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ブログ 津上俊哉
変貌する中国経済 その二

 前回に続き、10月 9日付け日経新聞「経済教室」に掲載された大塚啓二郎氏の論文 「中国 農村の労働者は枯渇」を題材にします。今回は論文の論旨後段、「土地私有制の導入」問題を取り上げます。


                     変貌する中国経済 その二
                       「土地私有化」問題


 前回に続き、10月 9日付け日経新聞「経済教室」に掲載された大塚啓二郎氏の論文 「中国 農村の労働者は枯渇」を題材にします。今回は論文の論旨後段、「今後の中国経済改革の焦点は土地私有制の導入ではないか。なぜなら、現行制度は、一方で所得の上昇した新中間層の住宅需要急増に伴い (農民は土地を取り上げられる一方、不動産業者は大儲けといった) 不動産を巡る許し難いほどの所得格差・不公平を生んで社会の不満を増大させているからである」がテーマです。

  第二の土地問題について。「土地私有化」 と言うと、中国共産党に 「社会主義」 の看板を下ろせと強いる 「不能方程式」 のように聞こえるかも知れない。しかし、これを 「土地制度に市場メカニズムを導入するための改革」 と言い直すと、実は 「既に道半ばまで来ているが、残りを如何に踏破するか」 という問題であることが分かってくる。 6月 6日付けの本ブログで紹介した北京大学周其仁教授が、最近月刊購読誌 「FACTA」 9月号に 「中国 『土幣』 経済の歪み」 と題する論文を寄稿している。そこで周教授が説いている中身がまさに本問題を取り上げているので、FACTA出版社並びに周教授のお許しを得て、該当部分を転載する (一部筆者が整理した)。

・・・完全な市場経済では、土地資産はマーケットで取引される商品の一つに過ぎない。購入者も需要と供給の関係で決まる価格を支払う必要があり、また、自らの収入、予算の制約を受け、その他投資と需要のバランスも関係してくる。土地を収用する政府も、仮に収用の補償額がマーケットで決定されるならば、政府の予算制約の下で収用量を決めなければならない。
・・・しかし、現行体制では、政府による土地の強制収用が農地転用の唯一の合法ルートとされている・・・しかも、国は収用対象の農地を農業収入を基礎として補償する一方、収用後に政府が予期する収益は、工業・商業・住宅販売等の収益を基礎とした土地使用権の譲渡収入や企業誘致から得られる税収や地元就業等となる。予期される土地収用の総収益が総コストを確実に上回るので、政府は常に土地を収用したい動機に駆られることになる。(注:これが乱開発や汚職の源になる)
・・・土地制度問題で解決すべきことは・・・民相互、民と官、官相互の間に存在する土地資源の配置や再配置にまつわる利益の分配と均衡を図るという問題をきちんと解決することである・・・土地制度の抜本的改革と再構築は、必ずしも大なたをふるってゼロから始めることを意味しない。改革は従来の体制が変化した情況から少しずつ進めればよい。
・・・事実、我が国の農村土地請負制度改革と都市の土地譲渡制度改革は、土地譲渡権成立の重要な土台となった。今日、農地は請負経営期間内で農家同士で合法的に譲渡でき、都市の建設用地は50~70年間といった長期にわたって企業や私人に使用権を有償で貸し出す方式で譲渡、再譲渡が可能になった (注:土地使用権は譲渡だけでなく、銀行借入の担保に供することもできるので、ほぼ 「市場メカニズム」 への組み込みが完了した)。
・・・現在唯一未解決の問題は、前述の二つの権利譲渡の間 ― つまり、農地を都市建設用地へ転用することである。問題の要は、現行体制が政府による土地の強制収用を農地転用の唯一の合法ルートとみなしていることにある。
・・・いわゆる土地制度の抜本改革とは、実は土地収用制度の改革、「農地転用」 の市場での譲渡権を確立することにほかならない (周其仁、2004)。状況ははっきりしている。この点さえ集中的に変革すれば、わが国の土地資源の譲渡権は全面的に確立され、優れた土地市場を育てるための基礎条件を備えることができるのである。

  経済成長に伴って土地から巨大な利益が発生するようになったのに、政府が 「収用」 の名の下に、農民からタダ同然の値段で強制的に土地を取り上げる結果、利益に浴する者と農民の間に著しい不公平が生まれる、だけでなく、過大な利益に誘われた地方政府の乱開発などを引き起こす・・・これがいま中国で大問題になっていることは周知のとおりだ。つまり、周教授は、引っつめて言えば、「譲渡権」 という概念を通じて土地収用における農民の取り分=政府の収用コストをもっと引き上げることを提唱している。それが農地利用と都市建設の狭間で切れてしまっている市場メカニズムを繋げることにもなるという訳だ。
  現に今年、国土資源部は農民への収用補償基準を大幅に引き上げることを決定した。それが 「農業収入を基礎とした補償」 であるかぎり、土地価格の更なる上昇によって不公平が再発してしまうが、連続して引き上げていけば、やがて 「工業・商業・住宅販売等の収益を基礎とした土地使用権譲渡収入を基礎とした補償」 との理念的境界ははっきりしなくなるだろう。では、農民が 「収用」 命令に抵抗することは認められるのだろうか。これも 「権利」 の別の側面だが、既に無法無体な開発計画や土地収用には地元農民が強く抗議し、地元政府側も上級政府への直訴を怖れて、昔のように手荒なマネはし難くなっている。
  補償の経済価値が高まり、ゴリ押し開発・収用が通用しなくなることにより、静かに徐々に、農民の 「農地譲渡権」 が立ち上がりつつある、と言えなくもない。

  でも、「土地が国有」であることは、畢竟「市場経済」とは相容れないのではないかという疑問があろう。しかし、土地所有権者に何が認められ、何が社会的制約として課せられるかは、国によって様々である。日本では 「自分の土地をどう使おうと所有者の勝手」 権が広汎に認められているが、欧州では土地所有権に様々な規制が課せられている。また、「永代」 所有権と数十年の期限付き利用権が異なるのは事実だが、日本では所有権制度とは別の切り口、すなわち 「相続税制」 によって、個人が世代を超えて土地所有を継続していくことに事実上大きな制約を課している。要は土地利用権の制度設計は多様でありうるのだ。

  大塚論文が 「土地私有化」 と呼んだ問題は、実は上述のような形で既に変化が始まっている。他方で、それは疑いもなく沿海と内陸部、都市と農村部の間で 「土地価格の格差」、さらには 「持つ者と持たざる者」 の間で、新たな不公平問題を生むことになるだろう。これまた、かつて日本が通った道である。しかし、経済成長に伴って土地が莫大な価値を持つようになった以上、その利益の配分があまりに偏っているという目前の不公平と市場メカニズムの機能不全を解消することは、中国にとって、もっと差し迫った課題である。これを 「ダイナミズム」 と見るか、それとも 「モグラ叩き」 と見るかは、人によって異なるであろうが、「社会主義市場経済」 中国が大きく変貌し続けていることだけは確かだ。
平成18年10月15 日 記




 

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