津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

2003

書評:『中国台頭 〜日本は何をなすべきか〜』
2003/04
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ジャイ 林瑜
大阪市立大学大学院経営学研究科教授

 本書は、9年前に何の先入感もなく中国とかかわりを持ちはじめ、その後自分の目で中国を見てきた元通産省官僚で現経済産業研究所(独立行政法人)研究員が書いた等身大の中国経済像である。

 著者が言ったように、本書を書こうと思い立った発端は2001年に突如として「中国経済脅威論」が沸騰したことだった。著者の考え方は単純明快である。後進国が先進国を追いつこうと頑張るのは至極当然のことで、日本の産業空洞化やデブレを中国のせいにするのは本末転倒である。日本はかつて今の中国と同じようにアメリカを追いつき追い越せと頑張っていた。今はその日本が中国の追い上げを受けているが、その追い上げを競争の原動力にし自分自身を改革することは筋である。

 なるほど、その通りである。85年に来日し、世界一の日本とデフレの日本、日米経済摩擦と日中経済摩擦、中国経済への無関心から中国経済崩壊論と脅威論にいたるまでの日本世論の変化などを見てきた評者の私はまったく同じ思いである。中国はその多様性のゆえに一つの国というよりも一つの世界である。上海の町並みや大都市の金持ちの振る舞いを見れば、中国は日本と変わらないのではないかと錯覚し、失業者があふれる内陸部の都市や貧しい農村部を見れば、中国は日本より60年も遅れているかなと思うだろう。そのいずれも正しいようで正しくない。複眼的に中国をとらえないと、崩壊論か脅威論のいずれかになる。また、本来一国とくに先進国は消費者の利益を第一に考えるべきなので、日本企業の中国進出や中国からの安価な消費財の輸入は決して脅威ではなく、自由貿易の恩恵なのである。

 著者は、複眼的に中国をとらえる中国論者であるだけではなく、心から日本経済の行末を案じる日本経済論者でもある。日本企業の中国への移転と安価な中国製品の輸入を日中両国問の事実としての経済統合として認識し、この事実を事後的に追認するのではなく、日本が東アジア版FTA(自由貿易協定)の締結に積極的に取り組むことによって各国間の分業と競争のメリットを生かしつつ日本経済の強みを引き出すことができると唱える。また、日本国内の「官業」や規制業種の構造改革についても自らの持論を随所に織りこませている。とくに日本の農業の現状を憂慮している著者は、減反政策などで米生産の調整をしている日本の農業政策を「計画経済」そのものだと一喝し、競争原理を導入し、株式会社化による農業への参入を認めるべきだと主張する。

 以上はこの本の大まかな内容である。偏った中国経済論の本をあまり手にしない私は、久しぶりにこの本を読んで、改めて中国経済と日本経済について考えさせられた。著者は元通産省官僚として94年に中国WTO加盟交渉に参加した後4年間日本大使館経済部参事宮として北京に駐在し、昨年から経済産業研究所に勤務するという異色の経歴を持つだけに、本書は専門書でもなく解説書でもない。中国脅威論を唱えるものでもなく中国崩壊論を吹聴するものでもない。自分の経験や逸話に基づくバランスの取れた中国論が的を射ている。また、中国と比較しながら指摘した日本経済や日本農業の問題点も傾聴に値する。競争と協調下の日中関係をよくするために、両国とも、過去を直視した上での将来志向の外交政策が必要で、官民上げての相互理解が進めば明るい日中関係が必ず到来するという著者の予測からは著者の中国に対する深い理解と日本に対する強い愛国心を感じせずには入られない。

(貿易と関税 ブックレビュー 2003年4月号)