津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

2004

UFJ資金で日中投資ファンド
-津上俊哉・東亜キャピタル社長をインタビュー-
2004/07/26
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聞き手 村尾龍雄弁護士
弁護士法人キャスト代表
―― 中国と日本の架け橋を目指す投資ファンドを立ち上げた

 私が社長を務める東亜キャピタルは中国と日本のクロスボーダーでエクイティ投資(=株式の取得を伴う投資)していく「日中架け橋ファンド」を運営している。投資形態としては日本から中国への投資(アウトバウンド)、中国から日本への投資(インバウンド)のほか、日本国内で起業した中国系の元留学生らの企業に投資する3種類を想定している。

―― ファンドの規模は

 計画額は総枠で100億円だ。投資案件がまとまるごとに形成するいわゆる「キャピタルコール」形式だ。

―― ファンドの出資者は

 ほとんどの出資はUFJ銀行によるものだ。UFJは国内支店で中国ビジネスへの取り組みが進んでおり、分厚い蓄積を持つ。こうした蓄積が投資案件の掘り起こしで生きる。

 本当に優良な投資案件はそう簡単に投資を受け入れない「売り手」市場だ。出せるのがカネだけという人は他にもいる。中国企業の差別化戦略を助けてあげられる日本側の「サムシング」がないと、適切な投資案件を発掘していけない。その意味では日本企業と「点と点」ではなく、「面」的に接触できるかどうかが、どれだけ案件を掘り起こせるかにつながる。

 ファンドという存在だけでは、企業との接触面が狭い。出資銀行の支店ネットワークを使えたらそうした部分を補える。

―― 投資対象企業は

 対象企業としては、例えば中国で安定的に成長しているが、過当競争を避けてさらなる差別化をもくろむ中国企業などが挙げられる。資金と共に、日本が持つ技術などを提供して、新たな方向に舵を切っていく際の手助けをしたいと考えている。それが日本側企業の中国市場開拓のお手伝いにもなるだろう。

 日本はこれまでずいぶん多くの技術を中国企業に供与してきたが、これからは技術だけ供与するのは愚策だ。見込みのある中国企業には、技術だけでなく、一種の「出世払い」のような格好でエクイティを投下していくべきだろう。

 ただ、可能性がある中国企業であっても、日本と何の関わりも持たない企業には声をかけない。日本側が何かお手伝いできることが条件だ。そうでないと、単なる競馬・競輪のたぐいになってしまう。ファンド名を「日中架け橋ファンド」としたのは、そういう思いからだ。

―― 出資銀行にとってのファンド参加の意義は

 銀行は本来はローン、貸し付けが主たる業務だろう。しかし、残念ながら、邦銀の貸し付けのものさしで融資にゴー判断ができる案件は中国には多くはない。むしろ、エクイティという形で企業の成長に関わるケースの方が実態に合っている。

 今の邦銀の中国でのビジネスは、取引先は日系企業ばかりという意味で「日本人ムラ」から一歩も出ていない。そこが邦銀共通の悩みだろう。人付き合いでムラの壁を突破できないと、本当の意味で中国経済に参画し、パイの拡大の恩恵にあずかれない。ファンドという形で関わっていけば、今後のノウハウづくりの役に立つだろう。このファンドは「日本人ムラ」から出るための一つのビークル(=乗り物、手法)として使える。

―― 株を売却して収益を得るスキーム(枠組み)は

 理想はIPO(=新規公開)で売却益を得る形だ。上場先は様々なマーケットが考えられる。香港、シンガポール、ナスダックのほか、時間・手間暇が縮減できれば中国企業が日本上場を検討する可能性もある。

 中国A株などのメーンボード(=主要市場)はいまは資本規制でエグジット(=exit、株式売却などによる投資回収)が難しいし、申請企業の長い行列ができていて相当待たされるという問題もある。ただ、深センの中小企業向け市場などが成長・規制緩和していけば、有望かも知れない。変化は速いので、今後どういう風に運用されていくのか注目したい。

―― 投資先企業の業種は

 既存の欧米系ファンドの場合、ハイテクベンチャーに投資するケースが目に付くが、中国の場合、そこが本当にメーンフィールドであるのかどうか、疑問を感じる。中国ではもうちょっとローテクで、トラディショナルな産業の部分が主力になり得るのではないか。いまの中国産業の本当の強みはこうしたところにある。食品製造や金属加工なども考えられる。米国系投資銀行が内蒙古自治区の牛乳メーカーに投資した例は感心した。

 既存のファンドには「シリコンバレー・バイアス」とでも呼べるような先入観があるのではないか。担当する人がハイテクやIT、ドットコム、バイオに慣れていることは分かるが、それが中国での最良の投資先かどうかは別の問題だ。

―― 投資先企業の成長段階のイメージは

 当ファンドは生まれたばかりのベンチャー企業に資金を注ぎ込んで急成長させるイメージではない。むしろ、企業としての基礎は固まっているが、さらにもう一歩上を狙うプライベートエクイティ投資のイメージだ。

 投資の期間としては前半5年間で投資し、後半5年間で回収するトータル10年間の計画だ。5年間で20件から30件に投資するイメージだ。大きい案件で2けた億円、小さいもので1けた億円、1億円未満といったボリュームを考えている。

―― 日本での投資案件はどういうケースがあり得るのか

 日本企業への投資では、たとえば、日本では中小だが、中国でビッグになりたい企業とか、販路を拡大したいという企業が考えられる。上場するプロセスでもお手伝いができるだろう。中国マーケットで日本企業をリバイタライズ(=再活性化)する手助けもしていきたい。

―― 日本で起業した元中国系留学生の企業も視野に入っている

 日本に留学した後、起業する中国系留学生は多い。既に私の知る限りでも3社が日本で上場済みだ。後続もいる。

 しかし、素質があるのに、「中国人の会社だ」というだけの理由で日本で受けるべき重視を受けられずにいる会社が多い。往々にして日本では日本以外のアジアを軽く見る気風がある。そうした逆風の中、壁にぶち当たっている企業との間をつないでいけないかと考えている。

―― 経済産業省のキャリア官僚転身した

 官僚としての適性に欠けていた。役人なら他の人がもっとうまくやれるが、中国人との深い付き合いが必要な領域では他の人にできないことをやれる気がする。この10年、役人、研究員としてだが、様々な中国のビジネスマンとつきあいの輪を広げてきたつもりだ。そのつきあいの中で私なりに相手をふるいにかけてきた。残った人の間に築いたネットワークの中で投資案件を探していきたい。

 ビジネスに限らず、日本が中国と付き合う場合、しばしば特定のカウンターパート(=相手)と「一夫一婦制」のような関係に陥りがちだ。しかし、本来はいろいろなパイプを並列的に持つべきだろう。私は幸いにしてそうした相手をかなりの数持つことができた。

―― 中国から日本への投資が熱気を帯びている

 今、中国では日本企業を買収したいところがいっぱいある。一種の対外投資ブームとなっている。しかし、きっとほとんどが流れてしまうか失敗するだろう。多くの中国企業や企業家は日本企業特有の思考やくせなど、日本という相手のことが分かっていないからだ。

 ただ、きちんと日本企業を調べ上げているプロフェッショナルな人たちもいる。こうしたケースの中からは最終的に成立するものも出てくるだろう。

―― 投資案件成立の見込みは

 既に日本から中国への投資案件が第1号案件として仕掛かり中だ。中国から日本への投資案件はその後になるが、まだ初歩的なプランニング段階ではあるものの、打診を受けており、実現させたいな、と思う案件がある。例えば、日本の大手企業の子会社で、親会社の「選択と集中」戦略からはずれてしまったところでも、中国側出資者の助けを借りて中国マーケットを開拓すれば企業価値が上がるようなところが有望だ。

 実はまだ中国企業は一部を除いてまだ規模が小さい。日本企業を買収しようと思っても、必要な買収資金をキャッシュでは用意できない。そうしたケースでは日本側でエクイティやローン(=融資)の面でサポートする余地がある。

―― 中国市場のリスクを指摘する声もある

 中国でも日本国内でもリスクはある。米国市場でも巨額の投資ロスが過去に発生している。日本が投資のロスを償却したという意味では、米国は最もリスクの大きかった投資先だったかもしれない。「中国リスク」という「バカの壁」に封じ込められてはいけない。

中国語版
(NIKKEI NET 2004年7月26日)