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ブログ 津上俊哉
中国 「民主化」 の行方(中)

今回のテーマはいささか大風呂敷を拡げすぎてしまいました。収拾がつかなくなりそうですが、全体を3回分に分けて、今回は第二回分として民主選挙の問題を中心に考えてみたいと思います。


                 中国 「民主化」 の行方(中)



  「共産党独裁体制」 が何時まで続くかを論じていたのだが、いざ考え始めると想像以上に難しい。中国人は現状の何を問題と感じ、何を望んでいるのだろうか。
  いまの中国に「自由」 がないことが問題なのだろうか。確かに中国には政治活動の自由、結社の自由、言論の自由など政治的自由がない(注)。しかし、経済的自由は改革開放前に比べて大きく拡がった。政治的な自由がないことで直接不利益を被っているのは少数の政府批判者とメディアであり、大多数の 「ノンポリ」 国民はそれほど不便や不満を感じていない。
  そう書いたからと言って、「だから、政治的自由の制限はたいした問題ではない」 と言うつもりはないが、次に述べる問題の方がはるかに切羽詰まっているのである。

  中国にとってより切迫した問題とは、共産党に権力が集中し、これに対する監督 (チェック) のメカニズムが不十分なことだ。そのために幹部の不正・腐敗は言うに及ばず、職権の濫用や不作為、人権の侵害、法令の無視など、政府に対する国民の信認を揺らがせる様々な問題がここから生まれている。これこそ今日の中国が解決しなければならない焦眉の急の課題である。
  つまるところ、これらは統治機構のガバナンス問題であり、権力をもっときちんと監督するには、様々な面から現有制度を手直ししなければならない。以下では、権力監督のための制度改革の現状と課題をいくつか取り上げてみたい。

  第一、権力監督のために最も重要なのは民主選挙の導入である。あまり知られていないが、共産党はこの面では最末端 ( 「基層」 という) から徐々に積み上げる形で地味な改革を進めている (この改革に最も熱心で理論的イデオローグにもなっているのは中央党校(曽慶紅校長)である)。
  まず、農村における 「村長選挙」 が挙げられる。「村」 は厳密には正規の行政機構ではなく住民の自治組織に近いが、全国80余万の村には 「村民委員会」 が置かれており、この主任が 「村長」 に当たる。この村長を住民の直接投票により複数候補制の選挙で選出する試みは早くから始まったが、この10年でようやく全国レベルの普及が始まったようである。
  住民の直接投票による選挙の例としては人民代表大会 ( 「人大」 ) 代表の選挙も挙げられる。人大としては中央レベルの全国人民代表大会 ( 「全人代」 ) が有名だ。憲法によれば、全人代は立法権を行使する 「最高国家権力機関」、つまり (共産党は別として) 国務院よりも上に位置する機関であるが、従来は引退幹部の名誉職、有形無実の 「ゴム判」 機関だと批判されてきた。しかし、最近は徐々に行政府 (国務院の各部委) に睨みの効く監督機関としての地歩を築きつつある。中央以外の各級地方にもそれぞれ人大があり、全体として行政府監督のための制度改革の重要候補であると言えよう。
  郷・鎮 (これは正式の行政単位) 級の人大は既に40年以上、郷鎮の上の県級人代も既に20年近い直接住民選挙の経験がある。惜しむべきは県級人大の直接選挙が実現して以降、その上の (地区級) 市、更には省の人大の直接選挙へと向かう動きが止まっていることである (最上級の全人代まで含めて全て「間接選挙」で、実態は共産党人事そのもの)。中国の (地区級) 市の人口は数百万人が普通であり、省になると平均約4千万人もいる。省級人大代表を住民の直接選挙で選ぶとなると小国の国政選挙並みの規模になるので簡単ではないが、全人代事務局などでは省級人大代表まで住民による直接選挙を拡大するよう求める意見が強い。
  次に、各地域の共産党委員会書記の 「公開推薦・直接選挙」 の試みである。党委書記といえば地域のナンバーワン権力者であり、意義は大きい。「直接選挙」 と言っても、共産党内における選挙 ( 「党内民主」 ) に過ぎず、住民が直接書記を選ぶ訳ではないが、雲南、四川、江蘇、湖南省など幾つかの地方で、まず郷・鎮の党委書記を党内組織で「公開推薦・直接選挙」する実験 ( 「試点」 という )が始められている。
  同様に、(党委書記ではなく) 地方政府のトップについても最近江蘇省および四川省の一部など郷・鎮党委書記の選挙の経験を積んだ地域で、県(市) 長を選挙で選出した例が報道されている。しかし、地方政府のトップの選挙なのに、住民の直接選挙ではなく 「党内選挙」 である。やはり当局トップの選任を住民の直接選挙に委ねる覚悟はまだできていないようである。

  総じて言えば、直接選挙については努力の跡は認められるが、まだまだ緒に就いたばかり、前途遼遠の感を禁じ得ない。広大で多様すぎる中国のことゆえ、全国各地方にまたがる政治体制改革を中央からの号令だけで進めることには限界がある。来年は第17回党大会が予定され、これから党省委書記・省長級に始まり、続々と各級地方幹部の異動が行われる。この過程でどのような進展・突破があるのか、また、地方政府の行革等に見るべきものがあるのかも注目しなければならない。                      (平成18年8月13日記)

注:中華人民共和国憲法は第二章において各種の公民の権利を保障している。例えば第35条は「中華人民共和国の公民は言論、出版、集会、結社、デモ、示威の自由を有する」とあり、第36条は宗教信仰の自由を、第37条は人身の自由の保障を規定するといった具合だ。ただ、同時に第51条に「公民は自由及び権利を行使するとき、国家、社会、集体の利益や他の公民の合法的自由及び権利に損害を与えてはならない」等々の「但し書き」的な規定があり、実態は、但し書きが本則・本文を押し退けている。自由を行使しようとすると政府の厳しい取り締りに遭遇し、逮捕・拘束を受けることも珍しくない、古典的な「自由がない」状態だ。




 

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