようだが)。
  気になるのは、初回に述べた国民意識の大きな変化の中で、規制によっていびつに変型した 「正義の言論」 が共産党の痛いところを意識的に突く手法で膨張するようになってきたことだ。例えばナショナリズム。統治の正統性を確保するために、過去共産党自身がナショナリズムを鼓吹してきたせいで、「愛国無罪!」 を叫ぶ過激な言動を抑えることを躊躇ってしまう。また、この 1、2 年は 「社会正義」 の立場から、貧富や地方格差など経済成長がもたらした各種の不均衡拡大を捉えて、国是とされてきた 「改革開放」 路線やその論者を激しく攻撃する 「新左派」 の情緒的言論がネット上を吹き荒れた。
  そして、政府も共産党も、今やこういう指弾を受けることに、ばかに神経質なのだ。「弱腰外交」 を批判される外交部、「不当な国有企業の MBO を許して国有資産を流失させ、企業幹部を潤わせた」、或いは 「民族企業の不当買収を認可して外資企業の中国経済支配を許した」 等々の批判を受ける経済官庁などからは、「迎合」 を疑わせるような政策や発表が見られるようになった。数年前まではなかった現象である。
  中国共産党や政府は、批判されることにもっと慣れなければならない。だから、批判が行われること自体は結構なのだが、問題は 「世論」 の側が、共産党が取り締まりにくい、耳に痛いと感ずるような論点だけを選んで攻撃する悪しき 「選択性」 を帯び始めたことにある。そして、世論をそのようにいびつに成長させた責任は、メディアを統制して政府批判を許してこなかった共産党自身にある。言論を抑え込んでいるから、共産党と政府の弱い部分で 「正義の言論」 が膨れる、喩えて言えば、血管のキズから膨らむ動脈瘤のようなものだ。
  胡錦涛政権は民主や政治改革の問題に積極的に取り組んでいるが、メディアに対しては取締り強化など強硬姿勢ばかりが目立つ。しかし、そうして取り締まりを強化すればするほど動脈瘤(=正義の言論) が膨らみ、共産党も政府も振り回される悪循環に陥っていないか。もっと長期的視野に立った取り組みが必要なように思えてならない。

  中国の政治状況を横で眺めていると、この国は民主選挙を普及して 「普通の」民主国家になる前に、まず、権力が集中しすぎた共産党体制にきちんとした監督を働かせることの方がよほど差し迫った課題になっていると感じられる。国民が切望してやまないのも、そのことである。
  国民主権は崇高な政治理念であり、民主選挙はそのための神聖な儀式になっている。しかし、元を辿れば、英国に始まった議会制度もそれ自体が目的というより、王権の横暴に対抗するための手段だった。共産党の権力を監督するための中国政治改革も、民主選挙以外にも本稿で取り上げてきたような様々な制度改革を手段として組み合わせて、徐々にしか進められない。
  牛歩のような遅々とした歩み、大きすぎて多様すぎる中国のことゆえ、仕方がないのだが、急速に変化する国民意識との時間の競争に勝てるのか。・・・身も蓋もない 「やま勘」 になってしまって恐縮だが、向こう20年くらいは大丈夫だと思っている。理由は、その頃までは暗くて貧しくて恐ろしかった文革の頃を覚えている 1960 年組が社会の中枢にいるからだ。でも、その後は?
  経験や記憶を育ちの違う世代へと継承することは本当に難しい。昨今の日本を見ていてそれを痛感するのだが、歴史教育を重視する中国でも、若いネット世代などを見ていると、事は簡単ではないと感じられる。どんなに痛い目に遭っても、暫く経つとそのことを忘れ、また間違いを繰り返す、それが人間の性なのか。          (平成18年8月22日 記)




 

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