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続報 「経済再過熱の兆しを警戒する中国」

3週間前にアップした中国マクロ経済分析の続報です。


                   続報 「経済再過熱の兆しを警戒する中国」

 6月6日の弊サイトで、第1四半期の統計速報に現れた経済再過熱の兆しを見て、中国政策当局が慌ただしく過熱防止の手を打ち始めたことを述べた(「経済再過熱の兆しを警戒する中国」 )。

 それから約1週間経った14日前後に5月の統計速報が発表されたが、その数字がまた思わしくなかった。本稿は 「続報」 として、状況を簡単にサーベイしてみたい。


 貿易黒字
4月 104.6億USD(前年同期比+136.7%増)
5月 130.0億USD(前年同期比+ 44.4%増)

 都市部固定資産投資
1-4月 1兆8006億元(前年同期比+29.6%増)
1-5月 2兆5443億元(前年同期比+30.3%増)

 居民消費価格指数(CPI)
4月 前年同期比+1.2%増
5月 前年同期比+1.4%増

 企業消費価格指数(CGPI)
4月 前年同期比+1.0%増)
5月 前年同期比+1.5%増)

 マネーサプライ(M2)
4月 31兆3702億元(前年同期比+18.6%増)
5月 31兆6710億元(前年同期比+19.1%増)

 金融機関人民元貸出増加額
1-4月 20兆9556億元(前年同期比+15.5%増)
1-5月 21兆1650億元(前年同期比+16.0%増)


 (1)この状況に対して、統計発表と同日の6月14日、まず国務院常務会議 (温家宝総理主催) の開催が発表された。会議では当面の経済政策全般が討議されたが、経済再過熱に関しては、とくに固定資産投資と金融貸出の膨張を抑えることが強調されている。
 (2)これを受けて人民銀行による公開 「窓口指導会議」 が開催された (開催日は13日)。4月27日に続く開催であり、金融貸出の引き締めが改めて通達されたほか、翌14日には、5月18日に続いて再び建設銀行、農業銀行、工商銀行など貸出の伸びが目立つ特定行を狙い撃ちした公開市場操作 (売りオペ) で1000億元の現金を回収した。
 (3)また、16日には7月5日付けで金融機関の準備金比率を0.5%引き上げて8.0%にすることが決定された。以前から人民銀行の打ち出す 「次の手」 として予想されてきたところであり、直接回収する資金は1100億元程度とされるが、乗数を考慮すると4000億元程度の資金回収効果があると報じられている (注1)。
 (4)固定資産投資。発展改革委が担当する業種別過剰投資抑制政策については追加措置が発表されていないが、弊サイトでも取り上げた 「土地供給のバルブ」 ( 周其仁教授コラム「ミクロ・コントロールは願い下げ」を参照 )については、15日、国土資源部が 「土地に関する違法行為を厳正に取り締まる緊急通知」 を発表したほか、本年末を目途に進められていた土地の払い下げや譲渡、地目変更等に関する規制制度の全面改正と権限の中央集中などの措置が繰り上げ実施されることが示唆されている。
 (5)また、依然として厳重な市場管理の下にある人民元為替レートにも若干の変化が現れた。
6月21日、これまで心理的なバリアとされてきた 「 1USD=8RMB 」 を市場終値で初めて突破 (これを「破8」という )、7.9970で引けた (翌22日終値は7.9964 )。過去にも中間値で「破8」が記録されたことはあったが、終値を 「破8」 のままにしたことには 「市場の心理的な慣れはもう十分」 との当局判断が透けて見える。

 以上の一連の措置に対する識者のコメントを見ると、いまのところ、2004年春の 「マクロ・コントロール」 発動に比べて、今回は政府が比較的冷静で、かつ、企業行動に対する強度のミクロ介入はなるべく避けて、本来のマクロ措置を使おうとしている、といった、比較的好意的な論評が目立つ。確かに、04年春は統計数字に不意を突かれた政府の周章狼狽ぶりが目立ったのに対して、今回は政府トップレベルも含めて問題把握がやや早かったと言える。また、措置の主力が人民銀行及び国土資源部という、カネと土地のバルブを司る省庁によって推進されている点は、少しは 「マクロらしく」 なっていると評することも可能であろう。

 しかし、問題はこれからだ。多くの論評が 「第2四半期 (6月まで) の統計数字の出方が今後のカギを握る」 と評している。数字が出るのは7月15日前後だが、目が離せない。筆者はその時点で大きな改善は見られないと予想する。マクロ措置の難点はそれほど速く 「薬効」 が見えてこないことだ。大きなタンカーの舵を切るのと同様、4月以来の措置が効き目を現すにはいま少しの時間が必要と感ずる。指導者がそれを待ちきれなければ、今度は後でオーバーシュートが懸念されるような 「劇薬」 が処方される可能性もある。

 そもそも、上述の拙稿 「経済再過熱の兆しを警戒する中国」 でも指摘したように、今回の経済再過熱の根底には、低金利と莫大な為替介入という二つの問題が横たわっている。これに対して、 金融面では上述のとおり余剰資金の回収を中心に手を打っているが、やや隔靴掻痒の感がある。また、後者はようやく 「破8」 の心理的バリアを消化しようとしているが、再過熱の元凶である大量の為替介入を大きく減少させるには依然として力不足だ。  振り返ってみると、人民銀行は景気過熱問題で、終始問題認識と対策のリードを取ってきた(注2)。問題は同行のようにマクロ経済を正しく理解する省庁が少なく、同行も中央政府の中でパワフルとは言い難いことだ。FT紙によると、周小川行長は党中央政治局員宛書簡の中で、「いまのようなドル買い介入により現行レートを維持し続けると、中国の金融システムは早晩破裂してしまう、我々がドルを買えば買うほど、人民元を余計に供給することとなり、それを銀行が貸出に回してしまう。しかも、我が銀行達は貸出の仕事をうまくやれない。上海の資産価格の上昇や至るところで過剰生産を行っている工場がその貸出の結果である」と述べたという (同紙5月15日付け 注3)。この危機感を何時、どの程度、政府トップにも共有してもらえるかが本当のカギのような気がする。
                                  (平成18年6月26日記)

注1:余剰資金が貸出に回るのを防ぐための措置として、公開市場操作や準備金比率引き上げ以外にも銀行預金を株式市場へ誘導する措置が執られている。確かに、中国株式市場の宿痾と言われた 「非流通株改革」 が進展し、既に発行時価総額ベースで3割以上の企業の株式が 「全流通」 に移行したことに加え、最近再開された新規上場 (IPO) もピッチが上がっており、中国株式市場は5月に世界中で軒並み株価が下落したのに対して、依然好調を維持している。これで相当額の預金が株式市場に回った結果、5月末の居民人民元預金残高は前月比122億元の増加、2001年8月以来の最低の伸びに止まった。5月の統計数字唯一の 「朗報」 と言えよう。
注2:景気過熱問題は03年に端を発する。同年6月に人民銀行が突如不動産融資の抑制措置を執ったのが対策の始まりだった。人民銀行はこの措置を執ったことで不動産業界から大変な攻撃を受けたが、正しい認識だった訳である。04年春には政府が「周章狼狽するが如く」強硬措置を打ち出したが、人民銀行はそれに先だって年頭から警鐘を鳴らしていた( 「『人民元、年内切り上げへ』は本当か?」 の 「今年の人民銀行工作会議の重点はインフレ阻止」 の項参照)。
注3:FT紙が掲載した「周小川行長の党中央政治局員宛書簡」なるものが本物かどうかは分からない。同紙はそれを「入手した」として掲載したが、機密漏洩に今まで以上にうるさくなっているいまの中国で、本当にこんなものが漏れたら大事だ。中身を読む限り、筆者には「そのとおり」と頷ける部分が多いのは事実だが、或いはよく出来た偽物、なのだろうか。




 

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