津上俊哉 現代中国研究家・コンサルタント

日経テレコン21

情報公開進んだ中国通貨政策
-世代交替と経済成長裏付け-
2003/03/27
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< 要 約 >
中国の通貨政策年次リポート「貨幣政策執行報告」の情報公開姿勢は、第4世代指導層の選出以上に新世代登場の息吹を感じさせる。
同報告では中央銀行による公開市場操作の詳細や、信用・決済制度の発達、住宅・自動車取得のための個人ローン普及の状況なども知ることができる。
こうした情報の開示は「吹っ切れた」行政の実態を示す一方、沿海大都市圏での経済成長の実感を裏付けている。

 3月16日北京で開催された中国全国人民代表大会で温家宝新国務院総理が選任された。これで胡錦涛党総書記(昨年11月選任、今回国家主席にも選任)と並んで「第4世代」が指導する中国が船出したことになる。世代交代に伴い中国の政治・行政も面目を一新していくだろう。
 中国の変貌は、もちろん指導者(カオ)の交代だけでもたらされる訳ではない。今年で四半世紀を数える「改革開放」は紆余曲折を経ながらも、実務レベルから中国の経済行政を大きく変えつつある。

■不胎化介入を初めて公表

 去る2月に公表された中国人民銀行(中央銀行)の通貨政策アニュアルレポートにその一例を見る気がする。2001年から四半期毎及び一年毎に発表されるようになった「貨幣政策執行報告」は中央銀行が期間中にとった通貨政策をディスクローズする試みだ。
 2002年度の「執行報告」の中でひときわ目を引くのは、人民銀行が行う公開市場操作の内容をかなり詳細に明らかにしたことだ。昨年出た初回の「執行報告」にも公開市場操作に関する記述はあったが、記述の重点は国内的な流動性のコントロールに置かれ、もう一つの側面、外為介入不胎化操作の側面については抽象的に短く記述しただけだった。言うまでもなく「人民元為替レートの当否」という政治化しやすい微妙な論点に直結する問題だからだ。
 昨年末の本コラム(12月19日付「元高メリット、中国の理解得よ」)で指摘したとおり、現行人民元レートは過小評価の憾みがある。情緒的な「脅威論」に立ってそう言う訳ではなく、月平均50億ドル以上、昨年1年間で690億ドルものドル買い介入をしてようやく現行レートを維持したという市場実勢(図表1参照)から見てもそう言える。

■ドル買いの2/3は中央銀行

 中国の外為市場に持ち込まれるのは経常取引による外為資金だけであり、昨年の市場取引高総額は971億ドルしかない(米ドル、香港ドル、円、ユーロの合計額のドル換算、人民銀行発表統計)。介入総額690億ドルは実にその71%、喩えて言えば、「外為市場でドルの買い手の3人に2人は介入に来る中央銀行」という異常な事態なのだ。
 また、介入によって市場に放出されたはずの5711億元(690億×8.277元/ドル)はM2ベースのマネーサプライ(現金+当座・定期預金等)18兆3200億元(昨年末)の3.1%に相当する。

■不胎化操作の実態も明らかに

 これだけ大きな市場介入をする一方、市場から元資金の再吸い上げ(不胎化)をしなければマネーサプライにも大きな影響が出るはずだ。「いったいどうしているのか?」と以前から不思議に思っていたが、情報がないせいで外貨準備高の変動から推測するしかなかった。しかし、今回の報告は不胎化操作の台所を率直に明らかにしている。

 「2002年、我が国の輸出及び外国直接投資(受入)が大きく伸びる情況の下、インターバンク外為市場では外貨の供給が需要を明らかに上回った。人民銀行は市場から大量の外貨を購入、これに応じて大量の元資金を市場に放出せざるを得ず、(人民元)ベースマネーの適度の増加(という政策)にショックを与えた。このため、人民銀行は外為政策との協調を強め、公開市場操作をフル活用し、商業銀行における流動性を適度に回収、マネーサプライの安定的増大を保証した。4月9日、人民銀行は債券の(相対)売り切りによる資金の吸い上げを開始、6月25日には入札による公開(債券売出)操作を開始、・・・(中略)・・・以来12月10日までの間24回の公開操作により2467.5億元のベースマネーを回収した。」(訳筆者、( )書きは筆者の加筆による)

 すなわち、介入資金の半分弱が不胎化された勘定になる。
 また、「執行報告」は上記に続けて、「12月中旬、越年資金需要及び新株の大量発行により」流動性の一時的不足が見られた際には逆に債券買い付け操作を行ったことも明らかにしている。昨年の「執行報告」は公開操作の国内的な側面に関しても、ここまで具体的にその時期、背景を明らかにすることはなかった。

■新世代の息吹を感ずる「情報公開」

 今年の「執行報告」は情報公開に関する、ある種の「吹っ切れ」を感じさせる。昨年版は中国の旧来公文書にありがちな章節区切りのはっきりしないダラダラ書きだったのが、今回は分量が約15,000字から約25,000字へ7割近く増えただけでなく、目次がつく、図表が入る、枠囲いのコラムが入るなど、読み手の便宜を格段に向上させたものに変化したことも、このことを裏付ける。初回の昨年版に苦情が寄せられたせいかもしれないが、今年の姿勢を評価したい。

 現行レートを墨守する政策の当否は横に置くとして、争点の外為レートのような微妙な問題についても後難を恐れず、「市場が必要とする情報は公開する」といった気風が政策執行の現場に生まれているのかもしれない。そうだとしたら、それは第4世代指導者よりさらに一段進化した新しい世代の息吹だと言える。また、中国の自信の高まりと成熟を物語るものだとも言えるだろう。

■信用制度の発達でマネーサプライが高い伸び

 もう1点、今年の「執行報告」が興味深いのは、記述のそこかしこに中国経済そのものの成長・成熟が垣間見られることだ。2つ例を挙げる。  
 第1は再びマネーサプライについてだ。

 図表2を見ると、現金に比べてM1(現金および要求払い預金)とM2の増加率が最近高まっていることがわかる(ちなみに、現金については昨年の春から夏にかけて、不胎化操作の影響と見られる増加率の抑制が観察できる。当時懸念された債券、不動産などのバブルを防止しようという当局の意思を感じさせるデータだ)。
 以前の中国はM1、M2について、経済成長率プラス5%程度、すなわち12−13%の伸びを目標にしていたが、最近、特にM2はこの従来の目標をかなり上回っている。
 その原因として、「執行報告」は「経済発展に伴ってクレジットカード、手形小切手、CP(コマーシャルペーパー)などの決済手段が急速に発達してきた」ことを挙げている。逆に言えば、売掛金の確実な回収と徴税当局による捕そく回避のために選好されてきた「現金」という決済手段の重要性が低くなっているということでもある。「当てにならない」ことで有名な中国の信用システムであったが、これら非現金の決済制度が発達しつつあるとしたら、「信用」という問題に関して何かが変わりつつある証拠だろう。
 また、日本の財務省は中国に対して「世界規模のデフレを防ぐために、中国も先進国と協調して、リフレ政策の列に加わる」ように求めている(前掲コラム参照)。これらの決済代替手段の普及によって、改めてリフレ政策を実行するまでもなくマネーサプライに増分が期待できるのであれば、経済後発国ゆえのメリット(成長のゲタ)を享受しつつあるとも言えるのではないだろうか。

■内需拡大を支える個人ローン

 第2は金融機関が貸し出した融資の使途だ。5分類した使途のうち増加が最も顕著なのは、実は企業向け貸し出しではなく、消費者向け貸し出しなのだ。2002年1年間で前期に比べて額にして3,694億元(5兆3,560億円、1元=14.5円で換算)の増大、そのうち個人住宅ローンの増分が2,671億元(3兆8,730億円)、自動車ローンの増分が716億元(1兆380億円)を占める。
 いま中国の内需の成長点は「1つの不動、2つの動」と言われる。住宅、自動車、移動電話だ。単価の低い携帯電話の購入のためにローンを組むことはないが、前2者はまさに金融機関の貸し出しが推力となって支えていることをうかがわせる。

■信用調査専業の弁護士も

 しかし、ただでさえ融資の踏み倒しが多い中国で、個人相手の貸出が増えたと言っても償還が担保できるのか・・・誰しも感ずる疑問はこれだろう。
 筆者の友人で某テレビ局勤務のキャスターがいる。彼が北京のマンション購入のために40万元ほどを借りたときの体験談によると、銀行に申し込み後ほどなく電視台の人事、同僚、そして近所の住人たちに彼の身辺調査が入ったという。しかも、調査を担当したのは弁護士だ。
  友人もメディア商売、取材対象から名誉毀損等で訴えられないとも限らない身だ。しっかりした弁護士らしいので、「調査が終わったら、いっそ個人の顧問弁護士になってくれないか」と持ちかけてみた。しかし弁護士の答は「申し訳ないが、自分はローン信用調査専業でやっているので・・・」だったそうだ。

■実感できる沿海大都市の経済成長

 上述の消費者ローンの総額が物語るとおり、上海、北京など大都市では膨大な数の個人が個人向けローンを利用し始めた。この3、4年の出来事だ。北京市の最近の発表によると、勤労者の昨年の平均収入は21852元、対前年比14%増だったという。所得水準はまだそれほどではないものの、国民は今後の所得向上を期待に織り込んでローンの形で消費を増大させつつある。現地で感じられる「成長」の実感とも符合する結果だ。
 それに伴い、弁護士のようなプロフェッショナル・サービスにも新たな需要が生まれつつある。中国の、少なくとも沿海大都市の経済成長は「幻想」ではない。それでも胡散臭く感じられる人は現地に飛んでみることをお勧めする。

中国語版
(日経テレコン21 デジタルコラム 2003年3月27日)