津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

中国経済・政治

中国、景気急減速を見てアクセルふかす
2008/11
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要約

  今秋、中国経済が想定を超える減速ぶりを示し、経済マインドも大きく下を向き始めた。政府はこれに危機感を持ち、十月中に連続三回の利下げを発表したほか、内需拡大十項措置、合計四兆元の投資計画を発表するなど、成長維持のためにアクセルをふかし始めた。

  二〇〇八年一〜九月の中国GDPは前年同期比九・九%増となったが、第3四半期だけでは九・〇%増にとどまり、第1の一〇・六%増、第2の一〇・一%の伸びを大きく下回った。一方で懸念されていた消費者物価(CPI)高騰は四・六%増と八月から更に〇・三%下がった。過熱経済が減速しインフレも沈静化しただけなら結構だが、問題は夏以降、政府の想定を超える急減速が起きていることだ。

電力消費が急減速

  とくに景気実勢を端的に反映する電力消費量の落ち込みが深刻だ。一〜九月の全国重工業の電力消費量は対前年比一〇.四%増と一年前の伸び一七.七%増から大幅に減速、軽工業に至っては対前年比四.五%増にとどまった。九月単月はとくにショッキングな落ち込みだったらしく省別や産業別の数字が公表されていないが、成長を牽引してきた沿海部の経済大省を中心に電力消費量が対前年割れしたところがかなりある模様だ。

  伸び悩みの背景には北京オリンピックによる経済活動停滞という特殊要因もあった。大気汚染防止のため、大会前後に北京、天津、河北省、山西省、内蒙古自治区、山東省の六省市で重工業の操業停止が命じられたほか、「治安確保」の観点から出稼ぎ労働者を帰郷させるべく北京市内の建設工事も軒並み中断させられたのである。

  しかし、最大の原因が経済全体の減速にあることは疑いない。とくに鉄鋼を始めとする素材産業で建設用鋼材などの商品市況が急落、流通在庫が急増したために大幅な減産が始まったこと、服装や雑貨など輸出中心の軽工業で外需の減退から生産が落ち込んでいることが大きい。

減速原因の半分は「自家製」

  中国も急激な世界同時不況のあおりを受け始めたのだろうか。たしかに広東省や浙江省の輸出加工型中小企業の苦境は世界景気の急落が大きな原因だ。しかし、外需低迷だけで素材産業にまで急速に影響が及ぶことは考えられない。景気減速の半分は「外来」としても残り半分は「自家製」と言うべきだ。

  ○大きく効いたマクロ引き締め

  「自家製」の景気減速の原因は大きく二つ指摘できる。第一は長く続けてきた「マクロ経済引き締め」策が効き始めたことだ。とくに経済調整の二つの主要バルブ、金融と土地供給を両方とも閉めたことが大きく効いている。インフレ昂進時に利上げに加えて預金準備率を空前の一七・五%まで引き上げて銀行貸出を抑えたことに対しては、国内でも「長く続けると経済に『心筋梗塞』が起きる」との警告が聞かれてきた。土地供給とは、政府の掌中に中国独特の土地(「土幣」)供給権があり、これが貨幣政策と並んで国の重要なマクロ・コントロール手段になっていることを指し、近時これが民間向け、地方政府向けを問わず厳しく制限されてきたのだ。

  以上の二つの引き締めがGDPの一割を占め、成長エンジンの一つだった不動産業を直撃、さらに地方政府直轄の国有デベロッパーが担うインフラや開発案件をも減速させている。

  ○企業収益に吹き付ける逆風

  内在型景気減速のもう一つの要因は、この二年ほど企業収益を悪化させる政策や出来事がいちどきに到来したことだ。余剰労働力の減少で人件費が上昇、そこに労働者保護を強化する新労働法施行が拍車をかけた。融資引き締めで資金調達コストも上昇、規制が強化されたため環境コストも上昇、企業収益は大幅な落ち込みが予想されている。

  これまでの中国は労働者保護や環境対策などを軽視した「うわべの低コスト」が多かった。そこで生まれる外部不経済を解消し、持続可能な成長を保証する政策は是非必要だが、惜しむらくは「和諧社会」の号砲が鳴るや、企業経営への影響を十分顧慮しないまま各分野でいっせいに、性急に、導入された。

  株価はいま二千の大台を割り一七〇〇台で低迷している。世界市場暴落と共振した面もあるが、企業収益の落ち込みを考慮すると、これが適正水準と言えなくもない。

「成長重視」に動く中国政府

  電力消費量の急減速などの「悪い報せ」は、公表されなくても政府内部では警鐘が乱打されている。この数週間、中国政府は次のとおり景気対策を相次いで発表しているが、その背景にはこれら「異変」の報せがあったはずだ。

  ○一ヶ月半の間に三度の利下げ・二度の準備金率引き下げ

  九月十六日、十月九日、三十日と相次いで基準利率を引き下げ、一年貸出利率は一ヶ月半の間に〇・八一%下がった。また、九月十六日、十月九日の利下げ時には同時に預金準備金率を一七%へと引き下げた。

  興味深いのは、初回はリーマンブラザーズ破綻で世界市場が暴落した直後、残りの二回は欧米主要国の協調利下げと同時に行われたことであり、海外との密接な連絡ぶりを示すと共に、依然対ドルの利ザヤ(→外貨の流入意欲)を気にしているようにも見える。

  ○増値税の減税

  輸出産業支援のための輸出還付率引き上げを行っただけでなく、近く一二〇〇億元(一兆五千億円)規模の減税を行うことが報じられている。減価償却する固定資産を購入してもその全額について増値税が課せられる現状を改める由だ。景気刺激策というより増値税を消費課税型に近づける税制改正だが、予告発表には「景気刺激」の意図を感ずる。

  ○恵まれない階層への財政支援強化

  貧困家庭出身の学生、生活困窮者、震災被災者などに対する給付金の増額など。田中修氏の集計では、十月の財政部発表で四〇二億元(約六千億円)の中央財政拠出が決まった由である。

財政のアクセルふかしへ

  「大きく下を向き始めた経済マインドを上向かせるには、更なる対策が必要では」と感じていたところに、本稿執筆の日(十一月九日)、「国務院が内需拡大策十項目を決定し、二〇一〇年末までに四兆元(約六〇兆円)の投資を計画」というニュースが入ってきた。詳細は未だつまびらかでないが、十項目には低所得者や農民向け住宅建設促進、農村インフラ建設、鉄道・道路・空港などの基幹インフラ建設、衛生・教育・環境面の支出・投資拡大、増値税減税(上述)などが挙がっている。

  投資額四兆元の全てが純増分ではなかろうから、執行中の十一次五カ年計画との差引が必要だが、「今年第四半期に中央投資を一千億元増加、震災復興基金の来年分を二百億元前倒し手配、地方や民間投資分も併せて四千億元分とする」との文言も見え、「出した料理の暖め直し」だけでもない。

  これまでインフレ警戒のせいで全面的な舵切りを控えてきた中国だが、財政、金融ともに景気振興策を打ち出す余地はもともと他国よりも大きい。景気急落を見て、いよいよ景気アクセルをふかし始めたのかもしれない。世界景気急落の中、中国経済に対する世界の関心と期待は高まっている。中国は「機関車」になれるだろうか。

(2008年11月)