津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

1999

浙江省民営企業視察について(所感)
1999/11/22
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 11月8〜12日にかけて、北京日本人商工会議所との合同視察団にて浙江省を訪問(杭州、紹興、台州、温州)、各地の民営企業(私営制企業)を視察しました。

 視察団は地元の高い関心を呼び、副省長、台州、温州各市長との会見・招宴に加え、浙江電視台、浙江日報が全行程を同行取材するなど、日本企業との貿易・投資・技術交流の強化に関して、浙江側には強いニーズがあると感じました。以下気付きの点を報告します。

1.浙江省という土地柄

民営経済が中心

 浙江省は台湾との地理的近接が災いして過去、基幹国有企業が配置されなかったが、今はかえって民営企業が発達し、国企改革の負担が軽いというメリットになった。

 今回訪問した台州、温州市(人口各々500万、700万人)では国有企業の地域経済シェアが既に1割を切るなど、中国民営経済発達のトップランナー。

インフラ投資の遅れ

 視察中、道路事情の悪さが目についた。山がちな地勢だけでなく、「一に過去の地方指導者の識見のなさ、二に中央との不遇の関係(財政収入の半分以上を上納するのに、中央からの配分は少ない)も原因」(省政府)という答があった。

 経済発達に伴い、交通インフラ不備に住民から強い不満。数年前から高速道路、鉄道等の整備に全力。数年後には面目を一新する見通し(紹興→台州:6→3時間)

政府を頼らない伝統

 要するに政府が面倒を見てくれないので自分で成長してきたのが浙江省(特に省南)。独立心旺盛でリスクを恐れないのが浙江人の特色という言葉を各地で聞いた。

 ただし、市・鎮レベルまで降りると「92年に党派遣書記の奔走で銀行融資を受けたのが飛躍の端緒、今も鎮政府の支持で家具団地を建設中」(紹興の家具メーカー)との声あり。今年3月の憲法改正、9月の4中全会と民営企業が「出世」する中、地方政府が地域経済の担い手として民営企業を支援する姿勢は更に強まっている。

2.民営企業の横顔

 今回は10社の民営企業を訪問、また数社と座談会形式で面談し、要望していた経営者との直接意見交換はその大半で実現した。選りすぐられた成功企業ばかりのため、彼らを以て中国民営企業の全てを推し量るのは禁物だが、当視察団にとって「中国にはこういう企業もいる」ことは新鮮な驚きだった。

 訪問企業は全て製造業(自動車部品、電子部品、電力ケーブル、電話交換機、ミシン、家具、アパレル、革靴等)。従業員は数百名から一万名弱まで、総資産額は20億円から700億円、利潤は2億円から50億円まで、殆どの企業がISO9000を取得済み、海外に事務所・代理店を持つ企業も半分弱。また、多くの企業が上場を計画しており、早い会社は来年上海A株市場に上場予定、更に海外上場を計画する企業もあった。

若い経営者

 今回会った経営者の平均像は、農民出身・学歴は高卒・80年代に20歳前後、従業員数人・資金数十万円で創業・現在も30後半〜40歳代半ばといったところ。

 彼らの学歴は高くないが、会社の来歴や理念を理路整然と話す。みな比較的流暢な標準語を話すのは意外、向上心が強いためか。一部は既に全国労働模範、全人代委員等の称号・地位も得ている(省レベルの称号・地位はもっと多くの人が持つ)。

90年代の前半に飛躍、後半を生き抜いてきた

 創業十数年の社歴に多く共通するのは?92〜94年の景気過熱期に(審査の甘い)銀行融資でまとまった資金を得て会社を飛躍的に大きくしたこと、?その後の景気下降で淘汰された企業も多いが、才覚と強運を持った彼らは生き残り、更に次のステップを目指そうとしていること。

偽「郷鎮企業」出身が多い

 訪問企業の多くは、全国100強「郷鎮企業」、最高納税「郷鎮企業」といった表彰プレートを飾っていた。今でこそ脚光を浴びる私営制企業であるが、数年前まで差別、猜疑視され、郷鎮企業を偽装(戴紅帽子)せざるを得なかった過去を物語る。企業党支部を持つものも多く、中には社内に党学校を設立した会社まであって涙ぐましい。

販売力が強さの秘訣

 成長した民営企業が共通して持ち、国有企業が共通して欠くのは、販売重視の方針だと改めて痛感した。「最近国有製薬会社を買収後、4名の販売担当を100名に増員」(杭州の電線メーカー)、「全国約600の専売店網を構築し、省・市級まではオンラインデータ網を整備済」(温州の電子部品メーカー)といった言葉がこれを象徴。

 消費財、大量生産部品では専売店網作りが志向されている模様。また、業種を問わず売掛管理(焦げ付き防止)は現金決済、銀行保証小切手など細心の注意を払っているのは成功企業として当然か。

資金調達

 日本では「中国民営企業、中小企業は銀行融資を受けられない」との見方が多いが、成功している訪問企業の中には「融資に困っている」企業が1社もなかった。銀行も今や変わり、民営であっても優秀企業には争って貸そうとしている。

 「負債比率60%を警戒線とし、これを超えないよう努めている」企業(温州の電子部品メーカー)があった。60%は高いが、「中国銀行からは限度額数億元で無担保融資枠を承認されている」。聞けば売上が2年連続30%以上の伸び!他方、100名程度の出資者からの私募増資で資金を賄い、負債比率は10%という企業(同じ温州の電子部品メーカー)もあった。

マネジメントと人材確保が悩み

 「家族経営」脱却の必要は強く意識されており、多くの経営者が努力していると強調したが、効率的組織運営に必要な従業員との信頼関係構築は中国で容易ではなかろう。日本でも50人から500人へ、5000人へ企業規模を拡大するときには「壁」があると言われるが、中国の民営企業にとっては日本以上に高い壁があると思われる。

 このためのカギとなる中堅管理者の確保には多くの企業が悩んでおり、地元政府や国有企業の人材を引き抜く企業もある。技術系、管理系人材確保のために、見込んだ人材招聘のために相当な高給を出す企業、中国流ストックオプション制度を利用する企業もあった。

 「企業集団」の下に公司や総経理がたくさんぶら下がる(中国企業共通の現象)のは複雑すぎ、機構の簡素化が必要。今は小さな会社だからよいが、10倍の規模になったら立ちゆかなくなる。上場についても「子公司を上場し、母公司は上場しない」と言う経営者がいたが、グループ内でのファイアウォール構築(利益の社外流出防止体制)が必要になることを真剣に考えていないと思われる。

重複建設(過剰投資)からの離脱

 参入容易な業種はたちどころに過剰投資が起きてしまう。テレビ用フィーダー線からスタートした杭州のメーカーは、重複建設による乱売から逃れるように、次々と生産品種を変え、今や高圧ケーブルを生産している。移り気すぎるとも見えるが、「収益が出ない業種からは早く資本を退出させるべき」とは日本企業の耳に痛い話。

 上記の電線メーカーは重複建設から逃れるために、最近製薬会社と新聞社を買収した(新聞社は事業部門買収を通じた間接支配)。「両業種とも政府の監督・規制が厳しく参入障壁が高いから」という理由は意表をつく。董事長が事情通からその情報と買収ノウハウを仕入れたのが発端だそうだが、民営老版らしい路地裏主義。

「技術」移転のあり方

 他社に真似できない差別化にも、コストの低減にも技術力が必要。台州のミシンメーカーは定年退職した日本の技術者を高給で顧問に迎えた。しかし「技術=高価な外国設備導入」の域を出ない企業も多く、創意工夫で生産性や工作精度を上げる本当の技術が足らない気がする。「(日本以外の)アジアは資本と労働の投入増に見合う当たり前の成長しかしていない」というクルーグマンの批判を確認したような気もする。

3.日中ビジネスのあり方

民営企業発展は歴史の趨勢

 国有企業を中心とする経済建設は財政的限界に達した(国家が資本金を出せない)。今後公有制でコントロールされる経済領域は縮小し、その穴は民営企業と外資企業が埋めることになる。民営企業発展は中国経済の必然的要請である。

 過去中国政府主導の日中合作の場に民営企業の姿はなく、輸出入権も上場機会も国有企業の特権だった。しかし上記の必然により、これら差別政策も撤廃に向かっている。対外貿易でも投資でも外国企業が民営企業と出合える機会が生まれてきた。

 総体としての中国民営企業は未だ未知数の存在であるが、中には将来性に富んだ企業が生まれていることが今回の視察でも見て取れた。彼らは資金面でも、技術面でも、市場面でもまだ不完全であるが、30年前の日本企業だって同じであった。彼らの中から21世紀のソニー、ホンダが出てきてもおかしくない。

 中国ではインターネットやバイオ関連のハイテク中小企業も有望と言われるが、同時に業種を問わず「事業は人なり」で成長する企業があることを忘れてはならない。

資本、技術、市場の一体化

 中国有望民営企業が日本に対して持つ関心は3つあろう。資本、技術、市場である。

 中小企業融資難がよく言われるが、一方には100兆円に近い国内貯蓄がある。間接金融の充実だけでなく、貯蓄活用の機会をもたらす「資本」の供給方策を考えなければならない。最近香港で「創業市場」が開設され、今後大陸の有望企業にキャピタルマネーを供給しようとしている。東証マザーズや日本ナスダックも、早晩海外企業に目を向け、「金の卵」の争奪が起きよう。

 中国民営企業に投資するなら、リターンをより確実にするために技術移転にも努力すべきである。日本にはカネも技術移転に必要な人材もあるが、二つのリソースが結びついていない。結合のメカニズムを検討すべきである。

 今後の日本の魅力はマーケットである。従来の日本企業は日本のモノを売るのが中心だった(メーカー、総合商社)。しかし、何でも日本で作る時代は過ぎた。もっと日本市場に中国のモノを売ることが日本の優勢を活かす道である。開発輸入、貿易仲介だけでも足りない。90年代を振り返れば、誰がカネを儲けたかは一目瞭然である。貿易口銭だけでは十分なリターンが生まれず、資金市場から見放される。投資、技術、市場を一体化してリターンを高める商売の方策を検討すべきである。

 幸い中国民営企業には未だ外国企業の手垢があまり付いておらず、華僑の手もあまり伸びていない。今回浙江省で受けた大歓迎がこれを物語る。しかし、5年看過すればもう日本企業は顧みられないだろう。今がチャンスである。

(出張報告 1999年11月22日)