津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

2002

道路4公団民営化論議に異議あり
-「受益」以上の受益者負担をやめ、公団財務健全化のための国費投入を!-
2002/09/09
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< 要 約 >
道路関係4公団民営化推進委員会が「公団は民営化し上場する、国費は投入しない、料金水準は現状維持を前提に、有料制を恒久化する」方針で議論を進めている。そこに高コスト構造是正の視点がないことは理解に苦しむ。
有料道路の財務が悪化した大きな理由は国費(真水)の投入が少なすぎたことであり、国際的に見ても明らかに過小資本だ。中国も国有企業で同じ失敗を犯したが、これに懲りて、いまは過去の過剰債務を株式化し、今後は自己資本を充実する方針に転じている。
いまの利用者は国費投入の肩代わりで受益以上に「受益者負担」させられている。料金改革なしに徴収を恒久化することは不公平なだけでなく、懸念される産業空洞化を加速する結果につながる。日本も公団財務に必要な真水を追加投入する正攻法を取るべきだ。
自由産業で価格破壊が起きているのに、「官」の関与の強い産業で価格調整が進まない「二重構造」を是正することは日本経済の再生に不可欠だ。道路改革でも需要サイドの視点を織り込んだ高コスト是正に取り組めば、ほかの物流部門の改革にもつながる。
この問題は特殊法人(財投)の不良債権問題ともコインの裏表の関係にある。正攻法をとって財政負担が膨らんでも、既にマーケットが「簿外の隠れ負債」として織り込み済みのものを表に出すだけ、産業再生のための投資という位置付けを明確にして負担すれば、一概に新たな「日本売り」にはつながらないと思う。

 道路関係4公団民営化推進委員会が始まり、議論が白熱してきた。メディアは「改革に抵抗する道路族と闘う改革派委員」にエールを送っている。しかし、委員会の論議から「今の高速道路料金の高さをどう考えるか」という視点がすっぽり抜け落ちているのは、いったいどうしたことだろう?

■高コスト是正の視点が抜け落ちた改革論議

 門外漢がそこにこだわる理由は2つある。1つは、産業空洞化問題がますます深刻化していることだ。その主要原因として我が国の高コスト構造、すなわち物流や電力、ガスなどインフラのコストの高さがあらゆる事業コストの押し上げ要因になっていることは世の共通認識だ。中でも高速料金の高さは深刻な問題だったはずだ(図表1参照)。
 中国の台頭を眼の前にして、産業空洞化を憂える声はこれまで以上に高まっている。そのいま、高コスト問題と直結する公団改革論議の中で、「日本の産業構造の将来を考えたとき、高速料金は今のままでよいか」という議論が全くなされないのは、理解に苦しむ。

■過小資本の有料道路がコスト高なのは当たり前

 こだわる第二の理由は、道路関係四公団が抱える問題が過去中国国有企業に起きた問題とそっくりだからだ。
 日本の高速料金を押し上げ、また、関係公団の財務の将来を危ういものにしている原因として、料金プール制に寄りかかった政治路線の建設、公団の工事や用地買収の単価が高いこと、公団ファミリー企業の寄生体質といったことがよく取り上げられる。それは事実だろうから、委員会にはその是正を強く期待するが、それだけでは重要な論点が欠落する。建設財源の資金構成だ。
 日本道路公団の過去45年間の国費(=自己資本)投入率は平均9.5%。これに対して海外主要国をみると、米、独、オランダ、ベルギーなどは、もともと全額国費で建設して高速道路が無料のため比較もできないが、有料道路制をとるフランスやイタリアも概ね3割以上を国費で負担していると聞く(2001年12月8日朝日新聞「私の視点」安達五郎氏の投稿による)。
 ここでいう国費は企業でいえば「自己資本」に相当する。道路のような「装置産業」を他国平均の1/3以下の過小資本で運営すれば、料金が高くなり、事業採算が悪化するのは当たり前だ。
 過去日本では、投入の必要な国費(真水)を少なくし、その分財投借入という借金を増やして事業規模を膨らませてきた。「建設業に仕事を回せ」、「早くウチの県にも高速道路を引け」という政治要望との妥協のなせる業だろうが、利払いと償還が膨らむ分、高速料金が高くなり、物流コストを押し上げて産業空洞化を後押しする結果を招いた。(ちなみに、空港建設など他の財投型公共事業でも真水を減らし、「受益者負担」に委ねてきた構図は同じだ。関西空港はそれでも破綻しかけている)。

■過小資本の国有企業で大やけどした中国

 1980年代から1990年代半ばまで、中国の国有企業も同じコースを辿っていた。「中国財政にはカネがない、でも経済成長は急ぎたい」。その結果、インフラから工場まで、とにかく「資金」の目途が立てば、国有企業の新規投資が行われた。過小資本による投資の強行であり、甚だしきは全額借入で装置産業を作った例もあった。
 そんなことをすれば結末は明らかだ。作ったばかりの最新鋭工場まで、あっという間に赤字の山を築き、やがて操業停止に陥った。投入した銀行融資は当然、不良債権に化けた。中国の国有銀行が抱える莫大な不良債権の少なからぬ部分は80年代以降、無理な財源構成で進められた投資に起因している。90年代半ば、中国政府が異変と原因に気づいたときは、もう遅かった。
 日本の有料道路事業も似たようなものだ。鉛筆を舐めて作った過大な需要見積もり、借金頼みの過小資本・・・。本四架橋や東京湾アクアラインなどは、中国国有企業失敗の教科書事例と見まがうほどだ。日本道路公団は東名高速のような優等生を抱えているから直ちに破綻はしないだろうが、国際比較すれば過小資本/過剰債務なことは明らかだ。
 道路4公団改革策として、いま委員会は、公団は民営化し、更に上場する、だが国費は投入しないという前提で臨んでいる。かつ、料金水準は現状維持を前提に、有料制を恒久化する方向で議論が進んでいるようだ。しかし、それはおかしくないか。

■自己資本充実と過剰債務の株式化:中国の対策

 中国政府は過小資本/過剰債務で不良債権の山を築いてしまったせいで、企業の健全運営のためには、十分な自己資本を確保することが必要だと学んだ。96年に出た「投資プロジェクトの最低資本金制度に関する国務院通達」(図表2参照)によると、交通運輸のような懐妊期間の長い投資の場合、自己資本比率が35%以上ないと、プロジェクトを認可しないこととされた(35%、奇しくも先述の「国際平均」並みではないか)。
 既に財務が破綻してしまった既往の国有企業については、破産のほかデット・エクイティ・スワップ(債務の株式転換:「債転股」)方式により過剰債務を処理する方針を採用した。国庫にカネがない事情はいまも変わらないから、別法人への債務付け替えで負担を先送りしているが、いずれにせよ、これまでに、過剰債務で行き詰 まったが再生の見込みがある国有企業から約4000億元(約6兆円)の負債を外している。

 過去の失敗については過剰債務を処理し、今後は採算のとれる自己資本比率を確保する。スジが通った正攻法だ。日本の有料道路改革でも、国費か地方財源かは別として、公団事業全体について国費を追加投入することが必要ではないだろうか。新路線建設のための国費ではない、財務内容改善のための国費だ。

■料金を下げないことは既定方針

 しかし、委員会では、「上場することを踏まえると、原則無料開放はとれない。利便性等を考慮すれば、受益者負担でよい」とか「利便性を得る特定の人に対して料金を取って何が悪いのか」といった趣旨の委員発言が多い。どうやら「上場」を既定の方針として、料金徴収を恒久化するお膳立てができているようだ。恒久化される料金の水準は「現状維持」という以上に特段の議論もされていない。恒久的に、いまのままの高速料金で「受益者負担」しろということだろうか。しかし、民営化だけならともかく、いつの間に上場もすると決まったのだろうか。もともと過小資本の公団の財務内容を改善せずに上場などできるのだろうか。
 過小資本の是正という正攻法をとるには多額の財源が要ることも事実だ。おまけに「カネは喰う、工事はできない」。建設護持派と財政優先派の双方から総スカンを喰うだろう。財政当局は「高速道路を直接使わない国民に増税の負担を課すより、通行車輌に受益者負担を求める方が理に適っている」というかもしれない。
 でも、前掲図表2(中国国務院通達)の第5項を見てほしい。「発達の後れた地域の経済発展を助けるため、国は投資プロジェクト資本金のうち、国家投資の比率を適当に増加させ、貸付資金のうち政策(低利)融資の比率を適当に増加させ、又はその償還期間を適当に増加させる措置を通じて、当該地域の投融資能力を高めることができる」
 田舎に高速道路を作ること、それ自体が罪なのではない。採算が取れるはずのない財源構成で作るから問題なのだ。採算が取れない点では、用地買収に莫大な金のかかる東京周辺の環状線も同じだ。どちらも赤字にしないためには、自己資本比率を相当高める必要がある。どうしても必要な路線だというなら、「財政上、高い買い物になる」ことを承知で作る、それが本来の姿であるべきなのだ。
 これまでそれを避けて建設を可能にしてきたのが悪名高い「プール制」だ(採算地域の利用者から不採算地域の利用者への内部補助制度)。不採算の地方路線を通行する利用者は限られている。大多数の利用者はいまでも国費投入の肩代わりで受益以上の負担をしているのだ。委員会はプール制を批判しているが、「受益者負担」の名で、いまの料金徴収を恒久化したら、同じことではないか。

■産業を再生しなくてよいのか

 もっと問題なのは、高コスト是正を避けた結果生ずる国民経済への影響だ。物流コストを始めとする高コスト構造是正の必要が盛んに議論されたのは、わずか数年前。まだ記憶に新しい要望を顧みてくれない委員会に対して、「受益」以上に負担させられている産業界が抗議の声を挙げてもよさそうなものだが、不思議なことにそういう声を聞かない。抗議しない代わりに、彼らは生き延びるため黙って日本を出ていく。将来の高速道路ユーザー、納税企業だったはずの工場だ。
 もちろん、それは道路だけのせいではない。ほかのインフラも同罪だ。既に電力・ガス事業では、地方で深刻化する産業空洞化のあおりを受けて、大口需要家減少の影響がはっきりしてきたと聞く。インフラ・セクターが高コストを需要家に押しつけてきた報いはインフラ産業自身の経営にも現れ始めているのだ。
 道路も同じことになる。需要者の利益を無視することは、長期的には建設護持派、財政優先派両方、否、日本全体の首を絞めることになるだろう。供給サイドだけでなく需要サイドの視点も盛り込み、国の将来像を長期的に見据えたバランスある道路改革が実現されるべきではないだろうか。多額の財政負担がかかるとしても、それは日本産業再生のための投資と考えるべきではないか。
 高速料金の改革を進めれば、他の輸送手段のコスト引き下げを促す可能性もある。どうも物流業界では鉄道もバスも、一番コスト高の輸送手段が「プライスリーダー」になって、他の輸送手段はそれに追随して「共存共栄」してきた気がするからだ。(宅急便やタクシーを例外として)運賃の類いは上がっても下がったためしがないが、ここらで歯車を逆転させてみるべきだ。

■「官業」コスト改革は日本経済の喫緊課題 −新「二重構造」問題

 おとなり中国の生産力発展と長く続くデフレ傾向の中で、衣料、家電、外食など自由貿易に直結した産業では、既に大幅な価格破壊が起きている。売上減少に見舞われる企業の経営はたいへんだが、これによる国民の実質所得の向上は、恐らく公式統計が示すよりはるかに大きい。よく「失われた10年」といわれるが、この価格調整による実質所得向上がなければ、世相はもっと荒んでいたはずだ。
 今後、実質でむしろ上がってしまった賃金、労働分配率に手をつける必要が出てくるかもしれない。苦しいことだが、東アジアの中で日本経済が生き延びていくために、通過しなければならない調整過程だ。でも、価格調整が今後も適切に伴えば、その痛みは減らせる。
 問題は日本経済のうち「官」の関与の強い半身で調整が起きる気配がないことだ。
 そのせいで、日本経済は「異形」を呈しはじめている。
40年前、貿易につながる製造業の生産性が伸びていくのに、卸・小売・サービスといった業界では生産性が向上せずコストアップを転嫁するばかり、という時代があった。「このまま では、この二重構造のせいでインフレが起き、高度成長も頓挫してしまう」という問題意識が生まれ、流通・サービスの合理化政策が始まった。
 いま、日本は新たな「二重構造」問題に直面している。「官」の関与の強い半身に日本型「社会主義」が染みついてしまったからだ。その改革を促し、効率向上が全身で進むようにしないと、不効率な半身がもう一方の半身、競争的産業の首を絞め、日本経済の空洞化が一層進んでしまう。病理は「官」の関与の強い業種全体に広がっており、ひとり高速道路だけの問題ではないが、道路公団、高速道路の改革は少なくとも物流部門改革の起点になりうると思う。

■財投に潜む不良債権問題ともコインの裏表の関係

 過小資本/過剰債務問題は財投に潜む不良債権問題ともコインの裏表の関係にある。本四架橋、アクアライン、関西空港・・・。もちろん、そこには「官」の不効率性があった。だから、民営化は必要だと思う。不透明、不公平なプール制、多すぎる公団職員、醜悪きわまりないファミリー企業利権はもうたくさんだ。この点にかける委員会への期待は大きい。
 しかし、採算の取れない過小資本のままでは、いかに「民営化」しても限界がある。根本問題を放置して採算を取ろうと無理すれば、問答無用の建設凍結やおぞましい結果を招く「受益者負担」の恒久化といった本末転倒が生じてしまう。
 冗談でなく、道路その他のインフラ予算の中に「産業基盤維持・高コスト是正基金」といった費目を設けて、各プロジェクトで不足している自己資本を充実させることを真面目に考えてみてはどうか。関西空港を抱える空港整備も同じ対処をすべきなのだ。
 これらの事業が次々「破綻」して「後始末」の税金投入を求められるのでは、国民もやりきれない。産業基盤維持・高コスト是正のための投資という前向きの目標を持ち、国民的支持を得やすい形にして、デット・エクイティ・スワップ型による「破綻」前の問題処理を図ることが得策のような気がするのだが。
 財政負担は膨らんでしまうが、特殊法人(財投)の不良債権問題は既に金融マーケットが「日本財政に潜む隠れ負債」として織り込み済みだ。それを正攻法で解決する財政負担は、マーケットにしてみれば「簿外」のものが表に出ただけだ。高コスト是正という目的をはっきりさせて財政負担を引き受けるなら、「日本がやっと問題を直視し始めた」という評価も得られ、一概に新たな「日本売り」の材料にはならないのではないか。

追記:なぜ料金問題が議論されないのか、官邸ホームページに行ってやっと気がついた。

 昨年暮れの「特殊法人等整理合理化計画」(閣議決定)で、「(道路4公団)の新たな組織は、民営化を前提とし」、「国費は平成14年度以降投入」せず、「現行料金を前提とする償還期間は50年を上限としてコスト引下げ効果などを反映させ、その短縮を目指す」ことが決まっているのだ。

 これを受けて、最近成立した道路関係四公団民営化推進委員会設置法は、委員会の任務を「(4公団)に代わる民営化を前提とした新たな組織及びその採算性の確保に関する事項について」調査審議すると決めている。また、小泉総理は同法案審議の中で「4公団の民営化を考える場合には、最終的には上場を目指すべき」と答弁済みだ(4月9日衆議院・内閣委総理大臣答弁)。
 「決着済み、今さらいっても遅い」ということか。そう言って済ますには、あまりに大きな問題だと思うのだが・・・。

(RIETI ウェブサイト 2002年9月9日)