津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

2001

東アジアの新しい投資形態に関する研究
-地域経済の更なる統合を目指して-
2001/02
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 98年の経済危機の教訓を得て以降、東アジアでは「アジア経済の統合」を求める声が高まっている。一部の国々は既に二国間FTA締結の検討を始めている。また、ASEAN+3(日中韓)は今後の通貨防衛のために、既に「チェンマイ合意」を締結している。 東アジアが従来この種の枠組みを欠いてきたことが経済危機を一層深刻なものにした憾みがある。このため各国政府が共同でこのような枠組みを組織することは重要である。しかし、他方で問題もない訳ではない。
 まず、自由貿易協定を結びたければ、理論上は締約国の間で関税など全ての貿易障壁(投資障壁が含まれることもある)を相互撤廃する必要がある。また、自由貿易協定は否応なく政治・外交的配慮を伴う総合的な戦略である。域内に問題や摩擦を様々抱えている東アジアがこのような統合を実現するのにどれほど長い時間が必要であろうか。
 第二に、政府が構築するこのような枠組みは、経済環境を改善することはできるが、「経済融合」の主役は結局民間企業である。ただ政府の役割に期待しているだけでは、真の経済統合は実現できないだろうと思う。
 この種枠組み以外に、もっと直接的に企業活動を統合に向けて誘導できるような方法はないものだろうか。私は東アジア経済では、市場メカニズムがまだ十分その機能を発揮できていないと考える。このため、以下では日中経済合作を例にとって如何に域内経済交流を強化していくかを論じたい。

■日中経済合作の成績を回顧する

 80年代後半以降、円高の圧力に押されて、多くの日本企業が膨大な海外直接投資を行った。とりわけ90年代に入ってからは対中投資が急増した。その中には成功したものもあるが、反面多くの失敗事例がある。失敗の原因は多岐にわたる。例を挙げれば:

1. 投資環境:中国で深刻なのはソフトな投資環境が悪いことである。関係政府部門が請け合った優遇政策は往々にして受けることができなかった、中央政府の政策は透明性と予測可能性を欠き、しょっちゅう突然変更される。金融面の信用はなきに等しく(貸した金が返ってこない)、司法制度は当てにならない。
2. 良きパートナーを得にくい:過去、日本企業の合弁パートナーは退職者年金など各種の「社会的負担」が非常に重い国有企業ばかりだった。また、「パートナーは見ずに、上級機関ばかり気にしている」国有企業幹部と理解し合うことは容易ではない。更に相手企業の腐敗問題に遭遇した企業も数多い。
3. 「現地化」の失敗:日本企業は現地人材の活用において欧米企業に大きく遅れをとっている。企業経営の中で、手慣れた日本方式は通用せず、かといって中国の「特色ある」方式は受け入れることができない、結果として「意志決定の真空」を招いてしまった日本企業は数多い。
4. 「技術戦略の欠如」:中国は技術導入を異常に重視する国である。しかし、日本企業の中にはそういう中国に合わせた技術戦略を真剣に検討していないものが数多くある。こうした態度は理由のないことではないが(後述)、これが往々にして中国から「技術移転に消極的」という不評を買い、不利な結果を招く事例が数多くある。

 以上のような影響を受けて、日本からの対中投資は90年代の後半に入ると急減してしまう。その後中国景気の好転、WTO加盟目前の好影響も手伝って、最近はようやく回復してきたが、それでもまだ理想には遠いと言わざるを得ない。
 日本は、技術、マネジメントの水準が高く、市場も大きいが、コスト高の成熟経済である。これに対して中国は技術、マネジメントの水準は低いが、コストが安く、大きな潜在性を秘めた発展途上経済である。もし、適切なチャネルがあれば、もっと相互補完性が発揮されてもよいのにそうならない。この現状を改善する方法はないものだろうか。

■今後は民営企業に注目する必要あり

 「公有制経済」が深刻な資本供給不足に直面しているため、中国は最近「(国有企業は)進むこともあれば、退くこともある」政策(99年9月、共産党4中全会)を決定し、財政資金を投入して経済建設を進める(資本金を財政資金で賄う)事業分野を縮小、同時に「非公有制経済」の発達を図るという「戦略的な構造調整」政策をとった。また、国有セクターは今後も当分の間「国有企業改革」のプロセスを続けざるを得ない。このため、国有セクターの比重の相対的な縮小は避けることができない。ある説によれば、国有企業は近い内にGDPの1/4を占めるに過ぎなくなるという。
 このため、今後は民営企業が中国経済発展の主たる動力になると言って良い(ここで言う「民営企業」には、組織改革により所有関係が明確化され、既に民間株主を支配株主にするようになった元国有企業も含む)。日本企業もこの変化には注目すべきである。過去彼らがつきあってきた中国企業はほとんどが国有企業であるため、民営企業の台頭を見過ごすと、如何に中国市場の潜在性が大きいと言っても、チャンスを掴むことは困難になってしまうからである。もちろん、民営企業は「玉石混淆」であり、レベルの低い企業がたくさん存在する。しかし、所有関係が明確であり経営陣のレベルも高いようなある種の条件を備えた民営企業は理想的な合作パートナーになりうる。

■ベンチャー市場を活用すべき

 では、こうした良い民営企業をどうやって探せばよいのだろうか。私は中国が目下検討中の「創業板」は外国人が良きパートナーを捜すための格好のツールになると思う。東アジア各地はこぞってベンチャー市場の発展に力を入れており、中国もその例外ではない。上場を目指して企業のマネジメントを改善することは企業の管理水準や透明度を高めるために非常に有益である。更に外国人は一般に情報不足で中国の国情にも慣れておらず、企業を見極める眼力も劣っている。このため、投資対象や合作亜パートナーを探すとき、外国企業は上場の可能性、資格を備えた(しかし未上場の)企業に焦点を当てるべきだと思う。

■改善が待たれる技術移転

 日中経済合作の功罪を論ずるとき、しばしば「技術移転」の問題が俎上に上る。一部の日本企業が技術移転に消極的なことには幾つかの理由がある。過去、一部の中国企業に対する技術移転を巡っては、中国方企業に背信行為が多発した。また、日本は地理的に中国に近いため、一部の日本企業は技術移転による「ブーメラン」現象を心配した。しかし、もう一つ主要な原因がある。
 技術移転には大別2種類あると整理できよう。つまり、定型性の強いものと、非定型性のものである。前者は「ライセンス契約」に見られるように、移転対象は明確で製品価格を根拠として技術移転料を算出することも比較的容易である。これに対して、後者は「製造ノウハウ」の移転のように、その非定型性と(効果の)未確定性が特徴だ。
 相対的に言えば日本企業、特に中堅/中小企業の優勢は後者の技術にあることが多い。しかし、技術移転の効果が未だはっきり見えないときに、移転の対価を合意することはかなり困難である。このため、日本企業は「これでは割に合わないのではないか」と心配し、中国企業もその移転料は「本当に祓う値打ちがあるのか」を心配する結果となる。
 ベンチャー投資の手法を用い、日本企業に技術移転と同時に相手企業に対するリスク投資をさせることはこの問題を解決できる可能性がある。そうすれば技術移転の代償を事前に固定的に合意する必要はなくなり、代償の多寡は相手企業の業績によって決まることになる。少しでも多くの報酬を得るため、移転作業に励むインセンティブも非常に明確になる。こうすれば一方で日本企業の対中事業の収益性を高め、同時に技術取引を促進することも可能になる。

■資金以外の各種経営支援も必要

 かつて私は知り合いの中国優秀企業家からこのような打ち明け話を聞いたことがある。「周囲には私の会社に投資したがる金持ちが大勢いる。しかし、彼らにカネ以外の何のメリットがあるのだろうか。私にだってカネはある。だから、株主を選ぶときはまず、私の会社に技術や市場などを持ってきてくれる人を優先したい」。そのとおりであり、民営企業成長のボトルネックは決して資金問題だけに限らない。技術、経営管理、市場開拓など、彼らには資金以外にも足らざる点がいろいろあるのが普通である。
 しかし、東アジアのベンチャー投資は、総じて資金以外のボトルネックの解消を支援できていない。そのやり方はただ「金の卵」を探し求め、ただ金を賭けるのに似ている。しかし、米国の先進事例は我々に「成功のカギは如何にして、リスクマネーとその他の各種経営支援を結びつけてワンセットの支援を行い、可能な限り、投資先企業の成長を図るか?」にあることを教えてくれる。これまで中国といわず日本といわず、東アジアのベンチャー投資はこうした視点を欠いてきたのではないだろうか。
 このため、ベンチャー投資を利用するときは資金提供者以外に経営資源の提供者も参与することが重要である。このような経営資源については、日本企業のレベルがかなり高いので、投資対象に対する各種の経営支援とが可能であると思う。

■投資会社が仲介機能を担うべき

 それでは、日中双方の候補企業はどのようにして出会えばよいのだろうか。ただ偶然に任せて良いパートナーを待っていたのでは、企業の良い組み合わせが生まれることは期待し難い。政府が行う「投資フェア」のような活動にも大きな限界がある。このため、常に良い組み合わせを探し歩き、参加企業を激励し、合作途中で生ずる問題を調停するような「仲介機構」が必要になる。
 このような「仲介機構」として最も適当なのは、恐らく投資機会を探す投資会社であろう。つまり、このような投資会社は投資対象の企業及び資金の提供者(投資家)を探すだけでなく、経営資源の提供者も探す必要がある。

■三種類のパートナーからなるパートナーシップの構築

 中国の人は常に「市場と技術(その他の経営資源)の交換」という戦略を口にする。それは正しいのだが、実践面ではこのような「ウィン&ウィン」は達成できておらず、そこで求められる市場メカニズムを真に起動させることができていない。つまり、このような戦略は「精密化」が待たれるということである。私はより具体的に、次のような三種類の企業をパートナーとする新しい投資モデルを提案したい。

1) 中国の有能な企業家(entrepreneur)

 前途有望な中国民営企業は大別2種類あると思う。一つは成長率が高く、経営者の知的レベルも高いハイテク企業である(ITや遺伝子組み替えなど)。しかし、同時に「ハイテク企業」は特色ある技術を求められ、競争も激甚である。「ネットバブル」の崩壊は我々に業界ベースの成長率が高くても、それは必ずしも個々の投資対象となる企業の成功率が高いことを意味しないことを警告してくれた。
 軽視すべからざるもう一つの有望な対象は、伝統的な労働集約産業である。これらの企業の経営陣は大抵学歴が低いが、経営者が編み出した販売や管理方式の中には非常に特色のあるものがあり、経営モデルに一種の「技術革新」をもたらしていると言ってもよい。競争相手(中小国有企業等)が次々に淘汰されていく中で、勝ち残った企業の発展速度は極めて速い。業種で見ると「並み」の成長率でも、企業毎に見ると「IT産業」に匹敵するような企業があるのである。

2) 各種の経営資源を備えた日本企業

 候補となる企業は概ね3種類あるといえる。第一はグローバルな供給網を構築し、下請網も世界各地に構築している多国籍型の大メーカーである。第二は特色ある部品・原材料を製造する中堅中小企業である(例:東京大田区や東大阪市には、特定の分野で世界の数十%のシェアを握る中小企業がかなりある)。第三は実力のある新興サービス企業である(特定分野で廉価大量販売を武器にする新興小売企業やコスト競争力のある外注先を探しているソフトウェア業者などが当たる)。
 必要があれば、異なる経営資源を持った複数の企業(第三国の企業が含まれてもよい)が共同で投資に参加してもよい。また、もし「技術」を以て「現物出資」を行うことが認められるなら、技術はあるが現金投資を行う余裕のない日本企業も投資に参画することが可能になる。

3) 投資会社及び投資家

 投資会社は上述の「仲介機構」の役割を担うほか、リスク資金の主要な提供者になるべきことは言うまでもない。この業務には、専業の投資会社のほか、総合商社やその他の金融会社も参画することができるであろう。なお、日本の仲介機構しか参加しないのでは、このメカニズムは恐らくうまく働かない。ここでも相手企業ご当地の投資会社の参画が必要であり、更にはこの種の投資に豊富な経験を持つ第三国(米国等)の会社が参画することも考えられる。
 それでは、この投資モデルの実現のカギはどこにあるだろうか。私は主に3点あると思う。第一、上述の「仲介」事業は言語、文化の違い等により「言うは易く行うは難し」の典型である。この難題を克服できるかどうかは、効果的な「投資ネットワーク」を国境を越えて構築できるかどうかにかかっている。第二は中国に信頼に足り、かつ、投資者が安全に投下資本を退出させることのできる株式市場があるかどうかである。第三は中国が外資認可及び外為政策のうえで、外国投資者にこの種の投資を行うことを認めるかどうかである。

■この分野では韓国、台湾がリード

 実は、中国の外の東アジアには、上述のような三種のパートナーが構成する投資プロジェクトが既に生まれている。その中で特に注目に値するのは韓国と台湾である。
 例を挙げよう。韓国では実力のある半導体産業が有名であるが、その半導体用の原材料やマテ・ハン機器について言うと、韓国企業は未だに日本の納入企業(大部分は中堅中小企業)に依存せざるを得ないのが実状である。しかし、最近ある韓国の輸入商社が取引関係に基づいて、日本のハイテク化学中堅企業に対して、韓国に進出し合弁事業を共同設立することを要請した。その特色は「合弁事業を可及的速やかに"Kosdaq"市場に上場し、これにより日本側パートナーに十分な対価を提供する」という明確な設計思想を持っていることである。
 アジア経済危機以降の韓国株式市場は長足の進歩を遂げた。外国投資に対する政策も一変し、可能な限り投資の障害要因を解消し、むしろ優遇政策を完備するように努力していることも韓国の投資環境の特長だと言える。
 台湾のベンチャー投資も有名である。最近ある台湾のハイテク企業が日本の投資会社の紹介によりある有名な日本の大企業に高付加価値シリコン単結晶製造技術のライセンスを要請、同時に紹介した日本の投資会社の「発起投資」をも獲得した。技術を供与した大企業はライセンスしただけで投資には参画しなかったが、投資を行った日本の投資会社はこのハイテク企業の成功により多額のキャピタルゲインを得ることに成功した。
 これ以外にも台湾独特のやり方がある。一部の台湾企業家は日本産業界との長い交流の歴史と日本通であるという優勢に基づいて、技術、特色のある日本の中堅・中小企業を直接買収してしまうのである。
 目下、中国がこの種の投資を受け入れることには制約あり  しかし中国では、資本取引制限措置等の存在により、このような投資方式を実現することは難しく、少なくとも以下のような政策的障害があると言われる。このため、現時点では(香港GEM市場などの)海外市場への上場を行うほかは、中国民営企業に対して上述のようなモデルに従った投資を行うことは難しいと言わざるを得ない。
 A株を保有する外国投資者(上場前に株式を取得していた場合等)は実際上、この投下資本を退出させることが難しい(外国人は一般的に言って、保有するA株を「流通株」に転換するための許可を得ることが難しい)。
 現在、多くの外国大企業が既に「投資持株会社(傘型公司)」を設立しているものの、今までのところ、経貿部の規定がこれら外国投資者が株式制有限会社の「発起株主」になって株式を購入することを禁じている。このため、「内−内投資」もなかなか実現できないというのが今日の実態である。
 中国中央政府は「要件を満たす配当やキャピタルゲインについては、海外送金を行うことを認める」としているものの、現場地方機関による外為運用は甚だ不安定であり、多くの外国企業は不安を拭えずにいる。
 中国の改革開放速度は非常に速いので、上述した問題点については既に改革開放が進んでいるかも知れない。しかし、もし未だにこの種の障碍が存在するのであれば、中国が一日も早くこれらの問題を解消することを希望したい。日本の産業界は「東アジアの中では中国の潜在力が最も強い」と見ている。しかし、日本の有益な各種経営資源とて無尽蔵という訳でない。投資環境の不備が原因で中国企業がチャンスを掴み損ねるとすれば、日中双方にとって大きな損失だと言えよう。

■中国政府に対する個人的建議

 アジア経済危機が招来した「資本流出」の恐ろしさを思い返すと、中国が今も資本市場の開放について慎重な態度を取っていることは、正しい選択だと言ってよかろう。しかし、中国が今後直面する問題は「どのような地域から『試点』開放の実験を始めるか」である。上述の投資モデルを実現することはマイナスよりもプラスが大きい。ここを試点とすることはできないものだろうか。
 更に、現時点で影響の大きいA株市場を全面開放する必要はない。上述投資モデルから言えば、「創業板」市場が開放されれば十分なのである。そうすれば、上場できる企業といっても数は知れている。また、そこで数年の間に導入できる外国資金も(突然流出してしまう畏れのある資金として)、心配しなければならない程大きなものにはなりえないだろう。 中国の外為管理は過去数年の努力により改善している。また、この部分開放を行うときには、チリが採用したような資本流出を抑える税制措置を併せて講ずることも考慮可能である。このため、創業板を開設するときには、外国投資者も投資に参画することを認め、彼らに資本退出の途(exit)を提供することを提案したい。
 中国の創業板開設には今暫く時間がかかるようである。そうであれば開設までの間に中国が研究すべき最大の課題は、上場企業の企業価値を可能な限り高め、投資の成功率を引き上げるために、どうすればよいのか?ということであろう。中国は既にカネのない国ではなくなっているが、技術やマネジメント、海外市場における販路等の面では未だ不十分な国である。したがって、仮に創業投資の運用を中国国内だけで行えば、結果は不満足なものに終わると思われる。そこで海外の経営資源を導入してくる適切なチャネルさえあれば、両国の資源配分の効率を引き上げ、双方とも経済成長を促進することができるはずである。
 このような国境を越えた投資ネットワークを構築することは誠に「言うは易く、行うは難し」であるが、いち早くそれを始めた者がいち早く利益を得るであろう。この考え方が読者各位の賛同を得られることを願っている。

注:この研究は個人のものであり、日本政府の公式的立場を代表しない。

中国語版
(中国「経済社会体制比較」誌2001年2月号)