津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

2000

江蘇省民営企業視察の感想
2000/03/01
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 去る4月10日から15日にかけて、北京の日本人商工会議所有志ほかと一緒に、江蘇省南(蘇州、常州、無錫、南通)の民営企業を視察、意見交換してきました。北京日本人商工会議所による中国民営企業視察は、昨年11月の浙江省視察に続いて2回目であり、今回は二つの地域の民営企業を対比して考察できたことが非常に有益でした。以下、その印象を報告します。

■江蘇民営企業のプロフィール

(1)郷鎮企業から転身中の大型「民営」企業

 今回は80年代前半に郷鎮企業(公有企業)として創業し、従業員数千人規模に発展した大型「民営」企業を2社視察した。両社とも経営者、従業員らが鎮政府から企業の持分を買い取り、民営企業へ転進しようとしている。この方式が江蘇省で特徴的な民営企業の発展形式と言えるようだ。 (中国式Management Buy Out?)

(2)創業後間もないハイテク/ローテク私営企業

 江蘇省民営企業のもう一つの類型は90年代に創業した比較的若い企業である。特に今回は、前回の浙江省視察で取り上げられなかったハイテク・ベンチャー型企業が印象に残った。経営者は皆若く、高学歴である。地元政府もハイテク・ベンチャーに対するインキュベーター支援に力を入れており、これが江蘇民営企業のもう一つの特徴といえよう。
 若い民営企業としては他にローテク企業もある。こちらの経営者は学歴がそれほど高くないが、才覚、個性、活力に富む点は浙江私営企業と共通している。経営者が社会的に尊敬される階層に属さないのに企業が視察先に加えられたのは、それだけ成功しているからだ。投資対象としての魅力は、優等生型のハイテク企業より大きいというのが個人的印象だ。

■郷鎮(公有)企業→民営企業への転進

(1)民営転換は持分買取が条件

 江蘇省の郷鎮企業は民営企業に転換するために、鎮政府から持分を買い取っている。持分買取は企業の純資産額を評価し、株式制企業に改組したうえで、経営者及び従業員が鎮政府から株式を買い取る方式(所謂「株式合作制」)で行われる。資産額の大きい大型郷鎮企業は簡単に買い取れないので、まずは過半数を買い取り(控股)、完全買取は将来の課題になっているようだ。

 郷鎮企業も建前上は鎮政府が所有する公有企業だから、民営転換のためにその持分を買い取るのはスジに適っているとも言える。しかし、昔同じく「郷鎮企業」を名乗っていた浙江省の私営企業が鎮政府から「持分を買い取って」私営企業に転進するという話は聞いたことがない。この違いが何故生ずるのか判然としなかったが、浙江省の場合、100%私営の企業が「名義借り」で郷鎮企業を名乗っていた(戴紅帽子)に過ぎないのに対して、江蘇省では鎮政府が郷鎮企業にかなり貢献してきたことに由来するらしい。

 更に、江蘇省の気質は「正統」的でやや保守的だという。民営企業が是認されるようになったのも最近で、早くから中央の政策とは無関係に私営企業を容認してきた浙江省よりかなり遅れた。その間に「公(国)有資産の流失」防止が叫ばれるようになるなど、企業の資産処分は「規範化」が進んでいる。江蘇省の郷鎮企業は所有関係の転換が遅れたせいもあって、より「規範化」された方式で民営化されているのかもしれない。

(2)「所有(産権)関係」処理の持つ思想的微妙さ

 しかし2社が成功したのは、経営者の才覚や従業員の勤勉さがあったからだろう。この点を考慮して、経営者・従業員は買取時に「貢献」に応じて優遇されると聞いたが、鎮政府が持分売却で大金を手にすれば、逆に「不労所得」になるのではないか。この疑問をぶつけたとき、ある地元政府幹部が「当地には『怕ni富』(他人が金持ちになるのを喜ばない)という古い観念が根強いのだ」と言っていた。

 地域社会の納得を得て企業の所有関係を転換するために、江蘇省では企業の買取が避けられないのだろう。しかし、実質的な創業者である経営者はともかく、一緒に株式を買い取る従業員はどう感じているのか、配当の大きさが絡んでくるが、ホンネを訊いてみたかった。

(3)「元」郷鎮企業の企業文化は国有企業に似ている?

 2社は「民営」転換後であるが、説明ぶりから感じられる企業文化は国有企業に似ていた(例:官製スローガンが多い)。逆にいえば浙江私営企業、また江蘇省でももっと若い純粋な私営企業では、「政策」に縛られない経営者の個性の投影が感じられる。

 一つの原因は創業の時期や経営者の世代にあると思う。2社が創業した80年代前半、創業者タイプの経営者を取り巻く世間の眼は今より遙かに冷たかったはずである。その頃から苦労して会社を育ててきた創業者が身につけた文化が「官」に近くても不思議はない。

(4)温州モデルvs蘇南モデル

 温州と蘇南(江蘇南部)はいずれも民営企業発展の先進地域とされてきたが、最近は「温州モデルの方が優れている」という評価が大勢であり、地元からも「蘇南は今後、温州を見習わなければならない」という述懐を聞いた。決着が付いたのは最近の経営、成長のパフォーマンスにはっきり差がついたからだという(ここで言う「蘇南」企業は、今回視察したような元郷鎮企業を念頭に置いている)。

 差がついた原因は多々考えられるが(後述)、その一つとして「江蘇民営企業は所有(産権)関係が不明確」、つまり、転換後も企業が鎮政府の影響を脱しきれていないという批評がある。上述した江蘇の気質や企業文化も相まって、気になる点だ(但し、数年前までは浙江省の「戴紅帽子」型企業も鎮政府にかなりの費用(収費)を納めていたらしい。また、現在は民営転換した江蘇郷鎮企業も鎮政府への金銭上納が税務局への納税に転換される方向と聞いた)。 民営転換と言っても、持分の買取は終わっていないから、今はまだ「自分(達)の会社」という気分になれないのかもしれない。 しかし逆に言えば、鎮政府の持分を完全に買い取れるかどうかも、民営転換の実のほどを問うテストになるだろう。

■ハイテク振興 −もう一つの大義名分

(1)ハイテク・ベンチャー振興にかける地元の意気込み

 今回印象に残ったことは、訪問した4市全ての開発区が「民営企業園」、「創業園」といった名前で起業支援のための施設や制度(インキュベーターに相当)が備えていたことだ。このような施設では、開発区の優遇税制を利用して、税制上の優遇が行われるだけでなく、起業段階で必要な資金の援助も行われている。 特に蘇州市の創業園(UNDPが支援)では、既に300社が入居、100社が卒業し、その6割は引き続き順調に成長している由。米国や香港の投資ファンドも「園」に繁く出入りして、金の卵を物色しているというから相当本格的であり、日本の地方自治体のインキュベーターも顔色なしだ。

 そこで支援を受けているのはハイテク型で創業後間もない私営企業だ。ハイテク振興は日本でも盛んな政策であるが、中国では私営、民営企業の位置づけを巡る微妙な観念の問題が絡んでいる。共産党4中全会(99年9月)は「非公有企業の発展を促す」と宣明したが、観念の転換にはまだまだ躊躇いが残っている。「ハイテクという大義名分があれば、私営企業を支援しやすい」という心理構造は過渡期現象として興味深い。

(2)若いハイテク企業 −「突破」前の苦闘

 今回会ったハイテク・ベンチャー企業の経営者は高学歴で米国Nasdaqモデルによる株式公開・上場によるスピード成長を夢見る若者だ。しかし、懇談会の席で彼らが訴えたのは、なかなか銀行融資をしてもらえないという問題だった。浙江省を訪問したときは、世上よく聞く「融資難」を訴える企業が1社もなかったことに驚いたが、今回改めて、この問題が民営企業の成長ネックになっていることを痛感した。

 浙江省で聞かなかった融資難を江蘇省で何度も聞いたことには、一つ理由がある。浙江省の訪問先は名声の確立した優良企業ばかりだったのに対して、今回の訪問先は創業して間もない中小企業ばかりだということだ。言い換えると、数年前は浙江省でも同じだったかもしれないし、数年後の江蘇省でも銀行が争って融資したがる優良民営企業が見られるかも知れない。

 研究開発に公的助成を得られても、企業化、設備投資には資金が必要である。特に株式公開のために投資ファンドの注目、後押しを得るためには、同業者との競争で一頭地抜けた優位性をアピールしなければならない。開発途上技術の独創性だけでファンドが先物買いしてくれればよいが物事はそう簡単ではない。彼らの悩みを聞いて、あと一歩の突破が思うに任せない苦悩を感じた。

(3)ハイテク企業の独創性、競争力は十分か?

 今回会ったハイテク企業の真価は即断できないが、第一印象を言うと、同じような仕事をしている企業は中国の中だけで数多くあるのではないかという印象を禁じ得なかった。数十年前、まだ無名だったホンダはマン島のオートバイ国際レースで優勝して躍進のきっかけを掴んだ。中小企業だったソニーも世界に先駆けてオール・トランジスタのラジオを開発した。中国企業も、本当にNasdaqモデルによってハイテクを目指すなら世界が競争相手になり、世界を驚かす独創性、競争力を備えることが必要になる。

 中国全体に言えることだが、ハイテク・ベンチャー企業はもてはやされる割には、この独創性、競争力という点で物足りない企業が多い。喩えて言うと、よく勉強しているが、何か食い足りない「秀才型」が多い印象なのだ。優秀な人間には事欠かない中国だから、今後ハイテク分野でも必ず名を為す企業が出てくると思うが、ベンチャー企業の真の吟味が始まるのはこれからだという気がする。

■もう一つの私営企業 −浙江私営企業に似たローテク私営企業

 ハイテク・ベンチャー企業のように全面的な支援の対象には未だなっていないが、江蘇省にも、若いローテク私営企業の一群が存在することが分かった。個人的には独創性や競争力という点でハイテク・ベンチャーよりも魅力を感じた。例えば、以下のような企業だ。

事例1:家具・建材の大型ショッピングセンターのチェーン店

 もともと家具大工だった創業者(40歳前)が当初家具メーカーを興したが、直ぐに家具・建材の大型ショッピングセンターに経営の主力を移した。センターには家具・建材メーカーをテナントとして入居させ、家賃収入(売上ロイヤリティも徴収)で稼ぐ。今はこれをチェーン店化し、大量のテレビ広告で集客している。よほど儲かるらしく次々に大型店を出店しているが、「今は銀行融資に制約があるので、自己資金をかなり投入して新規店を建設しているが、この制約がなければ今の倍のスピードで成長できる」と豪語。家具SCの競争相手は地元にも全国にもいるが、チェーン化によるスケールメリットで一頭地抜け出た感じ。

事例2:プラスチック原材料の外資系工場向けベンダー

 プラスチックに詳しい経営者が自前の工場を創業。「銀行融資?銀行が私らなんか相手にしてくれるもんですか!」と笑い飛ばし、創業・拡張資金は自己資金で賄ったと語る。なぜそんなに儲かるのかよく分からないが、特筆すべきは材料に関する専門知識を活かし、客先に原材料の切替を改善提案する営業方式で、省内外の外資系家電メーカー等に販売先を拡げている点。江蘇省南には外資系企業の集積がある。ここへの納入ビジネスに目を付けて「お客様への奉仕がウチのモットー」という営業方式で業績を伸ばしている点に独創性を感じた。

事例3:印刷機械メーカー

 経営者は印刷機械の国有工場にいたらしい50歳過ぎの人。印刷機械の専門知識を活かしてまだ中国で国産化されていない高級印刷機械を他社に先駆けて国産化して大儲けする(ローテクに分類しては気の毒か)。1〜2年すると国内競合メーカーが追いかけてくるが、先に費用を回収しているので、価格競争に入っても儲けは確保できる。このビジネス・モデルで次々に新しい製品を開発して高収益で事業を回すのがこの会社の特長。

事例4:ホテル用高級寝具メーカー

 経営者は40歳前半くらい、在米華僑との合弁外資からスタート(外資の優遇を得るため)、デザインと品質を重視した高級寝具をフランチャイズ形式の専売店網で販売。販売形態の変更に苦労したようだが、温州の私営企業に類似した販売システムを構築。
 ローテク私営企業は創業後日が浅い会社が多く、企業規模も浙江で成功した私営企業に及ばない。しかし、学歴はなくとも市場をよく知っている経営者が、自前で独創性、個性あるビジネス・モデルを考え抜いて作り上げた会社という印象がある。市場ニーズにマッチした故に大儲けし、豊富な自己資金で成長してきた(融資難のネックに束縛されなかった)ことも各社に共通する点だ。経営者の強い個性が反映された社風は浙江私営企業によく似ている。本格的な競争に晒されるのはこれからであろうが、これから大きく成長していける可能性を秘めている気がした。

 また、これらのオーナーは未だ浙江私営企業のオーナーのように人代代表や政協委員のような肩書を持つところまで「出世」していないが、地元政府が我々の視察先として彼らを推薦したことは当地の観念の変化とこれら企業の地位の向上が始まっていることを窺わせた。

■まとめ − 江蘇民営企業と浙江私営企業を対比しながら

 さて、前回浙江省の私営企業を考察しているおかげで、今回江蘇省の民営企業は双方を対比する形で、より客観的に評価することができる。

(1)浙江に比べて江蘇民営企業は創業(又は民営転換)が遅かった

 今回の考察で見た江蘇省企業のパフォーマンスは、昨年強烈な印象を受けた浙江省の私営企業に比べると、全体的にいま一歩という印象がある。しかし、その大きな原因として、江蘇企業は浙江企業に比べて民営企業としてのスタート、自立が遅れ、その発展は始まったばかりということを挙げる必要がある。

 最近は知的財産権問題など経済活動の「規範化」が進んでいることを挙げて「浙江の連中は、世の中が不規範だった時代に上手く立ち回って大きくなった」と悔しそうに話す人がいたが、「規範化」は民営企業の成長にとって悪いことばかりでもない。江蘇の民営企業の発展はこれからだ。

(2)非公有企業に対する観念の転換も始まったばかり

 私営企業を大胆に容認してきた浙江省の吹っ切れた気風は例外的なものだと考える必要がある。江蘇省では、同じ問題も話す人によって態度に差があるなど、各所で観念転換の過渡期にあるという印象を受けた。なお、思想的に微妙な問題に関わるが故に、非公有企業を大胆に肯定する人は、むしろ中央の動向に明るい高位の指導者に多いことが興味深かった。

 こういう社会全体の雰囲気は民営企業の成長にどのような影響を及ぼすのだろうか。自営輸出入権の付与などの政策は江蘇省でも中央政策どおり実施され、問題ないようだが、銀行融資への不満は驚くほど強かった。評価の定まらない新興企業への貸し渋りは仕方のないことだが、成功がはっきりしたローテク私営企業も十分な融資を得られないのは、浙江省とは対照的な状況であり、「江蘇の銀行は観念転換が遅れている」と批判されてもやむを得まい。「温州私営企業と蘇南民営企業のパフォーマンスにはっきりとした差が付いた」原因の一つは融資難ではないか。この問題の解決は急務だと思う。

(3)ローテク私営企業の値打ちを「発見」することが必要

 江蘇省では学歴の低いローテク私営企業のオーナーが未だ社会の十分な尊敬を受けるに至っていない(中国のインテリ全体にかなり共通する態度ではあるが)。しかし成功したローテク企業は、市場ニーズの把握、販売方式などの面で独創性、競争力を備えているからこそ成功したのである。江蘇省は俗受けする「ハイテク」だけでなく、こういう値打ちを「発見」することが必要だと感じられた。

(4)浙江の「販売力の強み」に対する江蘇の「外資企業集積のメリット」

 今回の考察で、浙江私営企業の優位性は販売力の強さにあるという気がますますしてきた。「温州人は市場があればどこへでも行く」と言われ、全国に同郷人のネットワークがある。江蘇人も「ああいう才覚は自分たちにない」と率直に認めている。しかし、販売網作りで温州人に及ばなくても、江蘇には江蘇の優位性があると思う。外資系企業の厚みある集積のメリットを活かすことだ。

 江蘇省南部は外資系企業が多数進出してきたので、浙江省のように非公有企業に頼らなくても経済発展が可能だった。しかし、著名な多国籍企業のハイテク工場を誘致しても、地元経済とのつながりは、従業員の給料と税収だけということになりかねない。

 地域経済を真に発展させるには、地元企業が進出外資企業の下請、納入の仕事を少しでも多く取って、付加価値をより多く地元に落とさせることが必要だ。こういう仕事は上記事例2を引くまでもなく、柔軟性に富む私営企業の独壇場だ。最終製品を自前で売りさばくのが苦手なら、真面目な気質を活かして、納入企業を発展させればよい。最近は広東省で王リンタ、ファックスといった領域の下請ネットワークが急激に発達している。下請を軽視するのは誤りであり、江蘇民営企業発展の鍵もここにあると思われる。

(5)浙江より日本の支援を必要とし、その可能性も大きい江蘇民営企業

 成功した浙江私営企業は確かに立派だが、逆に言うと、日本企業として手を貸せるところが少ない印象を受けることもある。これに対して、スタートして間もない江蘇民営企業は多くの面で支援を必要としており、その分日本企業との合作の余地も大きい印象を受けた。

 今回の考察では最後の座談会に併せて、参加した日本企業と応用ソフト開発の民営企業との合作意向書の調印が行なわれた。この民営企業が創設予定の国内ベンチャー市場に上場を計画しているため、公開前の発起人として出資し、経営に協力していくという内容で、ベンチャー投資の可能性を視野に入れた新しい形態の日中合作になる可能性のある案件だ。

 後日談では、このニュースが地元だけでなく省外でも大々的に報道され、各地の民営企業に大きな反響を呼び起こしたという。「日本企業にそういう合作の意向があるとは考えもしなかった」というものだったらしい。納入・下請の領域まで視野に入れた場合、日本の伝統的な産業構造は、江蘇省南の今後の発展分野と大きな親和性を持っている。江蘇民営企業の発展の可能性と日本の産業の技術、資金が相互補完的に結合した新しい合作が次々と生まれることを祈念したい。

中国語版
(出張報告 2000年3月)